堀井On-Line



2476, 閑話小題

2008年01月14日(月)

                    ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]
 *大相撲初日の感想!*

大相撲の年三回開かれる両国場所の初日が、それも初場所の初日が特に面白い。
それが昨日であった。朝青龍の復帰の場所と、時津風部屋のリンチ殺人事件が、
大きく取り扱われているタイミングもあり異様な感じが漂っていた。
幕下の取り組みから、若手有望力士を見分けてやろうと見たが、有望なのは
旧ロシア圏とモンゴルの若手だけ。元アマチュア世界チャンピオンなど、
一〜二年後に三役間違いない力士が4〜5人、横綱間違いないというのが、
二人もいた。そのうち、半分は怪我で潰れるが・・・
幕下、十両に有望な力士の厚みが、全体のレベルにつながってくる。

日本の力士の中ではただ一人、新入幕の市原という一昨年の学生横綱だけである。
初日を見る限り、朝青龍の二場所出場禁止のハンディはあまりないようだ。
それと、この力士に対する辛辣な野次も無かった。
彼らが一番恐れていた?「モンゴルさ、帰れ!」コールは起きなかった。
でも、やはり彼の存在感は全く違う。 今場所に限って、久々に面白い。


 *パンデミック*

昨日と、一昨日の二回にわたりNHKスペシャルで「パンデミック」を取上げていた。
WHOの関係者が、「パンデミックの起こる可能性の有無より、
何時起こるかどうかの問題である」と述べていたのには驚いた。
もし発生すれば世界では一億人、国内だけで数十万人〜数百万人の死者が推測される。
テロや核戦争など比べようもないほど、恐ろしい事態で、
アメリカでは、半年以内に三億人分のタミフルという薬を配置する計画が進行中という。
必ず起こるという前提というところが、恐ろしい。
誰から優先順位で投薬するか、真剣に検討されているほど切羽詰った問題である。
一回目のドラマ仕立ての内容がシビアで、思わず見入ってしまった。
恐らく、この番組をキッカケに大きな議論になるだろう。

ーところで「パンデミック」をWeb辞書で調べてみると
ある感染症が世界的に流行することを言う。感染爆発。
これに対して感染症が一部地域で、あるいは散発的に流行することは
「エピデミック(epidemic)」、「地方流行」と呼ばれる。
  歴史的なパンデミックとしては、
・14世紀にヨーロッパで流行した黒死病(ペスト)、
・19世紀から20世紀にかけて地域を変えながら7回の大流行を起こしたコレラ、
・1918年から1919年にかけて全世界で2500万人(4000〜5000万人という説もあり)
 が死亡したスペインかぜ(インフルエンザ)などがある。
現在の世界は、航空機などの輸送機関の発達によりパンデミックが起こりやすい
体制になっているため、検疫を行うなどして感染症の流入を防ぐ対策がとられている。
近年東南アジア諸国で発生している高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1型による
トリインフルエンザにより、現在でもパンデミックが起こる恐れがあり、
世界保健機関が途上国を中心に対策を立てている。
日本では、厚生労働省を中心に地方自治体が対策をとっている。
                (Оゝ∀・О)バイバイ!
・・・・・・・・
2007年01月14日(日)
2112, 塩野七生が「日本の政治と政治家」を語る −2
                才八∋ウ_〆(∀`●)
    ローマ帝国の歴史を熟知している欧米の政治家からみて、
    日本の政治家の演出があまりにも乏しくみえるのは解る。
    国家連合を1400年も維持してきた政治センスは一朝一夕で出切るものではないが。
    しかし、真似ることも、学ぶ事もできるはずである。
    また国家のために一身を投げ打つ覚悟が出来ているかどうかもある。
 −−−
 *民主主義の仕組みの中で、理想的な政治家は生まれるのでしょうか?
  果して民主主義は絶対的な善なのだろうか?
塩野:私は日本人に少し違和感を感じるのは「民主主義を信じすぎ」
 ということです。民主主義は万全でない、デマゴーグに左右されるのです。

 *政治家の粒が小さくなったと言われますが、どうですか?
塩野:それは政治家を使い捨ての存在だと思ってないからです。
 使い捨てだと思えば、その人の一番いいところがどこだと考えて使います。
 権力は「必要悪」でなくて、何かをやるために「必要」なのです。
 この頃の政治家は面白くないという議論は、20歳そこそこの若い女性が
 「この頃の男は面白くない」というのに似ています。

     *政治家は善人には出来ませんね
    塩野:安部のような旦那様にはできますがね。
    一度だけ小泉元首相会ったことがあります。
    彼は私が書いた「マキャヴェッリ語録」の最後の
   「天国に行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである」
    という言葉が一番好きだと言いました。
   「政治家は地獄へ行く道を熟知していて、国民を天国になるべく連れて行こうと
    するが、自分は地獄へ行ってしまうのですよ。大丈夫ですか」と言いました。
    私が好きでないのは、天国へ行く道ばかりいう人です。
    一歩間違えば地獄に行く可能性があるから我々は注意するのに、
    「天国にお手てつないで行きましょう」と言って、地獄を忘れさせてしまう。
                     ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪
 *阿部首相は就任後、印象が変わった。
   首相を演じているように思えますが。
塩野:日本の政治家はTVの使い方が変だと思います。TVの前で話す時、
 カメラの前に何千万の人がいるいると考えるのではなく、
 たった一人のひとを相手にしている思えばよいのです。
 私は自分の本の読者は複数でなく単数と思っています。
 一人に分ってもらえればよいと思い書いている。そこを小泉さんは分っていた。
 一億を相手にしている思えば「俺は死んでもよい」なんていえますか。

   *文章や弁論でも、戦っていると迫力がありますね。
    塩野:ある政治家が「政治家は有権者のニーズをくみ上げて・・・」
    と言うから、私は、「有権者は自分のニーズをはっきり分ってない。 
    あなた方が喚起すればいい」と言ったのです。
    有権者が「そう言われればそうだ」と反応すれば勝ちである。
 
 ーーー
 文章も、演説も同じである。
 一人を相手に書く、自分に対して話しかけるのがポイントである。
 小泉は罰一で、阿部は「あの上さん」がいる。
 独りになる時間が圧倒的に少ないし、上さんにエネルギーを取られてしまう。
 小泉は、常に独りで自問自答している言葉で、効果的なものを言えばよい。
 その差が画面にそのまま現れている。
 
    日本は早急に大統領制を取り入れ七つ位の州に国家機能を分割して、
    思い切った改革をしないと、国家衰退を止めることができない。
    それと天皇制もあり方も、根本的に考えないと・・・
    
 厚生年金が最近まで世界トップの22万円だった。
 それが欧州の何カ国に追い抜かれ、30万円以上の国が出てきたというのだ。
 その鍵が、円がユーロに対し数年前の70数�佑砲覆辰燭�らである。
 国家が衰退していくということは、円の価値がドンドン下がっていくこと。
 日本人の力のある人は、チャンと先手を打って財産を海外に移動している。  
 放置していた政治家と国民の責任であるが、国家が衰退するということは、
 一人一人の財産や、生活が衰弱していくということになる。
   まあ、先がそれほどあるわけではないからよいが・・・               
                 ホンジャ \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・・ 
2006年01月14日(土)
1747,新潟駅・駅再開発が決定!
           オッハヨ〜
        (((。・-・)从(・-・。)・゜・。・゜゜・*:           
 昨日、市役所に駅再開発の経過を聞きに行ったところ
「最終決定された!そして近々に公示。
  年度内(三月末)着工に向けて最終の詰めに入っている。」という。
    昨年末に市と県のそれぞれの審議会で、
    計画案が通ったという記事はHPで見たが、
    市役所で決定を直接聞いたので間違いだろう。 
    ( ̄ー ̄)ニヤリッ   (_ー_)逆ニヤリッ!!  ー ̄) ニヤッ
    当社にとって待ちに待った朗報である。        
    これから十数年は工事関係の長期滞在の宿泊が見込める上に、
  駅周辺の地価の下げ止まりと同時に、これまでの急激な値下がりの反動が見込める。
  着工前と、着工後というくらいの大きな断層になる。       
  新潟県下越の一極集中は新潟駅周辺になる。
  これで、とにかく「生存レベル」ではクリアする。

  当社にとって、4棟のホテルと200坪の駐車場が
 道路拡張など計画案のど真ん中に入っているので、この決定は大きい。
 いずれにしても再開発のプラスのエネルギーが当分つづくことになる。  
  年度内着工のおりには内祝である。  ^_^)/q□☆□p\(^_^ ) カンパァーイ            
                     クゥーッ!!”(*>∀<)o(酒)" (酒)
・・・・・・・・
2005年01月14日(金)
1382, 23歳の日記ー8
ー9月01日 1969年

雲屯庵にきている。
学生時代にいた司法試験のため、一人きていた三条の高橋さんがいた。
新井石龍禅師と早速話しをする。
私「いや〜、世の中こんなに厳しいとは思ってもいませんでした!
理屈と実社会との隔離にただただ驚いています」
禅師「世の中は、変わりはしない。世の中が厳しいのではなく、
あなたの理屈が甘かっただけの話です。」 私「・・・・・」

その夜、休暇で日本に帰ってきていた慶応を出て、ハーバード大の
ビジネス・スクールの学生がいた。 彼と高橋さんと、そこの雲水と話をする。
ところが、その雲水が博学で、高橋さんと私はダンマリ。
ハーバードと雲水の議論に全くついていけないのだ。 どうしたのだろう?
禅師に昼間真っ二つに甘さを指摘され、夜は夜で二人の議論についていけない自分が、
そこにいるのだ。 何だろう、何だろう、何だろう!

実践としてスーパーに入ったが、何にもできない中途半端な自分が
いるし、実際のところ濁流の中でもう水を飲んでアップアップしている
だけの自分が、神戸の垂水に一人呆然としているだけだ。
どうしたのだ、どうしたのだ。 適当に真面目に考えることもないが。

ーーーー
2005年 ー1月14日記ー
ーこの時のショックは計り知れないものがあった。
身近で、これだけの知的水準の高い同年代ハーバード大の人と接したのは初めての経験。
会話さえついていけないのだ。一言一言の言葉が宇宙語のようであった。
その逆の環境の真っ只中にいたから、その段差がなおのことあったのだろう。
「学生時代に自分は何をしてきたのだろう?」という、疑問を持ったまま
卒業をしたこともあり、「いま一度一人になって知識の再構築したい」
という気持ちが芽生えたキッカケになった。

司法試験受験をしていた高橋さんが三条市で弁護士になっていると、
聞いたことがある。まだ会ってはないが、実直な無口な人であった。 
懐かしい日々であった。

・・・・・・・・
2004年01月14日(水)
1015, 一人と独り

度々この言葉の書き方を迷うことが多い。
私の場合は、状況から「疎外感を持っている状態」を「独り」と書き、
数名の一人の場合を「一人」と書いていた。

独りは、独身や孤独などの置かれた状況をいい、
一人は、一が人についている状態で孤立とは違う。
したがって独りという言葉とは少し意味が違ってくる。
数字で言うと一人は「一」で、独りは「ゼロ」ということか。

辞書で調べると
・ 独り ー単独、孤独「独りになりたい」
・一人 ー人数「息子が一人います」となっている。
状況と数の違いということだ。
凍りつくような独身生活と青春を謳歌している独身生活とは
同じ独りでも、また意味が違ってくる。
老人の自殺は、凍りつくような独り生活に耐えられなくなるケースが多い。
生涯を通じて、自分独りの楽しみを創ってきたかどうかだ。
しかし連れ添いや子供を失った喪失感は、それでもカバーできない場合がある。
この随想日記も早朝、独り居間で書いている。全く寂しいとか、辛くて書いてはいない。
どちらかというと面白い。「独り」は「真我」といってよい。
自分の中心点の奥の「正一点中心無」といも言えるだろう。

以下はインターネットで調べた内容をコピーしました。
ーーーーーーーー
 「独りって…」
 
  ある人が言ってたよ。 一人と独りは違うとね。
  私はその言葉にうなずくよ。 私は独りだけど独りじゃない。
  私には、友達も仲間もお母さんもいる。 でも、私は独りです。

  どんなに幸せな時間が流れても さっきまで、仲間と笑ってる時間があっても
  独りの寂しさはやってきます。 人間、しょせん独りなんです。

 ーーー
−ひとりでいるのは寂しくない?−
誰かに聞かれたことがあった。

「一人は寂しくなんかないよ。」
たしか俺はそう答えたはずだ・・・
でも  ―――独りは怖い―――

心ではそう思ってはいたが、外に出すことはしなかった
出しても気付く人はいなかった 「一人」と「独り」の区別を知らない者・・・

彼らは幸せ
「独り」の寂しさを知らないから
「独り」になったことのない”幸せ”な人たち
”孤独”という単語は知っていても理解することは出来ない者達
そう彼らは知らない  知らないから”幸せ”でいれることを

けど
知ってても幸せになる方法を 教えてくれた人がいた

『一人は怖い?』
――怖くないよ。ただ嫌になるだけ――

『独りは嫌い?』
――嫌い――
『じゃ、一緒にいよう? だったら独りじゃないよ』
そういったのは誰だっけ?

・・・・・・
2003年01月14日(火)
646, 教育を考えてみた

昨日は成人式だった。少し硬い教育を考えてみよう。
過疎の学校の生徒の成績は普通の学校の生徒より かなり落ちるという。
学校の統合や廃校で父兄が反対運動をするが、これは生徒の側から見たらマイナス。
常識的に考えれば、一人当たりの先生の比率が圧倒的に多い過疎の方が成績が
良くなってよいはずだ。それが反対に悪くなるのはどういうことだろうか?
いろいろな問題が含まれている。

あまり管理が行届いて、子供の遊びや工夫の目を摘んでしまう事や
子供同士の動物的刺激が最小に済んでしまうからだろう。
小学校高学年から中学にかけての虐めや、ライバルとの闘いが意外と
人間性の基礎をつくっているのかもしれない。
多くの人間との接点の中より人間の基礎がつくられるのが真実ということだろう。

小学校5年までにその人の能力の基礎は確定してしまっている。
そこのベースより抜け出せないともいう。
小学校や中学を見渡しても、大化けした同級生は全くいない。
逆はいくらでもいるが。

これからの時代は、今までのような学業の成績だけでは判断されないから難しい。
自分で自分の特性を早く見つけて、自己育成を早い段階で積み上げなくてはならない。
昨日の成人式でノーベル賞をもらった小柴さんが「やりたいことを見極めて」と言っていた。
「自分のやりたいことを見極めることは、そう簡単なことでない。
食わず嫌いせず、いろいろな事を自分で試してください」と。
もう遅いのか?最後のチャンスなのか?

「あなた何がしたいの?」とある若い人に聞いた。
「何にもない!ただ流されるまま生きていければよい。
 この時代何をしても上手くいくはずがない。時代が悪いのだ。」
 開いた口が塞がらなかった!でもこれが若い人の半分以上を占めている感覚である。
大学を卒業しても就職口ない時代、自棄になるのは解らないでもないが。
そういえば地元の?? 問屋の??2代目が同じことを言っていたのを
母から聞いた事を思い出した。
親父が「俺なら幾らでも創業のネタがあるが、ああなっては人生終わりだ」という内容。

「人生どんな時でも前向きに切り開いていく能力」が教育の基本だが。
今の日本の中途半端の挫折がこういう雰囲気をつくっている。
最後は悲観的になったが、教育はすべての基本だ。

・・・・・・・・・・
2002年01月14日(月)
300、「心と合理化」

「合理的とは最小の資源で最大の効果を求めることである。
しかし心構えとして必要なことは、最大の努力で最小の効果である」
若いときに出会った言葉である。そして全てに対してその気持ちの構えで
とり組んできたー精神論もいいところだ。これは知る人ぞ知ることである。
意外とこれは落とし穴かもしれない。
それを可能とするのが、本当にそれが好きかという根本で決まってくる。

「好きと嫌いはどれほど違う、命ただやるほど違う」という都都逸があった。
好きなことをしての一生と、そうでない一生では天と地の位の差がある。
私の場合、事業と箱作りービル建設である。したがってこの30年、全く苦労した感はない。
周辺に波乱万丈の人生を生きてきたとかいう人がいるが、それが何なんだとつくづく思う。
好きなことをやってきたという人生こそ大事なことだ、と信じていきてきた。
他人の批評は所詮他人の脳の歪みでしかない。

この前ベトナムに行ったとき、定年直前のバスのドライバーが二人できていた。
本当に楽しそうに旅行を楽しんでいた!子供のとき自動車に憧れ、大人になったら
ドライバーになると決めていた。本当に夢がかなってよかったとシミジミ言っていた。

決して社会的に高いわけでないが、人生の後半にそれを言えることが最も
大事だと思うようになった。 心とはそういうものだ!

・・・・・・・・
1月14日 1969年

11時過ぎに起床。
食後、卒論の最後の仕上げだ。
16時に酒井君がくる。佐藤の友人で早稲田の男で何か気が合う。
酒を買ってきて、佐藤と三人で飲む。酒井君に「私は防御が強すぎる。
そして直に針を出して、人から自分を守ろうとする。
如何でもよいことまでも突き詰めてしまうと。
自分をあまりに大事にしすぎだと。もっと自分を下から見るべきである。

・「観念構成のために最もよい燃料は経験である。
 直接的な経験は一番上等な燃料になる。こういう経験はいつまでも
 身についてくるし、必要な時にはドンドンでてくる」
・「賢人の最も美しいあり方は、きわめて控えめな言葉を使って、
 きわめて強烈なことを言うことにある」
・「自分自身の考えを信じること、人知れず深く考え、自分にとって真理で
 あることは全ての人にとって・・・・・・

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