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2011年03月23日(水)
* 日本経済がどうなるのだろうか? リーマンショックで死に掛かっていた日本経済は今後どうなるのだろうか? ● まずは聞き及んでいる危なそうな話。 △ 地元のNSGなどの専門学校と、新潟大学などが卒業式と入学式を自粛。そのため稼ぎ時の美容室とホテルが大打撃。 △ 優先的に被災地が優先されるため、地元業者への建材の入手が困難になり、経営の根幹に関わる問題になっている。 物から人へと民主党の政策のため、今回のような震災になると重機の絶対量が国内で激減。 このような事態になると民主党の政策そのものが否定されたことになる。 △ 公務員の期末、期首の移動の歓送迎会が殆ど中止勧告。この時期に、当てにしてきた飲食店も大打撃。 駅前などの繁華街は閑散としており、入店客は皆無の状態。 △ 注文していた商品が入荷したと家電チェーンのジョーシンから電話があったが、 「節電のため、午後一時からの営業時間」という。学生が上京などで家電を揃える時期にである。 △ IT化で出張などが激減している上に、日帰り圏の地方の駅前ホテルなどが大打撃を受けている上に、これ。 厳しさが身に沁みる。 △ 高校野球の特別枠の佐渡高校では応援団を出さないことに決定。 △ この震災は12〜16兆円の直接損失というが、間接損失を含めると、その何倍になる。 国民総生産はマイナ10数パーセントの可能性がある。 △ 東北・関東の農業、牧畜は雨などの水で汚染され、壊滅状態に。
△ 計画停電は夏まで続く上に、ガソリン不足が経済の足を引っ張る。ピークの夏では25パーの電力不足になる。 恐ろしい限りである。 ・・・・・・・・ 3284, リーマンブラザーズ、最後の4日間 2010年03月23日(火) この三連休は、家で大相撲やプロ野球、そして録りだめていた映画を見てすごした。 その中で「大暴落 サブプライムに潜む罠」の続編「リーマンブラザーズ 最後の四日間」を二度みてしまった。 実録的なドラマ仕立ての内容だから緊迫感が満ちていた。多くの本やNHKのドキュメントを見ていたため、 引き込まれてしまったのだろう。ギリギリまで何とか救済されると思っていたリーマンの重役達の姿がリアルである。 ー まず「リーマン・ブラザーズ 最後の4日間」の解説をW0W0WのHPからー 世界金融危機を象徴する、米国の大手証券会社リーマン・ブラザーズの崩壊。それまでの舞台裏を、実話に基づいて描いた 英国発ドラマ。歴史に残る4日間を再現した衝撃作。2008年秋に始まった世界金融危機を象徴するリーマン・ブラザーズの崩壊。 それに至るまでの内幕に迫った英国のTVムービーを《WOWOWプレミア》で日本初放送。 世界金融危機からほぼ1年後の 09年9月に英国BBCで放送されたばかりの最新作だ。 2008年9月12日の金曜日。NYのタイムズスクエアにある リーマン・ブラザーズの本社に激震が走る。 米国第4位の規模を持つ証券会社・投資銀行であった同社だが、 前年に発覚したサブプライムローン問題の影響で、同年6〜8月期の純損失が39億ドルにも達したと判明したからだ。 それから同社が倒産するまでの4日間、同社の経営陣は合衆国政府などに救済を求めながら何とか社の延命をめざしたが、 同社の株価の急落を止めることはできなかった。 しかしその背後には金融界や米政府を含む様々な思惑がうごめいていた…。 実話に基づき、歴史に残る数日間をリアルに再現した衝撃の実録ドラマだ。 〜〜 メルリリンチ社社長とバンク・オブ・アメリカの社長の買収交渉の株式買取の値段交渉の場面がシビアである。 当時の財務長官のポールソンがアメリカの金融機関の長たちと難局を協議する場面も圧巻。 ポールソンが、リーマンを見放したときの言葉、「何処から倒れるかだ、まずリーマンが倒れただけだ」が印象的。 ・「人は99パーセントが動物で、1パーセントが人間。その一パーセントで変になってしまう。 しかし貴方たちは、その逆と思っていないか?」 ・「ローマから中世、そして現代へと西欧が出来上がってきた。それが、この破綻で全て壊れてしまう。 これからは中国などの世界に取って代わる。バチカンが日本人によってホテルになったり・・・」 ・「もしAIGを倒産させると、世界中の銀行に眠っている債権の半分が不良債権になってしまうから潰せない」 というポールソンの言葉も印象的。 ・最後のナレーションが、ある詐欺師の言葉を紹介していた 「人はタダで何かを得られると思いだまされる。俺はタダで人を騙して物を得る」 投機は、最後は騙しあいである。それを金融資本主義の名でやったのがアメリカである。 ・・・・・・・・・ 2909, 寝入る瞬間を経験したことがあるか? −2 2009年03月23日(月) 学者・マギー著「哲学人」が、自宅近くの長岡中央図書館にあった。 この本の冒頭に、5歳の頃に「寝入る瞬間がわかるかでどうか」を3歳上の姉に聞いたところ、 「そんなことを憶えている人がいるわけがないでしょ」と軽く言われ、そこで自分の眠る瞬間を見張っていたが、 出来なかったという。 それをキッカケに7〜8歳の時に指を見つめて一本ずつ曲がるかどうか試したら、 一本ずつ曲がったのを驚きの目で見つめたという。 そして10歳では・・・と、身近な疑問が次々と起こってきたという。 400ページの分厚い本で上下巻あったが、30分ほど図書館で「寝入る瞬間の経験を何故できないか」の部分を調べたが、 調べた限りではなかった。 これは簡単に論証するには至難ということである。 カント哲学の分野ということだろうか? 前回、軽くその答えを書こうとしたが、訳の分からない内容になったのは当然のこと。 マギーが、その後の人生で 寝入る瞬間の経験をしたことはなかったようだ。もし経験していれば、正直にそこで書いているはずである。 それを経験したことのない人や、哲学的に「寝入る瞬間を経験することが不可能と論証された」を信じる人がいるとしたら、 私の経験はウソと判断するはず。しかし、私は間違いなく、その瞬間を経験したのである。数十分の一か、 数百分の一の刹那であったし、それは夢ではなかった。「あ、見た!」という感覚を今でもはハッキリ記憶している。 マギーが「寝入る瞬間を何故、経験できないか」の論証があるとしたら、如何なる論か推測したが、 あまりの好い加減と恥じて、それならと懲りずに考えたみた。こと、この件に関して私は実際の経験をしているのであるが、 そうであれば、この大哲学者より私の経験が優っている。それなら、もし彼が好い加減な論の推測を気楽にできることになる。 ーその後の推論は次のようになるー 「寝入る!と思って寝れない。ということは意志では無理である。意志の奥にある無意識が引き込む世界で、 意識の世界でコントロールは出来ない。その瞬間は膨大な無意識の世界が意識を無に引き込む刹那な瞬間であり、 それは意識は捉えるには、その瞬間はあまりに短い。その瞬時を見るなどありえないほど、膨大の瞬時の集まりが大きい。 更にいうなら、無意識(寝入った世界)が引き込む精神作用は意識世界の作用でコントロール出来るほど浅くはないのは 経験済みである。その瞬間を見るのは、神の姿を見るのに等しいといってよい。無意識とはそれ位、生物の膨大な記憶が 刻印されている。 ・・・・ ー こんなところだろうが、好い加減なことは大して違いがない。「神の姿を垣間見た」と類推するのは、言い得て妙だが。 ・・・・・・・ 2545, パリ高級娼婦館女主人の告白 ー3 2008年03月23日(日) ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] 女主人の一番の栄誉が、J・F・ケネディが館に来訪したことだろうか? 当時、こういうことを言ったら消されただろうが、時間の経過で身に危険がないと判断したためだろう。 真偽のほどは解らないが嘘までデッチあげないだろう。所詮ズボンから下のことは、こんなものだろう。 政治家は言葉である。国民に方向をしっかり告げて、底からエネルギーを沸かせればよい。 ともかく、この本、どの部分を読んでも、具体的でおもしろい! ーー ある朝、私はアメリカ大使館から電話をもらいました。「VIP(大変重要な人物)が今、パリにおしのびで いらしていますが、最高に品格のある女性をと望まれています」その話し相手はつけ加えて言いました。 「彼に、その女性があなたの館から来たということを、知られてはいけません。 私たちは彼女のことを、大使の友だちのマヌカン(モデル)として紹介します」 「まったく問題ございません。私のところにそういった場にふさわしいパーフェクトなイギリス女性がおりますので、 彼女を送ります」 翌日、娘はとてもエキサイトしてオフィスにやってきました。「クロード、大統領だったのよ」 「えっ、どこの?」と、地球の支配者達に、何の感動を覚えなくなっていた私は、ぼんやりと尋ねました。 「ジョン・F・ケネディよ」「あら、ラッキーね」と一瞬、すらりとした彼の姿を想像しあがら答えました。 「彼、私と今夜も会いたいんですって」と動揺しながら、娘はつけ加えました。 「それで、私は彼に、多分ね」と言ったのよ。彼は私が家族と一緒に住んでいて、いつでも自由なわけではないと思っているのよ」 私は指示(つまり彼らが支払うという)が出ているかどうかを調べるために、アメリカ大使館…に電話を入れました。 大使館員は少し考えた後、「OK」と返答しました。大統領が滞在した一週間というもの、同じシナリオが繰り返されました。 ただ大統領の情熱と娘の情熱が、日に日に強くなる一方で、支払い義務のある大使館の熱意は薄らいで ゆくばかりという誤差はありましたが……。 フランス訪問を終え、彼はワシントンに向けて出発しました。 娘は少しメランコリックになり、アメリカに行くための航空券を送ることを彼が約束してくれた、と告白しました。 (字数の関係でカット2011年03月23日) ・・・・・・・・・・ 2007年03月23日(金) 2180, 14歳の君へ ー2 オッ(*^○^*) ハ?ヨウサン! ー 読書日記 ー勉学ー についてが、考えさせられる内容である。私自身、この歳になって学ぶことが、飛躍的に?伸びている。 何ゆえかというと、知った分だけ自分が広がっていく実感と、充実感がよいから意欲がわくためである。 それと、このHPを持ったことも含め、情報環境が飛躍的に良くなったことである。 この20年近く秘境・異境に行きつづけて、 大自然や異境の文化・文明との出会い、感動を重ねている感覚に似ている。ツアーと旅とは似て非なるものである。 それぐらい解っている。旅は目的地そのものへの到達と、そのプロセスを味わうもの。その困難性やハプニングの中にこそ、 味わいがある。ツアーはプロセスを楽しむが、それは企画された範囲である。企画側のストーリーの中での、危険を最小限度に抑えて 楽しむ遊びである。しかし一つの事例として、北スペイン「パンプローナ牛追い祭り」の二週間のバスツアー。 旅なれない個人の企画の旅より、20人位の人が大型バスを一台借り切った方が、効率が良い上に、最大限の観光が可能となる。 またケニア、タンザニアなど個人では危険があまりにも多すぎる。そこで仲間を集って経費を合理的に使う、 これが現在のツアーの価値となっている。勉学と少し話が違うようだが、自分の中の知識・見識の蓄積ということでは同じである。 勉学の目的「賢くなるため学ぶ」ことである。 目的(地)は賢くなることで、良い学校を出て、良い会社に入ることではない。 良い学校・会社に行けば、賢いやつが多くいるから、賢さの意味や、手法・手順が身に付くが、しかし目的(地)ではない。 そのプロセスこそ重要ということでは、旅の道程を楽しむことに似ている。 ー考えさせられた箇所を抜粋してみるー ー「14歳の君へ」から P-60 「勉強ができる」ということと、「賢い」ということは、違うことだとわかるだろうか。 君たちが普通、「あの人は勉強ができる」と言うとき、たいていそれは「成績がいい」 ということだね。だけど、「賢い」というのは、そういうこじゃない。 たとえば、なぜ言葉というのは、そんなふうに活用するものなのか、なぜ活用することで言葉の意味は変わるのか、 そういう問いをもっていることだ。問いをもって、自分で考えていることだ。あるいはローマ帝国の本を読んだとして、 なぜ帝国は滅んでしまったのだろうか、滅ぶということは人々にとってどういうことだったのか、そういう問いをもって、 それを自分で考えることだ。教わったことについて自分で考えることことだ。 君は授業で教わったことを自分で考えたことがありますか。・・(中略)自分で考えたことは、決して忘れることがない。 その人の血肉になり、本当の知識になって、その人のものになるのだ。人が賢くなるということは、こういうことだ。 言葉はなぜ活用するのかを考えるということは、自分がふだん使っているこの言葉について考えることだし、 ローマ帝国の崩壊と人々について考えるということは、同じ人間としての自分の心や行為について考えることだ。 考えるということは、必ず、自分のこととして考えるということだ。 すべて自分に関係のあることとして考えるということなんだ。 P-65(字数の関係でカット2009年03月23日) ・・・・・・・・ 2006年03月23日(木) 1815, 近聞遠見 ォ'`ォ'`( ゚,_・・゚)ノ"ォ'`ォ'`ョゥ 先日の毎日新聞のコラム「近聞遠見」の岩見隆夫の「岩国哲人の『偽の国』論」が含蓄が深い。 ーまずは、その内容を紹介してみるー (字数の関係でカット2008年03月23日) ・・・・・・・・ 2005年03月23日(水) 1450, 書く(一人、語る)ということ ー2 このHPを開設をして、あと1ヶ月あまりで丸4年になる。 よく書き続けてきたと思うが、私自身にとって開設前と後という位のインパクトがあった。 書き出して公開するということは知性の乏しさや品性が出てしまう。20代前半の日記を読んでみると、 書き残すという意味と必要性が解る。問題はその後書き続けてなかったことである。書き続けていれば、 人生は全く違ったものになっていた。日記など、自分の考えを書き続けている人は1?しかいないという。 それだけ自分の気持を書き連ねることは大変なことである。記憶として思い出したくないことが人生には多いからだ。 随想日記は、考える生活、語る人生への転換であった。 (それまでも少しはあったが、毎日書き出すことはしてなかった。) ・考えることが少ない生活から、 考える生活へ ・必要なことを求める生活から、 知を求める生活へ ・役立つものを価値としいた生活から、目先は役立たない価値を求める生活へ ・常識に従う生活から、 常識を疑う生活へ ・実生活の利害から物事をみる見方から、 真実を見ようとする生活へ ・日常の会話重視から、 哲学的論理を重視する生活へ と変わっていった。 これは一般社会の見方を根底から否定することになる。それ以上に自分の知識欲求が、日にちを重ねれば重ねるほど 大きくなっていくほうが素晴らしい。しかし、興味本位でみている人は少しは納得はするが?何か可笑しな戯言に思えるだろう。 過去の天才を調べると、共通点は日記や、詩、手紙などに自分の気持や考えを雄弁に書いていたという。 天才などなりたくもないし、なれるわけがないが、脳の基礎構造を拡大している実感がする。 4年間書き続けてみて、内面のコペルニクス的な大転換を経験している。おそらく、このペースで あと6年間ー合計10年続けたら、何かが爆発する予測はできるが、それが具体的に何かはわからない。 一昨日、NHKの「クローズアップ現代」で、‘最近の若者が気楽に小説を書くようになった’という特集をしていた。 全く、他の本を読んだことがない若者が芥川賞をとってしまうのだ。 携帯やパソコンでメールをしているので、いつの間にか文章力、表現力がついてしまっている。 おまけにインターネットやゲームで感覚が研ぎ澄まされている。彼らの文化もチャンとできているのだ。 言葉とイメージは人間に対し、神が与えた最大の能力(脳力)である。 ・・・・・・・・ 2004年03月23日(火) 1085, 「80対20」革命 ?3 (読書日記) 現在、全ての企業は新しいコンセプトの創造と、その業態つくりが求められている。 その一点に、全てのエネルギーをむかなくてはならない境目の時代である。 ところで、その途方もない「創造活動」はどのようにして起こるのだろうか? この書で解りやすく書いている。 (字数の関係でカット2008年03月23日) ・・・・・・・・ 2003年3月23日 718, 「無名人名語録」 ー永六輔ー 読書日記 無名人、普通人、一般人……の片言隻句の集成である。誰かが言いそうで、オレが言ってもおかしくない、 と思わせる言葉だ。こう言っている人はどんな人かと想像を刺激する言葉に満ちている。普段バカ話を話している時、 こんな事をいつもいっていし、高尚な哲学の話よりずっと親近感を感じる内容だ。こうなると言葉の収集家といってよい。 ーまえがきー の一部 考えてみると老人たちが何げなくつぶやく「道家」も、江戸時代の「無名人命語録」だ。 少し並べてみる ・ 堪忍袋の袋を常に首にかけ 破れたら縫え破れたら縫え ・ 今日ほめて明日悪く言う人の口 泣くも笑うも嘘の世の中 ・ ぶらぶらと暮らすようでも瓢箪は 胸のあたりにしめくくりあり ・ 手や足の汚れは常に洗えども 心の垢を洗う人はなし ・「 若い奴には教養がないっていいますが、その教養を身につける素養というものがありませんねェ 」 ・「 美人の浮気を不倫というの、ブスの浮気は不貞というの。・・・これも美輪明宏語録 」 ・「 美輪明宏が言っていたけど、美人は三日で飽きる。ブスは三日で慣れる 」 ・「 夫婦喧嘩しててね、ダンナの言葉に、お国訛りが出てきたらそろそろ注意するの。 訛ったら、その次は暴力なの。だから、相手の言葉遣いをよく聞くようになちゃった 」 (字数制限のためカット 2010年3月23日) 『無名人名語録』 永六輔 2003年03月10日 長岡中央図書館 ・・・・・・・ 2002年3月23日(土) 354,偶然の一致 -時差ぼけ 心理学でいうシンクロニシティーである。今起きてきて、台所の時計が9時16分で止まっていた。 居間の時計も9時16分で止まっていたのだ。寝室の時計で6時過ぎである事は確かである。現在は6時21分のはずである。 腕時計を見たら、9時21分になっていた。ウソじゃないか!ウソじゃない!そうすると3っの時間が9時16分に 一緒になっている事になる。台所の時計は止まり、居間の時計は現在9時35分でどういう訳か今動いている。 腕時計を今見ると9時35分である。(16分から19分たって35分になっていた為、時間が違う) シンクロニシテーが起こったのだ! TVをつけたら9時35分であった。4っつ目の偶然の一致? いや寝室の目覚ましが壊れていたのだ。お粗末!これが時差ぼけだ。家内は今も寝ている。それにしても朝4時に目覚ましを見たとき、 いやに明るかった!それに何の疑問を持たないのが時差ぼけである。たった今起きた小さい迷事件である。
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