堀井On-Line



2731, 恐慌前夜 −2

2008年09月26日(金)


「恐慌前夜」副島 隆彦 (著)  ー読書日記

*焦げついた住宅公社債《530兆円》その内訳
 P−34
ことの始まりは、7月に入って米大手証券のリーマン・ブラザーズが「GSE社)は、会計基準が厳格化されれば
750憶ドル(8兆円)の増資が必要だ」と記したレポートを発表したからだ。このリーマン自身の破綻の日も近い。
人(他人)のことを分析している暇はない。 7月10日にウィリアム・プール前セントルイス連銀総裁が、
「GSEはすでに実質超過(破綻している)である。政府による救済がどうしても必要となる」と発言した
そのため・ファニーメイとフレディマックの株価は11日に、一気に一時10ドルを下回るまでに急落し
た(フレディが3ドル、ファニーが6ドル、そして破綻が本当に危惧される状況に陥った。
6ドルというのは日本の株式で言えば「額面50円割れ」に等しい。この株価が今後大きく回復することはない。
二大住宅公社は、すでに死に体である。つい最近まで株価が100ドルを超していたアメリカの
「政府系金融機関の超優良会社」だったのに。 みんなの血の気が引いた。その次の日の7月13日に、
ヘンリー,ポールソン財務長官の開き直りにしか見えない突然の記者会見があった。
ここで、両社の5.2兆ドル(530兆円)もの巨額の不良な融資残高と債券発行残高の合計金額が公表され、
これらのすべてが信用毀損していることが判明した。これらの公社債券の担保となっているのは、
公社が買い取ってさらに別の証券に組み立て直した住宅ローン債権である。
そのほとんどが大きく不良債権(バッド・ローン)化している。
 ーー
*シティー、メリルリンチ、さらにモルガンも消える
 P−178
アメリカでこれか30社ぐらいの大銀行、大証券会社、生命保険会社、侵害保険会社が潰れるだろう。
ヨーロッパでも20社ぐらいが今からまだまだ潰れていくだろう。
もつとはっきり書こう。巨大銀行のシティグループ(シティバンク)はあと3年で潰れる。
証券会社最大手のメリルリンチも、りーマン・ブラザーズもモルガン.スタンレーも来年、
再来年までには消えてなくなる。 生き残るのはゴールドマン、.サックスとJPモルガン・チェースと
ウェルズ・ファーゴ銀行などであろう。バンク・オブ・アメリカはかろうじて生き残るだろう。
クレジット・カード大手で言えば、VISAとアメックス、ダイナース、マスターカードの大手4社は生き残るだろうが、
それ以外は危ないものである。
メリルリンチとモルガン・スタンレー、リーマン・ブラザーズは自分自身がすでに大きな手負い狼になってしまっている。
各々が保有資金で3兆円、5兆円の含み損(表に出せない損)を抱え込んでいる。その損を一気に取り戻そうとして、
原油市場などで大バクチをやったらしい。商品(コモディティ。貴金属、石油など)の先物市場に資金が流れ込んで、
大きなバクチ相場を張った。メリルリンチとりーマン・ブラザーズがこの大バクチに失敗したようだ。
NYMEXの原油先物市場で、自社が石油トレーダーのふりをした取引までやっていたのだ。
その資格もすでに取り上げられ、いよいよ最後のあがきをしているようだ。
そして、やがてふたたび「連鎖する大暴落」が襲いかかってくる。
 ーー

以上だが、これが発刊された当日にリーマンが倒産、その数日後にメリルも実質消滅してしまった。
アメリカ政府が、AIGを実際救済をしてもそれは自国通貨の印刷しかないが、ジャブジャブを続けるようであれば、
米ドルと米国債の価値が大下落する。 ドルは来年は90円、80円になるだろう。
さらにオバマが大統領になれば、オバマショック(米ドル切り下げの第二のニクソンショック)が数年内には起きる。
得体のしれない経済的動乱が起こってしまったのである。恐ろしいことに、これは毎日使っている紙幣の問題である。
 僅かな預金だが三分の二を金(キン)に替えて銀行の金庫に預けた。 
私の中では、恐慌が既に生じ、日本が一番危ないと判断したからである。

・・・・・・・・
2007年09月26日(水)
2367, エーゲ 永遠回帰の海 −3
               ー読書日記
今回のギリシャ旅行の目玉の一つのデルフィの神殿について、立花隆の「エーゲ 永遠回帰の海」の中に、
解りやすい記述があった。 具体的で解りやすい興味を引かれる箇所である。
ギリシャはギリシャ神話と、哲学の起こったところであり、その原点がデルフィでもある。
最近、哲学がますます面白くなってきたことも、このギリシャ旅行への動機になった。
世界は深いし、人生ではその一端しか触れることしかできない。少しでも多く触れて、世界を知ることが人生である。
実際のところ、その場に行ってこそ、その一端が見えてくるのである。
ツアーとはいえ世界の光の場に多く立てたのは大きな心の財産になっている。プラトンの「饗宴」でも読もうか。

ーP・166より
古代人がどれほどアポロンの神託を信じ、それに頼っていたか、現代人には想像を絶するものがある。
国家の重要な政治的決断がしばしばデルフィの神託にゆだねられた。
戦争をすべきかどうかなどというおうかがいもしばしばたてられた。
たとえば、前六世紀、小アジアで最も権勢をふるっていたリディアのクロイソス王は
ペルシアは覇権を競い合う関係にあり、いっそ戦争をすべきかどうかで迷っていた。
そこでデルフィにおうかがいをたてると、「ペルシアに出兵すれば、大帝国を滅ぼすことになろう」
という神託を得たので勇躍して出兵した。しかし、その結果大敗北を喫して、リディアは滅びてしまった。
神託が当たらなかったわけではない。神託の「大帝国」とはリディア自身のことだったのである。
第三次ペルシア戦争で、アテネが全市をペルシアに開け渡し、海戦にさそいこんで大勝利をおさめた
サラミスの海戦の戦略も、デルフィの神託によって与えられたものだった。
あるいは、あのソクラテスが哲学をはじめたのも、デルフィの神託がきっかけだった。
あるときソクラテスの弟子の一人のカイレポンが、デルフィに行って、ソクラテスよりも
賢い者がいるかどうかアポロン神にうかがいをたてた。ソクラテスは当時のアテネに沢山いたソフィストの一人で、
最近評判が高いソフィストだった。 アゴラなどで、他の名だたるソフィストたちに片端から論争を仕掛けては、
これを次々になぎ倒して、高い盛名を得つつあるところだった。
  (以下、字数の関係でカット2008年9月26日)

・・・・・・・・・・
2006年09月26日(火)
2002, 具体的にみるWeb2・0社会とは −1
       おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・

長岡商工会議所(9月24日13時半)でおこなわれた「グーグル Google」 の著者の佐々木俊尚氏の講演をまとめてみる。
テーマは「グーグルが拓く、『Web2・0』マーケティングセミナー」である。
著書の説明程度だろうと期待していなかったが、一時間半で最近のネット社会の現状を面白くまとめた内容であった。
「聴衆の、どのレベルを対象に話すのか」も興味もあったが・・
まだ本を出して半年あまり日々刻々ネット社会は進化しているようだ。その中でキーワードが幾つかあった。
「mF247」「ポッシュ」「ソーシャライズ」「MIXY」「あげ運」などである。
それぞれ個別に、何回か随想日記に取り上げ説明する。
ーまずはウエブ社会の潮流の話の内容を簡潔にまとめてみた。
   {字数の関係で一部カット(2007年9月26日)}
    −  つづく
                            \(^▽^*)バイ!
 ・・・・・・・・
 2005年09月26日(月)
1637, 37年前の私への手紙−1

ー22歳の日記を読み返してみて、当時の自分に手紙を書いてみたくなった。 37年前の自分は、
自分のアイデンティテーであるが、全くの赤の他人にも思える。だから手紙が書けるのだろう。

ー37年前の私への手紙ー
あなたの日記をまさか30数年経って、読み返してみるとは思っていなかった。どうして書いたかさえ憶えていない。
倉庫で偶然その日記を見たとき、書いていたことさえ記憶になかった。見つけた後、決して手に取ろうとしなかった。 
見たくなかったのが本音である。そこにいたのは正に自分自身の姿がそのままあった。
数年前、この随想日記に思いきって書き写すプロセスで、露わなあなたを冷静に?
振り返ってみることができるようになった。あなたは社会に飛び出す前後で、緊張の絶頂だったのが窺い知れる。
弱い自分をどう強くつくり上げるか必死のように思える。 社会全体がが学生運動や高度成長期の真っ只中で、
燃え上がっていたが、あなたは当時の言葉でいうノンポリもよいところだ。

あなたは、人生の根本的なことで迷っているようだが、それが若さだ。根本的なことで悩んでいるからこそ、青春の輝きがある。
現在の私は、あなたに比べて本当に強くなった。自己改造を積み重ねてきた結果強くなったのである。
いや社会そのものに鍛えられたのだ。 その結果として、何か大きなものを失ってしまった。
あなたの弱さこそが自分を駆り立ててくれているのだ。
いま考えてみて、貴方(37年前の自己)の悩みこそ大事である。そのことを貴方は直感しているはずだ。

歳を重なることは、強くなる反面、純粋さを失う。膨大な未知の世界を前に好奇心と期待に胸を膨らませている姿勢は認める。
しかし本心を決して開いてない。開いても中には何もなかっただけか。 貴方の日記を読んで好感を持つ反面、
狡猾な嘘つきと思えてならないのは、どういうことか。気まぐれなハッタリ、大言壮語を言っているだけではないのか。
もう少し、哲学書を読みこなしておくべきということも感じる。
あちこちと、浅く知識を摘み食いをしていただけだったが、まあ、それはそれでよい。

ただ、他に多くの文章(思い)を書いていたことを私は知っている。それを全て捨てたことも。
なぜ彼方は捨ててしまったのだろうか。捨てたから良かったのか、悪かったのか何ともいえないが。
あの時、真剣に書いた内容は、現在書いている随想日記の内容に決して劣ってなかった。
そのことを手紙を書きながら憶え出しただけでも、この手紙を書いてよかった。

あなたが内面を書きだしておかなければ、自分が押しつぶさていたことも理解できる。
あなたは、まさに基本的な足固めをしているのだ。その後、三十数年の自分を振り返ると、
決してあの時の理想とは一致はしない。しかし方向は考えていた通りであった。
あなたが思っていたことは、高度成長期の時代背景の妄想かもしれない。
しかし気にすることはない、高度成長期にいかに生きるかが課題でよいと思う。
自分の人生は深く生きることが、一番大事なことである。まあ、説教になってしまうので、この辺で止めておく。
少し力を抜いて、思いやりを持って、生きたほうがよいよ! 他人をもっともっと大事にしなさい。 
これが私の最後の言葉です。 
              ーつづく
ーーーーー
ー後記
人生の反省会みたいで、なかなか書いていて面白い。意外とスラスラ書けるのも驚きである。
当時の自分に強く愛着を感じるのは当然だろうが、「気持ちを書きのこす」ことは、非常に大事なことだ。
当時の自分と対話さえ可能になり、心の芯同士の、魂の対話になる。
過去と対話をしているが?、実際は現在の自己会話でしかない。 それがよい。
旅行先で、知人や家族に手紙を出すついでに、自分に手紙を書いている人を見かける。
一番思い出になるからだろう。 これは過去ではなく未来に対して書いていることになる。

・・・・・・・
2004年09月26日(日)
1272, シュリーマンの話−1

映画で去年と今年「トロイ」が別々に、2本公開された。去年公開された方をDVDレンタルで見た。
トロイの遺跡といえば、一生をかけ執念で発見した「シュリーマン」が思い浮かぶ。
誰もが憧れる波乱に満ちた人生の成功物語?である。 男の生き方として、他に注目するのはガラパゴス島に行って
ヒントを得て「進化論」を書いた「ダーウィン」と、日本の地図を実測で初めて纏めた「伊能忠敬」である。
それでも、スケールを考えるとやはりシュリーマンである。
反面、彼ほどマイナスの逸話が多い人物も珍しい。 また、膨大な日記や旅行記を書き残してある。

彼は15~18ヶ国語をマスターをして、それを武器に商売で莫大の資産を得た。
外国語をマスターするノウハウが、今でも多くの人のバイブルになっている (これは次回、書く予定である)。
あるホームページに、彼の行蔵を上手く纏めたものがあったので、コピーしておきます。
シュリーマンの一生は、常人から見たら常識をはるかに超えた波乱に富んだものであった。
夢の実現のため、捨て身で人生をかける姿は、このような時代にますます脚光を浴びる。
 −−−−−−
  ー経営コンサルタント武沢信行氏のHPより抜粋ー
 ー以下は、字数の関係で中間をカット(2007年09月26日)
  −−−−−−−
 ー以上であるが、彼の驚異的な15各国語のマスターのノウハウは、今でも充分通用するものである。
マイナスの話も付きまとうが、「並みの人間の卑しい見方でしかない!」という、彼の声が聞こえてきそうである。
「同じ一生、とことん自分の夢を追求すべし!」という人生をそのまま実行した人だ。
日本にもきて、詳細を書いたものが残っている。

・・・・・・・・・・
2003年09月26日(金)
905, 物を置かない努力

 TV番組の自宅訪問で、デザイナーのコシノ・ジュンコが、家では「物を置かない努力」を心がけている、
といっていた。「なるほど!」と納得してしまった。家の中のデザインは無機質でシンプルであった。
カラーは白と黒だけ、空間そのものがデザインという感じであった。
さすがデザイナーの住むところは違うものだと感心をした。
コシノ・ジュンコビルの最上階の広いワンフロアーを住居に当てていた。

 以前、事務所の部屋に来た知人が『机には一切物をおかないこと』と注意をしてくれた。
「会社の机は物事を考え判断するところ、空即是色の空にしておけ」ということだ。
銀行の支店長室は無味乾燥な位に何も置いてない。場所が少ない場合とか、仕事柄置きっ放しの方がよい場合が大部分だが。
私の欠点の一つは、書類管理が苦手なことである。このホームページに、その一端が出てしまっているようだが。
頭の中の書類?を公開することで、管理せざるをえない状況にしておく目的もあるが。
せめて机の上にモノを置かないことだけは守るようにしている。モノの置きっぱなしは、後まわしの一番身近な習性である。

 ごく身近に?全てを後まわしにしようとする人がいる。判断ができないのだ。周辺はやりかけの山になっている。
まあ書類やファイルに関しては私であるが。確かに判断をのばしてよかった事もあるが、身近なことは即決の方がよい。
「孫子」も兵法では速攻を説いている。

 海外の旅行に出ると一日おきに、バックの全てを出して整理をしている。
これは長年の旅行経験からの知恵である。10分で済むし、出発の時に慌てないで済む。
圧縮されたバッグの中はすぐに混沌として、小さい空間にかかわらず必要なものが何処にいったか判らなくなる。
そのままだと、気持ちまで落ち着かない。ところが、机の中やファイルや書類等になると、後回しにしてしまう癖がついている。

 経営者や弁護士や代議士は、まず秘書をどう機能として取り入れるかがポイントになる。
サービス機能ー総務管理が組織創りの第一歩だからだ。 家に住んでいて、キチットしているのは気持ちが良い。
生まれたときから必ずお手伝いさんがいた。父が潔癖症であったのもあるが、常に整然と片付いていた家であった。
しかし、いまは??!!である。それでも居間と寝室の私のテリトリーは整然?としているが。
さあ今日は、事務所の机周りの整理をしよう!
   
・・・・・・・・・
531, 天皇制度について
- 2002年09月26日(木)

 国家感だから書くのに少し気が引けるが,避けては通れない問題だ。
島国とか離れたスカンジナビア半島のように、あまり外部との入れ替わりの無い国では、
王室を国家の体制としておいておく方式もあってもよい。また多神教の場合の統治にも王室が有効となる。
ユダヤ教やキリスト教やイスラム教のようなラージXの一神教には共通の価値観がある。
アメリカの大統領の宣誓式でバイブルを手に宣誓をするのは、一神教のラージXのアラーの神に国民の前で
国家への奉仕を約束をすることである。 旧約聖書では王を認めてない。

 日本の神話で神が出てくる。彼の左右には必ず二人の対立したセカンドがでてくる。
対立をする間に中央の神が存在して、真空ー中空としての役割を果たす。変化の乏しい島国では丁度よい役割を果たす。
良くいえば弾力的システム、悪くいえばいい加減なシステムになる。
今の日本の窮状はそのいい加減なシステムの弱点が出ている為である。

 アメリカが日本を占拠した時にアフリカとか東南アジアやインドの占拠方式をそのまま当てはめ、
天皇制の維持で国家体制の維持に利用した。明治維新で日本という国家をつくろうとして、京都の天皇に目をつけた。
天皇家をシャッポ−帽子にした。

 ー国家のつくり方として
・先ずは帽子が必要である。警察の帽子といっしょである。
・次に暴力装置として内向けに警察、外向けに軍隊が必要になる。
・それと決め事としての憲法。
 戦後はその決め事ー憲法をアメリカに押し付けられ、天皇も占領に都合がよい為、そのまま押し付けられた?!
その名の下に戦争で死んでいった国民をこれほど馬鹿にした話はない。
少なくとも昭和天皇は変えるべきであった。それと居を京都に帰すべきであった。

 裸の王様と同じで、誰もが解っていながら?口に出せない。あの北朝鮮と同じである。
ドン様が存続しているのは、恩恵を受けている軍部の存在である。
天皇もしかり、宮内庁を縮小しなくてはならない時期はいずれやってくるだろう。議論を避けて通ってはならない問題だ。

 石原慎太郎が「天皇家は朝鮮人のルーツを持つ」といっていたが、古墳をみると明らか。
日本こそ多民族国家である。その時々でいろいろの民族が浸入してきた。
台湾だったり、朝鮮だったり、アイヌ系だったり、南方系だったりした。
そしてその都度いろいろな一族が大きい勢力をもった、それの一つが天皇家である。
千年以上続いているのが素晴らしいといえば、全くそうだが。
 欧州の王室のように、質素な一般大衆とさほど変わらない慕われる王室に自然となっていくだろうが。
その為には、まずは京都に居を移ってもらわなくては! 予算も今の130億円から30億位に削って!

・・・・・・・・
 [162] 手順  2001/09/26
 人生を生きてきてつくづく思うことは,どう学びどうそれを実現してきたかというとである。
大学を出たとか高校を出たとかは二の次、しかしそこで何を学びなにを得たかがポイントのように感じる。

 私の場合、浪人が一番勉強になった。そこで得たものは、そこにたつと「ぎりぎりの線に立つと」知恵が出てくる。
そこで手順を身につけたことだ。人生の若い時にこれを身につけないと、人生の後半に問題にあたったとき
その解決に苦労する。ぎりぎりの崖っぷちにたってはじめて、手順は身につく。
それも前向きである必要がある。 チャレンジの中で自分を追い詰めて(その中で自己をぎりぎりのところに立たせる中で)、
 知恵が出てくるプロセスを手順というのではないか。

 30数年いろいろな仕事を手がけてきた。仕事は違えど同じことがある、それがプロセスである。
どこの世界にいっても馬鹿な二代目がいる、そしてプロセスをみて笑う。
創業のプロセスは傍目でみてミットモナイ姿でもある。 プロセスは直線的にいかない。
それが傍目からでは解らないからであろう。「目的と手段」の手段に似ているが手順はその両方を含む。
「空即是色」のところもある。空にしてそこから手順を踏むからだ。

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]