堀井On-Line



2739, 何故、こんなに多くのバブルを経験するのか?

2008年10月04日(土)

 「資本主義は嫌いですか
   ―それでもマネーは世界を動かす 」−1  竹森 俊平 (著)

この本は私の知人からメールで「面白い本がある」と紹介され早速買って読んだが、成るほど面白い!
世界恐慌の様相を示してきている米国発の金融システム崩壊の原因は住宅バブルの崩壊によるもの。 
そのバブルが何故起きるかを解りやすく書いてあった。
  ーまずは、その部分からー
なぜ、われわれは、こんなに数多くのバブルを経験するのだろうか。
その結論を要約すれば、「バブルの頻発」は世界経済全体の高い成長率を維持するために、
経済システムの「自動制御装置」が働いた結果であった。 高成長の維持が難しくなる局面に来ると、民間(とくに金融機関)や
政府が、さまざまな手段を動員して高成長の維持を図る。 そのことが繰り返され、結果としてバブルが生まれた。 
あまりにも単純なルールに従って動く「自動制御装置」は、システムの安定をもたらさないこともある。
特定の要因だけを重視して制御する結果、制御されない他の要因によって、かえってシステムの安定が乱される可能性があるからだ。
今回のサブプライム危機も、「自動制御装置」が「高い経済成長率」という一つの要因にあまりに重点を置いてきた結果と
いえるかもしれない。 「サブブライム危機」を契機に、今後は「自動制御装置」も根本的に調整し直されるだろう。
バブルの発生に歯止めをかけるということに重点を置いた調整がなされるのである。
その結果、バブルの頻発もさすがにストップする。その代わり、世界経済の成長率は低下する。これが結論。
 −−−−
解)これが現在の金融恐慌の原因のバブル発生のあら筋である。 バブルの収縮を繰り返しをしながら、経済は動いていく。
日本の2002年以来の、景気の好調も、著者は、その原因をただせば、「小泉改革」ではなくアメリカの「住宅バブル」という。 
それが崩壊したと言うから、日本は大不況に入ること必定である。 バブル、通貨危機、投機ファンド、市場原理主義、デフレ、
インフレ、など多くの問題が発生する「紙切れ通貨制度」の功罪はあるが、それでも、この管理通貨制度以外に方策は見出せない。
紙幣そのものが、既にバブルそのものである。 そのことは、次回に取り上げる。 
これから最低でも10年は、この通貨制度の危機がつづく。
 著者は「序文」で、シカゴ大学の経済学者フランク・ナイトの
・発生確率が予測できる危険を「リスク」といい、
・そのリスクを予測できない危険を「不確実性」という、
  考え方を取り上げている。
【ナイトは熾烈な市場において、「不確実性」の領域に踏み込むことによってしか、利益を得ることができないと述べている。
なぜなら、事業にかかわる危険が、確率予測できる「リスク」だけなら、事業についての収入と生産費の期待値が計算できるからだ。
そうだとすると、収入の期待値が生産費の期待値を上回り、平均的には「利潤」がその事業に見込まれている場合には、
熾烈な競争が継続するだろうから、その結果、収入の期待値は生産費の期待値まで下がって、平均的には「利潤」消滅せざるをえない。】
という。これ全ての事業にも言えることである。
  著者は序文の中で、
【近年の金融業界の「金融工学」という膨大なデーターによって、確率予測の上で投資戦略を展開してきた。
しかし、考えてみれば、金融業界はあくまでも「リスク」の領域でビジネスを続けてきたはずで、「不確実性」の領域に
大々的に入り込んでいたという主張がおかしいと看破する。 なぜ2007年の夏までは、業界全体が「高利潤」を謳歌できたか。
どこかに欺瞞が潜んでいたと言わざるをえない。 要するに「根本問題」は、「熾烈な競争」「高利潤」「計算のできる危険」という、
同時に成立不可能な三つを、同時に成立させようとした無理な要求そのものにある。「サブプライム危機」とは、その「根本問題」が
生んだ結果に過ぎない。】  まあ、その辺の事情を非常に解りやすく説明している。「根本問題」そのものではない。
しかし、彼らは実は「不確実性」の領域に大々的に踏み込んでいたのである。 「サブプライム」そのものこそ、
「不確実性」そのものである。それを「リスク」と偽り、その「リスク」の領域でのみ経済理論的に認められる
操作を行って、「安全な割りに収益の高い資産」という宣伝文句をつけて売りまくったのである。

以上だが、「高成長を維持するための経済システムの「自動制御装置」が働くが、市場がマイナスに転じなければならない場面でも、
高成長をするために様々な手段を用いて維持を図ろうとする。その結果、システムが偏重をきたし、過剰なバブルになる。
その発生に歯止めをかけようとするが、それがバブルをストップさせるが、世界は低成長になる。」と、
「リスクと不確実性を取り違えてしまった」ことが、要点である。

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2007年10月04日(木)
2375, コシヒカリが売れない!
             (* ̄0 ̄)ノ[才八∃一]

先日のニュースで{最近になって「コシヒカリ」が売れない}と、ミニ特集をしていた。
去年だけでも、県内で3万トンの余剰米が出たという。事態はかなり深刻のようである。
先週の土曜日、東京の息子に魚沼産コシヒカリを送ったばかりだったので、注目をしてみた。
ところが、その時買った自宅の米といえば、聞いたことのないブランドの安い米。
金には困ってないのに、これは家内の貧乏性?から、これには他に理由はない!
しかし、ここは新潟、不味い米はまずはない前提がある。私自身、米の味に対して、よほど不味い外国産でない限り、
美味しい米に対するこだわりはない。それでも以前は秋口の新米は一度は買っていたが最近はそれすら食べなくなってしまった。 
酒はすぐに判るので少し拘るが・・・ ただし、県外で御飯を食べると、あまりの不味さに辟易とすることがある。
地元での外食では一度も、そういう経験はない。
  ニュースで採り上げていた売れない理由とは
・コシヒカリのベタベタしすぎた口触りが嫌がられた。
・他のブランドより割高感が強い。
・他に多くのブランド米ができ、それらの美味しさを知った。
・品種改良などで、米の味そのものに、あまり差がなくなった。
・不景気で、ブランドより、とにかく値段の安いものを選ぶ傾向になっている。
 等々あげていたが、風評による影響とは言ってなかった。
中越沖地震のとき、ある全国区の銀行の担当者が、「他の県の原発事故のときに、その地区の酒、米、魚、野菜まで数年間は
大きく影響した」と言っていた。それもあるのだろうが、不安心理を煽るので理由の一つにあげなかったのかもしれない。
ところで、南魚沼郡のコシヒカリが生産量の90倍も販売されているという話は、今でもよく聞くことである。
真実かどうかは別として、そういう風評もコシヒカリのブランドに対して不信になっていることもある。
それより手取り収入の減少と、中産階級の減少と、不景気が最大の原因である。                    
                                      サラバ(o´c_`o)―☆              
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2006年10月04日(水)
2010, 「私」のための現代思想 −7
     おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ ねむ・・さむ

ここのー「私」とは何かーという文は非常に難解であるが、一番の触りでもある。
「独我論」-唯我独尊の独りよがりの論法ーで生きている人は何処の世界にもいる。
究極的には全ての人にいえるだろうが(<特に私は強い!>・・と、思ったほうがよい)
しかし、それ(独我論)では、長い時間の中で自然と淘汰されていく。
言葉は「言語という制度」に従わなければならないが、その「言語という制度」に従って使用することが思考である。 
そして思考する主体が「私」である。 言葉の意味とは、その使用であり、「言語制度に従って言葉を使用すること」が
「言葉に命を与えている原因」であるならば、思考の「主体」は「言語制度」ということになる。
つまり私たちは「自我」「私個人」で思考しているのではなく、言語制度に従って言葉を使用している状態を「私の思考」
と呼んでいるだけ、ということになってしまいます。 しかし、それだけでないと誰でも考えます。 
それでは・・・それが以下に述べられている。 話すにしても、文章を書くにしても、まず「私」がある。
その私とは何かが明確になっていない。ここで、その私の正体が解剖されている。
随想日記を2,000書いてきたが、それは独我論の「私」に気づくプロセスだった。
《私》という「私」の芯は、歪んだ過去の残物でしかなかったということ??・・
 過去の感動・感激・感謝の倉庫? 夢で溢れた夢倉庫? その総体ということ??

−−−−−
第三章 「私」とは何か −��
ーウィトゲンシュタインの「言語ゲーム論」−

私たちの脳裏に発生している思考は、言語によって表現されます。
言語以外の方法で表現された自分の思考を、認識することはできません。
原稿を書いている私は、キーボードの打ちすぎで右手が少ししびれてきたが、
それもしびれてきた」と言葉にしてみるまでは気づかなかったことです。
「眠いかも知れない」と感じたことも、言葉にするまで気づかなかったことです。
脳裏で言葉になった瞬間に「感じた」であり、それまでは「思っても見なかった」ことだと言えます。

    そういう私は、本当に主体者なのだろうか?「私」の営みは、純粋な意味で全て「私」に帰属しているといえるだろうか。
    この問題を詳細に検討したのが、ウィトゲンシュタインである。
    彼は、「もし主体者が私であるならば、私だけの世界というものを考えることができなければならない」
    と考えました。極端に言えば、それは、「私の意識の内部の世界のみが<世界>そのものであり、
    それ以外<私の意識の外側>は考える必要は無い」ということであり、それを「独我論」と呼びます。

そしてさらに、もしも「私の意識の外部を考える必要がない」のであれば、
「私だけが理解できる言語」というものが存在するはずだと考えを進め、それを「私的言語」とした。
言葉の持っている基本な機能に「命名」があります。私的言語が可能であれば、当然「私的命名」が可能である。
しかし、「私的命名」とは結局は「自分だけに通じる何らかの名前を想定する」ことです。
(字数の関係でカット2008年10月04日) 
                \(^▽^*)バイ!
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2005年10月04日(火)
1645.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・4
 4、超一流の人   宗親

 どうしてもこういう商売をしているとね、人間の悪い面だけが見えてしまってね。
でもいいことも多いよ。絶対にこういう仕事でないと会えない人と直接話ができる事だね。
芸術家で日本国宝の人とか、超一流の奴。やはり普通じゃないよ。
一流になる人は違うね。そう信念ね、持っているね。「酒をの飲むなら男とのみゃれ、10年かけたる読書に勝る」あれだね。
一生を一つの事にかけている奴は違うよ。ひと言ひと言が、にじみ出てくるんだよな。
教わる事は、「真剣に」ということさ。その人の周囲はピーンと張り詰め空気が漂ってるんだよな。
 あの空気というか雰囲気は、実際会ってみなくては解らないよ。自分の仕事と何も違うところはないよ。
ただ真剣、純粋そして高貴というか後光が漂っているね。人間こういう人は、1000人に一人いるんだよ。
まず50人に1人、別格のがいるんだ。その50人のなかから20分の一選ばるんだよな〜。
そのへんの人は、自分で考える能力があるんだ。物真似を超えて自分の何かを作り上げたやつさ。
50人に1人は物真似レベル。そのなかで20人に1人自分のものを作れるやつが出てくるんだ。
これ私の客商売で人を見た中で感じたことさ。

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2004年10月04日(月)
1280, 「乾杯!」を考えてみる

 乾杯といえば、忘年会などの酒席や、祝いの席には欠かせない。
家内や知人と飲む時も、グラスをぶつけあって乾杯をしている。「乾杯」は、そもそもは日本古来のものではなく、
その起源は古代ギリシャ、ローマ時代に遡る。 『世界大百科事典』(平凡社)には、「古代に神または死者のために
神酒を飲んだ宗教的儀式が起源とみられ、ギリシャ、ローマでは食事中に神酒を神にささげ、公の宴会では列席者
ならびに死者のために乾杯した。…それがいつのまにか生きた人間の健康を祝福する乾杯となった」とある。
古代ギリシャ人の間では、「酒を飲むと、一緒に魔物が入ってくる」と考えられ、飲む前にグラスをぶつけ合うことで
悪魔を払ったといわれている。 悪魔は大きな音や騒がしい音が嫌い!特にグラスの鳴る音を嫌がったらしい。  
 
その一方ではもう少し生々しい説もある。「紀元前6世紀、ギリシャ人の間には主人が友人の健康を祝って乾杯をする習慣があった。
当時、敵を殺害するため、ワインに毒を入れることがよくあったため、まず、主人がワインを飲み、客はそれを見て安全を
確認してから自分のグラスのワインを飲んだ」というのだ。互いにグラスを勢いよくぶつけたり(酒が混じる)、
一斉に飲みほす…… というのも、毒殺対策がいわれというわけである。

飲みほすことについては、杯に底が平らでない貝殻や獣角が使われており、飲みほさないと傾いてしまう
(こぼれてしまう)ためともいわれる。記録によると、毒殺の盛んだった中世ヨーロッパでも、グラスをぶつけ合い、
互いの酒を入れ合うことで、毒が入っているかどうかを確かめていたという。
時の王様は自身の権力をライバル達に知らしめるために、大勢のお客を呼んで夜ごと、豪華な晩餐パーティを開いていたが、
しかしライバル達を暗殺する絶好の場だった。 そこで乾杯をして、毒など入っていない事を証明し合う行為だった。

乾杯は世界中、どこにでもある習慣だ。スペイン南部の結婚式で行われる風習とは、乾杯で新郎新婦が乾杯酒を飲み干し、
そのグラスを地面にたたきつけて割るというもの。「これには独身時代には色々な事があったけど、
全てきれいさっぱり捨てて、今ここから新たなるスタートとしよう!」という意味が込められている。
大学の卒業式の後、学食で学部の全員が集まり、パーテーがあった後、乾杯してグラスを割った記憶が生々しい。
これで学生時代とお別れという節目としての粋な計らいであった。

・・・・・・・・・
2003年10月04日(土)
ある時間の断片ー33
11月6日 ー1968年
・10時起床。
風邪で頭が痛かったが、少し良くなってきた。12時、佐藤君のところでお茶を飲む。その後本を読む。
夕方、飯を炊き、刺身を二人前買ってきて食事をする。 風邪を回復するための滋養だ。
食べ過ぎのせいか逆に気分が悪くなる。21時にレポート用紙を買いに出ると、市川氏と高橋君に会う。
近くの行きつけの「サンキスト」へ飲みにいく。となりの30過ぎの女性と話す。一人で楽しんでいるみたい。
私を田舎の坊ちゃんとか、結婚する典型的タイプとか、気取っているとか、貶されているのか、褒められているのか解らない。
これが自分の姿なのだろう。市川さんのおごりだ!その後3時間、勉強をして寝ようとすると、佐藤のところで駒村、
ブーちゃんと3人で飲んでいる。私も加わり、どうでもよいような議論が始まる。
どうも攻撃的で、間中のブーちゃんを責める。他人事でないのに、何を言っているのか後悔する。酔っ払いでしかない。
もう少し勉強に集中しなくては、ダメだ。 卒業まで時間がないのに。周囲に動かされすぎだ。
いまの勉強は、自分を納得させるためにしているに過ぎない。

・・・・・・
539,至高体験−2
- 2002年10月04日(金)

「この経験をしただけでも、この世に生まれてきた価値が充分にある。
この瞬間を経験する為に生まれてきたとといって良い」という感覚である。
精神病は精神のマイナスの偏りの病だが、プラスの人(何をしてもうまくいく人)は、至高体験を異常に多く重ねているとか。
私の至高体験具体的に書いてみる(恋愛・下ネタはないのが少し残念だが?)
 ー旅行先でのそれが多い
・初めて海外旅行ーヨーロッパに行った時、生まれて初めて腹の底から笑った、何回も! 確かイギリスのパブで、
 それとオーストリアのワイン居酒屋で、それとミュンヘンのビアホールで。感動と歓喜の毎日であった。
 その旅行で私の固い頭を(固定観念を)叩き壊されたのが最大の収穫であった。
 中学高校時代は腹の底から笑う事は本当に少なかった。またそれだけ刺激の強い事は、それまで全く無った。
・あとは20数年前、実家の会社にいた時30人近くを引き連れてハワイに行った。その時も、至高といっていい位ぐらい
 ハワイの総てに感激した。 世界に名だたる観光地、ショーにしても、洗練された内容が次々出てきた。
・カナダのロッキーも感動感動の連続であった。「一回しかチャンスが無いが、何処に行ったらよいか?」といわれたら、
 カナダのロッキーだ。多くの旅行経験者はそう言う!地球でなくどこかの星に行ったような錯覚に陥る。
「ロッキーでの旅行の感激は、「自分の家を売ってでも経験する価値がある」であった。
 この日を境にして、この経験をする前と後という感じだった。
・9年前に震えながらいったケニアもそうだ。 アフリカの大地の広大のサバンナを見たときの驚きと感動!
 遙か彼方にシマウマとヌーが数十頭走っている姿を始めてみた時の 感動も強烈な思い出だ。
・事業でもそうだ。初めて千葉で千城ビルを立ち上げ仕事も軌道にのり、ふとそのビルを見上げた時の
 何ともいえない絶頂感も良かった。誰もがその瞬間を持っているはずだ。
・会社の忘年会や竣工式の後の宴会でも、それに近い気持ちになる。成功経験を重ねる人は、至高体験を重ね
 続けることの出来る人だ。 巨人の長島は至高体験を普通の人の数百倍、いや数千倍経験している。
 それがますます至高体験を呼び寄せる。自分を良くしようとしたら、至高体験を重ねる事だ。

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2001年10月04日(木)
「随想日記について」

新たに考えた事より、殆どが過去に日記帳などに書いた内容が多い。それをむしろ再度まとめ直しているといってよい。
具体的文章と、抽象的文章と、その中間の文章を意識して分けて書いた。 かなり刺激的な文章もあるが、
これも迷ったが思い切って載せた。この随想日記と事業百訓などの20年の文章は私の潜在意識かもしれない。
潜在意識の顕在化のプロセスを、毎日実施していることになる。
よくテーマが出てくると感心する。一週に一回ぐらいの割りに全く何を書いて、いいか解らなくなることがあるが、
しかしいつの間にかテーマが出てくる。‘しかかり文章’を先に2〜3作っておくことがポイントである。
そうしておかないと、常に不安感が付きまとう。仕掛かりとしての文章は余裕を持って気楽に書ける。
土日曜日に、3〜4つ仕掛かりの文を書き溜めておく。 どろどろした経験でたまった原始言語の概念化か。

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