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2008年02月16日(土)
好感の持てる人である。 東京の知人が言うには「最近、東京では健康を兼ねてスポーツタイプの自転車で チョットした移動に活用している人が多くなっている。」という話を聞いたばかりなので、 成るほどと感心した。この人の場合は、携帯用のナビまでつけている。 ナビは個人の行動まで自由にしているようだ。
ここまで電子機器が発達し、ソフトも高度化したなら、己を空しくして 逆に無駄取りをして合理化に徹したほうが良いに決まっている。 その意味で、この本は批判が多いかもしれないが、見習うべきことがあまりに多い。 ここまでグーグルが世界の人たちに支持をされるには、それなりの内容があるはず。 なら、限度のある自分を徹底的に排除をして、己を空しくして圧倒的なベストに 従ったほうが良いという彼女の問いかけが、シンプルで訴える力がある。
・補助脳としてのパソコン ・フォトリーディング、親指シフト、マインドマップなど、じぶんなりのOSを整え ・アナログとデジタル入力のバランスを使い分け ・マスメディア情報を減らし、実体験、他者体験、良書を三大情報源とする。 ・自分以外の感覚器、特に耳をもっと活用する ・そして睡眠はよくとり、運動をよくする
だいたい、これにブログや日記、メモをよく取ること、これが言いたいことである。 大部分が進学にエネルギーの大部分の人が取られているとき、このような合理性で自己研鑽に 勤めれば、そこそこのことが出来ることだ。
・・・・・・・・・・・・ 2007年02月16日(金) 2145, 「狂い」のすすめ −2 才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*) この本は「世間」に対する私の鳥瞰視と同じトマリ木の目線である。 第一章の「狂い」のすすめ は、「世間を幻覚と割り切ること。 その為に自分を狂者と割り切ってしまえばよい。 世間は狂っているのだから、そんなものを元々相手にしなければよい。」
私自身の人生を振り返ると、「狂」が一つのキーワードであった。 狂を演じてないと、事業など立ち上げることができない。 現状否定が事業の立ち上げの切り口であるからだ。 その辺の二代目が、その「狂」を冷笑しているのをお笑い芸人の目で、 その反応を計算している自分の様も面白かったが。 現在もそうである・・。 いや、狂いが目立たなくなったということか! 定年を迎えようとしている男が、急ごしらえの定年後の準備を始めている様は、 コミックといえばコミックである。
「狂」になって一度自分を破壊しないと、定年後の第二の人生の構築はできない! その意味で、この本は彼ら向きなのだろうが、はたして理解できるか? この本では「狂者の自覚」という表現をつかっているが・・・ それまでの人生観を根こそぎ疑って、新しい人生観を構築しないと! それが第二の人生である。 この無自覚な連中を集めて商売にしようと目論んでいる人がいるが、 その悪臭は自分では分からないだろ。 でも、その人たちに目先の安らぎを与えるどこが悪いか! という論法も成り立つが! どうでもよいことか。
この本の中で一番気に入ったのは、 ーカタツムリからナメクジへー というところである。
*そこを抜粋すると* 「カタツムリが旅に出て、ナメクジになって帰ってくる」 私たちは常識や既成概念、世間の物差しを持っています。 そういう殻を背負ったカタツムリが旅をするのは、そうした殻を捨てるためです。 殻を捨ててナメクジになって帰ってくる。そうした気持ちでする旅こそ、最高の旅である。 たとえば、インドの貧困だって、貧困を悪いものだとみるカタツムリでなく、 貧困もよいものじゃないかというナメクジの目でみることができれば、素晴らしい旅になるはずです。 インドの子供の裸足を見て「かわいそうに・・」と思うかもしれませんが、 「裸足のどこが悪いんだ、上等の靴を履かされて、重い鞄を持って塾通いと、 裸足でのびのびと遊んでいるインドの子供と、どちらが幸福なんだ・・・?」とね。
もう一つは ーついでに生きているー である。 「‘人生なんぞ無意味である'と言うのであれば、なんでお前は生きているのか? それなら、生きている価値がないじゃないか」と言うが、その反論として、 「人生に意味がないなら、自殺さえ必要ないじゃないか」と反論していた。 そのうちにうまい言い方を考案しました。 それは、人間は、−ついでに生きているーという言葉です。 人間に生まれてきて、生まれたついでに生きているだけだ。 別段、それ以上の意味はない。 人生に意味があり、目的があるとしたら、私たちはその目的に向かって 邁進したくなります。そうすると、競走馬的な人生になってしまいませんか。 −− まあ、一日一日を切断して、その一日を「日々是好日」と楽しめということだ。 二度とない人生、そして一日である。 著者こそ、実際は逆に生きてきたし、現在もそうだろう。 悩める人に対して、そう教えるのが彼のお仕事であるから、それでよいが。
「人生に対して意味を求めつくしてこそ、その逆もさもありなん」 と相まってこそ、人生無意味の意味が深まるのである。 「そんなこと、言われなくても分かっている!」というが、 一応、念のため。カタツムリだものね、人生は。 どっちも同じ? 喩えがね〜 同じか!
カタツムリが、定年を向かえて、否が応でもナメクジになったとき、 その人は如何すればよいか?ということだろう。 こういうナメクジに新しい殻を与えようとしているのか、 「あの人」は! それも既成品を。オーダー作れないもんね!あの人たちは、今さら。 だから、安直な仕入れ品を当てがおうというのか! もともと安直な殻なら、その後の殻も安直で充分というのも理解できるが。 でも、何かおかしな話である! まあ、考えるに丁度よい材料になるが。 b(^o^)ノ バイ! ・・・・・・・・ 2006年02月16日(木) 1780, 他罰の人 (`・ω・。)っノXXXX>C【才ノヽ∋―】゚+。*゚+。
ある本で「他罰」という言葉に行き当たった。 他罰性は、現代のキーワードといって。特に情報社会の病巣といってよい。 自分のマイナスすべてを他人や社会のせいにする傾向の強い人間は何処にもいる。 私がタレントの‘みのもんた’を嫌いなのは、職業柄もあるが、 他罰性が非常に強いからである。 まあ観ている方も他罰を一緒に楽しんでいるから本人の責任だけではないか。 ~~旦_(^O^ ) 人生の後半に(いや前半もそうだが) 明るい生活を送っている人の分析がある。 ・縦と横の人間関係がキッチリできていて ・本業以外にライフワークを持っていて ・何ごとも前向きで楽観的で ・他罰性が無いこと それと(私の意見だが)奥さんが明るい人である。 逆に社会に適応できない人とは 「他罰性が強く、 そのため人間関係が崩壊、 何ごとも後ろ向きで、 趣味が少なく、 暗く温かみが無く、 そのため神経症になっている人」である。 ダメ!! ゙o(≧◇≦*)o o(*≧◇≦)o"ダメ ジャ〜!! 誰の中にもある毒素であるが、その傾向が強いか弱いかにある。 私が敏感なのは、他罰性の強い人間である。自分の中に、あるから嫌なのだろう。 その傾向の強い人種は常に攻撃対象を探している。 それを思いつくまま挙げてみると ユルサン![(#▼皿▼)]ムキッ ?(;:゜Д゜;:)ヒィイッッ 親が悪い、 友人が悪い、 学校の先生が悪い、 上司が悪い、 会社が悪い、 政治が悪い、 社会が悪い、等々 社会的貧者に、この傾向の強い人が多い。 「人生は最も偉大な言葉」とは ‘自分の生きてきた全て(人生)が 何もいわなくても全ての自分を語っている’ということ。 その中で一番の問題になるのが他罰性といってもよい。 (`゚д゚´)コルァァ!! (*`д´)ノチキショ!!! (`Å´)ゴルァ!!
夫婦間など、男女間のトラブルは 他罰から生じる典型なことである。 自分のことを考えてみれば 家内との喧嘩は何時も、どちらが悪いかの言い争いである。 会社組織も他罰の牽制で成り立っている といっても過言ではない。 つづく ヾ(。´・ェ・`。)Bye ・・・・・・・・ 2005年02月16日(水) 1415, NHK視聴料について
数年前から、NHKの視聴料の支払いに対して疑問を持っていた。 そして、最近起こった不祥事事件である。 自宅で三紙とって日経新聞を止めて、WOWOWに加入。 次に新潟日報を止めて、薄型TVを購入した。 NHKを止めて、CSに加入したくなるのが当たり前のことである。
以前から会社で支払っているNHKの視聴料の支払いに対して、 何時止めるかタイミングを計っていた。 「宿泊のお客は自宅で視聴料を払っている。それが何で、ホテルの客室の視聴料を 払わなくてはならないのか!おかしい?」と考えて当然である。
先日のラグビーの番組の中止(途中から抗議殺到で放送したが)で、切れてしまった。 会社に行って早速、「NHKの支払いの必要無し!」と宣言をした。 ところが、呆れた顔をした支配人 「10数年前から、一円も払ってません!」 私「・・・・・・・」やるべきことは、やっていたようだ。
個人は、結構NHKの番組みで楽しんでいるので払っている。 ーーー 2005/01/31 ー1399, NHKと朝日新聞
昨日の朝日新聞の天声人語が時期が時期だけに、少し際どい?内容であった。 (後でコピー) 「政治的圧力の有無の報道の件」は、誰がみても朝日新聞の方が正しい。 予算承認という伝家の宝刀を自民党が持っていて、その時の権力者が口を出すのは当たり前。
しかし、今は時代が変わってしまった。 ??党の権力ボケどもが陰で左右しようとしても、今回のようなことになる。 政治屋どもは国民の直接の批判がアキレス腱である。 あの??の二人が介入してないわけがない。
日本人は甘い。私もそのうちの一人だが。 不払いが1�佑△泙蠅靴�ないのが合点がいかない。 2〜3割が不払いになるのが自然である。 知人の銀行員が、「不払いの手続きに多くの客が来ている」 と言っていたが、それでこ僅か1�佑任△襦�
NHKの歴代の会長の半分以上が不祥事の責任をとって辞めている。 島ゲジとかいわれた前の会長も不祥事で辞めている。
・・・・・・・ ■《天声人語》 01月30日付
「クレームが来るのではないかと予想はしていたが、こんなに大きな波とは」。 NHK前会長らの顧問辞任を発表する会見で、橋本元一会長は見通しの甘さを認めた。 NHKという巨大な船のデッキに立った新船長が、さざ波程度を予想していたとは 思えないが、うねりぐらいならかわせると踏んでいたのだろうか。
波は、時に予想を超える振る舞いをする。その一つが「一発大波」だ。 気象エッセイストの倉嶋厚さんの「お天気衛星」にはこうある。 普通、人が海岸に立って感じる波の平均の高さは、その時に現れた波を高い順に並べて、 上位3分の1までの高さを平均した値に近い。 天気予報の波の高さもこれだ。 しかし千波に一つは約2倍の大波になって、人や船を襲う。 波に関する幾つかの本によると、世界で観測された最も高い波は、 10階建てのビル並みの37メートルだ。1933年2月、大荒れの太平洋上で、 米海軍のタンカー「ラマポ」が報告している。
巨船「NHK」は、これまでにないような高い波に囲まれている。 視聴者の目は厳しく、操船を誤った船長の交代だけでは波は鎮まらない。 前船長や取り巻きの口出しを許さない、本当の意味での新しい船出が必要だ。 この船は不沈船とも言われてきた。受信料という、他の船には無い永久固定燃料の供給が あったからだ。今度の波は、燃料供給の方法の見直しも求めているようだ。
視聴者から見て、民放では得られない価値のある放送・報道がどれだけできるのか。 かじ取り次第では「一発大波」を何発もかぶりかねない。
・・・・・・・・ 2004年02月16日(月) 1048, デート・カウンセラー
最近、TVが面白い。 特にBSTVが色いろな世界を鋭く切り取っている内容が多くなった。 普段知ることができない世界を垣間見れる。
一昨日のBSの、[地球ウォーカー]の ニューヨークのデート・カウンスラーの目を通したドキュメントがよい。 結婚相手を見つけるチャンスが少ないのが大都会の独身者の悩みという。 特に女性の場合、チャンスが少ない。 大都会は同姓愛が多くて、出会いパーテーを開いても男性の数が 少ないのが悩みになる。10対8といっていたが、実際はもっと少ないようだ。
この33歳のティナというブロンドのデートカウンセラーの目を通した ニューヨークの独身女性の結婚問題を掘り下げていた。 女性20人位のセミナーで色いろの講義をしているのだ。 現在、学生時代の日記を書き移しているが、男の立場からみても合点することが多い。 結論からいうと[ありのままの自分に自信を持って、オープンに積極的にあれ。 ただし、これには守るべき原則がある!」という。
ーその原則とは ・直前(その場)のデートは断る 4日後に引き延ばすこと ・相手の言動を分析しない 勝手な分析などしないで軽く考えること ・女性の場合、支払いは相手に ・あせりは絶対に見せない ・メールの返事は3回に一回ぐらいにしておく 等々である。 この番組に出てきた独身女性を見ていると(いや大方)、男性不信の人が多い。 前の男性が駄目であっても、次の人が駄目とは限らないのだ。 男性は、その女性を理解するのに平均4ヶ月かかるという。 従って、あまり先?を急ではいけないと。 ニューヨークでは50�涌幣紊領ズ�率というから、結婚は大問題になって いるという。だから「デート・カウンセラー」という職業が大うけなる。 ー男性の多い店とか、スポーツバーに行ってチャンスを自らつくり、 気楽にーというのが要約であった。 いい人に出会うためには「下手な鉄砲数撃ちゃあたる」も必要なのだ。 簡単に最適な相手が見つかる訳がないが、といってそうチャンスがあるわけがない。 上手く結婚まで持ち込んでも50�涌幣紊亮最圓硫椎柔�もあるのだから本当に難しい問題。 特に若い人に言いたいのは、「理想と現実の違いをはっきりしろ!」 その為には「若さにありがちな自己過大評価と過少評価(特に過大)を修正しろ!」 「表面的な魅力と同じくらい内面的な魅力をつくれ!」 「若い時は二度とない、片思いでも良いから死ぬほどの恋をしてみろ」 こんなこと人にいえた柄か? 全くその通りです! ・・・・・・・・・・ 2003年02月16日(日) 683,まれに見るバカ−読書日記-3 ー 続く ・・・・・・・・・ 2002年02月16日(土) 333、20歳の頃 −1
立花隆の「二十歳のころ」が面白そうなので ネットで買い寄せた。
本屋で立ち読みをしていたが、実際に買い読み始めるとこれが面白い! 立花隆と東大の立花ゼミ生が「各界著名人や無名の人の20歳のころの事」 をまとめたものである。
一番の人生の不定形の可能性の塊のころである,と同時に一番不安定のころでもある。 そして一番その後の「人生の基盤」を作っている時期でもある。 私の周辺の人を見ていると「大学時代何をしていたか」で人生が決まってしまう。
その頃遊びほうけていたり、ただ漫然と大学生活を過ごしてきた人は、 今もその延長にいる。人生の要所であることに若さゆえ気づかない。 「さすが立花隆!」と思うのは、「ホームページ上でサイバー大学という形」 で進めていったことである。
ゼミのメンバーと同じ年代の人と普通なら、これをやらなくては 絶対会えない各界の人から、色々な啓示を受けたことだ。 それもホームページ作りを通してである。まったく羨ましい限りである。 人生のOFF−J−T,いやOFF−L(LIFE)−Tそのものだ。 私の二十歳頃を近くに書いてみよう。 それより学生時代の頃になるか。 屋上から「通行人の自分」を眺めているみたいで面白い。
ー2004年2月16日記 この文章が、恐らく「22歳の日記」を公開する キッカケになったのだろう。
・・・・・・・・・・ 「22歳の日記」に変わり、ジョーク小話を載せます。 内容は、ホームページのコーナーからで新しいものではありません。 のっけから下ネタですが、我慢をしてみていると「とてつもなく面白い」 ものもあります。 何回読んでも、面白いものは、その都度笑えます。
ー下ネタコーナー 1、「面白い遊び」
トムが息子のジミーをつれて友人の家に遊びに行った。 その息子が喜んで大騒ぎ。トムは息子のジミーに子供部屋にいって 「何か面白い遊びを教えてやって遊んでやりなさい!」と二人に言った。
そして暫くするとジミーは一人戻ってきた。その息子は二度と戻ってこなっかった。 帰りの車の中でトムはジミーに不思議がって「どんな遊び教えたんだ?」と聞いた。
トム「別にどうってことないよ。 マスタ・・・・を教えてだけだよ!」
‘禁じられた遊び!−−キン(い)じられた遊び!’ おそまつ
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