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2007年10月18日(木)
c⌒っ *・∀・)φ【才八∋ゥ♪】 「こころの旅」神谷 美恵子 (著)
第一章、人生の出発点の中の −人生の諸段階ーの説で、 八段階の半分の四段階が11歳までに区分されている。 更にいえば、5歳までに三段階が終わっているのである。 これからみると、小学校で既に勝負がついているのである。 いや、もっと厳密にいえば、小学校入学時に質として、 もう範疇に分けられていたのである。
以前、最終区分前の中学校の成績順が、そのまま人生を決めていると書いたが、 エリクソンによると、小学校でホボついていることになる。 そう小学校も、中学校と同じことが言える。 一番、二番、三番、四番とその後の消息を聞くと、そのまま拡大した人生である。 私は4番位であったが、男で7番以内で地元に帰ってきたのは私だけである。 といって兄弟でもえらく違うから、一概にはいえないのだろうが。 大學の時に当時の親友だった男に、「お前は竹のようなヤツだ。 遊ぶが、ある所までいくと元に戻って自分の姿勢は崩さない」と言われたが、 それが子供の時からの親の生きる姿勢を見てきたからである。 それでも自分の殻を必死に破ろうとしてきたが、これでこのザマである。
以下は、その人生の諸段階の部分である。意味は深い! ーーー 人生をいくつかの段階に分けて考えることは昔から多くの人が試みてきた。 成人までの発達段階についてはフロイトの図式が長い間君臨してきたが、 最近はピアジュの長年の実証的研究による図式がつねにこれと 比較対照されるようになった。 全人生の分析としては、シャーロッテ・ビューラーの「生活曲線」が興味ぶかい試みである。 最近ではエリック・エリクソンの「ヒトの八年代」が注目をひいている。 その年齢的区分だけを示すと、次の通りである。 �‘�児期。��二〜三歳。��四〜五歳。�は�-十一歳。�ソ銃鵝歃夙�歳。 ��成人早期。��中年期。��老年期。 この各年代にそれぞれの課題と危機があるが、それがうまく乗り越えられたときには 生きて行く上で大切な力が身にそなわる。その力とは「徳」である。 エリクソンは原語(ラテン語)の意味で使っているのだ、とわざわざことわっている。 つまり道徳的な価値判断のニュアンスを加えたくないのであろう。 しかも人間の生を支える力は、そのまま「徳」でもあるわけだから、 それでこのことばを使うのだという。
たとえばエリクソンの考えるところでは、乳児期の課題とは「基本的信頼感」 を形成することで、これがうまく果たされると「希望」という力あるいは 徳が人にそなわるという。
次は彼のルッター研究からの一節である。 「自己と母体の基盤と、この二つの柱の間に初めて形成される安定の上にこそ、 その後のすべての安定が築かれる。……母の応答の規則正しさと予測可能性こそ 乳児の世界の最初の秩序であり、原初的な天国なのだ。人生の最初の'年間に、 (必要物を)与えてくれる人の実在が次第にたしかな事実として現われ、 安心して愛し信頼できる対象としてうけとめられる。 −こうして乳児は首尾一貫した経験を持つことができ…… 勇気をもって行動することができるように成熟する。…… この最初の人間関係において人間は大切な何ものかを学ぶ。…… この何ものかが欠けるとどんなにひどいことになるかは、精神医や宗教家や 生まれながらの哲学者だけが知っていることだ。……こうした基本的信頼感が 乳児期の早いうちに発達しないとき……子どもは精神的に死んでしまう。 彼らは応答もせず学習もせず、食事も吸収せず感染に対して自己防衛もできず、 しばしば肉体的にも死んでしまう。」
この最後のくだりは明らかに上記の「ホスピタリズム」に類した現象を指している。 ウィリアム・ジェームズの名著『宗教的経験の諸相」にある 「一回生まれ」と「二回生まれ」の説は有名だが、 おもしろいことにエリクソンの乳児期観察はこの説に結びつく。 つまり乳児期に右の「基本的信頼感」を身につけることができなかった人は 「二回生まれ」の人種になるという。 「二回生まれ」の人とは一回出生してきただけではこの世の生活にしっくりせず、 もう一度精神的に生まれ直さなくてはならない人であって、 宗教とはこうした人たちの必要にこたえるものではないか、とエリクソンは考える。 ーー 解) 高校か、大学を卒業するまでは親の責任がある。 特に10歳になるまでは、大事な時期である。 「二回生まれ」とは面白い説である。 「全く同じ人生を過ごしたい」と、思えるかどうかだろう! 両親と、連れ合いの相性が良いかどうかが基準だろう。それと、自分か! ヾ(´_`●)ノ ノヾィ♪ ・・・・・・・・・ 2006年10月18日(水) 2024, ある煉獄の中にて 才八∋ウ_〆(∀`●) これからの内容は本人の同意を得て書いている。 (もし本人の同意なくして書いたとしたら、 本人を著しく傷つけことになる上に、裏切り行為になる。 本人曰く「母の苦労を多くの人に知ってもらえるから、書いてもよいです!」・・)
そこには誰も悪人はいない、 存在するのは人類最大の問題(嫁・小姑など家に存在する)不条理である。 Aさんの話を聞くうちに浮かび上がってきた奥行きの深い話である。 どこの家にも、このような問題はあるが、あまりにも複雑な構図である。 それを背景としてAさんの一人間としての素晴らしさが浮かび上がってくる。 〔註〕煉獄とは、地獄と娑婆ー現世の中間にあるところ
ー女性Aさん(25歳)の視点で書くー (以下、敬称は略す)
・Aの母親F(48歳)が夫と離婚、Aと弟を引き取り中越地区にある実家に出戻った。
・実家にはFの両親B・C(80歳前後)と、 Bさんの未婚の姉のD(80歳代前半)がいる。 家は、それほど大きな家ではない。
・Aの母親Fは、AとAの弟E(21歳)を育てるため身を粉にして働いた。 そしてAは女子短大を卒業、新潟に就職して5年目になる。 弟Bはコンピューター専門学校を卒業、今年から首都圏のソフト会社に就職した。
・ところが母親は立ち仕事で人一倍働いたため、腰痛が悪化。 去年から働きに出れなくなり収入も途絶えた。
・そのため元々折り合いが良くなかった同居の叔母Dとの 人間関係のバランスが崩れてしまった。 子供二人が家を出ていってしまったことと、 母親Fが働けないため収入が途絶えたことで、弱い立場の陥り、 その結果として鬱病になりかけている。
・Aにとっては、そんな実家には帰りたくないが、 そのままにしていたら母は重度の鬱病になり廃人になってしまう。 A一人の収入では母親を引き取れない。 そこが地獄絵図の世界としても、その狭い家に帰らないと 母は間違いなく潰れてしまう。 −− という内容である。 露骨に言ってしまえば、 ・「行かず後家」と、 ・その実家に「出戻ってきた母」と、 ・嫁の立場の「お祖母さん」と、 ・その間でシドロモドロする「お祖父さん」が、 織り成す小さな世界の蓄積された‘葛藤ドラマ’ということになる。 Aは華やかではないが、キリッとした美形で、浮いた話は全く無い。 この実家の4人の関係が、それぞれの立場が「針のむしろ」であることは明らか。
・「叔母E」にしても、頼るのは弟のBしかいない、 ・「家長B」も連れ合いのCと、姉Dと、娘Fとの間で神経をすり減らし ・「嫁の立場C」も、小姑Dとの同居自体が地獄である上に、 旦那Bと娘Fとの間に立って神経はボロボロのはず。 小姑Dが生きている限り、80歳近くになっても嫁の立場は変わらない。 ・母親Fは家をでて、娘か息子の元にいくと、 お婆ちゃんCと小姑Dのバランスが崩れる。
聞いているだけで、小説のような深い世界が見えてくる。 おまけに、「長生きの家系で年寄り三人は10年は最低生きそうだ」という。 更に、Bは‘独身?で外にいる息子’を呼び寄せるつもりだという。
結局は、本人Aは会社を辞め、新潟を引き上げ実家に帰って働く決断をした。 感心するのは、本人はアパートで質素な生活をしながら、母親に仕送りして、 短大時代の奨学金を5年かけて全て返したことだ。 赤貧の生活だったのではなかろうか?
その上に、その実家に母親を助けるために帰るという心情である。 若い女性でなければ手を貸してやりたい位である。 現在彼女にとって必要なのは、「白馬の騎士」である。 その姿勢を貫いていれば、必ず現れるはずだが・・・ 田舎に引っ込んでしまうとチャンスは狭まるだろう・・・
私が当人だったら、どうするだろうか? 生きの良いうち?に、理解してくれる伴侶を探すだろう・・必ずいるはずだ! 「今どき家に縛られるのはどうか?」などとかいう問題ではない。 それか難しいだろうが、母親の結婚相手を探すのも一案である。
先日、一家を惨殺して投身自殺をした主婦の事件があったが、 永年の蓄積したドロドロしたものがガス爆発したのだろう?
あまりにも気の毒なFさんに心をこめて、 「明るく生き抜いて欲しい」と願うばかりである。 この状況で明るく生きるのは難しいだろうが・・ それより、「生きているだけでも幸せである」ことに気がついて欲しい。
どこの家庭にも、このような話は親戚筋の中に幾つかあるが、 あまりに設定が・・・・ そのために宗教がある。「生長の家」「天理教」あたりを勧める。 天の理や、仏教の教えを噛み砕いて教えてくれるからだ。 苦しみが深いほど、救いも大きくなる。 こういう場合に、「何で既存の仏教の寺は勧められないのだろう?」 坊様には、それが解ってない! (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・・ 2005年10月18日(火) 1659, 北イタリア旅行記−8 ー旅行雑感−1
旅行中に、色いろな思いや出来事に行き会うことが多い。 ただ、文章にするには如何書いてよいものかと、切り捨てている場合が多い。 しかし、むしろ面白いのは、知りたいのは、思い出として取っておきたいのは、 その方が多いだろう。
・一人、50代半ばの女性が参加していた。百回近くは、旅行しているという。 娘の就職を有利にする為に、娘の学生時代に年13回も一緒に旅行に出たという。 プロテニスや、プロ野球、スケートなどの何ママとかパパは聞いたことがある。 (松井や、イチロウ。テニスの・・・・) 一流旅行代理店に入社させるために、旅行に徹底的に連れて出たという話は初めてである。 その努力が実って、めでたく大手航空会社に就職が叶ったという。 本人が、旅行代理店に勤めたかったので、娘にその夢を託したという。
・今回の旅行は、ヴェニスで雨がドリャブリ。 その寒さの為か腰痛になってしまった。 そして帰国後も、その腰痛がさらに悪化してしまった。 もう10日近く経つのに、全然よくならない。
・「欧州の豊かさは日本のゆたかさとは雲泥の差がある」と バブル真っ只中、当時の東京相互銀行の長田頭取の手記にあった。 イタリアで感じたことは、3000年の歴史の蓄積の豊かさを実感した。 街の教会にしても、公園、家にしても、数百年も経っている。 それがすべて長年かけた先祖からの遺産である。
・どの国もそうだが、北が豊かで、南が貧しい色分けになっている。 イタリアも同じであった。 イタリア人は、自分の出身をイタリアとほとんどいわない。 シチリアとか、トスカーナとか、ローマという。 彼等は数百年もそれぞれの地区が独立国だったためだ。
・・・・・・ 2004年10月18日(月) 1294, 県知事選挙ーつれづれ
昨日は県知事選挙。 実のところ、ギリギリまで誰に入れたら良いか焦った。 家内と誰を入れたらよいか消去法をしたところ、全てが消えてしまった。 共産党、社民党、泡沫、泡沫、自民党。 まず自民党を消去、次に社民党、そして共産党、そして泡沫、そして塗れ雑巾の元??、 誰もいないのだ。 今の「公務員型・現状維持・最?知事」で県民は白けている。 そのため、最悪の知事選びの選挙であった。 長野県のように、実際思い切った手術のできる体質とは新潟県は違うのだろうか。
最終的には、まだましな?自民党推薦の候補に結論を出す。 ・全国最年少の42歳と若いこと。 ・駅前再開発に対して、マイナスにはならないだろうこと。 ・大化けの可能性もあると、儚い期待があること。 が理由である。 そして最終的に、その泉田という候補が当選した。 まあ、決まれば妥当ということか。
・・・・・・・ 2003年10月18日(土) 927, 「楽しく生きるには」−読書日記
学生時代の日記帳を見ていて気がついたことは、「人生楽しく」をそのまま実行 していたことだ。その点では今と変わりはない。 よく読むと、議論をしているか、本を読んでいるか、遊んでいるか、 酒を飲んでいるかだ。これは遊びのセンスと個人主義に関係しているようにも思える。 遊びと勉強の重要性が、この日記の中から読み取ることが出来る。 遊んでいなくては精神のバランスを保つことが出来なかった。 今の楽しい気持ちとは違うようだ。不安と期待と焦りが大きく背後にあった。
「楽しく生きるは」は誰にとっても、生きるうえで大きなキーワードだろう。 それでは、如何したらそれが出来るかを書いた本があるかというとほとんどない。 小さな既成概念に縛られて、その縄の存在すら気がつかずにストレスになる。 そして中年になって大きな挫折感を味わうのだ。 楽しく生きるといっても、「絶望や諦めの中で孤独に向き合い、真の 自分の求めているものを見つけ出し、それを追求するプロセスを楽しむこと」 をいっているのだ。 ーインターネットで「楽しく生きる」と検索をしたら、何冊かあったうちの一冊が 詳細に書いてあった。詳細に書いてあったから逆に取り上げたといってよい。 これまで何回も、これに近いことを書いてきた。 ーーーーーーーーーー ・書名 / 「楽しく生きるのに努力はいらない 」 副題 / 元気がわき出る50のヒント 著者 / 池田清彦 ・書名 / 「楽しく生きる」 副題 / 私には「会いたいもう一人の自分」がいる 著者 / 高橋和巳があった。 さっそく図書館でー「楽しく生きる」高橋和巳ーを借りてきた。 この内容は後で読書日記で書くつもりである。 「楽しく生きるのに努力はいらない 」 池田清彦はインターネットで、 詳細を惜しげもなく紹介をしていた。 私には個人主義の勧めと受け取れたが。 自分を構造的にとらえて、前向きに生きろということか。 以下はそのコピーである。
ー解説 ー あなたの人生はあなたのもの。だから、あなたが決断し、あなたが納得すれば、 それが正しい生き方なのです。人には楽しくないことをしない自由があるのです。 「人には愛する権利はあるけれど、愛される権利はない」「道徳に従うも従わない も、あなたの勝手」「アホな社会をあてにしないで生きる」など、一見毒のある発 言の中に、楽しく生きる50のヒントを小気味よく提示します。
ー目次 ー はじめにまず、知ってほしいこと 第一部 気ままに、かつ「上品」に生きる
1 道徳に従うも従わないも、あなたの勝手 人は他人をバカにする権利、他人を愛する権利などをもっているが、 他人にバカにされない権利とか、他人に愛される権利とかはない。 2 親切にされたからといって、感謝するいわれはない 遅刻した人を待つのは自由だが、その相手に対して怒るのはお門違いだ。 遅刻した人も、相手が待っていると期待するのはいけない。 以下恥数の関係でカットー2007年10月18日 (3〜24) より詳細は「分類・引き出し」のコーナーの「読書日記」に書いてあります。 ー文字数制限でここまでです。 分類コーナーの検索に「楽しく生きるには」を打ち込んでください。
・・・・・・ 553, 基調色 - 2002年10月18日(金)
私に着こなしの事を語る資格はない。しかし、実質的合理的な着方なら話せる。 背広やブレザーは自分の基調色を決めておく。背広は細かいストライブの濃紺である。 ブレザーは茶か紺で今は紺だけだ。
背広は7~8年前から、同じに見えるものにしている。 古くなってきたら上下を換えても第三者には解らない。 実際は換えてきたことはないが,昨年は同じ背広を2着買った。 カジュアルのジャンパーやセーターも黒か紺に決めている、 白やネズ色とも合わせられるからだ。
海外旅行ではあまりみっともない着合わせはできない。 ある程度はチャンとした服装でなくてはならない。 欧米人は白と黒を基調にして、あまり派手な色は着てない。 パーテーや外食の時は着飾っているが、昼のカジュアルは質素で シンプルである。日本人の団体をみると、チンドン屋の集団だ。
自分の基調色の必要性に気づくのに30数年かかった。 基調色を決めておけば、靴下やネクタイや鞄も色を絞るれる。 若いうちは何でも似合うからよいが。 歳を重ねたら、みっともない格好だけは避けたい。 それが色の組み合わせで出てしまう。
最近気がついたが、ネクタイと靴下の色の組み合わせが 重要とのことだ。濃紺なら黒でよいと思っていたが、 ネクタイの色に合わせてもよい。 ネズの靴下を葬式やお歳暮などで貰って履いていたが、 ネクタイを知らないうちにネズの入ってものにしていた。これは無意識であった。
おしゃれとは本来自分の欠点をカバーするのが目的という。 若い時は長所を引き出すと良い。
・・・・・・・ 「182]」偽悪 2001・10・18
この言葉を聴いたとき、‘へーえこんな言葉もあるんだ!’と驚いた。 また言葉のもつ深さと魅力もその時感じた。 しかしその時はそれ以上深く考えなかった。そこでその意味を考えてみた。 この言葉から考えられる言葉は露悪、偽善、露善というところか。 善悪はそれぞれの価値のプラスマイナスの表現でしかない。
偽善もしかり、うけるイメージはその価値観のプラスを演じること、 いや実際はマイナスだがプラスに表面を見せておこうという時に使う。 偽悪はその対極にある場合に使う。 その価値観に捉われないために、むしろマイナスを演じる事をいう。 それを意識して演じて、その価値観がいかにつまらない事をジェスチャーして 見せる為にする行為か。
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