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2008年01月09日(水)
ッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ NHKスペシャルで、この日曜日に放送した ー激流中国ー小皇帝の涙ー 「超競争社会でリストラされた親が一人っ子にかける夢と重圧」 には驚ろいた。 ある小学5年のクラスの生徒の数人の姿を映し出した内容だが、 爆発寸前の親と子供の姿が痛々しい。 「子供の成績がよく、より良い学校に進学できれば、自分達の人生は成功。 出来が悪ければ家のお荷物!」と、子供の目の前で言いのける。 子供は少しでも手抜きをすると、親は手を上げるなどプレッシャーを与える。 親は競争社会で落ちこぼれ、子供に夢をかけしかないから、自然厳しくなる。 見ていると中国の一人っ子政策のプラスの面も見え隠れする。 両親のエネルギーが子供の教育に集中することである。 自分達の将来を一人の子供に託すのだから、自然に教育に真剣になる。 少なくとも、現在の日本の教育現場とは真剣度が違ってくる。 これを見ていると、日本はアジアでも二等国家に突き進んでいるのが解る。
ー以下はNHKのHPよりコピーした内容であるー 「一人っ子」政策を実施してきた中国。以来、一人っ子家庭で、親が子を過保護に育てる、 いわゆる「小皇帝」問題が指摘されて久しい。 こうした親の過剰な期待、教育ブームの過熱ぶりがおさまることはない。 しかしそれが子供たちに重い負担となり、心に暗い陰を落としているという シンクタンクの報告が行われ、中国政府も、学力偏重主義に警告を鳴らし始めた。 今回はこうした教育をめぐる問題を取り上げる。 番組の舞台は南部、雲南省。人口500万の省都・昆明の公立小学校5年生のクラスである。 貧富の格差拡大、大学生の就職戦線の厳しさの中、親たちの“よりいい学校へ進学させたい” という学歴崇拝は高まるばかり。 1年生から英語を学び、数学は世界で一番難しいといわれるほどの学習レベル、 小学校の現場は親の頃とは全く違う。親は子供を叱咤激励し、愛の鞭も惜しまない。 学校側も成績のいい子供を多く輩出すれば、評価が上がるため、教育に力を入れる。 学校を支配する“成績至上主義”、しかし「それでいいのか?」と葛藤する子供たちが、 悩みや苦しみを訴え始めた。番組は、こうした現場を記録。親子それぞれの心のうちに迫る。 ーーー ある意味で、競争原理が働いている将来性のある姿である。 少なくとも、現在の日本からみたら、前向きという面では格段に良い。 こういうのを見ていると日本の将来に絶望的になる。これも、仕方がないのか? 日本では、「世界でたった一つの花」だもんな〜! それも香港フラワー? (●´∀`●)ノ バイバイ! ・・・・・・・・ 2007年01月09日(火) 2107, ウェブ人間論 −5 (~Q~;) おはよう〜〜 ファ〜 *「ハビトゥス」という概念* 「ウェブ人間論」の中に印象的なところがあった。 まずはその内容から ーフランスの社会学者のピエール・ブリュデューが、 「ハビトゥス」という概念を出している。ある社会環境の中で、上流階級の人は、 子供の時からオペラを何回みているか、もっと低いクラスの人たちはオペラを何回見たか、 動物園に何回行ったことがあるか、具体的な数字を調査すると、[階級]が再生産されていく、 そういう環境にまつわるハビトゥス(習慣)が大きいー という箇所である。
そこで辞書で「ハビトゥス」を調べてみると *人々の日常経験において蓄積されていくが、 個人にそれと自覚されない知覚・思考・行為を生み出す性向。 *態度,外観,装い,様子,性質,習慣などを意味するラテン語。 アリストテレスのヘクシスに相当する。 人間は善への志向をもつが,その構成契機のうち情念passioとともに 道徳的選択に影響を与えるものがhabitusで,行為によって獲得された習慣である。 *トマス・アクィナスの倫理学の重要な概念として、intellectus(知性), scientia(学知),sapientia(英知),prudentia(分別),justitia(正義), fortitudo(剛毅),temperantia(節制)などをhabitusとしてあげている − ーあるHPに、次のような説明があったが、上記をフォローするのに良いー 「ハビトゥス」とは通例「習慣」と訳されるが、意味がずれるところがある。 「習慣」とは、外に現われた行為や生活の型であるが、 ハビトゥスとは、むしろそういった型を生み出す能力であり、 しかもさらに重要なのは、個人の生活の中でなされる行為の型よりも、 むしろ他者との関わりの中で行なわれる行為を生み出す能力なのである。 ・「習慣」を定着した行為の型、普通に習慣として捉えられるものと解し、 ・「ハビトゥス」を、その「習慣」の基盤にある、身体化された社会的能力として 用いることで、使い分けることにする。 ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪ ーーー 以上が検索で調べたものだが、 「子供には一流の音楽や絵画の芸術作品や大自然をシャワーのように浴びせなさい! それが親の責務である」という意味が、最近さらに深く理解できるようになった。 世界中の美術館や大自然の光景を見てまわってみて、 これらを幼児の時から見ていたら人生は根本から変わっただろうと思うからだ。 過去を振り返ってみて 「人は家庭環境で80�佑い筺■坑悪佑�決まってしまう」とつくづく思う。 家庭環境でベースで「ハビトゥス」がつくられるのだろうから。 それは10歳までに決まってしまうといって過言ではない。 しかし兄弟姉妹でも違うから一概にいえないか!? 般若心経や、早朝の瞑想?、モーニングページや、この随想日記、 ウォーキングなど、習慣づくりをしてきたが、 その総体と過去の経験と血筋などからつくり上げた人格ということか。
ネット社会は、むしろ恵まれてない人に対して、素材を与えるチャンスを与えてくれる。 私など時間が足りないぐらいである・・・ ハビトゥスか〜 これを考えると宿命論と運命論になってくる。 ところで、「教養」とドコガ違うのだろうか。 「教養」によって培われた生活習慣、生活センスということ? ところで、お前のハビトゥスなっとらん!( ゜Д゜)y─┛~~ X どういうこと? ( ̄ω ̄;)!! 酒癖が悪いからじゃ、分かっているのか! (*^_^*)酒もってこい!((( ^_^)且~~ ┻━┻ミ\(≧ロ≦\)オリャァァ!! (^_^)v バイ ・・・・・・・・ 2006年01月09日(月) 1742, 教養とは ー2 (」o^∀^)」コンチワァァァァァァァァァァァァ 教養を考えるために、 「教養のないオバちゃん」を例に考えてみる。 私が大好き?の典型だから解りやすい。 ・小さな世界しか知らない上に、それが全てと信じている。 ・品性がなく身勝手。 ・とにかく本を読まない。 クルクル σ@( ゚∀゚)y パー!? その結果、人の話を聞こうとしない。読む本は週刊文春か、週刊現代、週刊ポスト。 ・身分の上の者や金持ちに対してひくつな態度をとる。 逆に、身分低い人や貧しい人に対して傲慢になる。 ・自己耕作(修養)に対して全く興味を持たない。ー 自分の内面には全く興味を示さない ・自分のことをやたらに話し、自己宣伝をする。 ・群れをつくる、それも同じレベルと。 ・関心は常に他人の粗捜しにある。ーTVの粗捜し番組に異常な関心を示す。 フムフム(*゚Д゚)φ))ナルホド!! 幾らでも要素が出てくる。 ある人?を思い浮かべながら書いているから、言葉が次々と出てくる。 考えてみたら自分の中にも多くの要素があるから、嫌いなのだろうが。 ナニガナンダカ??┐( ̄▽+ ̄*)┌??サッパリ 男でも身辺に、この女版が幾らでもいる。知識はあるが教養のないタイプもある。 知識は教養の必要条件ではあるが、十分条件ではない。 しかし私が知っている範囲でみると、知識の多さが必要条件を充分条件に変える。 (・∀・。)(-∀-。)(・∀・。)(-∀-。ソウソウ! こういうレベルの人ほど、「何々勉強の会」みたいなところに出入りしたがる。 (。・・)_θ 胃薬どうぞ(入ってないよりはましだが) こういう会での、その手あいの人物の見分け方がある。 理想論を述べ社会や会の批判はすれど、幹事などの責任を回避する。 ( ゚д゚)ヴォケ!! 幹事をしたとしても、心が入らない。 そして自分のビジネスに利用しようとしか考えない。 何せエセ教養の???・・・ 人生は面白いものだ! O(≧∇≦)O オモシロ!! お茶いれますた ア!~~旦_(-ω-`。) ドモドモ この文章を読んで、ドッキとしない方がおかしいが!! チャンと、逃げ道をつくってある!誰も持っている共通項をいっているだけだ。 この文章の内容こそが、筆者に教養がない証拠になる。 o(TヘTo) くぅ 文章を書いていると、こういうことに気づきされる。 これが、落ち!だが。 自分に教養があると思ったら、これこそ最低の無教養人間である!ある本を読んでいたら、 何処かの大学の教授が自分は日本を代表する教養人といっていたのがいた。 (○ `ー´)○バキッ! ε=ε=ε=ヾ(´▽`*)ノ☆バイバ ・・・・・・・ 2005年01月09日(日) 1377, 人生における成功者の定義と条件−3 ー 読書日記 年代があがるほど、面白いものが多くなる。やはりアメリカナイズされた 個人主義が戦後教育で根付いてきたのが、この定義と条件でわかる。 ー40代の抜粋である この辺になるとやっと、響いてくるものが出てくる。 ・「今タイムマシンがあったとしたら何時に戻りたい?」と聞かれたとき、 「今でいいよ」と答えることが出来る人。 −46歳 歯科医師 ーmy感想ー 「今でいいよ」にも、色いろな意味があるだろう! よほどうまくいった人生か、よほど酷い人生か? ・「子供には生きる力を授け、プラマイゼロでしぬこと」 自らの力で人生を切り拓くことで、たとえ地位、金銭、 名誉を失ったとしても、誰かには信頼され愛され、 誰かに気兼ねすることなく、人目も気にしない。−41歳 広告関連 ーmy感想ー そう思っているだけじゃないか?勝手に!
・「金持ちになって貧乏人のように生きている人」。 お金持ちは沢山いると思いますが、多くはかえって苦しんでいる気がします。 若く貧しかった時のように、些細なことに感動できる感性と質素な生活に 感謝できる気持があれば成功者と思います。 −48歳男性 開業医 ーmy感想ー 「金持ちになって貧乏人のように生きている人」って、 お金の使い方を知らないだけじゃない? 金持ちの苦しみの方が、小金持ちだった両親をみていて、 貧乏人の「何」よりズットよいと思う。 人格の問題と金の問題は全く違うと思うが。 ただ品位がそこに出てくるから恐ろしい。 ・たくさんの人に、或いは、少数の人であっても深く、 「あの人がいてくれてよかった」と言ってもらえること。 逃げ水のように捉えどころのない「生きる意味」をおぼろげながらも実感できた人。 条件ー自らの小ささと、世界の大きさを悟ること −全ての価値は他者との交わりの中でしか立ち上がってないことを理解すること。 ー40歳男性 インド人会社員
−50代以上ー
・「人を愛し、その人から愛されている人のこと。」 条件ー愛の対象が具体的な人間であって、相互に相手の愛を認識していること。 なぜなら、健康も不健康も、貧乏も財産も、愛する人の存在で価値を持つから。 −53歳男性 自営業 ーmy感想ー キュープラー・ロスでないが、「人生は愛すること、そして愛を受け入れること」 を言いたかったのだろうが、「自然を愛し、その自然からも愛されている人」 の方が深く響くような気がするが。 神の発見、いや発明?も、自然の愛の擬人化と考えればよいか? (以下、字数の関係でカット−2008年01月09日) ・・・・・・・・ 2004年01月09日(金) 1010, 10年日記帳
昨日「10年日記帳」を買ってきた。 いつも行く書店に、3年日記帳と5年日記帳があり、その横に更に 10年日記帳があった。数日前から迷っていたが思い切って買うことにした。 10年といえば途中で途切れる(死ぬ)可能性もあるが。 10年前にこの日記帳を書きつづけていたら、毎日が面白いだろう。 日記お宅になってしまうかもしれない。
買ってみて「10年先を白紙で毎日意識してみることが出来る」のではないかと気づいた。 現在はホームページの随想日記に、35年前と2年前と一年前の日記をコピーして貼り付けている。 この為どうしても、後ろ向きになってしまうが、10年日記の先の白紙を毎日見ることにより、 10年スパンで物事をみる目が知らないうちに身に付くのではないだろうか。 更にもっと深い意味が出てくる可能性もある。 ーポストイットで未来の日記を仮定で書き、貼っておくとかー ーありたい理想の姿を現在進行形で書いてみるとかー
年をとっていく自分を見るのが憂鬱になる可能性もある。 反面9年、10年経ったとき後ろ向きになってしまう可能性もある。 その時は亦新たに10年日記帳を買えばよい。今日から門出の日記の開始である。 随想日記に、過去の当月当日を貼り続けているが、 結果として毎日過去の日記を見ることになっている。 (いや初めから、それを自分で読み直すために貼り付けたが) そうすると、ほぼ同じことをしていることになるが、 白紙を毎日見ることが決定的に違う。
まあどうなることか。こうして公表してしまえば、書きざるを得ないだろう。 習慣化は第二の天性というから。 これも加えたいが・・・・・
・・・・・・・・ 2003年01月09日(木) 641, 動物と人間
旅行をしていると、色いろな世界を垣間見れる。特に動物の話しが深い。 ・シナイ半島で聞いた話だが、ラクダが面白い性格を持っているという。 理不尽にいじめたりすると根に持って,隙を狙って人を殺すという。 理屈に合ってたしなめながら調教なら恨まないという。 人間の気持ちと同じという、何か解るような気がした。 ・ケニアの湖の小さな舟の船頭に聞いた話だが。 目の前にいるカバのグループ一匹が先日ある男を襲ったという。 その男はいつも遠くからカバを馬鹿にしてからかっていたという。 静かに船に忍び寄ってきて襲って、その後死体はあがらなかったという。 何気なく現地の人が話すが内容は新鮮で迫力がある。 ・中国ウイグルのホータンで聞いた話しが面白い。 ロバと人間の関係がよい。労働力として運命共同体として運搬としてつかうが、 死んだら墓をつくり埋葬するという。何かその地域の特性があらわれている世界だ。 ・アフリカでは野生動物は自動車に乗った人間は絶対に襲わない。 時間をかけた、といっても100年だろうが、お互いの契約ができているという。 ・ペルーのチチカカ湖の沖にの葦で作った島に住む住民の世界だ。 驚いたのが、鵜に似た鳥が天敵がいなかったせいか人間を恐れないのだ。 その島民も欲しいときにその鳥をとって食べるのだ。 現場を見て自分の常識から考えられない光景に口を開けたまま呆然とし た。 ・もっと刺激的なのはインドである。牛は神聖な動物とされて最下層の人より 上に扱われているのだ。街で自由に闊歩している。当然誰より自分が上という 事をしっている。餞民が交通事故の場合はほとんど問題にされないが、 牛の場合は大きい問題になる。日本では考えられない。 ・パキスタンでは、街の真ん中で羊を殺し解体している。 日本では勿論、許可をえた場所以外屠殺は禁止されている。
動物との関係は風土や宗教により成り立っている場合が多い。 世界は好奇に満ちている。
・・・・・・・・・ 2002年01月09日(水) 295,夢に日付けをいれる
この正月、TVに出てきた創業社長の言葉である。 「時間を切ってない仕事は仕事でない」のは、言うまでもないが、 夢に時間を入れるとは、その段階から計画に移行したことになる。 夢ー>希望ー>目標ー>計画ー>手順と 具体的行為に思考ダウンしていくものだ。 時間を入れるということは具体的目標、計画化に入ることになる。
夢とは長期的な漠然としたものである、時間を入れることにより、短期レベルに、 具体的レベルに引っ張り込むことが可能となる。 人生にビッグな設計図を描いておくことは当然のことだが、時間(日付)のところが 意外と曖昧になってしまう。私が自分の葬式の写真からの視点を、 忘れないようにしているのも、人生の終わりー最後日を意識しているからだ。
言葉の遊びか本心か、「2020、0202、0202」」 2020年2月2日ー午前2時2分。 この辺りを目安に、生きてみよう!今年死ぬかもしれなが、後は神の思し召しのままに!
・・・・・・・・・ 1月9日 1969年
9時起床。 1時45分のの汽車で帰る予定が雪の為に15時に延ばす。 正子さんのところに行くと、2千円の小遣いをもらう。 正子さんは話が面白い。型にはまってないのがよい。 独創的で、自分の哲学を持っている。 15時の列車にのり、19時に帰寮。市川さんと早速飲みに出る。 23時過ぎに帰ってきて、0時に就寝。
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