堀井On-Line



2189, 「考える」とはどういうことか? 

2007年04月01日(日)

    おはよう!♪〜 ヽ(´π`)ノ
                 ー 読書日記
     「近代哲学再考」 竹田青嗣著
        ー「ほんとう」とは何か 自由論ー
  
池田晶子の本の中で、「考える」を多く取り上げ、考察している。
また読書日記でも取り上げた。
「思う」から「考える」へ、どのように変化するかというと、
その対象をまず把握することから始まる。
我われが「悩む」というと、悩んでいる対象を把握していないことにある。
その把握ー情報収集が考える第一歩が始まる。
把握のプロセスから、すでに考えることになる。

    「考える」をー検索すると、
    「問題の解決や,目標の実現や達成のために,いろいろな経験や知識を
    組みあわせながら,新たな構想をさぐっていく精神活動。
    すなわち,思いをめぐらし(連想,想像,推理),考え(思考,工夫),
    そして決断する(判断)ということである」と定義している。
    ひとことで言えば、
    「本質の洞察をするための精神活動」ということである。

難しいことを解りやすく整理するのが、私の考える切り口でもある。
池田晶子が子供向きに哲学用語を一切使わない文章などは、一瞬で深い真理に導く。
ーこの著の以下の部分は「考えるとは何か?」を考える上で、なかなか解りやすい!
ーー

「プラトン入門」という本で、わたしは哲学の方法原理を
つぎのように整理しました。
� 嵎�語」を使わずに抽象概念を使用する。
�◆峺桐�」を提示する。
��つねに「一から」(根底)から再始発する。

ー�,砲弔い董⊇ゞ気任論こ�説明をするのに「物語」を使います。
そしてこの簡潔な「物語」を通して、世界はなぜ、どのようにして存在したか、
人間はどういう理由で存在するか、なぜ生きて苦しみ、またその生の意味は何か、
といった自己と世界の存在それ自身についての「問い=謎」に対する答えが、
明快に与えられる。
 これに対して「哲学」は、「万物」「原理」「水」といった抽象概念を
用いて世界説明をおこないます。ここで抽象概念とは、「一」「他」「同」
「静」「変化」「不変」「多」「完全」「不完全」「永遠」・・等々の言葉です。
「物語」を排し、「抽象概念」を使うことによって、哲学の世界説明が、
特定の文化や民族や共同体の限界を越えて、誰もがその思考に参加できる
いわば開かれた言語ゲームとなった。

   −�△砲弔い董�哲学は「概念」を論理的に使用しつつ「原理」を提出する、
    というルールで行われる世界説明(人間とは何かを含む)の言語ゲームだ、
    といえます。そして、ここでの「原理」という言葉は、本来、
    根本的で究極的な「真理」という考え方とは違ったものである。
    自然科学の、仮説と実験とを繰り返しつつ理論体系を徐々に整備していく、
    という基本方法は、一見、哲学の思弁的方法と異質なものと思える。
    しかし、少し注意すれば、科学もまた、「物語」を禁じ手にし、
   「抽象概念」を論理的に使用し、「原理」を提出し、さらにすでに
    成立した世界説明を神聖化したり、固守したりせず、常に時代の要請に合わせた、
    できるだけ深い前提に立ち戻ってもういちど理論を組み立て直す、
    という根本原理によって成立していることがわかる。
    哲学は、ある多様な現象を、どのような「キーワード」(=原理)で呼べば、
    またそれをどう構成すれば、より普遍的な(=広い共通了解を生むような)
    説明方式になるか、これが哲学どいう思索方法のもっとも革新的な方法であり、
    自然科学はまさしくこの方法を「自然科学」の領域に当てはめ成立したものである。

−��について、哲学の重要な点がある。
それは哲学において、先人の説を聖化しないで常により根源的な仕方で、
「一から」考え直そうとすることです。
新しい哲学者は、必ず一度、先人の思考をもっとより深く根底的なものへ、
つまり普遍的な説明方式へ推し進められないか、と考える。
そして先人の提出した「原理」から現れる矛盾をよく考え抜き、
その難問をクリアしうる新しい「原理」(キーワード)を提出しようと努力する。

ともあれ、哲学の方法の本質は、自然科学の方法の本質と同じであり、
それは世界説明をより`普遍化’していくことであって、
「客観」」や「真理」へ届くための絶対的方法ではないのです。

   ーーー
  ー以上であるが、
   「哲学=考えること」と、単純化すれば、
   「考える」ということは、
   �(�語を使わないで「抽象概念」で、
   �¬簑蠕瀋蠅鬚靴董△海譴鯏験�する為のキーワードを提出して、
   �B仂櫃粒某瓦房�けとった上で、常に初めの一歩より再出発すること。
    これが基本といえる。

これを「人生」ということに当てはめると、
より良い人生を生きる為には、
子供の時の夢を具体的な言葉として持ち、
常に自分の生きていく中で繰り返し、
そのイメージを大切にして生きること!である。
そのために、「よく学び、よく遊び、よく働く」ことである。
ポイントの「よく」は、キーワード(原理)を明確にすることである。

                ヾ(*'-'*)バイバイ!!
・・・・・・・・・
2006年04月01日(土)
1824, あちら側の世界 −5
      オハ (´・ω・`)(ω・`)(・`)( )(´・)(´・ω)(´・ω・`)ヨ〜 

ウェブ進化論ー5  ーオープンソース現象ー(2)
 ー「ウィキペディア」について

この本で知ったのが百科事典の「ウィキペディア」である。
まずは、この百科事典から調べてみた。
   ー
   ウィキペディア (Wikipedia) はインターネット上で作成、
   公開されているオープンコンテント方式の多言語百科事典。
   ウィキペディアはウィキメディア財団の展開する
   最初の多言語プロジェクトである。
   執筆、編集は主に参加者の共同作業によっておこなわれており、
   自由参加型である点にも特徴がある。

その代わり誰でも自由に書き込みが出来るために
情報の信憑性やその責任において保証の限りではない。
個人、若しくは特定多数の名誉毀損を目的としたゴシップや根も
葉もない嘘が書き込まれて放置される事も多い為、2005年度末には
ジョン・シーゲンソーラー・ウィキペディア経歴論争が勃発した。

   日本語版については、ウィキペディア日本語版の項目に詳しい。
   名前はインターフェースに使用している「ウィキウィキウェブ」と、
   百科事典を意味する英語「encyclopedia(エンサイクロペディア)」
   から合成されたものである。
   −               (*・_・)y-~~~ ひといき
以上であるが、
これこそオープンソースの典型事例であろう。
どの項目でも、誰でも加筆修正できる。何の資格も要らない。
思いたてば誰でも、私でも直に加筆できる。
百科事典は、権威のある学者や専門家を集めて、博識の編集者が
指揮をとって作るのが常識で、膨大な金がかかるリアル世界のプロジェクトだ。

   しかし、このウィキペディアは、この常識を覆すいい加減の
   誰でも参加型の百科事典で、コストゼロ空間たる純粋なネット空間で
   起きているオープンソース現象」の典型的事例だ。

ところが、他のリアル世界の事例のオープンソース現象とは
比較にならないほどのプロジェクトになってしまった。
わずか5年の歴史しかないのに「ブリタニカ」の10倍以上の項目になってしまった。
そして現在も日々ネット上で進化している。
                      (・ ・;)
   もし誰かが、嘘の加筆をしても、他の誰かがいつの間にか修正してしまう。
   権威ある識者は聞いただけで、「そんなもの信頼に足りない!」と
   怒り出す人もいるという。
   「誰でも、いたずらで嘘の加筆が可能な辞書など信頼に足りるか?」
   それともその可能性を認めつつ、
   「その毎日膨大に膨れ上がる情報を取るか!」の、どちらかである。
   入り口審査は全くないが、毎日何が書き込まれたかを
   ウォッチするボランティアがネット上に1000〜2000人いるという。

これからが、更に面白い!
この本を私なりにまとめてみた。
                   (・ ・;)oΨo フォフォフォ
 ー自浄作業の実験がある。
第一の実験は、
「ウィキペディアに誤りを書き込んだら、チャンと修正されるか、
修正される場合にはどれ位時間を要するか」
という、多くの人の実験で、その結果が時々ネット上で報告される。
「重要な項目に対しては、13個、誤りを書き込んだが、全て数時間で修正された」
とか、
「あまり注目されないマイナーな情報は5日も修正されなかった」
とか、報告結果は千差万物という。
この辞書がめざすのは、完璧ではなく、‘コストゼロ’と‘そこそこ’である。

   第二の実験は、
   アメリカの記者の実験である。
   ウィキペディアの記事を書く上でウィキペディア・コミュニティの編集能力や
   閲覧能力や推敲能力に、完全に依存してみようという実験だった。
   彼は、事実誤認に溢れたウィキメディアについての709語からなる
   文章を書いて、アップした。この実験の結果がこの記者の記事に載っていた。
   最初の24時間で224回、次の24時間で149回の編集がおこなわれた後、
   文章を練り上げる明晰で読みやすい記事に仕上げられた」という。

これは一現象だろうし、これほどのエネルギーが、
この百科辞書にそそがれているのは驚異に値する。
不特定多数無限大の知の集積の可能性の一端を示す実験である。
リナックス現象にしても、アチラ側では爆発的に進化している。
そして、それがこちら側を根底から変えようとしている。
              − つづく            
                    .@(-ェ-)@ノ~~~バイ〜
・・・・・・・・
2005年04月01日(金)
1459, 遠くにありて日本人 −2

この番組が面白いので見ていたら、先日で最終回になっていた。
スペイン在住の日本人画家であったが、その中で印象的な場面があった。
大きなキャンパス全体に、斑模様の微妙な茶色を背景として塗りこんで、
あとは数日間、その画面を睨み続けて、何か閃きが来るのを待つ。
そしてヨギッタ一瞬に、それをすくい取るという。

そのキャンパスを睨み続けて数日、やおら絵を書き込み始めた。
元々頭には、何の構想もないという。
その構想は、絵を睨んでいるうちに自然に湧いてくるという。
自分の潜在意識から湧き出るイメージを絵にするのだ。
ただただ、驚いてしまった。

それを見ながら、レオナルド・ダビンチのヒントの掴み方を思い出した。
天井の節目とか、何かの模様を見て、それからの発想・展開をしていったという。
これも、自分の脳(潜在能力)の中のメッセージを得るキッカケにしていたのだ。
その絵の作成行程を最後まで映し出していたが、最終には素晴らしい絵が完成していた。
何ごともそうだが、プロセスは似ているものである。
ただし、自分の中に十分の経験と知識があっての話だが。

ーーー
2004/12/13
1350, 遠くにありて日本人 −1

この番組み、度々見ているが、昨日のアメリカのロス近郊の
バイク・ビルダー(手づくりバイク)の日本人がなかなか面白い。
ライダーからの特注のバイクをつくるミニメーカーの日本人の紹介なのだが、
ライダーの世界と、そのバイクの製造過程が垣間見れた。

この「遠くにありて日本人」は世界のそれぞれで自分の生き方を貫いている
日本人を紹介しながら、その地域や、人間の生き方を覗き見る内容である。
自分の好きなことを見つけ、それを貫いていることが人間としての理想的な生き方である。

グローバルの時代に、本場に行って理想的な生き方をしている人を紹介している。
アルゼンチンに行って、「アルゼンチンタンゴ」の踊り手になっている中年に
差し掛かった女性も印象であった。

この番組みを見ているとき、時たま街で出会う高校の同級生から電話が入った。
「佐藤というあの無口の同級生が、中越地震で被害にあった山古志村の診療所の
医師をしている。いま仮設の住宅地でやはり仮設の診療所を開いて苦労しているから
クラスの同士で来年早々、慰安会を開いてやらないか」とのこと。
時々TVや新聞に出ているという。

それを聞いた家内がいうには、「近くにありて日本人。ね」
なるほど上手いことを言うものだ。 色いろな人生があるものだ。

ーーーーーーー
2004年04月01日(木)
1094, 『携帯電話不安症』症候群

先日、ニュースで携帯電話不安症について特集をしていた。
メールが来ないと、不安になってしまい精神のバランスを失ってしまい、
不安と疎外感で一晩中泣いてしまうという。
手軽に自分の気持を携帯電話で誰にも伝えることができる反面、
孤独になる機会が少ない為に、チョッとしたことで精神のバランスを
崩してしまうという。
常に誰かと繋がってないと息もできない感覚になるという。

いま一つの特徴としては、
'周囲の人と同じような自分'でなければ不安でしかたがなくなる。
それは、今までにない異常な大ヒット現象を生み出す一方、
いじめなどの社会不安の増加をもたらしている。
さらに彼らの、「カリスマを求めてしまう心」は、
社会をファシズムに走らせる危険性もはらんでいる。

会社員の場合、会社の携帯電話を待たされていると、

・いつも誰かに追われているような気がしてストレスを感じる。
・携帯電話の電源をオフにする勇気がない。
・呼び出し音がする度にドキッっとする。(心拍数の上昇)
・冷や汗が出る。
・呼吸が苦しくなる。(過呼吸症候群)
・動悸・息切れがする。
・お腹が痛くなる。(過敏性腸症候群)

これは「仕事上のストレス、会社に束縛されるストレスの二重のストレスの状態が原因」
という。いずれにしても、携帯電話が今の社会を大きく変えたことは間違いはない。
これからは、使い放題の定額制になると、若者のマスマス携帯の利用頻度は増すだろう。
携帯電話の使い過ぎは、自分の放棄といってよいほど、人間を無能にすることは
間違いない事実である。

ある中年の男の人で、友人のたった一人の電話呼び出しを待っている
姿をみた事がある。別にヘンな関係ではないが、友人がいない人なのだ。
たび重なる不祥事の為、奥さんや子供にも相手にされず、
たった一人の携帯電話を見つめている姿は鬼気迫るものだった。

中年にとって、携帯電話なんぞは、そのレベルの使い方なのだろう。
もし学生時代に携帯電話があったら、数倍愉しい時間を過ごせただろう。
身近で見ている限り、(仕事や家庭への連絡を除いて)携帯を多用している人間に
ロクの奴はいない。 自分を持てない付和雷同になっているからだ。

・・・・・・・・・・
2003年04月01日(火) 727,  
「結婚スピーチ 」-読書日記
     ー死ぬまで忘れられない話 ー  
 
 この本がタイトルとは違って、斉藤茂太の人柄の為か面白いのだ。
おそらく我々のスピーチの数十倍の機会が多いから、色いろの逸話を集めたのだろう。
考えてみれば、夫婦の何ともいえない機微を取り上げるのは結婚式が一番多い。
夫婦の関係ほど微妙で複雑で赤裸々で面白いものはない。
ー以下を抜粋してみたー私の感想を入れた。

・ある人がアインシュタイン夫人に、
 「あなたは相対性理論をおわかりになるの?」と訊いた。
 それに答えて「いいえ。でも,わたしはアインシュタインをよく理解していますよ」
 といった。
(感想)フォード1世に、ある記者が学歴がないことを知っていて、難しい質問をした。
 フォードいわく「それは解りませんが、それが解る人間はすぐ呼べますよ」
 の逸話を思い出した。

・結婚をしなかったわたしは、なんてバカだったんでしょう。
 これまで見たものの中でいちばん美しかったのは、腕を組んで歩く
 老夫婦の姿でした。    ーグレタ・ガルボ
(感想)朝のモーニングショーで、離婚をしてよかったといっている
 中年女タレント数人に小沢昭一が、
「歳をとってね、ばあさんと一緒に飲むお茶の味はいいものだよ」といった。
 元気のよかったバカタレント何もいえなくなった。

・作家の吉川英治は、亡くなる前に奥さんの手を取って、こういった。
 「7たび生まれかわっても,7たびきみと結婚するよ」
(感想)わたしの知人の奥さんが亡くなるとき
 「またわたしを貰ってね!」といったそうだ。
 家内には「今度生まれてきたらあなたとは結婚はしないわ!」
 といわれてしまった。
 結婚生活のコツは「また生まれ変わったら、この人と結婚したいと思うよう
 にお互い努力することと聞いたことがある。

・人間にとって昔から大事なことは、夜、家に帰ってこないとき、
 どこにいるのかと心配してくれる人がいるということだ。 −マーガレット・ミード
(感想)アメリカの地質学者の言葉だ。  やはり港があるから楽々遊べるのだ。

・結婚は鳥篭のようなものだ。 
 外にいる鳥は、入りたがり、なかの鳥はいたずらに出ようともがく。−モンテーニュ
 (感想)理想は開けっ放しの餌の充分ある篭がよい。 そうもいかないか?! 
 夫婦生活は最後は 明るく、暖かいことと、最後はお互いの品性である。

 「結婚スピーチ 」ー死ぬまで忘れられない話   
 斉藤茂太著  文化創作出版 1996年出版
 長岡中央図書館
 2003年03・29日

・・・・・・・・・・
2002年04月01日(月)  
363,人に好かれる方法
          聞き役

学生時代読んだ本に、カーネギーの「人を動かす」という本があった。
その中にあったデールの6原則があった。
1、名前を覚える 2、聞き手にまわる 3、誠実な関心を寄せる
4、相手の関心を把握する 5、笑顔で接する 6、褒める ーと記憶している。

学生時代まだ田舎を出たばかりで、人間関係の都会的感覚が身についてなかった。
どうしたら人に好かれるか上手くやれるかに、悩んでいた時にこれを読んだ。
即実行、ものの半年もしないうち世界が一変した?
もちろん男だが、友人が私の周りにオオバーに云えば屯したのである。
そうも上手くいくものかと自分で驚いたものだ。

特に聞き役は大変だ。
そこですぐ覚えたのは、聞いたフリをして他の事を考える事である。
と同時に関心の中心に、相手の話題を掘り下げてやる事である。

あの頃は頭でっかちである。
誰かに知ったばかりの知識をヒケラカシタイ歳である。
誰か聞いて欲しいのである。
また孤独で自分を知って欲しいのだ。
そして2年続けていたら馬鹿馬鹿しくなった。
 「おれはカウンセラーじゃねえぞ!」
 「今度は逆をやってみよう!」
ヒステリック的に自分でハッタリをかましてみようと。
その時読んだ本が「教祖の話術」−赤塚行雄ーであった。
聞き役の寡黙の男が、急にわめきだしたのだから周りは吃驚した。
そしてその話にそのバックあるから、その効果があった。

行動科学のシュミレーションをしていたことになる。

・・・・・
<お笑い>
ーmanuke
ある男休日に浮気を誤魔化すため、釣りに行くといって釣り道具を持って出かけた。
帰ってきて「イヤー釣り針を忘れて、行ったがいいが釣りができなくて!」
奥さん「あら落ちてたんで釣り箱に入れておいたのに!」
男「−−−−−−−!」
ーー
ー結婚

「私なんどもなんどもシツコク結婚してくれって頼まれたわ」
「だれに?」
「両親に」

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