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2009年03月18日(水)
この人のセミナーを東京まで行って何年前から聞いてきた。 今年の彼のセミナーの案内がきたが、去年に二度出席したので、今年は行かないと判断した。 ところが案内のパンフレットに、そのDVDを販売するとあった。 セミナーは3万8千円、二万円なら安いが関連の本が十冊買うことが出来る。 といって、時が時だけに現場の生々しい視点からの現状の情報も興味深い。 去年、三回の彼のセミナーを知人とシェアをした(二度私が参加し、一度は取引先の社長が参加)。 今回も再びシェアをと声をかけた。それが昨日の午前中に届いたので、午後から4時間部屋でパソコンを通して聞いてみた。 今回は一切メモを取らないで一度、脳にいれた後に、印象として残った言葉を待つ実験をしてみることにした。 「脳に残らないのは、必要としないこと」という言葉を思い出したからである。 −印象を、そのまま書いてみると・・・ ・ハイパーインフレが数年後に起こる。そのタネを現在、世界中で公然と蒔き始めた。 その芽が出てくるのが、数年後である。間違いなく、ある日に爆発的に発生する。 ・不動産の暴落は、さらに大きく起きてくる。 買いにきた初めの客に迷わずに売るべし。 不動産の供給過剰は、これからの時代の趨勢である。東京のマンションや売りアパートは半値以下。 それでも買い手がいなくなった。銀行が金を出さないからである。 不動産の市場は想像を絶した惨状。 ・三百年続いた近代工業主義社会が、この恐慌で間違いなく終焉した。 日本のバブル崩壊後に何とか主導してきた輸出立国モデルが、崩壊してしまった。 これに替わるモデルが全く見当たらない現在、日本の将来には非常に悲観的である。 ・さらに少子化問題は、今後の日本にとって非常に大きなマイナス条件。 ・金(きん)は、今後数年後には6〜7000円まで上がる。金が上がるというより、貨幣の価値が下がる。 今度の金融恐慌に対して、世界中のトップが取れる政策は、ペーパーマネーを増発してハイパーインフレを 起こすしか手立てはない。世界の資産家は、金の買い集めを始めている。 ・実感として、そうじて40パーセント減である。政府は中小企業を潰さないことを金融庁に指導している。 その手立ての一つは、リ・スケジュール(返済計画の見直し)であり、それを利用すべきである。 ・政府も銀行も信用すべきでない。自分の身は自分で守るべし。 ー 以上だが、聞くたびに話しは辛らつになっている。 私の事業は不動産の要素が7〜8割を占めるから、深刻である。 再開発地区の物件だから、救いがあるから、何とかやれているが・・・
・・・・・・・・ 2540, ロシアの小話、8つ 2008年03月18日(火)
小話といえば、ユダヤと、ロシア、そして中国などがある。 その中で、一番スリルとサスペンスがあったのは、ソ連の体制時の小話だろう。 ひつと間違えば、秘密警察に連行されシベリアに流される。そのギリギリの中で、ひねりを入れた小話を 「アネクドート」といいうが、ロシア人は食事時などに普段人には言えない鬱憤をぶちまけるために作られた ブラックジョークだからこそ、毒があり捻りが味がある? その幾つかインターネットで探してみたが、ブラックージョーク収集を 趣味としている私でも、なるほどと含み笑いをしてしまう。まずは、強烈なやつから順に・・・
・息子が服をボロボロにして帰宅しました。「どうしたんだ、お前」 ?父親が厳しく問い詰めました。 「隣りの子と喧嘩した」「なんてことをやらかしたんだ。これじゃ新しい服を買わなければならないじゃないか。」 「だからどうなの。」 ?息子が自慢気に答える。 「あの子を見てみればいいんだよ。あの子のお父さんは新しい子供を買うことになるだろうさ。」 ・母「ぼうや、大きくなったら、何になりたい?」、 子「お母さん、僕、外国人になりたい」 ・地獄に落ちたブレジネフは数ある罰の内の一つを選べといわれる。 レーニンは針の山でもがき・・スターリンは煮えたぎる熱湯の中で苦しんでいた。 ところがフルシチョフは何とマリリン・モンローと抱き合っているではないか。 フルシチョフと同じ罰を所望するブレジネフに地獄の番人は答えた。 「どんでもない。あれはマリリン・モンローが受けてる罰です」 ・ソ連共産党が70年かかって出来なかったことを、エリツィンが僅か三年でやり遂げた。 それは何だろう? 答え:「国民に社会主義お良さをわからせた」 ・16歳の娘を母親が教えています。 「私を見習いなさい。私は今45歳で、結婚して20年になるけど、ずっと一人の男性だけを愛しつづけてきたのよ。」 「ってことは、パパが知ったらスキャンダルになるわね。」 ・「私の将来の夢はパパと同じように月10,000ドル稼ぐようになることなの。」 「ええ、あんたのお父さん月に10,000ドルも稼いでいるの?」「ううん、パパも夢見ているの。」 ・「ちょっと、ウェイター!先週の日曜日はあんたんところには出来立てのビールがあったじゃないか!」 「信じてください、これはそれと同じものです。」 ・素っ裸の女性がバーに入ってきてバーテンに言います。 「ウイスキーちょうだい。え、何よ、そんな変な目で見て。裸の女を見たことがないの?」 バーテンが答えます、「いやあ、どこからお金が出てくるのかと思って...。」
・・・・・・・・・・ 2007年03月18日(日) 2175, 14歳の君へ ー読書日記 (~Q~;) おはよう??ファ? =「宇宙」について=
「14歳からの哲学」に引き続き、今度は「14歳の君へ」という本を買った。 池田晶子の本は、これで8冊目である。こういうジュニア向きの本は、解りやすく噛み砕いてあるので、 読めば読むほど多くの示唆を受ける。去年の暮れの発刊なので、亡くなる直近の本である。 この二冊で取りあげてあるテーマは、多くが重なっている。同じようなテーマのところを開きながら、 見比べると切り口が微妙に違っている。何じことでも新鮮に思えてくるから不思議である。 宇宙」について、哲学的に幾ら問いを立てても、その答えは出つくすわけがない。 しかし、宇宙の存在の不思議は、切り口を変えて考えた分だけ面白い。 ーその面白そうなところをー 「14歳の君へ」ー?・君は誰だろう?ー の中の『宇宙』についての項目から抜粋してみる。 ーP/128 ー「宇宙はいったいどうなっているのか」の問いは、これだけでも充分にとんでもない。 だけど、「どうなっているかわからない宇宙は、どうして存在しているのか」という問いは、それ以上にとんでもない。 こういう問いはとんでもない、人間にはどうしようもないと気がついた人間は、苦し紛れに「神」という答えを思いついた。 宇宙は神が創ったものだから、それが存在しているのも神の意志だとする考えだ。 一般的に、これが宗教というものの始まりだ。そう答える方が、人間は安心する。 しかし、科学が発達し、科学的知識を身につけた現代人は、こんな答えを到底 信じることはできない。宇宙の何処かにいて、宇宙を創った神様なんて、想像をしたって無理がある。 それなら、ビッグ・バンによって、ある時に突然始まったとする時の方がまだ納得する。 だけどやっぱり納得できないが、この「ある時突然」というやつだ。 たとえば、こんなふうに考えてみよう。天体望遠鏡で、百億光年向こうの星の姿を君はみる。 光の到達時間差から計算して、百億年前の星の姿を、今見ていると、科学は説明する。 しかし、考えてみたら百億年前には、君は存在してなかったはずだ。 それなら、自分が存在してない世界を、なぜ現在みることができるのだろう。これはおかしいことだろう 両親が存在していない前の世界を、生まれていないはずの君が今みているということなんだから。 こういうおかしなことについて、科学は説明をすることができない。 これは当然だ。科学は、宇宙と自分というものを、あくまでも別物とすることで成立しているのだからだ。 そうでなくては、それを対象として観察、実験できないからだ。しかし、なお良く考えてみれば、 自分と宇宙を別物にすることなんか、できるわけがない。宇宙を客観的に観察しているつもりの自分が、 まさにその宇宙の中にいるのだから。
宇宙を知りたい、宇宙とは何かを考えたいと願う君は、本当は、それを考えている自分とは何かをこそ、 考えなければならないんだ。「自分とは何か」、これはその意味で、宇宙の不思議に匹敵する問いなんだ。 百億年前の宇宙を今見ている自分は、百億年前にも存在していなければおかしいよ。 そう考えれば、「ある時突然」ビッグバンから宇宙の時間は始まったとする、科学的の観念も、 実はおかしなものだと気がつくだろう。だいいち、「ある日突然」なんて瞬間を、いったい誰が見ていたと言うんだい。 そう、見ていたのは、ひょっとしたら、君だ。君というのは、ひょっとしたら、宗教が信じている以上に神みたいな ものかもしれないよ。それなら、そういう君は、なんだって存在しているのだろう。
ーー 哲学的な問い、というと難しそうな話だが、子供心に帰って、「宇宙の果てはあるのだろうか?」 「宇宙を思っている、『これ』とは何だろうか?」「死ぬのはいやだ。死んだらどうなるのだろうか?」 「神様は存在しているか?」「自分の一生はどうなるのだろうか?どうしていきるべきなのだろうか?」 という純朴の思いの問でしかない。その答えを求めて生きるのが、その人の人生である。 もちろん、自己満足の場面もあるだろうし、根こそぎ後悔する場面もあるだろう。 その時、自分の人生を題材として考えるとき哲学の一端に触れていることになる。 「まあ、こんなものだったのか!」と独り「これ」が呟いて、 ある時にプッツン! (⌒▽⌒)/"”さいなら! ・・・・・・・・・ 2006年03月18日(土) 1810, 女子社員の結婚式祝辞 \(^▽^*)おめでとう! (*^▽^)/
昨日は会社の女子チーフの結婚式があった。 新潟市の護国神社であったが、格式と趣きがあり神聖でよい結婚式であった。 神前の結婚式での巫女の舞いが、何とも日本的でよい。 ゛♪(o´・ω・)人(・ω・`o)♪゛ 最近は、祝辞を言うのが楽しみになってきたのも、歳のせい?!それと結婚式の若い二人の門出に立ち会うのも、 幸せを(o^v^o)を共有できて心から祝えるからよい。昨日の祝辞の原稿をコピーしてみた。 実際、話した内容は少し違ったが。 ♪♪(*´∀`*人*´∀`*)♪ ー祝辞(原稿)ー ご両家の結婚式、誠におめでとうございます。謹んでお祝い申し上げます。 何かスピーチということで・・ 数回前まで結婚式の前日あたりに何人かが部屋にコッソリきて「お願いがあります、明日の結婚式、 あまり刺激的なことを言わないでください。私は貞淑な妻になるのですから、それに相応しい内容にしてください・・・」 といいに来るのです。そう言われると尚のこと、際どいことを言いたがる私の癖を知らないのです。 今回の新婦はそういうことはありませんでしたが。 といって、私は決して際どいことを言っているわけではないのです。 話を面白くするために、際どくみせて最後に落ちを入れているだけなのですが。
まあ、結婚は 一年目は、支配権をめぐっての権力闘争になり、二年目辺りが、せめて同権要求の闘争、三年目は、最後の生存権を 求めての争いになります。そして、その後は哀れみと軽蔑の中、家の片隅においてもらっているのが私の現状になります。 更に言えば、たんなるカネヅルと、つかい走りです。といえ、気持ちの中では20組に一組位、 上手くいっていると思っています。そう自己暗示をかけているのが、本当のところです。 その33年間の闘争の結果、得たノウハウを今日は特別教えます。 それは、 ・夫婦間の日常の会話で可能な限り他人の悪口を言わないことです。 これは、重要のことです。絶対に言わないのではなく、言わないように心がければよいのです。 ・次に、相手と自分の間に距離を置くことです。私たち夫婦には、溝がありません。 そのかわり、広くて浅い川があります。いやなら、反対側の岸辺にいればよいのです。 もちろんこれは、気持ちの問題をいっているのです。決して心をお互いに許してはなりません。 ゲシュタルトの祈り という言葉あります。 それを紹介して、私のお祝いの言葉として終わります。 (o´・_・o人o・_・`o)ギュッ ーゲシュタルトの祈り
Ich lebe mein Leben und du lebst dein Leben. 私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。
Ich bin nicht auf dieser Welt, um deinen Erwartungen zu entsprechen - 私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。
und du bist nicht auf dieser Welt, um meinen Erwartungen zu entsprechen. そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。
ICH BIN ich und DU BIST du - 私は私。あなたはあなた。
und wenn wir uns zufallig treffen und finden, dann ist das schon, でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なこと。
wenn nicht, dann ist auch das gut so. たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいこと。 (フレデリック・ハールドン) ♪(p´・∀・)乂(・∀・`q)コ♪ ? 以上、ながく幸せな結婚生活を過ごしていくための秘訣です。 お互いの自立を尊重しあってこそ、円満にいくのです。
私が招かれた‘会社の円満退社の女性の結婚式’が十組いました。 全て上手くいっています。 それを裏切らないように!! 。.@(-ェ-)@ノ~~~バイ? ・・・・・・・ 2005年03月18日(金) 1445, 小学校中退、大学卒業
ある雑誌の中に花柳幻舟の文章が載っていた。「家元制度に疑問を感じて傷害事件などを 何回かおこした問題の多い舞踏家」という印象がある。が、そのテーマが面白そうなので読んでみた。 その特異の生立ちと、その世界に引き込まれていった。 その文章の一部を抜粋する。
ー1994年、父は逝ってしまった。旅芸人として私とともに闘い、極貧の中を生き抜いてきた私の同期であり、 芸の師父は、私を残して、あっさり逝ってしまった。父が私を残して逝ってしまったあと、私の周りの人たちは、 まるで櫛の歯が抜けるように、一人、また二人と去っていく。私のどん底の精神状態を百も承知でのトンズラには、 私は激怒した。ガソリンを一杯にしたポリタンクを持ち、深夜の道をたった独り、それらの人の家の前に立ったこともある。 ・・・父の死によって、大海の中で羅針盤を失い、自死を本気で考えた。 しかし、なぜ今死ぬのか、自死の理由を自分の中で検証し、悲壮感や絶望感を、 主観的でなく、客観的に、確たる自死の理由をつかみ、父の元に元気に行きたかった。 大きな模造紙を買ってきて、自死の理由を思うまま書いてみた。 父を失った喪失感、裏切られた絶望感、あれこれ考えていくうちに、劣等感、疎外感という文字が表れた。 私自身思ってもみなかったことだ。幼いころ、旅回りの先々で学校に行ってもろくろく勉強をしていないため、 テストに遭遇しても全く理解できず0点。旅役者ということも重なって、疎外され、虐めにあう。 それが「トラウマ」であることがハッキリした。
この「傷」と向き合って、この傷を癒して、元気になって父の元に行こうと私は決心し、小学校中退でも入れる 「放送大学」に入学をした。入学したといっても、並大抵のことでなかった。教室から逃げ出したり、深夜飛び起きて、 おお泣きしたり、まさに心の「傷」の後遺症が噴出して、心のバランスを保つのに必死であった。 大學の勉強に少し自信がもてるようになってきたころ、負けん気の強い私は、どうせやるならと、 司法試験にチャレンジするため、法曹界へ90?の人を送り出しているという有名専門校に入った。 つづく ーーー 花柳 幻舟(はなやぎ げんしゅう、1941年5月15日 - )は、 舞踊家、作家、社会運動家、フェミニスト。 本名は、川井 洋子。
2歳で舞台に立ち、旅役者の子であることを理由に転校先の学校でいじめに遭う。 18歳で結婚して家父長制の矛盾に直面し、夫から自立するために花柳流(踊り)に入門。 花柳流名取となったが家元制度に疑問を感じ、その根源に天皇制があるとの認識を持つに至って、 家元制度打倒の運動を開始。花柳流家元(三世)花柳寿輔を襲撃して包丁(*1)で刺し、傷害罪で服役。 天皇即位礼の祝賀パレードで爆竹を投げて道交法違反(路上危険行為)で罰金の支払いを拒絶し服役。 2004年、放送大学を卒業し、その報告をまとめた『小学校中退、大学卒業』を上梓する。 講演活動などを続けながら舞台への復帰を目指している。 (以下、字数の関係でカット2009年03月18日) ・・・・・・ 2004年03月18日(木) 1079, 晴れ間の出来事 ーつれづれなるままに ー
車に乗っていて、信号待ちをしていると、家の軒先のガレージで犬が自分の毛布を引っ張っていた。 日陰から陽があたっている場所に移動していたのだ。犬のその微笑ましい姿に笑ってしまった。 以前、犬に手を上げて挨拶をしたら、何と手(足)を上げて挨拶をかえしてきた。 私は犬が大好きなのだが家内が大嫌いで、家で飼うことが出来ないのが残念だ。 十姉妹と一緒に入れていたインコを、違うカゴに移したら、インコが焦って入り口を其処にあった 小さな棒でこじ開けようとしたこともあった。動物を見ていると時々信じられない行為をすることがある。 先日、久々の日曜日の晴れ間に土手を歩いた。この時期、居残り鴨が、アチコチに56羽づつ群れをなしていた。 彼等は人家近くは逆に安全であることを知っているのだ。この時期の散歩は冬を越えた何ともいえない春の芽ばいがよい。 近くの河の桜の花の芽がチラホラ目だってきた。ニュースで、福岡のソメイ桜が咲き始めたといっていた。 東京の桜も今週中にも開花するとか。給料前の開花は、花見の客目当ての業者には大きなマイナスという。 そういえば去年、京都に深夜バスで見にいってきた。盛りを過ぎていたが、それでも良かった。
・・・・・・・・・ 2003年03月18日(火) 713, 「メシのタネはどこに」 ー読書日記
邱 永漢 著の「メシのタネはどこに行った」が面白い。現在の日本の現状をわかりやすく書いてある。 東南アジアや中国にその工業生産地の地位を奪われ、まさに地方は空洞化で劣化の道を歩んでいる。 首都圏が世界に向けての工業地帯ー企画と高品質化を提供する発信基地となり、地方からシフトの変更をしている。 地方の時代といわれたが、一瞬で終わってしまい、いまや寒風が吹き荒れている。 もう二度と春は来ないであろう。次ぎの日本鉱脈を探っているが、海外に資本とノウハウをもっていくしかない。 「国がどうなるかと考える前に、自分が如何したらよいか考えるべきだ」と日本人一人一人につきつけられている。 みんなで大損をして再出発の時である。フローが細ってしまえば、ストックは減るのは当たり前のことである。
ー以下はあるホームページの要約のコピーである。 以下の要約を何回か読めば大筋がわかる。 ・・・・・・・・ 「メシのタネはどこに行った」 邱 永漢 著 ☆☆☆ 1.工業的豊作貧乏のトップ・バッター日本
(以下、字数の関係でカット2008年03月18日)
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