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2011年02月05日(土)
* ほんの5年前までは 5〜6年前までは、「自分の生活は中の中」と答えた人が53パーセント、中の下が27パー、合計八割が中流と思っていた。 現在はどうだろう? 中流といえば350万〜650万、上流に近いのが700万以上あたりか。 2005年に下流社会という言葉が 流行語になって格差社会を象徴する言葉になった。この時の下流は、食うや食わずの状態ではなく、中の下くらいに位置する人を 対象にした言葉だったが、この数年では下の人を対象にするようになっている。 貧困に「相対的貧困率」という数字がある。平均世帯所得の半分以下の世帯の数が、全世帯に占める割合をいうが、 1984年〜1994年の7〜8パーセントが、2000年には一挙に倍近い15パーに増えてしまった。 最近では、20パーを遥かに超えているのだろう。 下流とは、ウィキペディアによると ≪2007年の国民生活基礎調査では、日本の2006年の等価可処分所得の中央値(254万円)の半分(127万円)未満が、 相対的貧困率の対象。これは、単身者では手取り所得が127万円、2人世帯では180万円、3人世帯では224万円、 4人世帯では254万円に相当する。≫ リーマンショック以来、この数字は急激に悪化しているから、2割は、貧困層。 ところで、世界の相対的貧困率は、いくらだろうか? 感覚的にみて、日本の半分以下だろう。 とすると、10年、20年かけフラット化していくプロセスに入ったということか。 * 百円ショップの楽しみ 2〜3ヶ月に一度は百円ショップに行っている。 新潟では昼休みの運動に歩いて10分ほどの駅南の「セリア」に。 通勤の帰りには元ダイエーが撤退したあとの越後交通ビルの2Fに「ダイソー」がある。 一回に千円程度を買うのが楽しみ。 殆どが衝動買いだが、外れは2割位?。 鞄の中と、机の周りは百円ショップの商品で溢れている。ノート、電子機器などを 入れる袋もの、小物を一時的に置くカゴ、などなど。 数日前に買ったのが、自転車のカバー。 電動アシスト自転車を 千円位のカバーをかけていたが、強風で何処かに飛んでしまっていた。 そこで、HCで買おうとしたら、家内が曰く 「百円ショップで、一度見てからにしたら!」といわれ先日、セリアに行ったら、材質は落ちるが、留め金付のものがあった。 百円ショップの商品は機能だけに絞ってあって百円に押し込んである考え方は非常に良い。 ・・・・・・・・ 2010年02月05日(金) * 狂ってしまった猿 ニューヨークのブロンクス動物園のアフリカゾーンに近い大型類人猿舎に「鏡の間」という場所があり、 そこに立つと当人の姿が、鉄柵越しの鏡に映る。その看板に「The most dangerous animal in the world.」と書いてある。 世界で最も危険な動物が「人間」とは痛烈な皮肉である。「象」「ライオン」などの野獣とは比較にならないほど危険な動物が、 生存を賭けた人間世界形成している。鏡の下には、「24時間ごとに19万万匹の割合で増えているこの動物は、 他の動物を絶滅させたことのある唯一の動物です。この動物は、今では地上の動物の全てを絶滅させてしまう力を手に入れました」 と付記されていた。これは1963年に、自然保護の分野で著名なウィリアム・コンウィン博士によって設けられ、この警告も博士の言葉。 既に10数年前に、大型類人猿舎は撤去され、「鏡の間」も消滅してしまっている。年中サカリがついている、スケベな動物と 加えてなかった? 宇宙から地球を眺めてみると、まさに地球の生命圏を消滅させてしまう、狂ってしまった猿という 自覚できるようになってきたのが、唯一の救い。その最大の狂いを生じさせたのが、アッラーという神を発明したこと? 数千年たった現在でも縛られているのだから・・・ 「世界で最も??な動物」の??を、‘馬鹿、助平、知性的、凶暴、等々と色いろ当てはめると? ・・・・・・・・ 2863, アメリカ発 世界自動車危機 −2 2009年02月05日(木) この番組で、電気自動車を取り上げていたが、脱化石燃料の流れ加速しそうだ。 自動車の心臓部分はガソリン・エンジンだが、それが電気モーターに変わると、これまでの自動車の概念が変る。 ・「自動車が電気商品になってしまう」のである。 現在一台あたり3万点の部品が、2万点で済むという。 ・前部のエンジン・スペースが、大幅に減ってしまうのである。 ・更にガソリンエンジンのため、車体は鉄と決まっていたが、電気モーターの場合は熱を持たないために、 プラスチックやカーボンも可能になり、軽量化が劇的に進み、エネルギー効率も良くなる。 ・電気は家庭のコンセントからでも充電可能になり、結果としてガソリンスタンドは激減。 ・これまでのような原油値上がり、即ガソリン代の高騰の構図はなくなる。 これからの10年間は、部品メーカーを含めた劇的な産業構造の転換が起こる。ガソリンエンジンなどの部品メーカーは、 存在そのものが問われるのである。いや既存メーカーの存在意義も問われるのである。 既存のシステムが逆に重荷になる。 (字数の関係でカット2009年2月05日) ・・・・・・・・ 2008年02月05日(火) 2498, 無くてはならぬもの −6 ー 一度だけの人生 ― どこに根を張るかー P−196 他人とばかり比べないで世界中に、私はたった一人しかいないんだ、とかけがいのない自分という存在ということを、 もういちど、しっかり見出してほしい、と。あなた方の人生は誰にも代わってもらうことはできないし、しかもそれは二度と 繰り返すことができない一度限りの人生なのだ。それが本当にわかってないと、人生をどう生きるか、という問題は、 真剣に考えていくことができない。 p−199 たとえどんな小さな仕事でも、自分が一生をかけてやりとげる、そういう人生の目的を見出してほしい。 そうして二度と戻ってこない一日一日を、そのことに打ち込んでゆく。それは無限の希望なのである。 天才とは、努力をする人間なのである、といった人がいる。私たちの個性というのは、何かに生涯を通して 何かに打ち込んでいく、そういう努力を通して形成されていくもの。あなたは社会的に成功しなくてもよい。 自分がやりたい事を一度かぎりの人生に打ち込んで努力してみたらよいではないか。そのことに10年打ち込んでみたらどうか。 その道ではエキスパートになるだろう。一流大学を出ているなど、誰も問題にはしない。どんな小さなことでも、これが自分が したいことを生涯を通して行えば、世界のために何か貢献することができるのである。それで途中で倒れることがあっても、 一日一日を、そういう仕事にうちこんでいれば、人生はそれで良いのではないだろうか。 P−202 亡くなった和辻哲郎が若いときに書いた「樹の根」というエッセーを思い出す。「偶然再興」の中に収められ文章であるが、 「・・・ある時、砂に食い込んだ松の木の複雑な根を見守ることができた。地上と地下姿があまりにも違っていたのである。 楽しそうに葉先をそろえた針葉と、それに比べて地下の根は。戦い、もがき、苦しみ、精一杯の努力をしつくしたように、 枝から枝と分かれて、乱れた女の髪のごとく、地上の枝幹の総量より多いと思われる太い根、細い根を無数にもって、 いっせいに大地に抱きついている。私は、こういう根があることを知っていた。 しかしそれを、目の前にまざまざと見たときに、思わず驚異の情に打たれぬわけには行かなかった。 ーーー 「順境には枝を張れ、逆境には根を張れ」という言葉があるが、当時、この「樹の根」のエッセーの言葉が心の支えであった。 個性とは、自分が人生をかけて打ち込んだ中でこそ生まれるもので、むしろ逆境の中でこそ形成される。 38年ぶりに読み返してみたが、私にとって「人生を支えてくれた三冊の本」の一冊であった。実は読み返して今、気づいた。 それでは他の二冊は何か? 近々に取り上げてみようか。大本教の出口王仁三郎の本と、新約聖書である。 ・・・・・・・・・ 2007年02月05日(月) 2134, 時間についての一考察 −1 b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪ 最近ますます哲学づいている。今日は「時間」について考えてみる。その中で「いま、ここ」−現在ーの意味が深い。 考えてみても解ったような解らないような難しい問題である。「いま、ここ」という永遠への控えの間?には 非常に深遠な光と陰を感じる。 感動した瞬間、感激した瞬間、そして心の奥底から感謝した瞬間、怒り心頭に達した瞬間、 人を殺してやりたい位に憎んだ瞬間、そのどれも自分を構成している骨組みである。その時々のことは、 ほぼリアルに記憶に残っている。その瞬間・瞬間は、過去・未来ではなく「その時点での今・現在」に経験したことである。 (字数制限のためカット 2010年2月5日) ・・・・・・・・ 2006年02月05日(日) 1769, 閑話小題 ー エ!まさかー 先月の末の話になるが、長岡のある料理屋が閉鎖をしたと朝日新聞の新潟版に別枠で大きく取り扱われていた。 店主が店の2Fで心不全で亡くなっていたのが翌日になって発見されたとか。戦前(この言葉も古いが)から 七十数年も続いた店で、両親に何度か連れられていった記憶が鮮明に残っている。タンシチュウや、エビフライなど 独特の味付けだった。昨年の暮れ、家内とその店の向かったが途中で吹雪いたため、駅前の居酒屋に入ってしまった。 一昨夜、長岡で飲んだおり居酒屋とスナックでその話をしたところ、自?という。4~5軒まわった店では全員がそのことを しっていた。いま殿町では、その話でモチッキリという。どの店も不景気で他人事でないだけに身に沁みるという。 有名な飲食店が数年前に店主が病死をして閉店をしたのも、実は自?だったとか、あの店も、その店の誰かも、 実をいうと??で・・、そのほとんどが借金苦だったという。これだけ災害が続けばお客の足が遠のくのもわかるが。 ・・・・・・・ 2005年02月05日(土) 1404, 立花隆の旅について この人の本を読むと、その博学と行動力の凄さに驚きざるを得ない。深い人間洞察を何気なく言ってのける。 長年かけた知識構築の結果といえば、それまでだが。人間洞察を旅を通して語っているから尚のこと解りやすい。 人生は旅であるからだ。今回借りてきた、「思索紀行」−ぼくはこんな旅をしてきたの序論のなかの 「旅と人間について」の次の文章でもいえる。ーすべての人の現在は、結局、その人の過去の経験の集大成としてある。 その人が過去に読んだり、見たり、聞いたりして、考え、感じたすべてのこと、誰かと交わして印象深い会話のすべて、 心のなかで自問自答したことのすべてが、その人の最も本質的な現存在を構成する。考えた末に、あるいは深い考えなしに したすべての行動、その行動から得られた結末に対して反省や省察を加えたすべて、あるいは獲得されたさまざまの反射反応が、 その人の行動パターンを作っていく。人間存在をこのようなものと捉えるとき、その人の全ての形成要因として旅の持つ意味の 大きさがわかるだろう。日常に支配された、パターン化された行動の繰り返しからは、新しいものは何も生まれては来ない。 知性も感性も眠り込むだけだろう。意欲行動も生まれては来ない。 人間の脳は、知情意のすべてにわたって、ルーチン化 されたものはいっさい意識の上にのぼらせないで処理できるようになっている。そして、そのように処理されたものは、 記憶にもされないようになっている。 意識の上にのぼり記憶されるのは、新奇さの要素があるものだけなのだ。 旅は日常性からの脱却そのものだから、その過程で得られたすべてが新奇の要素を持ち、記憶されると同時に、 その人の個性と知情意のシステムにユニークな刻印を刻んでいく。旅で経験するすべてのことがその人を変えていく。 その人を作りかえていく。旅の前と後では、その人は同じ人であり得ない。旅の意味をもう少し拡張して、人の日常生活ですら 無数の小さな旅の集積ととらえるなら、人は無数の旅の、あるいは「大きな旅の無数な構成要素」がもたらす 小さな変化の集積体として常住不断の変化をとげつつある存在といってよい。 ーー 以上であるが、人間と旅の本質をズバリ言い当てている。旅行に行って帰ってくると、それまでの自分とは別人になったような 感覚になる。行った先の自然や文明文化から受けた感動によるものだ。旅行で感動した幾つかが、自分の人生の魂の奥に沈んで、 人生の大きな骨格になっている。そして一回行った旅行は、それぞれが今も現実的に続いている。TVや書物で、 その後も多くの疑似体験ができるからだ。何処かしら週に2〜3回は情報媒体を通して、その続きの経験をしている。 この随想日記も、過去の出来事、考えたこと経験の集積ぶつを拾い上げ書き出している。汲んでも汲んでも尽きることなく出てくる。 ・・・・・・・・・ 2004年02月05日(木) 1037, 「わたしは悪い不動産屋」 読書日記−1 本屋で何回も立ち読みをしていたが、ついに買ってしまった。知り尽くしている私が読んでも、面白いのだから素人は 是非読むことを勧めます。こと不動産業界に関しては、一般の素人は非常に用心すべき世界である。 最近よく目にするマンションでAP?とかいうマンションがあるが、知る人ぞ知る危ない典型の??である。 建設業界やマンション業界すべてを、素人なら危ない世界と認識しておくべきだ。内装の一枚内側の設備などは、 どうなっているか解らない。会社は何処も火の車、何時潰れたもおかしくないのが内情。彼等はどこで手を抜くか、 目に見えない配管とかの隠れたところしかない。その結果は、買って10年〜20年経ってから欠陥として出てくるから始末が悪い。 間違いなく10年〜15年で五分の一以下に確実になるのに20〜30年ローンで買わされている。無知そのものが罪だというが、 露骨に自分に帰ってくる世界である。マンションを10年前に買った人のいまの相場を聞いてみればよい。殆どが5分の1以下である。 ファッションの服やバックは、一年経てば五分の一である。コストからみると、買った瞬間2分の1である。 本人もそれでよいと納得した買っているので、それはそれでよい。それと同じ感覚でマンションや住宅を買ってしまうことが 問題なのである。新興のマンションメーカーはファッションマンションとして割り切ってお客の無知を狙っているのだ。 それが消費者の意向ならそれでよいと。酷いといえば酷いが、飛びつく無知も無知である。 以下はホームページから調べた概要である。 ー つづく ーーーーーーー のっけから意表をつくタイトルだが、実際にはない土地を売るなどのいわゆる地面師みたいな本当に 悪い不動産屋なら、捕まって免許剥奪、不動産屋も解雇である。 従って、この本で扱うのは、 あくまで合法の範囲で、どのように不動産屋がインチキ臭いことをするのかといった話である。 (字数の関係でカット2009年2月05日) ・・・・・・・ 2003年02月05日(水) 672,嘆きの部屋 ・高校同級の土田氏が入院でわずか3週間で亡くなった。 食道がんで肺に転移もう末期だったという。 一瞬で地獄の底に突き落とされた恐怖は言語に絶するものだったろう。「病院には嘆きの部屋」があると モッケイクラブを事務所の部屋で開いていた時に、看護学校の末期医療専門の女の先生が話してくれたことがあった。 ・絶望のその気持ちや混乱を大声で喚くことで静める防音の部屋がどこの病院にもあるという。 もう他人事ではない年齢だ。 それまで生きてきた全ての人生を圧縮した時間が流れるという。 キュ−プラー・ロスという「死ぬ瞬間」という本を 出している死の見取りを専門にしてきた人が、その本で究極の死を受け入れの心理過程を書いている。 確かまずは拒否、怒り、取引ー自分との、受容。 ・父が死ぬまでの一年間、しっかりとその時間の中でそのプロセスをみた。 生への渇望ーその砂漠の真ん中に 一人取り残された生への渇きの極限状態だ。 その時父に「昔の哲学者がー本人にとって死はない!という話をした。 死んだ瞬間それは自分でないから、生きている限り自分の死は存在しない。存在するのは他人の死だけだーエピクロス」と。 父がその時ホッとした顔で「死について初めて解ったような気がした」と答えた対話が鮮明に残っている。 それまでの父の口癖は「死んでしまえばそれまでよ!」であった。 ・死ぬのは仕方がないことである。ただ後悔をして死にたくない! いや、後悔したっていいじゃないか、死んでしまえば 全て無なのだから。 生まれる時も独り、死ぬ時も独り。生きている時も独りだ。 ただ忘れているだけでしかない。 考えてみれば、生まれる前の状態に戻るだけ。誰もが生まれる前の状態と、死んだ後の状態が生きている時でも取り囲んでいる。 寝ている状態はその際に戻っているのだろう! 以上、死のおさらいでした! ・・・・・・ 2002年02月05日(火) 322、一人旅 ー「北海道」編 「北海道一周、九州一周、紀伊半島、能登半島」と、けっこう経験しているが世界一周の一人旅の経験はしてない。 人見知りするためか、どちらかというと「一人旅」は苦手だ!といって振り返ってみると結構経験をしていた。 若い時の一番人見知りの時期ほど旅をしているのは、若さのエネルギーか?そのいくつかを書いてみよう。 今回は北海道である。大学の4年の時である。今でいうと自己逃避か、はやまた気取りか。 いやそうしなくてはならない「自身の何か?」であった。かっこよく言えば行き詰った自己打開ということだったのか? といって、それほど無理した旅行でなかった!殆ど記憶に残ってないが、確か列車の乗り継いで青森へ! そして連絡船で函館?そして札幌、釧路、根室、知床、網走と汽車を乗り継いだ。書いていていて、 多くのことを思い出してきた。世界への一人旅へ出なかったのが悔やまれる?いや当時はまだ無理だったのか? あの時何故日記を書かなかったのか?書いておけばよかった!何か何処かの山の上によじ登り、尾根を歩いたのを 思い出した!一人に対して何の寂しさとか、不安は何もなかった?いやあったが忘れてしまったのか? 函館の函館山から見た夜景を鮮明に思い出した。屈斜路湖、摩周湖、層雲峡と・・・一応振り返ってみると、やるべき時に やるべき事はやっていたようだ。30数年たって、この旅行を初めて振り返ってみた。行方不明のアルバムに写真が 残っている筈だが。青春時代はいつも大きい壁があった。その為フラストレーションがマグマのように溜まっていた。 それがエネルギーになっていたのだろう。 ・・・・・・・・ 2月5日 1969年 11時に「価格理論」の試験であった。あれだけ必死の勉強をしたが、満足がいかなかった。帰りは、川崎と一緒だった。 帰寮後は、今日の試験のショックでやる気が起きない。いや、昨日のこともあるか。産関論の試験勉強をする。 あまり熱が入らない。しかし途中から集中ができた。の中でヤマをかけたが、どうなるか分からない。気持ちは刹那的である。
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