| 3599, 誰も書かなかったアメリカ人の深層心理 −2 |
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2011年02月01日(火)
ーアマゾンー〈レビュー2〉 150年に亘る交流(良いも悪いも)を重ねてもなお違和感を残す日米関係の底流に何があるのかを的確に指摘。 最大の楽天主義国米国と最大の悲観主義国日本が同じ規範を持ち行動する事はできない。確かにレビューアーの経験でも80%できれば 成功とする米国流positiveさに対し20%できなければ失敗とする日本流negative思想の差は大きく、常に確執と挫折を経験してきた。 その原因に筆者は米国(の本流たる人たち)に特徴的な宗教観、価値観、家庭観等を挙げる。 同時に現在の金融資本主義者は 米国の一部の「深刻なノイローゼ患者」であり、それを米国の真の姿と誤解したまま日本に導入し、そうでなくとも 破壊されつつある 「心」を失わせた者と日本社会も糾弾している。(著者近著「非社会性の心理学」にも関連) 余談だが、日米のpositive/negativeさは ある特定遺伝子の長さ(米国人は長く日本人は短い者が特に管理者レベルで顕著)が影響しているとの説もあるようだ。 こうなると最早理解しても埋めきれない差異というべきかもしれない。 米国の姿を通じて日本を知るための必読書 〜はしがき〜に、要約が分かりやすくまとめてある。 要するにアメリカは、「家族」と「宗教」と「権威」を非常に大切にする国民である。これがアメリカ理解の基礎である。 このアメリカの本質を間違えると、アメリカ理解はとんでもない間違ったものになる。さらに私たち日本人は、我がままと無責任を 個人主義とはき違えるというおまけまでついてアメリカを理解してしまい、それを受け継いだ結果、日本人の心は崩れてしまった。 簡単に日米基軸というが、世界一楽観主義の国であるアメリカと世界一悲観王義の国である日本との相互理解がいかに難しいものかを 分かっている人は、日本の政治家の中にはいるのであろうか。アメリカはスーパー楽観主義の国であり、日本はスーパー悲観主義の国。 このことは本文中に詳しくデータを示しながら説明してある。残念ながら、日本の歴代首相は誰としてこのことを分かっていない。 さらに世界一楽観主義の国でかつ戦勝国が世界一悲観主義でかつ無条件降伏をした敗戦国に押しつけた憲法が、これまた世界一理想主義で 世界一楽観的である。アメリカを間違って理解することの中には、いろいろと理由はあるが、そのうちのひとつは次のことである。 アメリカは基本的には今もなおプロテスタンティズムの倫理が支配している国であるが、アメリカについての情報発信地は偏った 局部の地域になっている。1970年版のギャラップ世論調査で見ると、プロテスタントが六五%である。ユダヤ教徒が三%であるが、 所得の最も高い層の人たちでは倍の六%。東部の所得の高い人たちの層では、なんと一四%にもなる。東部の大都市では住民の一七%である。 ーー 一神教のシステムを多神教の日本に入れたマイナスの矛盾が、ここにきて一挙に吹き出てきた。とはいえ、それを乗り越えるしかない。 ・・・・・・・ 3234, 閑話小題 2010年02月01日(月) * 何か変である 民主党が政権をとって動き出したのはよいが、どうも変である。党是の官僚主導の打破は良いが、検察と元大蔵省査察が 官僚の権益を守るため、権力闘争の尖兵として露骨に動き出した。前より現在の検事総長が??と思っていたら、八月が交換時期。 その先手と思えば合点する。民主党は民主党で、「次官制度の廃止」の構えである。これは官僚にとって致命傷になる。 官僚の自己保身で行政が混乱させるのは当然の成り行き。 国が壊れていく時は、こんなもの?。 「現在の検察はボロボロの汚れ雑巾。これが社会を掃除をすれば逆に汚すだけ」と、誰かがのたまっていた。 今年は日本も世界も恐慌三年目の土壇場の一年になるのに、この様である。 隠されているプライムローンなどの債権が 表面化してくるのが今年辺り。 カンフル剤効果も、何時までも射ち続けることは出来ない。 ホテル宿泊からみる景気状況は、明らかに深刻な恐慌の様相を呈している。今のところまだ失業率が5パーセント そこそこに抑えられているが、ある日、欧米並みに10パーセントに向け動くはず。 結果、社会不安が増大する。 何とも重い雰囲気が増大している。 まず現象として出るのが疲弊しきった地方経済。 地元の最大規模の会社の悪化の問題が、今週に表面化するという噂がある? どうなるのだろうか。 * 新インフルエンザを、誰も騒がなくなったのは何故? 最近、如何いうわけかマスコミで新インフルエンザを取り扱わなくなった。そう、どうもパンデミック騒ぎは、WHOに入り込んだ 製薬会社の連中の、その薬を売らんがためのパフォーマンス?と囁かれ始めた時からマスコミは製薬会社の謀略説すら報じない。 不思議なことに、毎年起こるインフルエンザが、ほぼ消えたという。 新インフルエンザと、とって代わった!というの変である。 成田で、あれだけ水際作戦とかいったのも何だったのだろう。私も、9月末に東欧旅行をキャンセルをした。世界は、どうなっている? ・・・・・・・・ 2859, 「教員社会」の 金とコネの闇 2009年02月01日(日) 昨日のニュースで、大分で採用取り消しになった教員が採用取り消しの訴訟を報じていた。たまたま図書館で借りた半年前の雑誌に、 大分県教員採用や昇進の絡む汚職事件についての元小学校教諭のジャーナリストの手記があった。「大分だけじゃなく、 何処でもやっているんじゃないか?」と疑問は持ってはいたが、疑問のとおりの告発内容である。 黒に近い?コネで採用された現職の大分の教員は、この訴訟で再び針のムシロになる。 ー大筋といえば ・新聞社や文部省が全国調査をした結果、どこも歯切れが悪いという。 いずれの調査も校長や教頭の昇進試験の情報が開示されておらず、不透明の部分があまりに多かった。 大阪市にいたっては「複数の教員の悪意があれば、不正は絶対に不可能とは言い切れない」とあった。 ・不正は、受験者の親ー>議員ー>教育委員会のルート 現職校長ー>教育委員会幹部のルートなどがある。 大分の件はたまたまやりすぎただけで、その位のことは、何処でもありえることが実情のようだ。 内部を深く知っている関係者からいうと、「何をいまさら!大分県だけじゃない」が結論だった。 「教員社会」は旧態依然の「金とコネがまかり通っている」、という。 −論旨は、こんなところだが、大分の場合、逮捕されたり退職に追い込まれたのは一部だけで、 以前から長年の慣例のコネの合格者がいて、現在も??というのが実情?。 ゼネコンマフィアが長年にかけて官公庁工事の100パーセントを談合で利益を搾取してきたが、その教育版である。 金などの賄賂が横行してきた世界は同じということで、現在も巧妙に続いているのである。何人かの元校長などの取材で感じたのは、 誰も大分県の教育汚職に驚いてなかった事という。 校長や教頭の何割かは教育委員会や代議士のコネー金で動いていたというから、 言い知れない恐ろしい闇である。そういえば、校長の息子には校長になるのが多いのは、そういうこと?それとも、そういう能力が 受け継がれてきたのだろうか? 大分の事件は、日本的闇の一部が露出した事件だった。 少し高めの盆暮れの品を、関係者に 十年以上かけて贈った結果の利益は、日本では汚職にはならない。それが悪いことなのだろうか?という声が闇の底から聞こえてくる。 昔なら警察の段階で闇に葬られた事件である。情報化効果だろが、それでも大部分が意図的に消すしかない事件。 ・・・・・・・・・・ 2008年02月01日(金) 2494, 閑話小題 ( *´_⊃`)ノ゜【gOOd morning】 * 危ない!我が家に毒入り餃子だと 我が家にも、例の話題の中国産餃子があったのである。普段は買わないが、たまたま割引セールで安いので買ったという。 食べてなかったので被害を受けなかったが、食べたところで数千分の一の確率でしか被害を受けないのだから、 敢えて騒ぎ立てることはない。「食べた何分の一が死んだ!」というなら別だが。何処の家庭でも起こりえる話だからニュースは 拡大するだろう。それより日本の濃厚の農薬フリカケ米や生野菜は大丈夫なんですか?。「何割?かの農家は一般に出荷する米は 絶対に口にしない」という話を聞いたことがある。こうなるとエログロの世界だが、これが現実なのか? この件で無農薬野菜を生産している農家は、喜んでいるだろう。 * マックのパソコンに入れ替え 会社のWindowsXP未満のパソコンを5台を、決算期を機会に入れ替えることに決定。 いろいろ迷ったが、全てをiMacにすることにした。そのうち4台は各棟ロビーの顧客サービス用である。 先日、先行して入れた事務所用のiMac、やはり別次元の世界である。今日は自宅も、それに入れ替え予定である。 * いたずらの書き込み H系の写真の貼りこみが、サロンにあった。 愉快犯だが、誰だろうか、推理するのが面白い。 けっこう、足跡を残すのである。はじめはHP内の「バードウォッチ」にあったので、 これを逆手にヤフーのブログに変え、次はサロン用のブログをつくって待っていた。 それが先日、その悪戯がきたので準備をしておいたgooのブログに切り替えた。 切り替え慣れてしまえば、その方が良いに決まっている。 それにしても他人のブログにH系の写真を貼り付けて惨めにならないものか?そうならないのが、変質者か! *嘘のような話 温度が5℃以下になると、暖房を入れるか、湯タンポを入れないと夜半に目が覚める。 電気アンカを買おうと思ったが、少し我慢をしていた。ふと以前買ってあったゲルマニウムの「足の親指用リンク」 を思い出して、付けてみたところ、朝起きてみたらアンカを入れたように温かくなっていた。 足のツボにゲルマニュウムをつけることで、血液の循環を促すためである。ゲルマニュウム入りのアイマスク、 枕の下にはゲルマニュウム石を置いてあるのだから熟睡できるはずである。 ´・ω・)ノ ・・・・・・・・ 2007年02月01日(木) 2130, 葬式よもやま話 −1 <(_ _)> おはようございます! 葬式の「葬」の字は、草冠りの草の字に「死」の字が挟まれている。 以前は「野辺の送り」といって、草の上に遺体を横たえて花を飾ったのが、葬式の原点といわれていた。 今では棺の中のご遺体に花を入れて飾る儀礼が葬式のハイライトになっている。750年前までは葬式の習慣はなく、 無造作に捨てていたという。鎌倉幕府が「親の遺体を道ばたに捨てないように」と触れを出しても誰も守ろうとしなかった。 そこで法然・親鸞・道元などが、親孝行の実践として推奨したのが葬式の始まりであった。 中国の奥地で、今も捨て場に放置する習慣が残っている。たまたま、その映像を見たことがあった。 それも以前TVに出てレポーターと親しく話していた人の遺体が、凍り付いまま捨てられいる生々しいものを。 ある調査によると、お葬式にかかる費用の平均は240万円。内訳を見ると100万円以下から600万円までバラバラ。 葬式はほとんど業者主導で、客は業者の言いなりになりの契約で、一般の人たちの無知を利用した法外な費用を 巻き上げるのが常識の世界。更に「集り葬式坊主」が法外な金銭を請求するシステムが厳然と存在していて、 死のドサクサを利用した集金システムができている。750年に渡って坊主の特権を利用して悪さをしてきたシステムが 露見してきている。至近距離で目の当たりにみている「あれ等」も、情報社会のため急激にその正体が露見されている。 ところで先日、一日違いで母方の叔母(90歳)と従兄弟(96歳)が亡くなった。葬式と通夜が重なったケースは、 今回始めてである。90歳過ぎての葬式は、天寿を全うしたという諦めがあり、暗くなかったが、やはり肉親にとって 両親の死は悲しくないわけがない。最近、葬式に参列しても以前とは違う気持ちになった。 字数の関係でカット(2010年02月01日) ・・・・・・・・ 2006年02月01日(水) 1765, 移民漂流 (*´・ω・)ノはよー 1月29日(日)のNHKの総合(後9・00〜9・52)の第2回 「移民漂流 10日間の記憶」が考えさせられた。 少子化の問題は、日本だけかと思っていたが、欧州・イスラエルなど先進国で大問題になっている。 特に、知的労働者の数が圧倒的に少ない半面、未開発国の肉体労働者が圧倒的に多いのが現実。 世界で年間、何と2億人が移住しているという。 30人に1人の割合である。 このドキュメントのダイジェストをNHKのHPよりコピーしてみる。 ∵ゞ(>д<)ハックシュン!( ーー 今回は、エチオピア、イスラエル、ドイツなど、三地点の問題を炙りだしていた。 国家の戦略と留まるところを知らない移民願望潮流の現場を追い、揺らぐ国家像と人々の新しい生き方を探る。 字数の関係でカット(2010年02月01日) ・・・・・・・・ 2005年02月01日(火) 1400, 偶然の一致 一昨日の日曜日に中尊寺ゆつこ著「アフリカンネイバーズ」を借りてきた。そしてパラパラと読でみた。 「親父ギャル」という言葉を流行らせた漫画家である。彼女もアフリカが好きで、一冊の漫画入りのアフリカ文化入門書でもあった。 彼女の絵を見ていて、「アフリカン」という気持ちになってしまった。その後、インターネットで何げなく見ていると彼女の訃報が 出ていた。彼女の本を借りるのは初めてで、その直後の訃報のニュースである。 何か、彼女の霊に引っ張られたという感覚である。 先日読んだ「迷ったときには運命を信じなさい!」の本の視点からすると、これは「意味のある偶然の一致」か。 彼女のこの本の中に深い何かが暗示されているという解釈が成り立つ。面白いものである! 私なりに、この本の中にヒントを探してみるつもりである。次の旅行は、まだ行ってないアフリカの何処か暗示があるのでは? ナミビア、モーリタニア、それにザンジバル。面白しそうだが、値段が高そうである。彼女の書いたアフリカの絵=漫画がよい。 特にマサイ族などの現地人の絵が漫画的に描いてあるため、逆にリアルである。 それぞれの人物の目が生き生きとしている。多くが左上を向いているのは何故だろう。最近、本当に、本が面白い! ・・・・・・・ 2004年02月01日(日) 1033, ストレスについて−2 この題名で何回か書いたと思うが再び書いてみる。自己不一致の状態が引き起こすマイナスの蓄積からストレスは生じる。 この解消に対して一番手っ取り早いのは、新しいストレスで前のストレスを消してしまうこと。マイナスでマイナスを けしてしまうケースだ。失恋をしたときは、新しい恋愛と失恋で消すのが簡単である。しかし根本的な解消をしたことにはなってない。 心の奥に蓄積されて、へドロ化して隠されるだけである。しかし、その臭いはいつの間にか周辺に漂っていることに本人は気づかない。 「ストレス」は例えば、ボールに圧力がかかって、ひずんだような状態 のことをいう。 このとき、ストレス状態を引き起こす要因を 「ストレッサー」という。これを取り除かない限り本当の解決にはならない。残念ながらストレスをなくすことはできない。 生きている限りストレスは続く。 そこで如何に対処するかが重要になる。ストレスとは、本来、生物が外的あるいは内的な刺激に 適応していく過程そのものを概念化したものだ。気候が変わればそれに適応し、飲み水が変わればそれに適応し、心理的ショックを 受ければそれに適応していく、そうした環境に適応していく時の反応とプロセスのことをストレスという。我々の意志とは関係なく、 自然環境は常に変化していくし、我々の心も急激に変化する。こうした外的・内的環境の変化に適応していくということが、 「生きる」ということだから、「ストレス」という言葉は「生きる」という言葉の同義語ぐらいに考えてみてもいい。 人間は、悲しみでも、喜びでも同じ反応プロセスをたどってその刺激に適応していこうとする。その状態をいうのだから、 生きることそのものであるといってよい。情報化社会において、毎日多くのストレスにさらされて生きている。 適度なストレスは人間の活動のエネルギー源になるが、ストレスが大き過ぎて体の防衛機構を上回ると、心やからだに さまざまなトラブルが起きる。ストレスが原因となる病気には「心身症、神経症、軽症うつ病」などが知られている。 過度のストレスは「生活習慣病」の発症にも影響を及ぼし、免疫力を低下させる。私の場合は、毎朝の散歩と仏前のお祈りと 海外旅行とTVのお笑いを見ることと、合わない人種のいるところに行かないことを対策としている。 字数の関係でカット(2011年02月01日) ーーーーーー ストレスについてー1 字数の関係でカット(2008年02月01日) ・・・・・・・・・ 2003年02月01日(土) 668, 昨日で新潟日報を止めた! 生まれた時から?地元にいる時は必ず日報と朝日新聞と日経は毎朝の日課で目を通していた。 特に新潟日報の地元の経済欄と死亡広告は必見と思い込んでいた。ところが数年前より家内が日報がつまらない止めよう と言い出した。「全く見る内容がない、ひどい!」と言う。それでも決断を先延ばをしてきた。 ところが去年、光ファイバーをNTTの営業に強引に?入れられてしまった。今考えてもADSLで充分であった。 字数の関係でカット(2011年02月01日) ・・・・・・・ 2002年02月01日(金) 318,神話の世界ーパプア・ニューギニアの世界 5〜6年前か、パプアニューギニアの現地人のドキメントがよかった。いまでもその内容を全て憶えている。 たまたまその現地のある部族の撮影をしていた時、隣の部族とトラブルになりあわや戦争の一歩手前までの状態になった。 といって弓や槍の武装である。かなり危ない緊張感になっていて、徒党を組み軍隊のような示唆行為を繰り返していた。 その時期が数年に一回の踊りの全国大会の直前であった。かなりの緊張の中、踊りに参加するため車で出かけるが、 いつ襲われるかの危険なたびであった。そして飛行機に乗る。その前に彼らが海を見る場面がよかった。波が信じられのだ。 波を洪水の水が押し寄せてきたと勘違いして、震えているのが可笑しい。そして踊りの会場で、彼らは事前から「変わった踊り」 のため優勝候補になっていた。12〜20人がいろいろな化粧をして踊るのだ。そこにトラブルの相手の部族もきて、向こうで 練習をしていた。お互い無視しているふりをしながら、互いを意識している。そして競技が始まった。当事者の踊りがすばらしく 優勝か、それに準じる賞をもらった。その時である、隣村の部族の長が和解に来たのだ。彼らは踊りを通して同じ地域の共通の アイデンティテーを観たのだ。そして和解!下手な小説、映画よりずっと劇的で感動的であった。もちろんやらせでない。 神が宿っているようであった。いや踊りの中に宿っていたのだろう。そのビデオ知人に貸したが、 子供が間違え録画をしてしまい消滅、今はない!その前に何回も再放送でやっていた。 何回も見た。 ・・・・・・・・・ 2月1日 1969年 2月になってしまった。 学生最後の日々が、飛ぶように去っていく。もっと遊び、もっと勉強をしておけば良かったという気持と、 自分なりに精一杯の学生時代をすごせて気持ちが入り混じっている。あと一ヶ月だが、社会に出れば学生時代のようにはいかないだろう。
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