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2006年10月15日(日)
おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・ さむい 一昨日の地元の新聞に「新潟ワシントンホテル」の撤退が報じられていた。 12年前のピーク時の50�涌焚爾貿笋蠑紊欧�激減、三年前から赤字に転落。 同社の支配人が 「市内ホテルの供給過剰や、施設の供給過剰で、飲食や宿泊客が減った上に、 プラーカ(専門店街)の閉鎖が大きな打撃になった」とコメントしていた。
同業者の立場からみえてくるのは ・直接原因は「東横イン」のオープンと、プラーカの閉鎖、 ・間接原因は首都圏からのビジネス宿泊の激減−4分の1、 この十年で新幹線の朝晩には多く乗っているが、日帰りが定着してしまった。 ・企業が経費節減のため、2時間圏内の宿泊を禁止したことと、 ・地方経済の低迷、 ・さらにインターネットやイントラネット、携帯電話の普及も 大きな原因にあげられる。
大型のホテルの撤退は初めてであるため、やはりショックは大きい。 駅の連絡路から直接ホテルに入ることができ、戦略的にこれ以上の好立地の場所は無い。 10年位前までは、「他は悪くてもワシントンだけは安定している」 というのが通り相場であったが、ついにである。
という当方も、12年前の三分の二まで売り上げが減り、 リストラなどで辛うじて黒字は保っているが・・・ 大手のホテル納入業者の専務の話によると、 「県内、特に新潟市内の99�佑離曠謄襪論峪�!」 実際のビジネス客の宿泊は、実感として10年前に比べ 四分の一に激減しているようだ。 そこに他業種の参入もあり、中途半端な地方の地方都市型ホテル (飲食・会議室・結婚式)の業態の終焉の結果である。
駅再開発工事が来年から本格的に始まり、その工事関係者の宿泊が期待できるので、 何とか頑張っている・・(朱鷺メッセや、東横イン入居の再開発ビル工事の時の 数字の裏づけがあるが・・・) たまたま、同日に地元大手ゼネコンの植木組社長のインタビュー記事が地元紙に載っていた。 「公共工事がピーク時の7年前の4分の1に激減。 何とかこの二年間は中越大地震の特需で持ちこたえたが、 それも終わった現在非常に厳しい局面を向かえている」 という内容であった。 関東・東海ベルトラインを除いた地方経済は瀕死の状態である!
無責任と思われるだろうが、 それもまた面白いといえば面白い!・・本当に? そう思わないと、知恵もエネルギーも出てきはしない!
追記)「新潟ワシントン撤退」と、検索をかけたら 金沢の片町のワシントンホテル(200室)の撤退のニュースも出てきた。 撤退できるのは、まだ健全ともいえるが・・・契約期間もあるのだろう。
(+●∀●)ノ さいなら!
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2005年10月15日(土) 1656, 吹き来る風が私に云う
帰 郷 中原中也
柱も庭も乾いてゐる
今日は好い天気だ
縁の下では蜘蛛の巣が
心細そうに揺れている
山では枯木も息を吐く
あゝ今日は好い天気だ
路傍(ばた)の草影が
あどけない愁みをする
これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いてゐる
心置きなく泣かれよと
年増婦(としま)の低い声もする
あゝおまへはなにをして来たのだと・・・・・
吹き来る風が私に云ふ
生まれ故郷に帰った中也が、 自分に向かってつくった歌である。 何か万人の心の声といってよいだろう!
ほんとうに、オイお前なにをして来たのか? 自分の人生を生きてきたというのか? これでよかったのか?
だれもが、この気持ちを持っているだろう。 私など、何回思ったことだろう。 そして、次の言葉で、その言葉を打ち消す。
ー仕方がないじゃないか、精一杯やったじゃないか。 これしかできないのも自分。 まあ、いいや。
と。
中原中也の詩は、悲しい。 しかし、悲しみを慰めてくれる。
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2004年10月15日(金) 1291, 「元気の出る言葉」ー5
ーどん底からはい上がるコトバー2
■やりもせんで、できんというな。 (by 堀之内九一郎) 一言〜若いうちはね〜 ■見返りを求めるな、そうすれば行動は制限されない。 一言〜解からない ■打ちのめされるような人生の経験は、もっとも豊かな報いをもたらし得る。 一言〜「 」 ■自分について知ることは貴重であり、欠かせないことです。 それは、危険な楽観主義とともに、陥りやすい失望を避けさせます。 ■機会を待て。だがけっして時を待つな。 (by ヴィルヘルム・ミュラー) 一言〜何々、何々?何々!チャンス?呼吸? ■自分の中に奇跡をおこせ。 (by 大越俊夫) 一言〜まあ、いいか!何おかいわん ■行動は感情に従うように思われているが、実際には行動と感情は同時に働くのである。 意思の力でより直接的に支配されている行動を規制することによって、 意思に支配されにくい感情をも規制することができる。 つまり、快活さを失った時、他人に頼らず自発的に快活さを取り戻す秘訣は、 いかにも楽しそうな様子で動き回ったり、しゃべったりしながら、 すでに快活さを取り戻したように振舞うことである。 (by ウィリアム・ジェームズ) ■一貫したものは環境においてでなく、自分みずからのうちに求めよ。 (by ゲーテ) ■高尚な目的をもたぬ魂は、舵のない船のようなもの。 (by アイリーン・キャディ) ■転んだ人を笑うな、彼らは歩こうとしていたんだ。 (by 米倉誠一郎) 一言〜笑っている人は、歩けない自分に苦笑していることに 気が付いてないんだから! それが自分の姿でもある。 ■成功は目的にではなくその過程にあります。 楽しみの半分はそこに行き着くまでにあります。 (by ギタ・ベリン) 一言〜旅と旅行の差をいっているだけじゃない? ■それまでに経験した失敗は、人生観を見出すための月謝と思えば、安いものだ。 (by 堤康次郎) 一言〜それが人生の最終に来るから、安いといえなんだよ! ■雨だれが石を穿(うが)つのは、激しく落ちるからではなく、何度も落ちるからだ。 (by ルクレティウス) ■勝つは負ける日の初め、負けるはやがて勝つ日の初め。 (by 吉川英治) 一言〜 ・・・・・・・ ■これからを信じれば、今の過ちは許せる。 一言〜これで禁酒、禁煙を失敗するんじゃない? ■いちいち、「うそ」や「まちがい」をほじくりだして、無視できないひとがいるが、 成功のためにそれは無駄なようである。 (by 船井幸雄) 一言〜この人へのコメントを敢えて書く フニャ〜! ・・・・・・・ ・・・・・・・ 2003年10月15日(水) 924, アイスランド旅行記ー4
ーつれづれに雑記
・ツアー仲間の話は書いていて面白い反面、物悲しいことが多い。 今回は同じバスではなかったが、痴呆症?の65歳位の女性の話である。 アイスランド最終日に初めて気がついてのだが、そのバスの同行者数人が 面倒を見ていることに気がついたのだ。 それから注意してみていると、全ておかしいのだ。 目が虚ろ、いつも誰かに質問をしているのだが、その結果が違うことをしている。 羽田に着いて、モノレールに乗る時も質問をしながら、結果として違う行為を していた。まあ人生そのものだが。 帰りの列車で、独り考えてみたら凄い人であったということだ。 軽い痴呆症の人?が独りツアーに参加をして、ちゃんと帰っていったのだ。 決して軽蔑をして言っているのではない! 意志があれば何事も可能ということである。 そこに、その人の人生が全て現れているのだ。
前回の添乗員がある話をしてくれた。 車椅子の人を家族の人が連れてきて、たった一言「お願いします!」といって、 逃げるようにして帰っていったという。結果としてツアー仲間が最後まで全員 協力しあって無事帰ってきたという。 痴呆症のオバアチャンもあったという。これも全員が最後までみたという。 今回は隣のバスで明らかに同じケースであった?!。 ・色いろツアーに参加したが、添乗員の面白い人に出会う。 「ヌーの河渡り」の添乗員が、自分がホモと酒を飲んで告白したハプニングが あったり、元大手銀行員の経歴の持ち主であったり。 今回の添乗員が飛びっきり面白い人であった。 若い女性なのだが、お嬢様なのか、ただバカなのか? 全て自分のレンズを通してクドクド説明をして話すのだ。 お客は親位の年齢で、こういうツアーに参加しているレベル。 何でも解っている相手ということが解らないらしい。 まず結論を言って、その結論に沿って、その説明をするのが添乗員の当たり前の 世界と思っていたが、初めから最後までその逆をしているのだ。 全員がイライラしているのが解る。 そして全て自分本位を、そのままお客に知らずに出してしまっているのだ。 しかし良い点もある。「何々でございまーす!」と最後に歌うように鼻声を はりあげるのだ。そしていつも現地ガイドと大声で笑って話しているのだ。 イライラもその声で、ガックリして怒りを忘れてしまう。 まあしようがないかという諦めを押し付けてしまうのだ。 これはノウハウであろう。 旅行は普段会えない人に会えるのがよい。
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 550, ビールの飲み方 - 2002年10月15日(火)
ベトナムに行った時の話だが、朝から晩まで中華系料理。 昼飯も、どうしてもビールが必要になる。 一本なら良いが、異常な暑さの為どうしても二本飲みたくなる。 もちろん350mlだが、脂系の食事のため二本を飲むと 腹の心配になる。
そこで考えたのが、コップに一口分(5分の1) をついで、ゆっくり味わって飲む事だった。 それが美味しいのだ。少ないビールを味わって飲んだからだ。 その後は全くその事を忘れていた。
先日、図書館で池波正太郎の「男の作法」という随筆集を借りた。 その中でビールの飲み方が書いてあった。 「一口づつ、その都度ついでイッキに飲むこと」 なるほどと納得をした。それと酒飲みの底の深さを改めて知った。
私の場合はそれさえもユックリと飲む事だが。 量の制限がない時も、少量を一気に飲むのも悪くない。 その都度接ぐのが面倒だが、そこを習慣をしてしまえばいい。 ケチクサク見えるだろうが,美味く粋にのむ為だ。
日本酒をお猪口をひっくり返して底についで飲むのが安くて酔うのは 知っていたが。
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[187] 強い人 2001/10/15 私の周辺に非常に強い人がいる。 何を持って強いのかと難しいことは横において、 そういう人を観察してみると、10歳位までに両親の愛情をたっぷり注がれている。 逆に弱い人はその時期、両親の不和とかで愛情が中途半端な人が多い。
精神の柱が愛情で出来ているのではと思われる。 そういう人は、明るい、暖かい、さっぱりしているが反面,我侭だ。 人生の何かを教えられる。
そこで自身は如何であろうか。 少なくとも10歳までは、多くの人にたっぷりそそがれたことに氣づいた。 両親からはベタベタしたそれでなく、間接的な絹木綿的な感覚の愛情であったようだ。 やはり直接しっかりとじかに愛情を受けた人は違う。
愛情のなかで親の愛情ほど、強いものはない。一番の自我愛だからだろう。 だからその子は我侭になってしまうのだろう。 子供にとって両親の不和ほど不幸の事はない。 子供に対しては絶対愛と夫婦愛の両輪が必要という事か。
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