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2011年06月15日(水)
* 衣替えのアイロンがけ この時期になると、半袖のポロやTシャツなどを箪笥から出して、アイロンかけをする。(家内は一切無視? ったく!) 風呂敷から出して、新鮮な空気に触れさせ、霧吹きで水分を含ませアイロンを軽くかけると、見る見るうちにシャツが姿を変える。 無機物のシャツが、あたかも生き物のように変わるから面白い。人の手を入れると元気になるのは植物やペットなら、尚のこと。 新鮮な空気、水分、熱など自分自身に我々は入れているだろうか?。 それだけではない、知識も入れ替えをしないと。 「新婚さんいらっしゃい」というバラエティーで、夫はアイロンがけが趣味というのがいた・・ それって、奥さんがするんじゃ? * ハイボールの語源 日本では、ウイスキーのソーダ割りだけをこう呼ぶのが一般的。 もともと、あらゆる酒がベースで、ソーダやトニックウォーター などの炭酸飲料や、水、湯、フレッシュジュースなどアルコールの含まれていない飲料で割ったものをハイボールと言う。 語源については諸説ある。 <1> 開拓時代のアメリカで、蒸気機関車による長距離移動のときに、途中で水の補給のための停車の際、 棒の先にボールをつけたものを掲げて合図した。そのときに、ウイスキーのソーダ割りのサービスがあったことが、語源という。 <2> 同じく開拓時代のアメリカにて。当時鉄道ではアドバルーンのボール信号が一般的に使用され、ボールがあがっていれば go、 あがっていなければ don't go 。 当時は、インディアンの襲撃が頻繁にあり、そこまで行ってよいかどうかの判断もあった。 その無事に感謝をして水で割ったウィスキーを飲んだのが語源とか、他に炭酸の泡が揚がっていく様から「ボール信号」という説もある。 <3> イギリスのゴルフ場のカウンターでウイスキーを飲んでいた人が、急に自分の打つ順が来たことを知らされ、そばにあった ソーダにウイスキーをあけ飲んだところ非常においしかった。そこに、たまたまハイ・ボールが飛んできた、それが語源だという説。 早くいえば、ハイボールは 「飲みやすいカクテルの代名詞」。サントリーが数年前から角瓶との組み合わせの「角ハイボール」を 大々的に宣伝を始めた。 人気の背景には飲みやすさに加え、老舗企業の戦略もある。それにしても、イメージ広告に人は弱い。 ・・・・・・・ 3368, ユーストリームの世界 2010年06月15日(火) ツイッターに驚き、Youtubeに驚き、とどめはユーストリームである。 実はツイッターを始めた頃に、「生中継サイト」があってよいし、できるのも時間の問題と考えたが、既にあったのである。 ツブヤキだけでなく、映像の生流しもと・・・ フクロウや鷹の巣に設置されたカメラの生中継にまず驚いた。 他にも漫画家の制作中の漫画や、ある街角の道路や、ボクシングだったり、色いろある。 若い女性が自分のパソコンのカメラで語りかけているのに対して、チャットで数秒単位で複数の男?が書き込んでくる。 その両方を生中継をしているのである。何か異様な世界に紛れ込んでしまったようである。 恐らくアダルト系も?。 iPadなどのタブレット式パソコンが普及したら、街角に溢れて、「こんな面白い画面が・・・」となる。 ツイッターが140文字のツブヤキの垂れ流しに対して、これは映像の垂れ流しである。国会中継も、野球中継も、個人から発信可能になる。 飲食店やスポーツジムなどが販売促進として、店内を生中継をするには良い。またメガネやサングラスに極小のカメラをつけた生中継も可能。 そういえば、以前に隼の頭にカメラを据えつけて飛ばした映像を見たことがある。時速200キロ前後で林の間を飛んでいる映像は 自分が飛んでいるような錯覚になる。独り住まいの老人の家庭の監視にも応用できる。 中高年のネット難民と若者の差は大きくなるが、 iPadで何とかなるか? この十年の時代の変化は激しい。その根は情報革命。これでは小松左京でないが、SF作家もついてはいけない。 しかしツイッター、Youtube、ユーストリームは面白い! 恐らく近い将来スーパーが店内のコーナーがことに、カメラを据えて 中継するネットスーパーが本格化するだろう。 面白い時代である。 ≪偶然の一致だが、以下は、この文章に関連している≫ ・・・・・・・・ 2993,アトムの七つの力 2009年06月15日(月) 鉄腕アトムは1951年に登場したというから私が5歳の時。美空ひばりの歌が聞こえてきたのと同じ頃である。 最近、アトムが再び見直されてきている。 その手塚治も現在のIT化をみたら、驚くはずである。 ー ウィキペディアによると・・・ ー 電子頭脳(CPU)の記憶容量は15兆8千億ビット(約1844ギガバイト)。 身長135センチ、体重30キログラム。ちなみに電子頭脳は頭部ではなく胴体内上部に設置されていて、 頭部は単なる飾りとされた(透視図では頭部にセンサー類が集中しているようだが、作中では頭部が外れてしまったり、 無しでも活動可能な描写があり、胴体にもセンサー類は搭載されているようだ。 彼が登場した時代は、2003年。 まさに現在である。 最近、色いろのロボットが出始めてきているが、自分で考えたり、心も持つまでには至っていない。 しかし、彼には、七つの特別な能力があり、1963年、1980年、2003年と、その能力は変わっている。 * 1963年アニメ第1作(モノクロ版) 1、どんな計算も1秒でできる電子頭脳。 2、60か国語を話せる人工声帯。 3、普通の1000倍も聞こえる耳。2000万ヘルツの超音波を聞き取りが可能。 4、サーチライトの目。 5、10万馬力の原子力モーター。 6、足のジェットエンジン。 7、お尻からマシンガン。1秒間に500発撃てる。 * 次の1980年アニメ第2作になると 1、胸の中に電子頭脳セット。60か国語を同時通訳ができる。 2、耳は音を1000倍に聞ける。 3、サーチライトの目。 4、10万馬力の力。重水素燃料による核融合エネルギー。 5、腕と足はジェットで空を飛べる。 6、腰の中にマシンガン。1分間に600発撃てる。7、レーザーブラストの手。 * 2003年ASTROBOY版 1、高度な人工頭脳。 2、人間の1万倍の聴力。 3、透視能力を持つ目。 4、10万馬力の力。 5、足のジェットで空を飛べる。 6、指にフィンガービーム。 7、腕にアームキャノン砲。 ▼ 以上だが、個々を分解をすれば60ヶ国を話せる人工声帯以外、現在では実現をされている。ロボットとして飛べないが、 グーグル・アースで世界の空を何処へでも飛ぶことも可能になった。またインターネットでテーマを設定すれば興味があるもの同士が 話をすることも可能になった。アトムに近いロボットが出現してないとしても、ほぼ似たような機能が我われの近辺に出現しだしてきた。 パソコンのインターネットと検索機能、携帯電話、iPod、ナビ、など、一昔からしたら想像を絶する機能である。 手塚治は60年近く前から、現在が見えていたのである。 現在から60年後は、どうなっているのだろうか? 実際に人類が果たして存続しているかどうか? いや、情報化などで情報、知識がいきわたり、よりクールな、そしてウォームハートな 世界が出来ている? 恐らく、後者だろう。私にしては楽観的であるが、それだけ情報化社会は可能性がある!ということである。 ・・・・・・・・ 2629, 世界バブル経済終わりの始まり ー3 2008年06月15日(日) 第二章は、投資の最近の基本的な常識が項目ごとに書いてある。まずは第一章のように、項目の言葉をつなげてみた。 「大金持ちの投資家以外は、何かに集中しなければならない。それもまだ脚光を浴びてない将来性のあるものを探し出すこと。 ただし焦っての駆け込み投資はさけること。独り自分の確信を持てたものを長期的に保持し、儲けることである。 ヘッジファンドは、投資先をブロイラーとしてしかみない。 太らせて目先利潤を得ればよい。 アナリストの予測は、ホボ当たらないもの、自分の目で調べ探し出すこと。」 目次に感想を入れてみた。 ≪字数制限のためカット2011年6月15日≫ ・・・・・・・・・・ 2007年06月15日(金) 2264, 閑話小題 (*´・ω・)ノはよー ー都銀の地方攻勢が始まったー 都銀が数年前から地方に本格的攻勢をかけてきて、その玉突き現象が地銀以下の銀行に起きている。 金融庁から中小企業への貸し出しを指導されたことも背景にあり、都銀が地銀のリストラにあった 管理職を採用、彼らのテリトリーへの優良取引先を狙い撃ち、貸し出しを切り替えている。 そのため地銀が信金などの顧客に攻勢をかけ、玉突き現象が露わになっているようだ。 床柱意識から抜け出てない上に、合理化が進んでいない体質が自己存在の意義を問われ出したのだ。 ーまた、中学校の同級会ー 一昨日、長岡のホテルのビア・ガーデンで中学校の同期の面々の同期会に出席した。 新潟で3ヶ月ほど前「中学校の同級生とランチするから出てこない!」というメールをもらい、 2時間近く世間話をしてきた。先月も幹事になって、「病のY君を励ます会」を開いたばかり。 その時は高校のメンバーが中心だったが、今度は中学校が中心である。三ヶ月続けてということになる。 家内は結婚して以来、一切そういう会に出たことがない人。「アンタがた、変なんじゃない?」と怪訝な顔。 同級会・同期会は、なるべく出席するのをモットーにしている。仕事関係や、ライオンズ、商工会議所、 商業会など一切でないので、学校関係ぐらい出ないと地方では行く場所がなくなることもある。 それでも構わないが、年齢を立場を忘れてタイムスリップするのが面白い。 ーサプリメント依存症ー ≪字数制限のためカット2010年6月15日≫ ・・・・・・・・ 2006年06月15日(木) 1899, 結婚の三条件ー2 ォ'`ョ━━(。・∀・)ノ゙━━ゥ★ 反対に結婚してはいけない三高条件と三低条件を体験から考えてみる。 こういう場合は、ごく身近な人のマイナス面を観察すればよい。 ドキッ! 私の主観が入りすぎているが? ーまずは三高とは? ・高コスト ー金のかかる女 (稼いでくれれば、まだよいが) ・高プライド ープライドのみ高い女(中味の薄さを、身近の人の批判でカバーしようとする) ・高依存症の人 ー常に判断を相手に求め結果のマイナスを攻撃する人(高コストと重なるが、高ブランド依存症である) 早くいうと教養のない人? ー三低とは? ・低い品性 ?親の躾と生活情報が入っているかどうか・・ ・低い夢しか持てない人 ?現実に溺れすぎている人 ・低い趣味 ?本当に好きなことを求めてきたか・・ さらに低い知能もあるが・・・ 誰も?大部分が当てはまるから、これ以上書くと問題になるか?いや、それよりも自分の姿が重なる? 人生は、選択した職業と、連れ添いと、ライフワークとしての趣味の質量、で決まってくる。 職業は生活の為とか、工夫によって何とか適応できるが、結婚だけは10年20年経ってみないと、分からない。 だから、せめて前提条件を見定める必要がある。両親をみれば半分は分かるが、あとは神のみぞ知るである。 神は一番相性の悪い相手を与えて、人生のレッスンをさせるらしい!毎日、よいレッスンをさせて頂いてます。 ・・・・・・・・ 2005年06月15日(水) 1534, わたしの酒中日記ー8 ーミニ能登旅行 1972年4月某日 今朝、急に思いたって観光バスで「能登一周コース」を、まわってきた。50人乗りのバスに、乗客が12~3人位。 車内がゆったりしていたこともあり楽しい一日であった。金沢駅から出発、金沢港近くを通ってしばらく経った後、海岸線に出る。 何と波の打ち寄せる際の砂浜をバスが走るのだ。今まで、海岸線が道になっているのは初めてである。 こんなのが、日本にあるとは全く知らなかった。「千里浜なぎさドライブウエー」というが、能登の情緒がそのまま出ている。 しばらく走ると海の家の前に止まり、そこで「サザエのつぼ焼き」が出された。その景色の中で食べる味が何とも良い。 ビールを一本買って飲んだが、その美味しい。まだ4月のためか風は寒く波が荒いが、天気が良いこともあって風情があった。 数ヶ所名所を観た後に、輪島に到着。そこでは有名な「朝市」を覘いてみる。昼近くに着いたが、殆どの店はまだ開いていた。 風情のあるオバサン・オバアチャンが、それぞれの個性を売りにしている。帰りは、逆に富山寄りのコースになっている。 七尾と数箇所を観て、最後は金沢駅で解散。観光バスは気楽に最短のコースをまわってくれるからよい。その後、駅の地下の おでん屋に寄る。いつも帰省する時に寄る店で、何げないオデン屋だが有名店である。ここの土手焼きとオデンとハンペンが絶品で、 また焼き蛤が美味しい!何ともこたえられない店である。そのあと香林坊まで移動、そこで一人飲むことにした。初めて入る店で、 少し高級そうなスナックで、靴を脱いで入る店だ。中は幌馬車内をモチーフにしてある。初めてみる異様な雰囲気を漂わせている。 ママとホステスは、ウエスタン・スタイルで、何か西部の田舎町に来ているような錯覚をしてしまう。薄暗いカウンター内に、 赤い顔文字のネオンが印象的だった。アメリカのウエスタンの片田舎にいる!という感覚になる。今度、誰かを連れてこよう! とにかく金沢は何処もあか抜けている。今日は一日としては、充実をした時間を過ごせた。こういう急に思いたって一人でする旅は、 自分を開放してくれる。小さな籠から飛び出し小さな自由を満喫して、再び籠に舞い戻った鳥のようだ。来月は市内の観光バスに乗ってみよう。 面白そうだ。まだまだ、市内で知らない場所が観光ガイドに多くあった。金沢は、富山に福井に能登に加賀温泉、そして金沢市内に 多くの観光資源が豊富にある。そういえば、一昨年も四日市にいた時に紀伊半島を一泊旅行をした。尾鷲に一泊した列車旅だった。 まだまだ、学生時代を背負っていた。また四日市を去るとき、同期の連中と尾鷲と伊勢に「お別れドライブ」をした。急に変なことを思い出した。 渡辺、西尾、桜井、私に、女性が二人いた。その一人と西尾が結婚したと、桜井から聞いた。彼らは一番初めに配属された職場の連中だった。 いろいろあった。昔を思い出すには、まだまだ早い!明日は、結婚で辞める藤井さんの送別会だ。 ・・・・・・・・ 2004年06月15日(火) 1169, 秘境・異郷ツアーレッスン ー1 過去にいろいろ秘境・異境ツアーを書いてきた。この随想日記の引き出しのコーナに「秘境・異境コーナ」をつくる予定だ。 そのための前段として、このテーマで書いてみる。このツアーから学んだものは、あまりにも多い。 今まで書いてきた文章を読み返してみると、想像をはるかに超えた自然や遺跡や文明に出会い、感動をしてきた痕跡が 記録してあった。実際にこの目で見て肌で感じ取ったことは心の奥底に残るもの。 「うあ?、何じゃこりゃ!、この地球上にこんな世界が実際にあるんだ、知らなかった!」と何度も何度も思ったことか。 そこで何よりも感じたのは、世界の広さと、自分の小さな世界である。自分の満足や不満のことなど、 この広い世界からみれば些細なことでしかないと実感できる。世界では人間の占める立場が、いかにささやかなものであるかを つくづく悟らされる。旅行は人間を謙虚にさせてくれる。10日から半月の旅行でも、秘境に行くには莫大のエネルギーをつかう。 一回の旅行の経験ごとに、間違いなく自分が成長していくのがわかる。自分の世界が広がり、それだけ内面が深耕していくのが よく解るのだ。そこの大自然に感動するのは、自分がそこに同化したことであり、自然の中にある霊性と自分の霊性がつながる ことになるのだ。それが精神の若返りの秘薬になる。多くの旅に出かけたところで人生観が変わっても人格は変るわけではないが。 「世界は一冊の本と喩えると、旅をしないものはその本を一頁しか読めない」という。まだまだ、これから先のページが 多く残っている。旅をするのは到着するためではなく、そのプロセスこそ意味がある。そのすべて楽しみに引き上げることだ。 人生と同じである。秘境旅行という本を1ページごと読み続けている限り、連続線の旅行をしていることになる。 それだけ、私にとって強烈な体験でもある。 成田で、飛行機に乗ると逆に「ああ旅行に帰ってきた!」 と思ってしまう。 それだけ私にとってインパクトの強い経験である。 ー10年前の文章をコピーしておきます。この時16回と書いてあるから、現在41回とすると、10年で25回も旅行したことになる。 ≪字数制限のためカット2010年6月15日≫ ・・・・・・・・・・ 2003年06月15日(日) 802, サッカー観戦記 先日、知人からサッカーの招待券を貰った。アルビレックス新潟とサガン鳥栖の対戦である。こういうチャンスはめったにない、 行くことにした。昨日ー6月14日、場所は新潟市の駅裏から数キロ先である。去年のワールドカップの為につくった 新潟スタジアム、一度見てみたかったから丁度よかった。雨が気になったが終了後、車に乗ったと同時に降ってきた。 もっとも雨よけがあったが。キックオフが14時、その30分前に着くように出かけたが、車の渋滞で開始後30分後席に着く。 初回は一時間前につく予定を立てるべきであった。やっとたどり着くと会場から、唸りのような歓声が聞こえてきた。 観客席に座った時には、アルビレックスがすでに一点を取られていた。何とも会場の大きなウネリのような歓声が凄い。 その世界に一瞬に吸い込まれてしまった。招待席は相手チームの席、といってほとんどが地元の人たちであった。 若い人ばかりかと思っていたが、年代層は広い。3万4千人の入場者と場内放送でいっていた。 試合は一点リードされていた 新潟が後半に逆転、2対1で勝った。攻めまくった新潟がなかなか点が入らず会場が苛立っていたが。 それでも試合の後半に新潟が2点を入れて逆転、非常に面白い内容であった。これで引き分けを挟んで四連勝である。 サポータが熱くなるのも解るような気がした。あの熱気の世界も一度経験しておくと良い。最近は何事も経験と、 チャンスがあれば何でも参加するよう心がけている。今度は後楽園で巨人戦にいってみたいと思っている。 ・・・・・・・・・・・ 002年06月15日(土) 438, 因縁についてー与三八さん 私の仲人の名前である。私が八郎ー兄が三郎。兄は男で3番目、私が兄姉の8番目で八郎になった。 多くて最後の方は面倒だったのか、戦時戦後のドサクサでじっくり考えている余裕がなかったのだろうか? シンプルだ。兄も私も嫁さんを与三八が紹介してくれた「仲人」である。三八に与えるで与三八である。 そのことに気づいたのは、結婚して数年経ってからである。本人に「自分の名を宿命と考えてか、ブラックジョークと考え 意識して紹介したのか」と聞いた。本人はエヘヘと笑って答えをはぐらかした。まあ面白いものだ。 ≪字数制限のためカット2011年6月15日≫ ・・・・・・・ 2001年06月15日(金) [53] 北欧ロシアに決定! 朝スイスに決まっていた旅行、急遽‘北欧・ロシア’に変更。理由は「迷った場合は先に行っていたほうがよいほう選定基準にする」 である。スイスも捨てがたかったが‘モスクワとサンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館’と ‘北欧の大自然’が捨てがたかった為だ!ぎりぎり迷い判断するから、後で後悔が少なくて済む。ぎりぎり迷うのも旅行前の 楽しみの一つだそれだけ多くの情報を真剣に探し、その世界に入るからだ。あと三週間今からが呼吸を整える時期になる。 たまたま朝、決断後書いた文章で、一度ホームページに載せた後に削除した内容である。
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