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2011年08月15日(月)
『哲学人』 ブライアン・マギー著 ー読書日記 この哲学書が私の前に大きく立ちはだかっている。10年前に読んだ、ブライアン・マギー著 「知の歴史ービジュアル版 哲学入門」は、マーカーで真っ赤になっている。一度読み終わった後にトイレに5年以上は置いて、 ことあるごとに読み返していた。大型本で半分は絵と図が書かれており、重要な部分は大文字で書かれていて、難しい内容に対し、 ページを開く抵抗感を最小にしてある本である。 数年前に、たまたま借りてきた本が、マギーの「哲学人」だった。 今度は、そう簡単に読み進むことが出来なかったが、一年ほど前に読みおえたが、実際は、あまり噛み砕いてなかった。 350ページの分厚い、上下の二巻である。しかし、哲学評論家という立場で自分の哲学遍歴方式で書かれているので、 何とか最後まで読み終えることができた。ここで、棒線をひいた部分を中心に書き写したり、コピーしたり、デジタル化して、 私の小さなデジタル・バンクに入れるため、まず上下24章のうち、6章の要所を挑戦したい。 著者のレベルの哲学書を読み解くに、以前に彼の「知の歴史」を何年かけて読んだため、何とか続けそうな気がする。 ーまずは、この本の上巻表紙の背裏に書いてある抜粋の部分からー 《 眠りに落ちる瞬間がわからないのはなぜ? 少年時代の疑問に大人は答えてくれなかったが、それこそが哲学だった。 「オックスフォード哲学」全盛期の学生時代。言語の明晰化に終始し、哲学を「思考についての思考」とする潮流は、 現実世界の理解を深めたいと考えていた著者に何も与えてくれなかった。 知覚論、経験論、論理学、科学哲学… 多くの思想を吸収しながら、ついにカント哲学に出会ったとき、著者はみずからの方向性を確信する。 学外での人生を選択し、政治哲学の実践である国会議員と、哲学番組の企画制作の仕事を両立、第一線の哲学者と 交流を深めながら、自身の疑問に答えるため哲学を探究していく。》 ▼ この本を読んでいて、自分の子供の頃とは次元の違う世界にいて、哲学的に考えていた著者に驚愕をした。 知的風土の違いは子供に、そのまま現れ出てくる。ところで以前にも少し書いたことがあるが、私には眠る瞬間が分かったことがある。 「スゥ〜」と意識が失われる瞬間が分かったのだ。だから、私には、どんな偉い哲学者が、それを意識出来る訳がない、と論じても、 私には、それが間違いと断言できる。プッツ〜という感覚で、管が細くなっていく先に落ちていく、という感じである。 ・・・・・・・ 3429, 電子書籍の衝撃 2010年08月15日(日) 「電子書籍の衝撃」 佐々木 俊尚著 「iPad 対 キンドル」と、合わせて読むに丁度よい内容、その詳細というところ。書籍が電子化されていく世界が、「本を読む」 「本を買う」「本を書く」という行為に、どのような影響をもたらし、どのような新しい世界を作り出すのか? を、探り出す内容。 まずー著者後書きよりー 【 私は年に数百冊も本を購入し、たぶん百冊以上はちゃんと読んでいる活字中毒者です。そして同時に、年に四~五冊も本を 出している書き手のひとりでもあります。その意味で、キンドルやiPadのような電子ブックリーダーが出てくることによって、 本の世界がどう変わっていくのかは自分にとっても切実な問題としてとらえています。本文中で何度も書いていますが、 間違えてはならないのは、「電子ブックの出現は、出版文化の破壊ではない」ということです。何千年も同じような活字形式で 人々に愛されてきた本は、そう簡単には崩壊はしません。そこがたかだか数百年の歴史しかない新聞や、あるいは登場してから 数十年しか経っていないテレビとは違うところです。でも活版印刷が十五世紀に発明されて本の流通と読まれ方が劇的に 変わったように、電子ブックも本の流通と読まれ方を大きく変えるでしょう 】 電子書籍の拡大によりコンテンツ自体が著者や発行年にかかわりなく平準化し、よりセルフパブリッシングが拡大する。 音楽の世界がデジタル化で起こったことが、ほぼ同じように書籍の世界でも起こるのである。 その結果、既存の出版モデルは立ちいかなくなるということだ。 ・キンドル、iPadというタブレット式パソコンが一躍脚光を浴びてきた ・そこには優れたプラットフォームがあり、 ・電子書籍化でセルフパブリッシングが可能になり、フラット化する ・さらにツイッターなどのコミュニティなどでコンテクスト消費的な動きになる。 本屋もCD・レコード店、出版社、音楽出版社もiTunesやアマゾンの淘汰されていく運命にあるということ。 kindle・iPadが、iPhone・iPodと同じように、それぞれの世界を淘汰していくプロセスを踏んでいくのである。 ・・・・・・・・ 3054,渡辺淳一の不良講座 2009年08月15日(土) 渡辺淳一著『反常識講座』 ー第六章 軽率になって恋をしよう 渡辺淳一の恋愛感が面白い。この本の三分の一近くが、その内容である。恋愛感とテクニックは、著名な作家は 品位を疑われる?とかで正面きって書こうとしない。恐ろしい女評論家が「女性蔑視!」と攻撃されかねないこともある。 渡辺淳一は、それが売りだから攻撃する方も腰がひけるのだろう。 ー彼の云わんとすることはー ・ 男と女は体の構造が違う。 真面目くさらないで、どんどん女性に声をかけろ。 そのためには、心など込めないで気楽に褒めまくれ。 それも一人の女性に的を絞らないで、二人、三人を 同時に追いかけろ。一人を追いかけるより、その方が同時に上手くいく確率が遥かに高い。 ・ たとえば、いきなりデートとかを誘ったり、「綺麗ですね」とかいうのでなく、 着ている服とか、バックなどの持ち物、 髪型の変化を褒めながら近づく方が、好感を持たれる。 ・こと恋愛に関しては、「巧言令色」で良い。 まずは言葉で表現してやる方が効果がある。 ・恋愛は、プライドを捨てること。特に男は精神的なカッコを付け過ぎに陥る。そのために男はやたら我慢をして逆をいう。 これは女性に嫌われマイナスになる。 こういう人は、固い家庭の環境に育ったのに多い。 *軽率に *プライドをすて *駄目もとでつきすすむ。 この三点を守れば、自分の正直の姿を見てもらえる。 世の中は重厚長大は終わり、軽薄短小の時勢にならって、恋愛もこの三点を守るべし。 ・男と女は体の具合がまったく違う、特に性欲は、女は男の5分の1位と思っていたほうが良い。 そこに至る順序をとること。 そこで必要なのは小まめさ、それが女性の口説きの最大の武器。 ▼ こんなところだが女性の職場に長くいたので、これが基本中の基本ということは理解できる。職場の同僚と恋愛相手とは 少しは違うが、扱いは同じである。 メス猿ぐらいに考えて、目線を同じにしないで一線を画することと、とにかく優しく 親身になるところは同じ。 こと職場では、男女というより人間としての同一の部分を強調して接すればよい。 「相手は生身の人間、それも男女の仲であれば、小手先では無理。 自分の全力を集中しなけらばならない」 「幾つになっても人間の原点は恋愛にある」という主張は納得はする。 アンチ・エイジングにはもってこいだが。 今さらバカくさい方が先にたつ。 ・・・・・・・・ 2689, 他山の石のことながら 2008年08月15日(金) ー大手ファミレス・チェーンが大きく揺れ動きだした 他山の石のことながら、「ファミレス」が石油高と不景気の直撃を受けているだろうと思っていたが、 案の定「外食産業の不振」の記事が毎日新聞に載っていた。(8月13日経済蘭) ファミレスのトップの「すかいらーく」の創業社長が97?の株式を握る投資会社二社による解任である。 07年12月期に二年連続赤字で、130億の赤字というから大変なことだ。 (字数制限のためカット 2010年8月15日) ・・・・・・・・・ 2007年08月15日(水) 2325, ベナレス −1 ー読書日記ー 図書館から何げなく借りてきた本だが、一時間もしないうちに読んでしまった。 写真が半分以上だったこともあるが、死の世界が剥き出しになっている。 この本はTVの放送内容を本にしたもので、TVの映像を切り取った写真と文章を中心に構成されている。 実は数年前に、この番組をみていたのである。本を読み終わってから思い出したのだから自分でも呆れてしまった。 早く読めたのも、その下地があったからである。 ー著書もTVも、「NHKスペシャル アジア古都物語」―ベナレス 生と死の聖地 ーである。 <その内容の一部を抜粋してみる> インド各地から遺体が運ばれてくるガンジス河中流域、ヒンドゥーの聖都ベナレスのレポートである。 その中で、ガンジス川で沐浴をする誰もが言う。「ベナレスで荼毘に付されれば必ず天界に行ける…」と。 全国から車やトラクターで運ばれてきた遺体は、路地を抜けるために屋根から降ろされ、人びとの手によって 担がれ火葬場へと向かう。「ラーム・ナーム・サティヤ・へー、ラーム・ナーム・サティヤ・ヘー」 (神様だけが真実である、神様だけが真実である…)担ぎ手たちはこの言葉を繰り返し口にする。 こうして冥福を祈られながら、 やがて遺体はマニカルニカー・ガートと呼ばれる火葬場に到着する。聖地ベナレスでもっとも聖なる場所の一つである マニカルニカー・ガートはガンジス河をのぞみ、街の中心部に位置する。その歴史は数千年におよぶと伝えられている。 河に面して横長に伸び、その広さは五十mx二十mほどであろうか。焼き場は何もないスペースがあるだけで、多い時には ここで十数体の遺体がいちどきに焼かれる。 ベナレスには二つの有名な火葬場があり、 ・一つは街の南にあるハリシュチャンドラ・ガートという火葬場で、 (字数の関係で中間カット 09年08月15日) ・・・・・・ 2006年08月15日(火) 1960, 人生を物語るとは? −2 。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ 「自分の人生の意味づけ」が、自分の物語の作成ということになる。 意味づけで、必死に内面を支えようとする心の自浄作業である。 意味とは価値のことである。自分の価値を明確にして、それに従って生きることが 意味ある人生であり、 価値実現のプロセスが物語になる。大人が子供に「大きくなったら何になる?」と、質問する光景はいまも昔も変わらないが、 これは既に大人が子供に人生の物語を聞いていることになる。子供の方は何を言えば目前の大人が喜ぶかを、瞬時判断して答える。 従って、その質問自体が洗脳作業になっている。 ブログで趣味などを自分の価値観で起承転結で、まとめ上げているのは、 一人物語っていることになる。ところで、成功が何だというのだろうか? 挫折物語は成功物語に対する反対語か? 堕落物語は? 幸運は果たして棚ぼた餅のことをいうのか? それもこれも、この世に生きているという輝かしい事実の前では、 如何でもよいことである。地球に今・現にあるという輝かしい日々の前においては、それらのことは些細なこと! お盆で里帰りをしている祖先の霊が一番いいたいことは、そのことである。 『そうでしょう? ご先祖様!』 ーご先祖様ー 『全くそのとおりじゃ! 死ぬ直前になってやっと気づくのじゃ、娑婆の連中は! 日々を輝いて生きるとは、平穏な日々の輝きに気づくことじゃ。 しかし困難に直面をし、乗り越えようと必死になっている日々も大事である。 その中に深い物語の意味ー価値がでてくるのじゃ!まあ、味がでてくると言ったほうが解りやすいか。 生きているうち、 元気なうち、そして愛し愛されているうちじゃ、娑婆は! 此方から見ていると、 そのことがよく解るのだよ!』 ホンジャ UvU/ バイバイ! ・・・・・・・・ 2005年08月15日(月) 1595, 自民郵政解散の攻防−5 今度の衆院選、旧守派と民主党の負け戦?の様相になってきた。この流れは余程のことがないと変わらないだろう。 (以下、字数の関係でカット08年8月15日) ・・・・・・・・・・・ 2004年08月15日(日) 1230, 広松渉(4)−哲学についてー28 価値観について、学生時代から興味を持っていたが、真正面から取り上げている 本は少ない。これだけ理路整然と書いてある文章は初めてお目にかかる。 文章自体難解なのだが、数回読むうちに少しずつ解りかけてきた。 ー大雑把にまとめてみると ・価値は、主観的感情でしかない! それに対して、いや客観的存在を認める立場がある ・価値絶対説と価値相対説を対立させて、価値の立場を明確にしていく 価値観は時代、地域などのTPOSによって変わるという相対説と、どんな時代でも、変わらない絶対説がある。 ・価値観は期待される行動と、サンクション(賞・罰)によってカタチつくられる。 ー第二節の実践と価値評価の要点を抜粋するー 第三章 実践するとはどういうことか 第二節 実践と価値評価 ー概略ー 哲学的価値論は、戦後の哲学界においては余り流行らなかったが、ひと昔前までは「哲学とは即ち価値哲学である」というほどであって、 価値は哲学上の一大テーマなのです。 哲学のいう「価値」は広汎もわたるので、ここでは行為についての正当・不当評価を論軸とする。 ・価値」なるものにおいて、二大陣営の対立がある。 一方は価値という客観的存在を認める立場であり、いま一方は価値とは主観感情にすぎないと見做す立場である 客観的存立性を認める立場においても、「価値そのもの」と、 「価値を付帯・内具しているもの・ごと」とを区別をし、後者を「財」と呼びます。 「美そのもの」「善そのもの」等が「価値」とされ、「美人」「善い行い」「良い酒」等が「財」になる。 価値そのものの特質を見てみると、哲学者は「価値」と「存在」とを区別をし、「価値判断」と「事実判断」を区別します。 価値は、真・偽、善・悪、美・醜、聖・俗・・・というように、必ず正価値と反価値とが対になっているのが特徴である。 ・価値について価値絶対説と価値相対説とがある。 絶対説は超歴史的に文化圏にかかわりなく価値は存立すると主張、相対説は 歴史的・文化的に価値は相対的にすぎないと主張する解りやすくいえば「美」という価値は超歴史的であり、いつの時代にも 「美人」と評価される女性が存在をした。しかし、ある時代に存在した美人は違う時代、違う地区では美人と認められるかというと、 そうではない。マリリン・モンローはインドネシアでは全く認められなかったというし、楊貴妃は。 現在のパリでは、全くの不美人に評価されるという。実質的価値認定は相対的である。 ー期待される行動とサンクション(賞・罰)ー 人類は動物学的に見るとき早産である謂れ、かなり長期間にわたって手厚い養育を受けてはじめて生育できる未熟児とも言われる。 動物である以上、人も呼吸・摂食・排泄をおこないますが、その仕方さえ、本能のままでなく、文化的様式化されます。 総じて、親が子に対して、上位者が下位者に対して、等々、立場上・役柄上、自覚的に賞罰行動をおこなうケースは、現実に 賞罰効果をもつ行動の極々一部にすぎないといえましょう。それにもかかわらず、人々の「共演」的行動は、大抵が、意図せざる 賞罰的な効果を対他的対自的にもつのであり、そのため、日常不断の行動を通じて、行動様態の「賞罰的」誘導規制、そのことによる 行動の間主体的同調化、ひいては、行動様態についての当為的価値評価の共同主観的斉同化が現に成立する次第になります。 -------- 偶然の一致か、去年の今日に「タイムクエスト」の本で価値観について取り上げていた。 今年の価値観は哲学として取り上げた内容であるが、それにしても偶然と言うのも面白いものである。 ・・・・・・・・ 2003年08月15日(金) 863, 「タイムクエスト」ー読書日記 (2) ベンジャミン・フランクリンの13価値観を自分にどの程度 実施しているか,100点満点で主観で自己採点をしてみた。 1、節制 飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。 ー40点 2、沈黙 自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。 −50点 3、規律 物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。 ー75点 4、決断 なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。−80点 5、節約 自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。 −90点 6、勤勉 時間を浪費するなかれ。つねに何か益あることにしたがうべし。無用の行いはすべて断つべし。−85点 7、誠実 偽りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。口に出すこともまたしかるべし−80点 8、正義 他人の利益を傷つけ、あるいは与えうべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。 −75点 9、中庸 極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。 −60点 10、清潔 身体、衣服、住居に不潔を許すべからず。 −70点 11、平静 小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。 −90点 12、純潔 成功はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これにふけりて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、 また自他の平安ないし信用を傷つけるが ごときことあるべからず。 −65点 13、謙譲 イエス及びソクラテスに見習うべし。 ー50点 ー以上の平均は70点である。 (字数制限のためカット 2011年8月15日) ・・・・・・・・・・ 2002年08月15日(木) 488, 毎日が刺激的−2 先日のアメリカ第六位のUS航空が倒産した。ところが、アメリカン航空と並んで世界最大規模のユナイテッド航空が、 やはり倒産寸前という。自動車でいうGMかフォードクラスの会社だ。アメリカン航空と供に20? 近くの前年対比の落ち込みだという。アメリカ全体では−11?で大手ほど昨年の9.11の落ち込みは激しい。 パン・アメリカン航空など吸収したりしていた10数年前の姿は今や昔の話。昨日のニュースで、この一年で アメリカン航空が20?の人員と、客席の9?の削減とかの内容の合理化案が出ていた。特にアメリカン航空が狙われており、 9・11以前にテロリストがアメリカン航空の株の空売りをしていたと噂されている。その前からサウスウエスト航空などの安売りに 体力を奪われていた。 ある日突然思いもよらない事がおきる時代である。来年はイラク戦争があり、さらに客足は減るだろう。 US航空だけで3万5千というからユナイテッドの場合はどうなることか。組合が強すぎて賃下げなどの合理化が遅れたという。 たった20人のテロリストにより、とんでもない事が起きえる。これが21世紀ということか。 ・・・・・・・・・ 2001年08月15日(水) 108] 夢について-7 2001/08/14 07:45 毎朝地蔵様に‘あの世で安らかにお眠りください’とお参りしているためか、 今年に入って母の夢を見る事が少なくなったが、昨日の朝久々に母の夢を見た。 いつもそうなのだが自宅での生々しい夢である。痴呆状態のしかし姿は幼児の母である。 今回は玄関の辺りで何かしている、よく見ると仏像にお参りをしている夢である。 盆にピッタシの夢である。母が自分の中に生きているとか言うが、私の場合夢の中で自由奔放生きている。 ---- 今朝 見かけた鴨。一時200羽いた事があったが河川工事で少なくなった。丁度真ん中あたり。
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