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2007年09月11日(火)
2007年09月11日
べナレスー8
6、輪廻と解脱の思想
輪廻と解脱という考えは、ウパニシヤッド聖典(奥義書)の中に最初に現れた思想である。 過去の善悪の業(もともとの意味は行為)が現在の果報を生じ、現在の業が未来の果報を 招くというように、われわれの生死は繰り返し続いていく。 古代の思想家の大半は、このような輪廻の世界に存在すること自体を苦であると考え、 いかにして輪廻の束縛から解放されるか、すなわち解脱できるかを最大の問題とした。 彼らにとつて解脱とは、自我の本質とされるアートマン(我)が宇宙を成り立たせている 根本原理、すなわち万有に遍在する力であるブラフマン(梵)に合一することである。 しかし、庶民一般にとつてはこのような思想はいささか難しく、 普通は死後天界におもむくことと考えられている。
現在の生が過去の生の結果であるという考え方は一見宿命論的に思えるが、 輪廻の大海で生死を繰り返すのも、またその連鎖を断ち切つて解脱を獲得するのも すべては自己の行為にもとついている。 いわば執看を離れた努力主義精進主義こそが、ヒンドゥー教徒にとっての理想的な 行動現理となつているのである。 解脱は日々の正しい行いの蓄積によつてこそ達成さる。
ーー 輪廻と解脱。まあ、解りやすい因果応報の内容である。 この位の制約をつけておかないと、征服者の支配はインド大陸の中では 不可能なのだろう。宗教による縛りとは考えたものである。 これで3000年支配してきたのだから、奇跡といえば奇跡である。
・・・・・・・ 2006年09月11日(月) 1987, デジタル一眼レフカメラ−1 おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・
今回のケニア旅行の機会に念願のデジタル一眼レフカメラを買った。 (本当に必要かどうか迷ったが、ローンにすることで納得した。) ソニーのα100である。 キャノンか、ニコンか、考えつくした後にソニーのこの機種にした。 (その詳細は次回に書く)
デジタルカメラの良さは、過去にコンパクト・デジタルカメラを 三台も使っていたので解っていた。 しかし、年に数回しか使わないデジタル一眼レフは買うこともない、 と決め込んでいた。
ところが、このHPによく書き込みをしてくれる井上さんや、 フジフィルムのHPの優秀写真の紹介コーナーの写真などに刺激され、 時間が経つにつれて、このような写真を撮ってみたくなった。
何時も旅行から帰ってきてから思うことは、 「せっかく行ったわりに、もっと写真を撮らなかったのだろう」 ということである。解っていても撮れないのだ。
デジタルカメラの良さは、ドンドン撮って、その場でドンドン消せることだ。 デジタル一眼レフカメラの良さは連写にあり!と同行の人が教えてくれた。
プロのカメラマンが、連写をしているのをみて、 「何故、それまでして連写をするのだろうか」不思議であった。 しかし、今回買って、連写をして解ったことは、 「対象の行動の微妙の動きをを連写で映像を見るように楽しめること」 と、「その仕草の中で一番光っている部分を切り取ることができる」ことである。
それと、フィルムの一眼レフと、デジタル一眼レフとは、 違うマシーンではないかということだ。 フィルムのコンパクトカメラと、デジタル・コンパクトカメラとは 「似て非なるもの」と思えるのと同じである。
望遠で鳥や象が点ぐらいにしか見えない被写体を、 画素数が細かいので、その場で詳細に見ることができるのがよい。
最近、アルバム帳はほとんど見なくなった。 その反面、デジタル化してパソコンに入っている写真は毎日のように見ている。 月に一度の割合でパソコン画面の背景を、旅行先の写真を張り替えている。 残っていたフィルムを知人に頼んでDVDに移し変えてもらった。 (残念なことに10年以前のフィルムは廃棄してしまった。) アルバムを取り出してみる機会など、数年に一度しかない。 最近になってデジタル写真の記億媒体蓄積器なるものができた。 これは別の機会に書くが・・・ (*^▽^)/ ホンジャ! ーつづく ・・・・・・・・ 2005年09月11日(日) 1622, 戦略的思考について
「戦略」については、書いたことがあったが・・・。 不況の真っ只中に、それに対して戦略的な手をうってきたのかというと、 問題がある現在?あまり偉そうなことも書けないが。 まあ、いいだろう!理屈は理屈である。
戦略的思考とは、 「自分に対する質問と、その答え」であり、 その飽くなき繰り返しの中での練り上げのプロセスをいう。 質問に、その大きな要素が含まれている。
ー私の手帳に「戦略的質問」が、ポストイットに書いて貼ってある。 (どの本から書き抜いたか憶えていないが、恐らくドラッガーだろう)
・現在おかれている事態は何だろうか? -What ・それは何故そうなったのですか? −Why ・現在うっている手は、本当によいのだろうか?
・そのためには何故を何回質問しましたか? ー最低5回繰り返しまたか?
・それは、『自分の強み』を生かしたものですか? −その自分の強みとは何ですか? ・今後、どうなっていくのですか? − 以上であるが、なかなか良い含蓄のある内容である。 貼ってから、みて自分で自問自答したかといえば、ほぼしていないが。 「自分のおかれている事態は何だろう?」という質問を考えてみると、 全てに、根本問題が噴出してくる。 この歳になれば、誰も似たりよったりだろうが。 そして、この問題の答えがそう簡単に見つかるわけがない。 問題に対して『正中心一点無』なって自問自答を、し続けるしかない。 ーつづく 以前書いた『戦略について』をコピーしておきます。 ーーー 「戦略について 」 ー少し難しい問題を定義してみる しかし一番大事な問題である。
・時代の流れを認識して ・限定された資源を ・自己の強みを認識して ・集中して投下を決めるー選択
その為に ・戦略を良質な情報に触れて、じっくり考える事。 決済、権限を委譲する事。 ・戦略を考える基本は他人と違う事,自己の強みに集中する事。。 ・旧習を壊す事 ・戦略を考えることに集中する事。 ・ひたすら、1人で考える事。
戦略とは −キーワード
・長期的ー継続し続ける ・革新的−革新の継続 ・集中的ー革新ポイントへ集中し ・統合的ー集中のために要素を揃える
ペガサスクラブの4C主義も同じ チャンス ー機会の開発 チャレンジ ー挑戦 コンペテテーションー闘い チェンジ −変化し続ける
その為には 4S主義をとる スペシャリゼーション −特殊化 シンプリフィケーション −単純化 スタンダデゼーション ー標準化 セグメンテーション ー限定化
人生もまったく同じである。
・自分の持っている材料から、自分の課題とチャンスをさがす。 ・その中から課題と最重要な重点課題を見つける ・そこより戦略を構築ー自動的に戦術を具体的に見つける ・実施をするー習慣化をする。 ・継続して執拗に この結果がライフワークの構築となる。
今朝家内から聞いた話、 −自分の知人の知り合いが定年になり、家にいるが何もしないという。 犬の散歩とTVゲーム以外に。 私の答えーその人実は何もできないんじゃないか? 家内ー実は私も同じ意見なの。 私ー指示待ちで、誰も指示してくれないだけじゃないか?
私ならー年単位、月単位、週単位、日単位で日程を立てる。 中心は週単位を最重要にする。その計画に考えて考えて考え抜く。 これが戦略である。その為に本屋と図書館に通う。 時には東京の神田の本屋を回る。 そしてパソコン教室に行き、 インターネットのやり方とホームページの作り方を勉強する。 幾らでもあるが。まあいいか、人は人の生き方があるだろうから。
理屈の割りに大した人生でなかった?そういえばそうだ!
・・・・・・・ 2004年09月11日(土) 1257, オーストリア旅行記ー4
パプスブルク家の人たちのことを書いてみる。
パプルブルク家は、オーストリアを統治した640年の間、多くの人たちで 時代時代を彩った。日本の徳川幕府の二倍の間、よく続いたものだ。
主な名前をあげてみると
・パプスブルク家の基礎を固めた「ルドルフ1世」−13世紀 ・プラハの王城で閉塞して芸術を愛でた「ルドルフ2世」−16世紀半ば ・近代オーストリアの基礎を作った辣腕女帝の「マリア・テレジア」−18世半ば ・実質最後の皇帝「フランツ・ヨーゼフ1世」 ・ヨーゼフ皇帝の皇后で、悲劇と美貌の伝説をうんだ「エリザベート」 などをあげる事ができるが、
マリー・アントワネットの母のマリア・テレジアと、エリザベートをあげてみる。 ーまずは、エリーザ・べト。
19世紀の欧州で最も美しいと称えられ、「シシィ」の愛称でも知られた。 彼女のことをロシアの提督は 「すべての士官は老いも若きも皆、エリザベートに恋をしてしまった。 比類なき美しさと、近寄りがたい品格を持ち、いかなる時も皇妃としての 威厳を備えている」と述べたという。
彼女はたとえ礼儀作法を習わなくとも、品格を生まれつきもっていた。 エリーザ・ベトは子供の頃から、芸術に関心を持ち、絵画や語学、作詞などに 才能をしめした。 しかし誰もが羨むような皇妃として生活は、幸せではなかった。
愛する子供達は、生まれると同時に姑である大公妃ゾフィに取りあがられ、 一日に一時間、監視付にしか会わせてもらえなかった。 そして、その姑の溝はますます大きくなり、自分の中に閉じこもるようになり、 乗馬や作詞などにのめり込んでいった。 その中で、彼女がとりわけ愛したのは旅であった。
彼女は自分の美をも深く愛し、時には栄養失調になるほど食事制限をした。
そのような生活の中に、突然不幸がおこった。 息子の皇太子のルドルフが若き男爵令嬢と心中事件をおこして、自らの 命を絶ってしまった。この時から、彼女は公式の時だけでなく、常に喪服を 着るようになる。そして、あてども無い旅がより頻繁になる。
しかし62歳になった年に、彼女はあっさり暗殺されて劇的な生涯が閉じられてしまう。 王宮には二人のヨーゼフ1世とエリザベートの肖像画が大サロンに飾られてあった。 そこは、永遠な二人の魂が漂っているようであった。
・・・・・・・ 2003年09月11日(木) 890, バックナンバー 4
最近の傾向として、読書日記と映画日記が多く占めるようになっている。 ネタがなくなると、図書館や本屋で「何か読書日記として書くに適当な本」 を探している自分に気が付くことが度々である。
一瞬で消え去る考えや気持ちを( ..)φメモにする習慣を身に付けた効果も大きい。 旅行先で撮る写真に似ている。 またバックナンバーのテーマを見ているだけで、内容の80�佑鮖廚そ个后� これは非常にプラスに働く。忘れている場合は内容を読み返す。 特に読書日記を読み返すことが多い。そのプロセスが復習や思考にもなる。 その結果として知識から知恵へ転換を促すこともある。
自分の得た情報や知恵を、そのまま公開していると、仏教の「与」という 意味が実感できる。与えると与えた対象と「〜と」になる、という。 別に与えている訳でないが、公開することにより「〜と」になっている部分 がある。多くの人に与えれば多くの人「と」つながることになる。 多くのものを与えれば、更に多くのものを逆に得ることができる。 仏教の真髄である。 人生を長く生きれば生きるほど、体験上その意味が解ってくる。
・・・・・・・ 2002年09月11日(水) 516,デフレと流通大乱
夏季の土日・祭日の午後の散歩はダイエーに行く。 店内を3〜40分歩いて帰ってくると、1時間の散歩コースに 丁度よいからだ。クーラーもきいているし面白いし。
それにしてもお客が少ない。 商品はそんなに悪くはない。ただこれはという商品は ヨーカ堂と比べると少ない。 ニーズ商品は悪くはないが、ホット商品が少ない。 でも安いし、面白い事は確かだ。
家内もダイエーとヨーカ堂と専門店の特売を使い分けている。 それにしても消費物価が信じられないくらい安いのに驚く。 300円、500円クラスで面白いぐらい良い商品がある。
これでは洗濯屋が悪くなるはずである、洗濯代の方が高くつくのだ。 誰もわかっていることだ。
「バーミアン」というスカイラークが展開を始めた中華料理屋も、 ここに来てやっと本物になり始めてきた。 イタリヤ料理の「サエゼリア」の価値に近づいている。
とにかく安い、味はまあまあだが価値は充分感じる。 チェーン店評論家?として、この2つと、マクドナルド、家具のニトリ、 ユニクロ、無印良品、100円ショップ、しまむら、吉野屋、 居酒屋の一部に、日本にも本物が出始めてきた。 デフレに強い業態で、ロアーポピュラープライス専門店グループだ。
それにしても大手GMSのチェーンの盛衰が凄い。 ・西武流通、ダイエーグループの実質解体。 ・長崎屋、マイカルーニチイ、ヤオハン、九州最大の寿やの倒産。 百貨店だが,そごうの倒産。
総合店が苦戦している構造になっている。 本来GMS(ゼネラル・マーチャンダイジング・ストア) は専門部門を束ねたものであるはずだが、組織がそれについて いけないのだろう。
アメリカでは、10年前の雄であったK−マートが倒産。 今はウオールマートの時代だ。西武流通グループから西友を 買い取って日本に乗り込んでくる。
ジャスコとイトーヨーカ堂が合併しても太刀打ちできない相手だ。 ジャスコは、この3年間荒利をこのままにして人件費を20�邑困蕕� という。正社員は3年間殆んど入れないという。 それも可能かどうか???実際は不可のはずだが??
ところが下げたとしても、20�涌幣綽遊鑒颪糧耄┐�ウォールマートより高いという。 創業者の元会長が「あと3年で準備ができないときはジャスコも危ない」と、 警告を発している。
流通は渦中でなく、横でウオッチングしていると面白いが、 渦中で働く人は阿修羅の世界だろう。 デフレが更にこれに拍車をかけているからだ。 時代の変わり目だ!!
・・・・・・・・ 2001年09月11日(火) [141] (日本的)カースト制度−3
まず地方のカースト制をさらに書く! 地方の平均的なプチブルをみてみると、
資産が大体5億が目安。 老舗が10億が上クラスの老舗企業。 個人の年収が2000〜3000万。 会社も3000〜一億あたり。
この辺りが地方カーストの上部になる。 それも7〜8年つづけているかが基準となる
そこに地銀の頭取を頂点としているのが面白い。 お医者さんに、坊主に校長先生。会計士に弁護士、後はどうでもいい。
母が面白い話を聞いた。 嫁に来た時に父に聞いたそうだ。
母「この家は金持ちなの?」 父「う〜ん’7万ある。」
その時代の長岡の基準で5万が金持ちだったそうだ。 72年前の話だ。 1万倍か5000倍かというところか。 そうするとやはりそんなとこか。
話を元に戻す。 日本の官僚とその体制の官僚社会主義者の崩壊の話。 その大本が大蔵省、その次が外務省その次が通産とか。
大蔵官僚が今までの日本的社会主義体制の大要。 先日書いた長期国策銀行ー日本勧業銀行、潰れた長期信用銀行を頂点とした
銀行ピラミッドができている。 都銀、地方銀行、第二地銀、あとは信金ーとつずく。
テリー伊藤が革命的な本書いた。 「大蔵に検察は手を入れることができない。予算を減らされるから。」
検察はカースト制度を当然と信じていた。 しかしよくみたら犯罪の巣窟であった。 それが先年のの大蔵官僚の大量逮捕になった。 そして今外務官僚に対象が移った。 ほとんどが内部告発である。
さすが外務、キャリアは捕まってない。 いまは情報機器が発達している。 精巧なカメラやパソコンで直ぐに検察マスコミに送られてしまう。
ソ連の社会主義崩壊と一緒だ。 あれは情報手段を一般大衆が手に入れたため始まった。
これからますます混乱は当分続く。
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