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2008年10月20日(月)
*一昨日は高校の同級会 高校の同級会が一昨日あったが、25年間ほぼ毎年開かれている。 大体、20人位があつまるが、この10年近くで4人が亡くなった。 他のクラスの人が参加をしたりの入れ替わりはあるが、7割は固定メンバーで、 和気藹々と時間を忘れる一ときになる。最近の話題は年金と、病気と、不景気と、孫と定年の話が中心になる。 「今回は年末は金融恐慌のため深刻になるだろうから、早く開いた」と冗談ともいえない幹事の挨拶があった。 ギリギリまで出席しようか止めておこうか迷ったが、この年齢になれば一年後に無事でいられるかどうか、 目先のことは積極的に参加することと出席した。 まあ、面白かった!
*今年の旅行は? さてと、今年の旅行と思った途端に、この金融恐慌である。 何があっても一度は海外に行くと決めているが、歴史的な重大な状況に気合が入らない。 最後にとっておいたアメリカ西海岸の国立公園巡りか、英国辺りかの最終判断の段階。 この20年近く憑かれたように旅行に行ってきたが、今後10年の大不況を考えると良かった。 数年後からはロングステーも考えていたが、どうなることか!
*我が家の庭 最近、早朝のウォーキングの帰宅後に我が家の庭で時間を過ごす習慣がついたが、そこで庭が生きていることに気づいた。 両親が魂を入れた庭が、二人とも亡くなっても、そのまま生きているのである。それも時間とともに変化している。 父が石と木、母が花を入れたが、それが四季と共に変化をし、段々と深みを増しているのである。 それに気づきだしたのは両親が庭をつくった年頃に、私が到達したということか。 母が亡くなった時に、この家を処分をして新潟市に移動しようかと考えたが、決断できなかった。 このまま家にいて本当に良かったと思えるようになった。 春夏秋と、両親が植えた草木の花が、何処かで咲いている。 家には、それぞれ家霊がいるというが、庭をみていると合点がいく。
・・・・・・・・ 2007年10月20日(土) 2391, 哲学と心の病 (っ´Ι`)っ { おはよう 図書館から度々、月刊誌「新潮45」を借りてくる。 月刊誌としては人気があって、 最近の本は殆どが貸し出されているが、時にタイミング良く借りることが出来ることもある。 お目当ては中島義道「哲学者というならず者がいる」のコーナーと、ご存知、中村うさぎ「セックスという教養」。 これに、あと一つ中味が濃い特集などの中に面白い記事が必ずある。 たまに読むには良いが、毎月というと毒が強すぎる。今回の中島義道のテーマ「哲学と心の病」が、これまた面白い! いま問題になっている「ひきこもり」の問題の根本を鋭く解いている。 ー面白そうな部分をコピーをしてみる ーー 「哲学と心の病」というテーマで講演会の講師をしたおりのこと。 ・・・初老の紳士が手を挙げた。引きこもっている息子に対する相談である。 「どうしたら生きがいを見つけてやれるのでしょうか?」という質問であった。私は「生きがいなんて、みな嘘っぱちです。 人生は凄まじい修羅場ですし、そのあげく、どうせ死んでしまうんですから」と思わず叫んでいたが、こういう父親にこそ、 言いたいことが山のようにある。 彼は知的で温厚そうな紳士であり、自分のごまかしを、汚さを、 ずるさを微塵も恥じている風には見えなかった。 そこが問題なのである。 その言いようもない鈍感さに、息子は全身で抗議しているのである。 ・社会のルールに従って、仕事において評価され、結婚して家庭を守ることが そんなに立派なことなのか? それがあんたの「生きがい」なのか?それに何の恥も覚えないのか! ・想像力をたくましくして、自分は極悪人かもしれない、と思うことが 入生において一隣でもなかったのか! それほどあんたはおめでたいのか! そのえらい顔を引っさげてこの俺を「導きたい」のか! 息子が思っているのはこのことである。 私は誤解しては困るが、こういう青年達が掛け値なしに「正しい」と、思っているわけではない。 哲学に身体の芯までボロボロに侵食された者が、単純きわまる人生観をもっているはずがない。 私は、そういう両親を攻撃している息子もまたずるいと思う。 そんな、反吐が出るほど軽蔑する奴の庇護の下にひきこもっているのだから、同じ穴の狢である。 そう叫んで家を出、放浪の旅に出てこそ、彼の言葉は輝いてくる。 だが、ひきこもりの青年はそうしない。 勇気がないのか? それだけではない。 ひきこもりとは両親に対する復讐にほかならないからだ。 両親がおろおろすればするほどおもしろい。 途方にくれるほど、喜びがくみ上げてくる。 彼は、じわじわと相手のの心身を滅ぼしていく復讐の喜びをもって、人間として最も卑怯な輩に転落したのだ。・・・ ーー 中島自身のことを書いているから、この辺の洞察は鋭い!彼の文を読んでいると、決して家庭円満ではない。 息子の、そして自分の、その辺の狡さをチャンと見ているから、これだけ抉るように書けるのである。 引きこもりの息子など叩き出せばよいだけなのである。ただ、それが出来ない弱点を息子が見抜いているだけでしかない。 マイナスの循環の時は、そう理屈のようにならないものだが。 浪人生活をすると、逆に独りで部屋に引き込まなければならない。 自分が招いた日陰の身である。引きこもりは社会に適応できないのが理由。 そこで如何に意欲を持ちえるかどうかだろうが・・・ 敵が身近な人の場合は、それを打ち破るのは膨大なエネルギーを要する。 いずれにしても生きるのは大変なことです。はい! それを肌で体験させる戸塚スクールの肯定派です。それが無理なら、せめて見学でもさせろ!親子して! (。´・ェ・`。)Bye ーつづく ・・・・・・・・・ 2006年10月20日(金) 2026, 戦後生まれが 80�夕紊� (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 「戦後生まれが80�諭廚反景垢砲△辰拭� 私より年上は全体からみて二割弱しか存在してないことになる。 世界からみれば一割もいないということだ。 私が終戦の半年後に生まれたので、戦後生まれの境目の年代になる。 10年の区切りごとに「戦後生まれが何�諭廚犯�表されるので、それがそのまま、自分より歳下の比率になる。
ある統計値を調べてみたら ー私より歳下が 10歳時点で 25�� 20歳で 40�� 30歳で 50�� 48歳で 66�諭併以�の二) 60歳の現在は 78�� 75歳で 90�佑�歳下になる。 それにしては地方のせいか、老年が多く目立つ。 齢を重ねるとともに、当然のことながら年上の人が少なくなり、 そして自分も消滅していく順番になる、それが人生というもの。現在の平均年齢は38歳という。 新幹線で通勤していても、背広を着ている同年輩は少なくなった。いつの間にか、歳を重ねてしまっている。 歳を重ねるにしたがい、世の中が澄んで見える反面、新鮮な感覚が少なくなっているのに気づく。 人生二度無いと何時も口癖にして、その時々にやれることを 最大限実行してきたつもりだが、 まだまだやり残していることが無限にある。 誰もだろうが・・・ \(^▽^*)バイ! ・・・・・・・・・ 2005年10月20日(木) 1661, 腰痛ー3
過去に何回か腰痛について書いたことを思い出し、 HP内の検索で調べたら一昨年と三年前に書いてあった。 家内からは、去年の10月に腰痛になっていたといわれたので、 毎年一度は腰痛になっていることになる。例年、5月の連休前後か11月になる。
今年は、イタリア旅行でなってしまった。軽い時で、二週間。 重い時は一ヶ月近くかかる。今回の腰痛は全治三週間である。 痛みのピークは一昨日で、昨日の夕方から反転して時間ごとに良くなり始めた。 しかし、油断をすると直ぐに元に戻る。腰痛はきつい、そして気力が失われる。 季節要因と内臓の問題もある。特に寒さに弱い。
そういえば5〜6年前に、思いで深い腰痛があった。横になっても立っても何をしても痛いのだ。 脂汗が滲み出て、うなっているしかない。一回も医者にいったことが無いのが、腰痛に対する私の態度である。 しかし、その時だけは一人で救急車を呼ぼうとした。 ホッカイロを腰に当てて、時間を稼げば半月もすれば直る経験則がある。だから、ただ耐えるしかない。
ーーー 2003/11/13 953, 腰痛ー2
腰痛のことは以前にも書いたが、一昨日の朝、例年どおり腰痛が出た。 いつも季節の変わり目に出るが、私の場合は寒さで体を冷やしてしまうのが一番の原因である。 いま一つは、パソコンを座って打っていると腰に負担がかかる。 今のところ時間をかけて暖めるしか方法はない。 間接的には、パソコンと寒さがあるが散歩の後、屈伸とストレッチをしたのが悪かったようだ。 腰痛について書こうと思って過去の随想日記を調べたら、去年の連休後に書いていた。 五月の連休後も例年腰痛が出るのだが、今年はどういうわけかなかったが 腰痛になると何もする気が起きなくなる。また一回一回ごの痛みの内容が微妙に違う。 しかし今まで一回も医者がかりはない。経験上、暖めていると長くて10日で大体直ってしまう。 その治療法を40年近くしている。 インターネットで調べたら、腰痛にも色いろある。 デスクワークの人や、お産や生理が原因であったり、内臓の負担からくるものや、運動のやりすぎ、等々ある。 今朝おきたら3分の1位に痛みが減っていた。全治四日の予測が当たっていたようだが、どうなることやら。
ーーーー 401, 腰痛 - 1 2002年05月09日(木)
昭和38年の三八豪雪の時、長岡高校の屋根の雪落としをしていて、腰痛になってしまった。 母が腰痛もちで、よく腰が左右に曲がっていたのを見たが、それがそのまま遺伝したようだ。 腰の骨が本当に左右にずれるのである。その時の痛みは言葉に言いがたく、脂汗がにじみ出る。 大体が季節の変わり目に出る。 その対策として15年前から散歩を始めたが、今は腰痛対策というより、 精神的肉体的両面の健康のすべての対策になっている。 散歩も一日30000歩を超えると、逆に腰痛になる。 人間の今の身体の構造は、歩く前提で出来ているという。 何かあったら歩くのが一番自然だ。
腰痛は猿が人間に進化する過程で、腰に不自然な力がかかるようになった。 その結果、人類共通の持病になってしまった。歩行がその対策によいことは、15年続けての実績で解る。 しかし完治はしない。腰痛が出はじめたら、ホッカイロをその部分に当てるのが一番効果がある。 (母の対策を見て知ったことだが)それで4~5日で直るからだ。 医者には一度もかかったことはない。あとは腰痛と仲良くしていくしかない。
・・・・・・・・ 2004年10月20日(水) 1296, 新潟市官製談合
昨日の全国紙が数社、一面トップで「『新潟市官製談合』で強制調査」を取りあげていた。 今朝の新聞では「新潟市役所の幹部を逮捕!」と出ていた。 やらないよりよいが、今さら何をやっているのかの感がする。 自民党の(土建たかり派閥の)衰退が背景にあるのだろう。 このコーナーで、当初より何度か、政治家を含めた国家的犯罪を指摘してきた。 かなり、偏った見方ではないかと思われた人が多かっただろうが、こうして、スコミに出る様になった。
現在の日本は、自民党の土建族の議員を金目とした、 ゼネコン・マフィアシステムが全国津々浦々まで張り巡らされいるのだ。 巧く見積もりを出したつもりでも、設備屋とか、鉄骨業者から全てが筒抜けになる。 彼等は薄ら笑いしながら、談合をしているのだ。 ちなみに仕切りは新潟県では、 ・箱物は大成建設、 ・土木は鹿島建設 というのは、その筋では公然の秘密?である。 末端の市の幹部本人にとって、マフィア・システムに沿って前の上司の談合汚職の手順を、ただ受け継いだだけだ。 そこで今までの流れに反することをすれば、直に左遷される。 それなら自分にとっても利益になる談合システムに誰が逆らえるだろうか。 全国の市役所で、恒例的におこなわれているのは誰の目にも明らかだ。 恒例で彼ら土建担当が定年退職をすると、第二の職場としてゼネコンの「名刺部長」と採用され、元部下に談合を半強要する。 担当者も定年退職後の職場として想定しているので従いざるをえない。 お互い、一石二鳥の構造汚職システムとして利益になる。 全く面白い国である。 「その何処が悪いのだ!という、感覚が面白い」のだ。グローバル・スタンダードのよいところが、こういう部分で出ている。 地元最大手の??組の社長と、土建派閥の故竹?の娘が確か結婚をしていたようだが。 ーーー 以前書いた談合についての文章をコピーしておきます、 2001/12/21 [242] ゼネコンー2 同じ見積もりでも、3〜4割の値段が違ってくる。平気で目の前で2000万・3000万、いや数億の値引きをする。 普通の感覚の世界とはかなり違った世界である。今の不況の原因をつくったのは、ゼネコンの存在が大きいといってよい。 ー以下字数の関係でカットー2007年10月20日
・・・・・・・ 2001/12/21 ゼネコンの世界-1
26歳から増築2回も含め八回工事を経験したことになる。その業界の深さ、得体の知れない不気味さを書いてみよう。 まずは「談合世界」が基本にある。それと業界の情報網がある。 国家が認める?犯?システムである。こんな事を書いていいのか?もちろんよい。誰も告発は出来ないからだ。 全員が解かっていながら薄ら笑いをしながら、集っているからだ。イタリヤのマフィアの日本的国家版だからだ。 私ら素人?が如何あがいても、どうにもならない世界である。新潟県のその大本は「大成建設」という話を聞いた事がある。 ヤクザの世界にそっくりだ、いやそのものだ。普通の素人は、その世界に入ってきた子羊一匹といったところ。 その中で自分が出来る最大の抵抗を試みるだけだ。 ー以下字数の関係でカット2007年10月20日ー
・・・・・・・ 2003年10月20日(月) 929, 忘れられない「悲しい話」
昨夜は知人の父親が亡くなり、その通夜であった。 87歳の大往生であったが、親の死は傍目で見ているよりずっときつい。 死は直視できない。 死に関しての悲しい話を書いてみる。我家の分家は二軒ある。父が長男で、弟が二人いたためである。 長岡にその一軒がある。 母の7回忌にオバが来てくれた。86歳で影が薄かったのが印象的であった。 その半年後にあっさり亡くなってしまった。母の法事で「こういう会に出れるのは最期では」というのが、もの悲しい。
その時の酒席で、「人生で色いろ多くのことがあった!」と言っていた。 その数年前に溺愛していた長男が自死をしていた。そして、その数年前には近くに嫁いだ長女が癌で亡くなっていた。 そのうえに、長男の葬式を取り仕切っていた長女の亭主も数ヵ月後に自死してしまった。 その時「自死する気持ちが良くわかる!」といっていたのが気になっていた。 また叔父は40年前に亡くなっていた。 そのことは触れず、ある子供の死のことを打ち明けていた。 「赤ちゃんを病気で死なせてしまった。今の技術では助かっていたのだが、当時は仕方がなかった。 病院から死んだ子供を家に一人で背負って帰るとき、段々子供が冷たくなって死後硬直をしていくのが 背中を通して感じた時は、本当に悲しかった!」とシミジミ言っていた。
最後、私にその悲しみを言い残しておきたいのだろうと思った。 聞いているだけで、その時の悲しみが、そのまま直に伝わってくるようだった。 叔母は天理教の熱心な信者になることで、その苦しみの数々を乗り切った。 最期の最期は、宗教しか人間の苦しみを救うことが出来ないのだろう。 「神はあるかないかでなく、あらねばならない」という言葉が、こういう話を聞くと納得できる。
・・・・・・ 555, 針と糸 2002年10月20日(日)
先日、25年来の知人と酒を飲んだ。 大手の支店長をしていたが、請われて奥さんの実家の専務に3年前に納まった。地元の中堅の会社である。 義弟が社長で大変だろというと、糸と針の喩えで自分が糸に割り切ってしまえば問題がないといっていた。 面白く、ずばり本質をついた喩えにいやに納得をした。 社長業を針というのも上手い喩えだ。 時代に対して一点集中で鋭く縫いこむのが社長業だ。何か耳が痛いが、もっと痛い人が今は多いだろう。 この針と糸の喩えを社長専務の関係だけでなくいくらでも云える。 このテーマ随想日記もそうだ。テーマが針、それに対しての随想記が糸である。 なかなか良い針が見つからない。糸なら経験がたっぷりあるから?いくらでも材料はある。 戦略と戦術の関係もそうだし、頭脳と心の関係も、夫婦の関係もいえるだろう。 夫婦では最近はどっちが針か糸かハッキリしないが。それを使い分けるのはあくまで主体の自己ある。 最近は布ー服の流行が激しく変わっていくので大変だ。デザインの選定と工賃も厳しくなっているし、本当!
・・・・・・・・・・・ 「192」 種銭ー2 2001/10/20
物覚えのついた4〜5歳のころから、年末の31日にお年玉を姉兄揃って貰った。 それが楽しみだった事を思い出す。 一旦渡しておいて、次の日に全額取り上げられるのだ。 そして貯金通帳に入れられてしまう。高校になるまでそれが続いた。 そして高校に入って暫くすると、なにか株を自分で考えて決めろと言う。 そしてある株を買った。その日から株式のコナーを目を凝らしてみるようになった。
子供のころから、両親に玩具を一回も買って貰った憶えがない。友達の家に行くと、箱に玩具が一杯入っているのを見て、 信じられなかった事を今でもありありと憶えている。 といってお年玉は自分で稼いだ金でないことも確かだ。 株の上達の本を読んだとき、「まずは種銭をつくれ、それも強い金でなくてはならない。 それは自分が汗水を流した芯のある金でなくてはならない。そういう金でなくては株で利益は絶対にあげることは不可能だ」 これは事業でも当たり前だ。しかしこの強い金を創るのが一番大変なのである。 父は子供たちに、我慢をしてまず種銭つくりを 教えたかったのだ。お金に対してシビアなのは、実際のこういう教育があったからだ。 実際のところ、金に対してみるところあまりにも甘い。
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