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2007年09月05日(水)
2007年09月05日
「エーゲ 永遠回帰の海」 −2
この本を読むまでエーゲ海の周辺に無数の遺跡があることを全く知らなかった。 ギリシャ本土はもとより、エーゲ海に点在する島々に、そして、 対岸のトルコのアナトリア地方に、数知れないほどの遺跡がある。 素晴らしい神殿があっても、その由来が全く解らないために、 神殿A,B,C,Dなど記号で呼ばれているものもある。
序章の中で、シチリアのセリヌンテ神殿群を訪れた時のことを、 以下のように書いている。
「なぜそんなにまでして遺跡を見て歩いたのかと問われると答えるのは簡単でない。 ほんものの遺跡と自分自身で出会った事のない人にその理由を説明するのは、 ほとんど不可能に近い。」
「遺跡=滅びた跡。そこに必ず、繁栄と栄華ののち、 その時代の大戦に敗北して破壊され滅亡した都市の歴史が刻まれてる」
「知識としての歴史はフェイクである。学校の教壇で教えられた歴史。 歴史書の中の歴史。歴史家の説く歴史。記録や資料の中に遺されている歴史。 それらはすべてフェイクである。最も正統な歴史は、記録されざる歴史、 語られざる歴史、後世の人が何も知らない歴史なのではあるまいか。」
「いま自分の前にあるこれらの神殿。これだけの見事な神殿が、 これだけ立派に保存されているのに、この神殿がいかなる神殿であったか、 誰も知らないのだ。記録された歴史などというものは、記録されなかった 現実の総体にくらべたら、宇宙の総体と比較した針先ほどに微小なものだろう。 宇宙の大部分が虚無の中に呑みこまれてあるように、歴史の大部分もまた 虚無の中に呑みこまれてある。」
「時間は一つの方向に不可逆的に流れるものではない。円環をなしているのだ。 時が円環であるなら、初めもなければ終わりもない。 過去は同時に未来で、未来は同時に過去である。 現在は永遠に過ぎ去りゆく一瞬ではなく、永遠そのものである。 現在はすでに過去に無限回くり返されたことがあり、 未来においても無限回くり返される。人はまさにこの現在の一瞬において、 過ぎ去りゆく時を生きているのではなく、永遠を生きている。」
人気(ひとけ)のない海岸にある遺跡で、黙ってしばらく海を眺めていると、 これが永遠なのだということが疑問の余地なく見えてくるような気がするという。
他にも、 シチリアのセリアンテ神殿群、トルコのペルガモンの大劇場、 ディディマのアポロン神殿、エフェソスの大劇場・アルテミス像、 聖山アトス、リキアのサルコファガス、ヒエラポリスのネクロポスなどがある。
・・・・・・・ 2006年09月05日(火) 1981, 歩行とダンスー2
「歩行とダンス」というて、テーマで文章を書いて、はや12年も経つ。 12年ぶりに引き継いでの文章化も面白い!と思い立ち書いている。 当時、転勤で大手商社の新潟支店に来ていた大学時代の友人と、 この話を酒のツマミにして酒を飲んだことを思い出す。 その友人が、ダンスをフォーク・ダンスと喩えたのは面白かった。
その後「一人踊りでドアに行くとしたら何だろう?」と誰かにいったら、 「鼻歌を歌いながらスキップすることじゃないか」と答えた。 なるほど、そのとおりである。 この話、よく酒のツマミにするが、けっこう受ける。 「ドアはドアでも、どの部屋のドア? まさかベッドルームじゃ、話が落ちるか?」と、言った人もいた。
ダンスの相手も色いろ考えられる。「困難」と考えると面白い。 困難を嫌がらず、むしろ踊りの相手として一緒に楽しむ? まあ、かなり難しいが、それがゲーム化ということになる。
事業の立ち上げも、ダンスの相手と思うとよい。 まあ、人生の全てを賭けてのダンスだから スリルとサスペンスがあり命がけである。
人生、ストリッパーの裸踊りのようなものと言うと、例えが悪いか? 隠すべきところは隠しておかなくては、色気も面白みも無いところが同じ。
手段の目的化と、目的の手段化、 そしてその融合化と言ってしまえば話はつまらなくなる。 たまたま去年の同月同日に『楽しく生きる』というテーマが書いてあった。 この文章を引き継ぐのに、丁度よいテーマである。
12年前の文章である。 ーー H0609 歩行とダンス
丸山圭一郎と黒鉄ひろしの対談集で “歩行とダンス”という二人の対話が面白かった。 “ドアにむかって歩いていくのが歩行、これは手段である。 ダンスはドアに向かわないし、その行為そのものが目的である。 それではドアに向かってダンスをおどって行く事はありうるか!? ありうる!”という。 非常に含蓄のある面白い内容である。
人生、仕事、学問すべてにあてはまる内容である。 今回の仕事(第二新館増築)の最中にこれをよみ、 “よしこの仕事とチーク・ダンスをして、ドアまでいってやれ”と、 一人笑った。私の学生時代の大手商社に勤めている友人と、 酒をのみながら右の話をした。 本人いわく “私はさしずめ、それはホーク・ダンスだな!。 好きな奴もいやな奴も次々と仕事仲間でまわってくる。 それも楽しそうな顔をしながら手に手をとっておどる妙味!” 当意即妙であった。
ドアに向かっての歩行なら誰でもできるが、 それをダンスとしてリズムをとりながらパターンをマスターし、 かつ楽しみまで高めてドアに向かう事となると誰にでもできない。 ついついドアを忘れたり、ダンスを忘れてしまう。 ダンスを忘れある年令に達して愚痴を言っている人が何と多い事か。 そしてその反対に逆の人も。
・・・・・・・ 2005年09月05日(月) 1616, 楽しく生きる−1
「楽しく生きる」を、 私流に「面白おかしく生きる」というコンセプトにして自分に課してきた。 それも20歳代の頃からである。 むしろ「楽しみを見つけだす」という生き方であった。 私の行蔵の中の「楽しい時間」の中には、溢れんばかりの行蔵が詰まっている。 (他人からみたらガラクタだろうが、私にとってお宝である)
楽しいときは、どういうときであろうか。 ・自分のしたいことをしているとき ・何かを期待してワクワクしているとき ・感動をしているとき ・自分の望んでいたことが実現しているとき ・人に褒めてもらえたとき ・自分の生き方に自信を持ってるとき 等々、上げられる。
いずれも肯定的な感情に包まれ、自分の欲求が満たされたときである。 一度だけの人生、肯定的な感情で、かつ自分の欲求を満たさなかったら、 人生を浪費していることになる。 特に人生の後半は前半ほど単純ではない。多くの過去を背負っているからである。 ならばこそ、その中で「楽しく生きる」喜びも深くなる。
文筆家(哲学者)池田晶子 の 「楽しく生きるためにどうすべきか」という文章がよい。 彼女は、哲学することの意味を平易な言葉で語ることに定評がある。
ーまずは、彼女の文章をそのまま書き写してみる。 人生は短い。と、どうしてもやはり思いますよね。 平均寿命は80とは言われますが、歳をとってからできることは当然若い頃より 制限されますし、ましてやその歳まで生きるかどうかの保証はどこにもないわけです。 ひょっとしたら、明日、心臓発作で死ぬかもしれない。 縁起でもないと、普通はやはり思いますよね。 しかし、よく考えてみると、いやよく考えるなどしなくても、 生きている限り人が死ぬのは当たり前で、この当たり前を当たり前として 認識しているかどうかで、人の人生観は全然違ったものになるようです。 今のここに死はあるからこそ今のここの生はあるのだと思えば、 人生は長いとか短いとか言いようもなくなるはずだからです。
だって、いつだって、「この今」しかないのだから。「この今」しかないと気づけば、 先のことをあれこれ悩んで苦しむことはなくなるようです。 悩みや苦しみというのは、人生には先があるとする錯覚的時間認識が作り出す、 まあ一種の気の迷いみたいなもんでしょう。 未来への不安、もしくは過去への後悔、いずれも時間認識の勘違いです。 だって、未来や過去を悩んだり苦しんだりしているのは、 まさしくこの現在ではないですか。 あ、なあんだ。 と、気がつけば、錯覚としての悩みや苦しみは脱落します。 そして、なんらそういった感情は湧かなくなり、逆に楽しみや喜びといった 感情が湧いてくるようになるようです。 むろん、悩みや苦しみのタネは変わらずに存在していますよね。 我々は生身の存在だからです。仕事上の悩みが存在すれば、病いの苦しみだって存在する。 それは偽りのない事実です。
しかし、それらを言わば受け身で悩み苦しんでいるということではなくて、 妙な言い方ですが、悩むことを楽しむとか、苦しむことを喜ぶとか、 そんなふうに変えられるようです。要するに、楽しみや喜びというのは、 どこか外にあるものではなくて、自分の側の心の構えのことだということです。 それを楽しんでやろうという構えでいれば、それが何なのであれ、 それはその人にとって楽しみとなるはずです。 楽しむということは、今しか存在しないのだから、 その今を楽しむということ以外ではないでしょう。 矛盾したことを言うようですが、それでもやっぱり時間というのは存在する。 我々は生身の存在であって、肉体は刻々老いてゆく、以前できたことが今はもうできない、 体の故障は不愉快だ。昨今はアンチエイジングブームで、 それら加齢に伴う現象を否定的に捉える向きがあるようですが、 しかしこれはもったいないことのように思います。 なぜなら、老いるという経験は、誰も初めてのことであるはずで、 せっかくの未知なる体験を、否定してないものにしてしまうのは惜しい。
死ぬとか病むとか老いるとか、当たり前のことを否定として捉えるから 人は苦しむことになるのでしょう。 やはり、当たり前を当たり前として捉え、なおそれを楽しむという構えが、 ひょっとしたら人生の極意なのかもしれません。 まあこの人生、何のために生きるのかとは、 生きている限り避けられない問いではありましょう。 それは人間にとって最も根源的な問いであって、だからこそこんな問い、 人に問うて答えが得られるものではない。根源的な問いほど、 自ら問い自ら答える以外はあり得ないのです。 本当に答えを得たいのであれば、生きている限り一度は必ず自らに問うて みるべきでしょう。 「私は、食べるために生きているのか、生きるために食べているのか」 さて、本当に楽しい人生は、どっちだと思いますか。
ーー 「死ぬとか病むとか老いるとか、当たり前のことを否定として捉えるから 人は苦しむことになるのでしょう。やはり、当たり前を当たり前として捉え、 なおそれを楽しむという構えが、人生の極意なのかもしれません。」 の言葉が、彼女の言わんとすることだ。 現在という一瞬の連続が人生なのだから、その「いま現在」を楽しんでやれというしか、 楽しく生きるコツは無いはずである。 老いるにしても、苦しむにしても、その経験は、未知なる体験であるのであるから 否定してしまうのは惜しいはずであり、楽しむ材料でしかないと考えればよいのだ。 ーつづく −−−− 2004年09月05日(日) 1251, オーストリア旅行記 −2 ーウィーンー
オーストリアといえば、ウィーンである。 ウィーナーワルツ、ウィーンナーコーヒー等の軽やかなイメージがわいてくる。
飛行場から街に入るまでの道路で、何か変った感じがした。 広告看板が一切無いのだ。街に入っても、広告看板が小さく殆ど目立たない。 郊外は一切広告看板が禁止されており、街中でもかなりの規制があるという。
ウィーンはハプスブルク王朝の帝都として発展してきた。 17世紀以来、中欧都市として多くの文化の集積地として東西南北・欧州の 核ー交差点となっていた。
音楽やワルツ、食に建築、多大な富、異文化、優れた人材が流入し混在していった。 そこにはゲルマン、スラブ、ラテン、ユダヤのどれでもない独特の国際性豊かな 文化があった。その結果として、国民の民度は最高度のようだ。 一見華やかに見えるが、生活は質素で堅実な国民性である。
さほど大きくないないこの街に、一ヶ月間いても飽きることがないほど 多くの見所が詰まっている。 たった数日の滞在でそれを感じさせる何かがある。
学生時代、私の寮の隣室の河路という先輩と、一年後輩の南波嬢がこのウィーンに 留学したのだ。彼らは三十数年前に、この街に数年住んでいたのだ。 この街にいるだけで、いやこの国にいるだけで、多くのことが学べそうな 雰囲気が満ちていた。
ウィーンでは、まずは「王宮」である。 ハプスブルク家が640年間、帝都として代々の皇帝が住居としてきた。 13〜19世紀の間、増築を繰り返し、現在みられるような壮大かつ華麗な建物になった。 皇室の22室の部屋と、家具などが展示されていた。 旧王宮内にある「王宮銀食器等コレクション展示室」には ヨーゼフ�祇ど弸覆�使用した銀食器をはじめ、多くの陶器などが展示されていたが、 ただただ、その豪華さに驚いてしまった。
次に[[美術史博物館]である。 世界の博物館でも所蔵する絵画及び美術工芸品のコレクションは最大級である。 1857年にハプスブル家の美術品を収蔵するために建てられたものでリング状に 部屋が創られ、多くの作家ごとに部屋が割り当てられており、ブリューゲルの [青い花瓶の花束]や、ルーベンスの[古代の四大河川」や、ベラスケスの 「バラ色のドレスの王女マルガリータ]などが、所狭しと展示されていた。
「シェーンブル宮殿と庭園群」の美しさも見ごたえがあった。
つづく ・・・・・・・・ 2003年09月05日 (金) 884, マンション事情
先日、新潟市内のマンションを見てまわった。 モデルルームを見るかぎり、マンションはなるほどすばらしい。 ここで住んでもよいかな〜というのが幾つかあった。
マンションは宝石を買うのと同じで、買った時が一番の高値のとき。 買った後は、急カーブで価値が限りなく落ちていく。 一戸建て住宅にもいえるが、デフレの時代は更にこれが加速される。 純朴な庶民に夢を売っているのだということが、よーく解った。 結婚に似ているが、全てにいえることだ。
マンションの売れ行きを見ているかぎり、恐慌の世界とは程遠いようだ。 新潟市内に、いつの間にか多くのマンションが建っていた。 そして、その殆どのマンションの完売には驚いた。
一戸建てなら、数十�佑瞭�金が必要だが、マンションならそれが必要がない。 ローンで三十数年の延払いが可能で、アパートの家賃を考えれば目先安く感じる。 売る方からみれば、最高の営業ネタになる。 払う方は30年以上縛られてしまうことになる。 以前はやったジュエリーの世界に似ている。 売りつけてしまえば、10年・20年以上経った時の商品価値に責任ない。 20年以上経ったマンションを見れば、それが良くわかる。 マンションも毎年のように、ドンドン進化していくのだ。
しかし、マンションの良さもある。 一戸建住宅のメンテや町内の付き合いやゴミ掃除などから開放される。 また比較的良い立地に住むことが可能になる。 何事も 一長一短である。 結婚相手と同じで、そう簡単に変えられないから事前調査が十分に必要だ。 実際住んでみないと解らないことが多い。
しかし、私みたいなマンション嫌いでも、実際住んでみたいと思うのだから 若い人にとっては魅力があるのだろう。
・・・・・・・ 2002年09月05日(木) 510, イルカの話
最近癒しという面でイルカが話題になっている。 先日NHKでブラジルの漁村で野生のイルカと漁民の共同の ボラの漁をドキュメントで放送していた。
湾の浅瀬でイルカが追い込んだボラを漁民が投げ網でとる。 イルカは、そこより逃れたボラを待っていて取るのだ。 イルカが浅瀬に逃げ込まれる前に人間の処に逃げ込んだ ボラのおこぼれを取るのだ。 何代にわたって親娘のイルカにそのノウハウが受け継がれている。
その湾の60頭のうち20頭がそのノウハウを持っている。 面白い内容だった。
猿と犬の中間位の能力があると云われている。 特に彼らの出す音波言語は、かなりのレベルの情報の交換が 行われている。人間との言語交換は不可能といわれているが、 もし可能になった時は、コペルニクス的大転換がおこるといわれている。
いかなる状況においても遊びを忘れず、 また人間に気持ちに対して、非常に敏感に反応するという。 検索で調べた「イルカのホームページ」の内容をコピーしておく。
---------------- [イルカは病人を特別扱いする ] イルカやクジラ、ゾウなどはけがをした仲間の動物をかばう性質があり、 イルカは人間の中から病人を選び出すことができるらしく、 その病人を特別扱いするらしい。 イルカは人間の血圧の状態や脈拍がわかるようであり、 右半身が麻痺している人が海に入れば、 イルカは必ず不自由な右側を支えるような位置にまわってきて泳ぐ。 多くの泳いでいる人の中に自閉症の人がいれば、その患者の側に行くそうだ。 イルカと一緒に泳いだ人は自分はイルカに特別扱いされたと言い、 自分の存在を認めてくれたと喜び、自分の存在価値も認めてもらえたと 自信をつけさせる効力まである。
[イルカの不思議な力] イルカがどうやって治すのかは現在では科学的に説明しづらく、 イルカ療法に関しての本によってそれぞれ違う。 超音波のようなもので治すとか、気で治す、 テレパシーのような超能力があるなどといろいろ書かれているが、 確実な証拠はなく、未知の能力であるのかもしれない。 病人がよくなるというのは実際にあるが、 イルカだけが効果の源であるとは言い切れない。 広い海に出ること、太陽に当たること、多くの人に援助して もらい水に入ることなども効力のあるすばらしい体験であると言える。
心の病の治療にイルカが使われています。 その第一人者はベッツィー・スミス博士。 彼女は自閉症の子供をイルカと泳がせました。 すると、感情を表にだしことのなかった子供たちに変化がおきたのです。 喜びを表現したり笑い声を発したりしたのです。
彼女の言葉を借りると、 「イルカは超音波を使って、対象がどのようなコンディションであるかを 理解します。相手の体に不自由があったり、気分がおちこんでいたりと いった状況を敏感に察知しイルカのほうから患者にちかよってきて」 人々を癒すのです。
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