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2007年10月13日(土)
「こころの旅」神谷 美恵子 (著)
藤原治著の「人は60歳で何をしたか」に紹介してあった本である。 さっそくアマゾンで取り寄せ、読んでみて、もっと早い時期に読んでおきたかったと 思わせる本であった。最近に、こういう本に出会うことが多くなった。 一冊の本に魂を入れることが出来るのである。本とは本来そういうものだろう。 それとも自身が著者の魂を感じることが出来るようになったのだろうか。 人生の旅路には、常に越えなければならないいくつもの峠がある。 この本は「こころの峠」の、それぞれの年代に焦点を当てて優しく語りかけている。
この本のどの部分を読んでも、深い魂から呼びかけてくる声が聞こえるようである。 この本は十章から構成されているが、一章ごとに過去を振り返りながら読める。 人が死ぬのは肉体だけで、「こころ」は何時までも残る、と感じさせる本である。 人生で何か一番大事な部分から目を離していたのかもしれない。 この本の最終章に、この本の要約が書いてあった。 一番感じたことは「こころ」に「よろこび」が必要ということである。 アホかと思われるかもしれないが、「こころ」に喜びはシャワーのように浴びせてきた。 それが人生を振り返り、一番良かったと言えることである。
ーまずは、その中から一部をコピーしてみる ーー からだにとって空気や水や食べ物が必要なのと同様に、 「こころは生きる喜びが必要である」ことは一生を通じて変わらないことであった。 幼児期のホスピタリズムは、これを証明するもっとも早期の例であったが、 その後も「生きるよろこび」欠乏のために神経症、犯罪、自殺企画、自殺そのものが、 各時期におこりえたはずである。 ことに大きな危機は青年期と向老期であることは見てきたとおりである。 日本では老人の自殺率がいつも世界で一、二を争うほど高いという。 老人をめぐる社会的環境の悪さのために、老年期もまたこころの旅にとって 一つの危機なのだろう。社会的次元のことは社会全体の努力と工夫によって、 かなりのていどまで改められるはずである。 老人にもこころのよろこびを、というのがその目標でなくてはならない。
人間のこころのよろこびがどんなものかは、幼いころから次第に明らかになっていった。 愛し愛されること、あそび、美しいものに接すること、学ぶこと、考えること、 生み出すこと。こうしたよろこびが宇宙の中でどれほどの意味を持つかはわからない。 パスカルに言わせればみな「気散じ」の中に入れられてしまうかも知れない。
しかし、人間は弱く、だれもが死や無限の宇宙の恐怖に直面してパスカルのように 遁世できるわけでもない。思索を使命とする人にはそういう生きかたが ふさわしいのであろうが、ふつうの人間としては、どの側面からでもこころのよろこびを 求めて行くのが自然であり、素直でもある。 真にこころをよろこぼすものに一身を投げかけてこれを深めて行くとき、 そこに時空を超えたものを、たとえ瞬間的にでも畏敬の念をもって垣間みることも あるだろう。これに支えられて人はときどき「我を忘れる」ことも許されるはずだと思う。 生にはほとんど必然的に苦しみが伴うが、これを乗り越えるためにも、人間には時折 「自己対自己」の世界の息ぐるしさから解放されて、野の花のように素朴に天を仰いで、 ただ立っている、というよろこびと安らぎが必要らしい。それは植物や他の動物と同様に、 人間もまた大自然の中に「生かされている」からなのだろう。 こころのよろこびのあるかぎり人は存続するだろう。 たとえ廃嘘の中からでも新しい生活と文化を築いて行くことだろう。
生命の流れの上に浮かぶ「うたかた」にすぎなくても、 ちょうど大海原を航海する船と船とがすれちがうとき、 互いに挨拶のしらべを交わすように、人間も生きているあいだ、さまざまな人と出会い、 互いにこころのよろこびをわかち合い、しかもあとから来る者にこれを伝えて行くように 出来ているのではなかろうか。じつはこのことこそ真の「愛」というもので、 それがこころの旅のゆたかさにとっていちばん大切な要素だと思うのだが。 あまり大切なことは、ことばで多く語るべきことではないように思われる。 それでこれはヒトのこころの旅がかなでる音楽の余韻のようなものにとどめて おくことにしたい。
・・・・・・・・・ 2006年10月13日(金) 2019, 「私」のための現代思想 −11 (。^0^。)ノ オッ (*^○^*)ノ ハ〜 ヨウ
我われは顔を露出することによって呼びかけている。 多くの場合、「顔」を合わせることが「呼びかけ」になる。 「呼びかけ」は、常に同時に発生するが「先に呼びかけられた」と 感じる奇妙な性質を人は持っている。 「自分の居場所がない」ということに人は非常に敏感である。 居場所は、他者の存在によって支えられている。 《私》を支えているのが<他者>だから、<他者>が存在しなくなれば、 《私》の存在そのものも危うくなります。
<他者>の「呼びかけ」に応答し、その存在を望むことが、すなわち 「<他者>をもてなす」ということです。 そしてこの他者をもてなすことが、すなわち「《私》の居場所をつくる」 ということであり、それは《私》の存在を確かなものにする」ということ そのものです。それがお互いにとって「ともに生きる」ということです。 ーー 第四章「私」にとって「他者」とは何か −�� =「ともに生きる」ということ= −なぜ人は顔を露出するのかー <他者>が《私》に呼びかけるということは、 音声による呼びかけだけを指しているだけではありません。 実は、私たちは顔を露出することによって呼びかけています。 「呼びかけ」は一方からのみ行うものではありません。 つまり、<他者>が《私》に呼びかけるということは、 《私》が<他者>に対して「呼びかけ」を行ったことの帰結です。 そして多くの場合「顔」によって行われます。 ここでいう「呼びかけ」は、常に同時に発生し、両者とも常に 「先に呼びかけられた」と感じる奇妙な性質を持っています。 このような現象を、私たちが「顔を露出し、顔によって呼びかけている」 ことによって発生します。 人は常に「存在している」ことを前提として生きています。 「ともに生きる」こと、そして「呼びかけ」「呼びかけられる」 ことを前提として、人は顔を露出しているのです。
ーゴフマンの「共在」− アメリカのゴフマンは「共在」という概念をもとに、 「よびかけ」「よびかけられる」何らかの状態で存在しています。 それぞれが、その場で「役割」を振り当てられ人間関係が発生する。 そして、その場の雰囲気によって次第に関係が固定化していきます。 そのような状況のことを、ゴフマンは「相互関係秩序」と呼んだ。 その中で、「自分が正しい居場所にいない」ということに、 非常に敏感になり、信じられないほどの鋭い嗅覚を発揮します。
人は、常に「先に呼びかけられた」と感じる存在です。 <他者>からの「呼びかけ」に対する「応答」は、 「個別の正しさ」に照らし合わせるしかほかありません。 その場合、「個別の正しさ」とは、それまで「私」が追及してきた 「論理的正しさ」のことです。 この世界が進む方向は、「論理的正しさ」の合計によって決定されます。 それぞれの「私」が、その場所の「個別の正しさ」を追求していくなら、 世界は「ベストの方向」へ変化していくはずです。
ー自分の「居場所」が無いことの意味ー
私たちは「共在の場」には入り、その場での「相互関係秩序」を意識し、 それを変化したり、維持したりするという仕事を行っていく必要があります。 <世界>の成り立ちや秩序は、私たちを束縛し、苦しめることになるが、 その逆に、私たちがよりよく生きるために必要なものとして存在します。 この秩序をつくり上げているのは、他でもない私たち自身である。 多くの場合、「自分の居場所がない」ということは、「相互関係秩序」の中で 自分が構築してきた「場所」が、本来自分の希望した場所ではないということを 意味しています。
私たちは<他者>が存在することを望みます。 《私》を支えているのが<他者>なのだから、その存在を望むのは当然です。 <他者>が存在しなくなれば,《私》の存在そのものも危うくなります。 <他者>の「呼びかけ」に応答し、その存在を望むことが、すなわち 「<他者>をもてなす」ということです。そしてこの他者をもてなすことが、 すなわち「《私》の居場所をつくる」ということであり、 それは《私》の存在を確かなものにする」ということそのものです。
私たちが居場所を生み出すためには、 <他者>に呼びかけこと、他者の呼びかけに応答すること、 他者をもてなすことをとおして、自分の居場所を生み出すことそのものが、 社会という「制度」を変えることになるのです。
私たちは、居場所をつくるのに困難を感じたとき、 もしくは正しい居場所に存在してないと感じたとき、 闘わなくてはなりません。これは<他者>との関係の問題であり、 また、すでに存在している紐帯の問題であって、 「私」の内部だけで処理できる問題ではありません。 −− 人間は、人の間の居場所で《私》になる。 そのために「<他者>をもてなす」ことが、 いかに大事かということを知らなくては。 (*^▽^)/ ホンジャ! ・・・・・・・・ 2005年10月13日(木) 1654, 北イタリア旅行記−5 ーチンクエテッレー
この意味は、「5つの島」という。 海岸線に突き出た小さな島が5つあり、その小高いところに張り付くように 家が建てられており、その家々にカラフルな色が塗ってある。 漁民が船で帰ってきた時に、自分の家を識別できるように 好みの色を塗りつけてあり、それが何ともいえない風情がある。 その岩場に細い散歩道が百数十キロ続いていて、 ウォーキングができるようになっている。 その近くを、やはり列車が通っていて5つの村に駅がある。 (線路沿いに散歩道をつくったといったほうがよい) 疲れたら、近くの駅から次の駅に行くこともできる。 ただそれだけであるが、島ごとにそれぞれに味わいがある。 その近くの昼食のスパゲッテと海鮮料理が絶品であった。 朝獲れたばかりの魚料理で美味しくないわけがないが。
ーミラノー
飛行機の関係で初日と最終日に行ったミラノがよい。 世界を代表するファッション、そしてイタリア経済の中心地であるとともに、 オペラの殿堂スカラ座や、ブレラ美術館など芸術の街としても有名。
・ドオゥモ しかし何といっても、ミラノといえばゴシック様式ドーモである。 その内部も印象的であった。 特にステンドグラスは1400年代にできた世界最高のものというだけあって、 鮮やかであった。ちょうど太陽の光を受けて光り輝いていた。 またエレベーターで上がってみた屋上の景色は、身近に多くの彫刻の像と ミラノの街を一望できた。 この屋上からの景色も、イタリアの数ある名所の中でもトップクラスに あげられるというのが肯けた。 1386年に当時の領主が聖母マリアに捧げるために建設された。 何と500年近くの歳月をかけて建てられたものという。 荘厳な雰囲気と威厳に満ちて、見るものを圧倒する。 その最大の特徴は、天に延びる135本もの像塔、柱や壁に3500体の彫像があり、 近くで見ると、一つ一つの表情が異なり、リアルな描写に驚かされる。 その中央の尖塔の頂上には「黄金のマリア像」がそびえている。 この愛の女神にミラノの再訪を祈ると叶うという。
・最後の晩餐 ミラノといえば、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会にある ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の絵画である。 今回の旅行では見ることができなかったが、学生時代に見た記憶がある。 この絵は「リアルな人物達の表情」がポイント。
ダ・ヴィンチはキリストが言葉を発した、その劇的な瞬間を題材にして この絵を描いた。キリストの言葉に対して、12使徒のそれぞれの反応を、 顔の表情、手や体の動きでリアルに表現した。この画面の中には、緊張、悲しみ、 苦悩、戸惑い、恐怖など、さまざまな感情が描きだされている。 また、この絵の中には人物以外にも静物画としても、見ごたえがある。 テーブルに置かれている食器や食べ物の質感なども緻密に描いてある。 テーブルクロス、パン、食器、ワインなどである。 いま一度、見たかった絵画である。人生は一期一会である。
・・・・・・・ 2004年10月13日(水) 1289, 「元気の出る言葉」ー4 ーどん底からはい上がるコトバー1
どれだけ、どん底で先人の一言で励まされたことだろうか。 「元気の出る言葉」シリーズの中で、やはり胸を打つ言葉が多い。 読んでいて思った事は、実際あの時、果たしてどん底だったのだろうか? 今回の一言は、特に気持ちをこめた。 正反合の反という意味で、後で読んだときの思いが合になる。 第三者の視点も合になる。 ーー ■心配すんな、どうせ死ぬんだ。(by 軌保博光) 一言〜それが解かってないから心配するんじゃ! でも、死ぬことを常に忘れるな、 そこから自分の人生を見つめよという点で良い言葉だ。 ■自分だけは自分の潜在能力を信じてあげろ。(by 高橋がなり) 一言〜現在という瞬間の継続が、潜在への入り口だ 。 ■時間が迫ってきて、追いこまれて、 「もうできるとかできないとか、そういう問題じゃねえ、とりあえずやるしかねえ」 って決心した途端に、一件目が決まる。 (by 高橋歩) 一言〜本当? ■「わくわく」センサーに従って、進路をズバッと決めてしまうこと。 (by 高橋歩) ■今がんばらなければ、いつがんばる。(by 藤田晋) ■ぐちだけは、言わんとこうな。 一言〜愚痴か〜 、一人で布団の中で泣くのとどっちがよいのかな〜 ■人生は10段変速の自転車のようなもの。 自分が持っているものの大半は使ってない。(by チャールズ・シュルツ) 一言〜一段だけの人もいるんだよな〜 ■なんのために生まれてきたのか。答えは1つ。 生まれ変わるため。(by 中谷彰宏) 一言〜うん〜〜〜?! ■乗らないと損だと思える提案をせよ。(by 神田昌典) ■自己実現とは、今の生活を最大限に充実させて満足を感じる能力だ。 (by アブラハムマスロー) ■努力した人ほど運が良かったと言い、 努力が足りなかった人ほど運が悪かったという。 一言〜そういうものだ! ■強いって事は泣かないことじゃない。 泣いてもまた笑えること。 一言〜泣き笑いが一番 ■どうにもならない事って、きっとどうでもいい事なんだよ。 一言〜そう思うのが一番 ■しっかりした知識より、土壇場での経験値のほうが役にたつ。 一言〜これも何ともいえない!しっかりした知識も大事 ■自分で思うほどダメじゃない。(by 中谷彰宏) 一言〜自分って、自分が思っているよりダメなのかもしれない! ■やれなかった、やらなかったどっちかな。(by 相田みつを) 一言〜両方 ■最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。 唯一生き残るのは、変化できる者である。(by ダーウィン) ■それが何と書いてあるのか何が言いたいのか。 もちろんそれも大切だけれども、それよりも大切なことは、それを読んで 自分が何を感じ、どう思ったか、どんな風に考えたかなんだよ。 一言〜それで、これを書いているが、バカ丸出しになっているんだよな〜。 ■自分の欲しいものが何かわかっていない奴は、 欲しいものを手に入れることができない。(by 村上龍) 一言〜何いっているのかナ〜この男! わかんな〜い。 ■与えられているのは時間ではない。それは瞬間である。 与えられている瞬間で時間を作るのはわれわれである。(by G・プーレ) 一言〜ホント?嘘だろ!! 一期一会、今ここに、と納得しながら何か酒乱の失敗の経験があるからな〜!
・・・・・・ 2003年10月13日(月) 922, アイスランド旅行記−2 ーアイスランドを印象順に書いてみるー 字数の関係上、カットしました。(2007年10月13日)
--------- 548,予定挫折 - 2002年10月13日(日)
ミスマッチの組み合わせの言葉である。 挫折は途中で断念してしまう事で、予定していれば挫折でない。 この組み合わせの意味は、挫折時期を予想しておいて その準備をしておく事である。
私の場合、大学受験失敗や他の挫折を人生の前半に重ねた為、 挫折の痛みと、反面その必要性を実感をしていた。 必ず生きていくうえで変化と転進の必要性がある。大体が7年である。 その時期を読み、変化を積極的に自分で創らなければならない。 その時にそれまで続けてきた事を止める、これが予定挫折である。
スキーを子供のとき滑って失速した時、 自分から前向きに倒れるコツを覚えた事があった。 その方が大事にならないで済むことを繰り返しの中で知った。 柔道や合気道で、まず訓練をされるのが受け身や倒れ方である。 予定挫折を初めから組み込み、その時期がきたら割り切って しまう事が必要である。節を予定して積極的に創っていく事だ。
ある甥が大手の会社に7年在職後、さっさと辞めて漫画家になった。 有名らしいが漫画を見たことがない。 曰く「入社前から、そう予定していた!デザインで社長賞を貰った し、もうやり残した事はない。漫画家は自分がなりたかった仕事。 それで生きていけそうだし楽しい!」
私事だが、29歳の時に成り行きで実家の商売をみる事になった。 五年を目安とその時の勘で思った。勿論そう宣言をしていた。 3年も経てば兄弟が一つ舟の舵取りは無理!と実感。 予定どおりに5年で今の事業に転進したが、少しは挫折感があった。 これが予定挫折というのかと苦笑をした。 しかしすぐに次の仕事がたっぷり待っていた。
挫折時期はある程度読めるものだ。 定年退職やリストラとかで、無知の為に中年クライシスに なってしまうのは、ただ流されて生きているからだ。 準備をする時間はあった筈である、たっぷりと!!
・・・・・・ [184] 基本 2001/10/13
この20数年春になると、ほぼ毎年のように新入社員の入社前教育をしている。 以前はまる三日、最近はまる一日になった。 真っ白な若い人に教育する楽しみも以前ほど無くなってきた。 結局家庭のやるべき躾や言葉使いを、基本から教え直すことから始めなくては ならない。本当にどうなっているのかと、開いた口がふさがらない事が多いが、 もうなんとも思わなくなった。 対話形式で基本的な会話・対話の仕方から教えていく! それはここではどうでもよい話だが、教えるべき要点は
1、本を読むこと 2、日記を書くこと 3、相手の話をきっちり聞き取る事 4、自分の言うべきことを明確にする事 5、メモをとること 6、給料を貰う立場になった事(買い手から売り手の立場の逆転) 7、同質社会ー学校から異質社会に変わった事 8、その会社の制服を着たと同時に、 個人はその制服の配役になってしまう事 等々おしえる。
しかし一番勉強になるのが、自分自身である。 毎年春先にこれを真っ白な新卒に教えていると、 自分自身にそのまま教える事になるからだ。 全てが大事な事だ。
読書にしろ日記にしろ今でも続けているのは、これを毎年反駁しているからだ。 本当にこれをきっちりやっている人間の少ない事は、今更言うまでも無い。 それでもこのレベルの文章しかかけないのだから、別に如何という事がないのか。
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