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2010年07月07日(水)
* Yotube の世界 ビデオ・カメラを購入しアップロードをした機会からYoutubeを見るようになった。 それから面白い画像の紹介を私のブログ「バード・ウォッチング」で、毎日のように紹介している。 世界中でYoutubeの面白映像の話が会話の中で取上げられているのを真似たのである。 そうすると意識して探すようになる。ブログには一日一枚の写真を載せているが、適当の写真を探し出すのが大変だが、 それよりもズット楽である。 「面白い、衝撃的、軽いもの」を中心にアンテナを立てているが、次から次へと 底知れず出てくる。一日20憶のアクセスも分かるような気がする。 * 角界賭博の処分は妥当? この業界?の感覚に今さら驚いている。 解雇の二人は除名に、所属していた部屋の取り潰し、理事長以下三人は 責任をとって辞任、名古屋場所は開催中止、これが最低の断罪である。 それを外部の理事代行案を潰し、 内部からの理事にしようとし、あわや大問題になる直前までいった。 何が起きてしまったか理解できない社会音痴である。 考えてみれば相撲も暴力をルール化した見世物興行。 あの着物や、相撲部屋制度、ヤクザ社会に酷似している。 その世界に一般社会に適応させるのは今さらと言える。 その世界の理事だから、この処分が厳しく感じられるのである。 この問題は、これが入り口で、まだまだ何かがでて来るはず。 ところで突然に貴乃花親方が協会に辞任届けを出した。 別に自分の部屋から賭博常習者を出した訳でないのに。何かある?と思うのは当然。 仮説だが今度の野球賭博で槍玉の二人が 貴乃花が理事の賛成者である。 ということは、「それを良しと思わない理事の誰かが暴力団に働きかけて問題を表ざたにした 結果」と推測するのは私だけでないはず。 まさか、ここまでの問題にはなるとは思ってなかったが、何故、貴乃花に親しい 関係者が多く槍玉に上げられたのか? 彼は元もとある相撲協会の暴力団の付き合いや、賭博常習が体質にあった実態の中で、 何で自分たちだけが?と不満を持ったと見るべきだ。リンチ殺人、ドラッグ、八百長に、暴力事件に、何でもありの世界である。 ・・・・・・・・ 3015,エジプト・ピラミッドの謎 2009年07月07日(火) 一昨日の日曜夜のーNHKスペシャル・エジプト発掘 第1集 「ピラミッド 隠された回廊の謎」が面白い。 一昨年、二度目のクス王のピラミッドを見学してきたが、あの巨大なピラミッドを5000年前にどのようにして 造ったのか、これまでも多くの番組で取り上げていた。 その中で一番尤もらしいのが、 「砂漠の砂をピラミッドの周囲に建設の高さに積み上げて、巨石を運び上げる方法」であった。 しかし、今回の説は違っていた。 岩を上に搬送するトンネルを螺旋状に造りながら上に運ぶという説だった。 近くの崩壊した小さなピラミッドにも、そのような痕跡が見て取れた。 ーNHKのHPの番組紹介からコピーからー 【 今から約5000年前、エジプトの砂漠地帯に忽然と現れたピラミッド。その後500年あまりに渡ってピラミッドは建造され、 その数は現在確認されているだけでも100個を越える。その中でも最大規模を誇るのが、世界遺産にも登録されている 「クフ王の大ピラミッド」。高さ147メートル、底辺の長さ230メートル。世界最大の石造建造物である。 平均2.5トンの石を300万個積み上げて造られている大ピラミッド。地上60メートルの場所には、重さ60トンもの巨石も使われてる。 クレーンもない時代に、この巨大ピラミッドをいったいどうやって造ったのか? 古来、様々な研究者が謎解きに挑んだが、 そこ答えは出ず、古代エジプト史上、最大の謎とされてきた。ところが今回、ついにこの謎を解き明かしたという人物が現れた。 フランス人建築家ジャン・ピエール・ウーダン氏である。彼は、最新技術を駆使し、建築家の視点から、 「内部トンネルを使って建設した」という独特の説を世界に発表した。番組では、ピラミッドの登頂調査をはじめ、 ウーダン氏のピラミッド調査に同行取材、神秘に満ちた、大ピラミッド建造の謎を興味深く解き明かしていく。】 ー以上だが、近年になって、ピラミッドの近くに、その建設に従事した労働者の村が発掘された。 その調査から分かったことは、4000人の労働者が20年の歳月をかけて造られたという。その人数で二十年で300万個の石を 積み上げるに、一個辺り2分しか掛かってないことになる。とうことは、かなり合理的なシステムになってなければならない。 石を運ぶ上げるにソリに乗せ、下に円滑油を振り撒いていた絵が映し出されていた。 ところで、エジプトには古代遺跡の7割が存在しているという。初めは耳を疑ったが、事実である。 ナイル川クルーズで、各地の遺跡を見てまわるのが欧州では一番のレジャーとも言われているようだ。 ルクソール、カルナック、アブジンベルなど、驚きの遺跡が次々と見ることができる。 ・・・・・・・・・ 2650, 資源世界大戦が始まった 2008年07月07日(月) 図書館で「アメリカ狂乱」とともに借りた元NHKの日高芳樹の本である。サブプライム問題から始った問題は、 アメリカの覇権の終了なのであろうか。その中にあって、資源のない日本はどの方向にいくべきか?などを問うている。 やはり、この本を読む限りに日本の行く末は悲観的になる。アメリカの属国でしかなかった日本が自立する道はあるのだろうか。 「資源世界大戦が始まった 2015年日本の国家戦略 ー 」日高 義樹 (著) ー内容紹介 独裁国家・北朝鮮が大国アメリカを揺さぶる現況は、ヒトラーが台頭した1920年代に酷似している!? 米国の要人と直接 対話して得た独自情報から、日本と米国の数年後の未来を高確度で読み解いた、衝撃の最新作。政局の混迷が深まる危うい 日本の行く末を、大統領選を控え、変わりゆくアメリカの世論と政策、政界の要人たちの発言をもとに近未来を予測。 ーカバーの折り返し アメリカの力の後退と中国の台頭は世界に、1930年代の再現ともいえる混乱をもたらそうとしている。 この本では、国際社会で現在起きている情勢を世界的な視点から整理すると同時に、 日本は自らを守るための国家戦略をいかに立てるべきかを考えてみたいと思う。 <序章より> 〜〜〜 ー大ざっぱに、概要をまとめるとー ●「石油資源」を軸とした、近未来の世界は、土地を取り合う戦争から、資源(石油)の奪い合いになるという。 マクロ的には、地球温暖化のため、厚い氷が溶け出している北極圏では、現在、国家間での激しい資源争奪戦が始った。 世界各地にある、平和利用目的の原子力施設を、高精度になったミサイルで攻撃することで、核兵器を持たなくとも、 通常兵器が核の抑止力となったこと。 ●石油価格の高騰で、ドルの価値が低落しており、ドルが世界の基軸通貨としての存在を脅かされている。 (字数制限のためカット 2010年7月7日) ・・・・・・・・ 2007年07月07日(土) 2286, LSDを一服した状態とは、どんな状態? ?1 おはよー (((。・-・)从(・-・。)・゜ 植草甚一の「カトマンズでLSDを一服」という本が面白い。 ただし、30年前の本で、著者もこの本を出した直後に亡くなった。 しかし内容は、朽ちてはいない!「植草甚一スクラップブック」の一冊でNO/11になるが古今東西、植草甚一の読んだ 麻薬に関する記事・文献などが話題になっている。図書館で借りてきた本だが面白そうなので、ひととおり目を通して、 中古本だが、直にアマゾンで注文をいれた。 麻薬のトリップに対して興味がある。しかし麻薬をまさか使うことは出来ないし、 中毒になったら取り返しがつかない。といってバッド・トリップやグッド・トリップの状態を経験してみたい誘惑もある。 まあ、死ぬ直前の楽しみにしておいた方がよい。ならせめて、どういう状態なのか、知識として知りたくもなる。 手元に何冊か、その状況を紹介した本がある。私の枕元にはトリップの状態に近づける音楽のCDのセットがある。 買って10年近く、寝る前などに聴いてきたが、そのためか寝つきが非常によい。酒を飲んだホロヨイの気分と同じである。 私の場合、秘境旅行や、酒席などの盛り上がりなど、至高体験を数多く経験してきたので、少しアルコールを飲んだり、 寝る前の音楽で、直にトリップしやすい蓄積がある。 体質的に脳内には回路が出来ている、ということ! その体験の倉庫に入るようにすればよい。以下は、この本の冒頭に出てくる心理学者ジュラール・ボルの「麻薬への旅」の中の 一節である。麻薬のトリップの状態を書いた本を何冊か持っているが、どれも似ている。ともかく、面白く解りやすいので紹介しておこう。 ーー1967年10月から著者ボルの2年間の経験談であるーー
ーーー p・12~13「カトマンズでLSDを一服」 ネパールではハシーシを政府が許可しているし、1?の値段が150フラン前後(ヨーロッパでは五十倍の値段)なので、 ヒッピーの顔ぶれは変るが、いつも400人ぐらいいるそうだ。力トマソズには彼らの連絡場所になっている 「リトル・チペタソ」というチベヅト人経営の小さなキャバレーがあるが、ある日のことリーというアメリカのヒッピーが LSDを持ってやってきた。そうしてカトマソズの谷間の平地に仲間たちと「ヒヅピーラソド」と名付けた小コミュニティの テソト生活をはじめるのだが、夜の十時ごろ、みんなしてカプセル入りのLSDを少量の水で飲んだときの経験を、 著者ポルは書きはじめる。 暗い夜で、キャンプの焚火が赤い。遠くにヒマラヤ山脈の輪郭が見える。 みんな声を出さないでLSDが効きはじめるのをジーッと待っている。夜の静寂さ。二十分したとき、耳のうしろの首筋が 急に熱くなったかと思うと、舌ざわりが金属的になった。まだ効果はあらわれないし、意識は平常どおりだ。 すると始まったなと思う感覚の変化。神経が局部的にピリッと硬直し、その瞬間はロではいえない異常な現象がおそいかかった 気持である。いろいろなLSD体験記から想像していたのと同じ状態であって、自己が解体し、まわりの知覚世界に溶けこんでいく。 それがすこしたつと、こうなった。 焚火を見ていると、その火のなかに、ぼくがいる。ぼくは火なんだな、 いや火の向うに存在しているようだ。というのは火や明りや影が、ぼくの思考や意志に服従するように動いているからで、 まわりの世界を、ぼくが上からフタをしているような気持になってきたからである。 それなのに、ぼくとは違ったものなのだ。まわりのすべてと同じものになっていく。 (字数の関係上カット2008年7月7日) ・・・・・・・ 2006年07月07日(金) 1921, ドラッカーの遺言 才八∋ウ_〆(∀`●) 去年の暮れ、20世紀の経営思想をリードしたドラッガーは世を去った。 *「自らの強みに重点を置け」 *「知識こそ、最大の経営資源である。‘学習こそ、一生涯にわたる冒険’として心から受けとめること」 *「自らをイノベートせよ!」、 *「『問題重視型』の思考に囚われるな。『機会重視型』の発想を持て。」が、彼の思想の中核を占めている。 全く「新しい時代」を生きる私たちへの最後の遺言としてみるとよい。 ドラッガーは我われに大きな経営思想をのこし、昨年の暮れに亡くなった。 ー以下、(少し時間がかかったが)この本から要点を抜粋した。 ーー (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが? ●国境が消えた インターネットの普及によって国境が取り払われ、国と国の距離はゼロになった。スペイン語を使えこなせる私の孫娘は、 いつでも好きな時にラテンアメリカから発信される情報にアクセスできます。 言葉の壁を乗り越えさえすれば、世界中のあるゆる情報を瞬時に手に入れることができる。 ●グローバリゼーションについて語っている時、人は情報について語っている。グローバルの時代の武器は英語力である。 ●絶えざるイノベーションによって、常に新しい価値を創造せよ。 ●西洋の価値観に支配されない「まったく新しい世界」が登場する。 ●「時代の変わり目」にいま自分がいるという自覚を持て。 この転換期は30年続くであろう。 誰も知らない世界が来る。 異なる価値観が共存する新しい世界では、ソ連崩壊後の15年間、唯一超大国として君臨してきたアメリカも、その支配力を失う。 超大国が持つ「権力」でなく、グローバル化した「情報」によって世界が強固に結びつく時代が来る。 ーそれは誰も理解しない世界であり、まだ見ぬ世界に不安を覚えるのは当然のことといえる。 ●新しい秩序へと向かう混迷した世界の中で、新しい重責を担う二つの国がある。 一つはイギリス(西欧への窓口)、いま一つは日本(アジアへの窓口)である。 ●日本が直面しているのは危機でない、時代の変わり目である。 時代が変わったことを認め、 その変化に対応していくための意識改革に取り組むべきである。?その変化を拒絶してはならない。 ●国際競争において意味を持つのは、唯一「知識労働における生産性」のみである。 ●情報化が進展する新時代の世界経済のもとで、最も苦労する国は日本である。 つねにイノベートを追求し、新しい価値を生み出すことでしか、日本は生き残れる道はないー。 ●情報経済というまったく新しい世界経済の中で、日本は最大の難関に直面することになった。立ちはだかる相手は インドと中国です。この両国が急速に経済大国の仲間入りすることで最も脅威にさらされるのは、日本なのです。 ●人はリーダーに生まれない。リーダーとして振る舞える習慣を持つ人が、リーダーになるのだ。 ●現実における変化h、決して以前のものとは同じにならない。そして、机上で考えるより変化は先に現れるー。 ●過去50年間で最も大きな変化は、教育において現れた。 変化し続けるスキルを身につけるため、絶えず教育に立ち返ることが個人のイノベーションを促進する。 ●最も重要なことは、個人個人が自らの未来を切り拓くことである。 ●成果を得るために、どんな強みを活かして、何をしなければならないか? ー経営の本質は、すべてこの一言に言い表されているー ●『自分の仕事は何か』『何が自分に適しているか』『自分に何が適していないか』を突き詰めるべきである。 ●どんな職業であれ、有能な人間は自分の得意・不得意を熟知している。 そしてそれを知り抜いているから、生じた変化に柔軟に対応することができるのだ。 ●決定の本質とは、将来に対する現時点のコミットメント」でもあります。 決断通りにことがうまく行きません。だからこそ、リーダーは注意深く人の話を聞き、 リスクとチャンスのバランスを考え抜き、人選にできる限りの時間を割く必要があります。 ●絶えざるスキル・アップを達成するためにも最も重要となるのは、自分の強みを把握することです。 自分が何を得意とするのかを知り、磨きをかけていくー これこそ個人のイノベーションの要諦であり、成果を挙げ続ける唯一の方法です。 ●個人の長所をどうして見出すか? それは過去のキャリアの中に現れています。 何をうまくこなせたか、こなせなかったのか。 ー 以上だが、どの言葉も鋭く響いてくる。日本人は特に英語を学ばさなければならない!これが解ってるかどうかである。 i (ω・`) bai ・・・・・・・ 2005年07月07日(木) 1556, 将来の不安? ー島田裕己「不安を生きる」より、さらに抜粋してみる。 「不安というものからは、そう簡単に逃れられない。逃げられるような気がしても、実は隠していただけに 終わっているのかもしれない。 不安なのは覚悟が決まっていないからで、どこかで一度しっかり覚悟を決めないと、 不安から逃れる道を見つけ出すことは出来ない。」「信仰を持ったって、必ず不安になるのです。そんな呑気な人は世の中にはいない。 何も疑問を持たずに一生そのままいける人ってあまりいるものではない。不安そのものを根本的になくすと発想しないほうがよい。 山岸会の場合も、ユートピアをめざす運動として幸福一色の世界実現を考えた。それがユートピアの恐ろしいところであって、 人はユートピアのなかで幸福でなければならないという考え方に陥ってしまいがちなのです。 そうすると、幸福でない人、 不安を抱えている人が出ると、その人が間違っているとして批判を受けたりする。そうすると、その反対の逆ユートピアに転じていく」 「だから社会は、若い女性達に結婚しろというメッセージよりも、結婚なんてしても幸せにはなれない、 子育ては大変だというメッセージを流すことに熱心です。なんとか不安に安住させて、癒しを求めて消費させようとする。 それはもしかして、巨大な詐欺ではないか。社会のメッセージでは、結婚は自由が奪われるという面ばかりが 強調されすぎている。」「欧米社会は、カップル社会で独りでレストランに出かけていってもよい顔をされない。 カップル社会はデート社会だから、金曜日や土曜日にデートする相手がいないとかなり苦労するという。 魅力のない女というレッテルを貼られる。 日本では、それがないから、色いろな産業が彼女らを狙う。 不安産業でいうと「エステ関連ー癒し産業」などである。それに女性は踊らされている。 「あなたは不安でしょう」とは言わない。「癒される、ホッします」という表現で客を巧妙に誘う。 ーー (字数制限のためカット 2010年7月7日) ・・・・・・・・・ 2004年07月07日(水) 1191, 異境・秘境ツアーレッスンー8 ートラベルはトラブル アフリカや、南米、シルクロード、北極圏などの最終目的地に着くまでは何回かの飛行機を乗りつぐ。 飛行機は気圧の関係も含め、快適の乗り物ではない。一番価格の安いツアーを選ぶ関係上、エコノミークラス。 特に成田からの最初のフライトの12?13時間が厳しい。酒を買い込んで、ドンドン飲んでトイレに通うのがコツである。 といって飲みすぎると、腹の具合が着陸時点でおかしくなる。 これも楽しみのうちと暗示をかけて、音楽を聴いたり映画を見る。 その合間に行き先のパンフレットや資料に目を通す。少しでも嫌だとか、早く着かないかとは考えないことだ。 人生と同じでプロセスに気持の隙を見せないことである。音楽が気持を和らげてくれるのも人生と同じである。 南アフリカに行ったとき、名も知れない国の、名も知れない飛行場で猛暑の中、10数時間も足止めを食らったことがあった。 さすがにツアー慣れをした人たち、誰も不平をいう人はいなかった。言ったところで、どうしようもないことを皆知っているからだ。 その場面をむしろ余裕で楽しんでいるようにも思えた。人生の圧縮されたレッスンそのものである。苦難こそ、余裕を持って 楽しむ姿勢が、その苦難を苦難でなくしてしまう。トラベルとは、トラブルの語源という。旅行では苦難、問題が次々と 立ちはだかってくる。中国のタクマラン砂漠から、新羅ウイグル地区を抜けて、パキスタンのカラコルムハイウエーを通っての 2週間の旅行は、まさしくトラブルの連続であった。 それを割り切っていたためか、そのトラブルがむしろ面白いのだ。 人生も同じであるトラブルはつきものと割り切ってしまえばよい。振り返ってみると丁度よいトラブルが、そのつど与えられていた。 中心点から目をそむけず、ひたすら立ち向かっていれば、いつの間にか問題は解決されるものだ。 感動を経験するために、トラブルを通り抜けていくから良いのである。 人生も旅行も、ゲームである。 ・・・・・・・ 2003年07月07日 アラスカ旅行中 ・・・・・・・ 2002年07月07日 スイス旅行中
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