堀井On-Line



1979, 冷蔵庫を20年ぶりに買い換える

2006年09月03日(日)

             (\ Y /)(\ Y /)オハヨウ! ♪


昨日は、20年使った冷蔵庫が寿命に近づいたので
新しい冷蔵庫を買いに行く。
あと10~20年使うと思うと慎重になる。

    確か20年前に買ったときの値段が13万円。
    そして今回買ったのが同じ値段の13万円であった。
    帰ってきて、見比べると比べようもないほど良くなった。
    
    色いろあって、三回も(往復30分以上かかる)家電に通う。
    買うのも楽しみのうちの一つだが・・・

100台近くある冷蔵庫の展示品の売れ筋ナンバー3に気持ちを集中して、
一番高い商品群と比べると、自ずとヒントが見えてくる。
当然のことだが、機能や外見に手が加ったぶんだけ値段が高い。
要は値段に比例しているだけだ・・・
家電の白物(冷蔵庫・洗濯機・レンジ)は頻繁に使うので、
メーカーも神経をつかっているのが解る。

   結局買ったのは、その店の売れ筋�癲Γ押,里發里世辰拭�

    二十年前に冷蔵庫を買い換えた時に感じたことは
   ・それまでと段違いに大型になったことと、
   ・ドアが両開きになったこと、
   ・冷凍庫が大きくなったことである。

今回は、
・一番上にあった冷凍庫が一番下に移動していたこと、
・ドアの半開きの防止の機能がついたこと、
・独立の多くの引き出し増えて分類コーナーが増えたこと、
・冷蔵庫が出すノイズがホボなくなったこと、
・電気消費量が段違いに少なくなったこと、
・ステンレスなど、カラフルになりデザインが良くなったこと、
・ドアがワンタッチで開くものもあった。
等である。

    20年前の、ほぼ同じ機能の冷蔵庫が半額でしかないが、
    電気消費量と、ノイズが少なくなったこと等をみると
    4分の1のダウン?まあ、どうでもよいか?
    帰ってきて、他の家電のチラシと、
    パソコンで価格ドットコムで値段をチェックした。
    価格ドットコムは約5~7パーセント安いが、説明料と配送料金を
    加味すると、それも納得できる。

余談になるが、ついでにパソコン売り場に行ってみたが、
パソコンが更に進化?していた。
液晶TVにパソコンが付いているという感覚になった。
更に、驚いたのが、ソニーのVAIOの前に立ったら、
勝手にカメラ機能が自分の顔を写して、大きなテロップで流れ出した。
一瞬なにが起きたのか、目を疑ってしまった。
恐らくインターネット上でも可能なのだろう。

    稼ぎさえあれば、結婚など別にすることもないという、
    若い人たちの気持ちが解らないでもない!
       こと家電売り場を歩いていると。

家電売リ場は夢があって好きなのだが・・・

                   まあ、モーニングコーヒーでも!
                   ( ^-^)_且~~~
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2005年09月03日(土)
1614, 「やりたいことは全部やれ!」

        ー 読書日記
           
51歳の年に私が決意した内容と、著者の考え方が非常に似ている。
著者とはスケールが違うが、考え方・生き方の面で共通点が重なっている。
大前 研一は何も特別な事を言っているのではない。
この年齢になれば、誰もが思うことで、その準備をしてきたかどうがである。

ー著者の言いたいポイントは
・人生、楽しめるうちに楽しみなさい。
・寄り道、回り道もおおいに結構。
・他人を気にせずマイペースを貫け。
・会社や仕事に振り回されるな。
・やりたいことは先延ばしするな。
・いつ死んでもいいように悔いのない生活を!
・将来を再設計し、見つめなおす勧め。
である。

日本人は生きている間にあらゆる我慢をし、やりたいこともやらない。
そして悔いを残しながら、
「自由な生き方ができる今の若い人がうらやましい!」
と思いながらあの世に行く。
これをやめよう、というのが大前研一の提唱である。

我々が「人生を楽しむ」という一点において価値観を変えれば、
世界の景色も全く変わってくる。
この価値観の転換ができないのが、日本人の悲しい習性ではないだろうか。

著者の、人生のバランスシート的見方も面白い。
「日本人は死ぬときに生命保険、貯金、ローンの終わった家などを残していく。
金融資産だけでも3500万円近くになり、その他に家があれば、少なくとも土地だけで
数千万円ということにだってある。そして、それを誇っている。
これでは子孫に残すのは美田ではなく、係争の種かもしれない。
理想的な生き方は、死ぬときにちょうど蓄えがゼロとなり、
ありがとうございました、と成仏できることである」と。

死ぬときにゼロにするには、65歳の平均的蓄えの2500万円と、その後の定期的預金の
1000万を足した3500万円をゼロにする生き方である。
65歳から80歳までの180ヶ月として、
毎月の生活費プラス20万円生き方である。
それも遊びにである。
夫婦で一回50万としても、海外に年5回以上はいけることになる。
そうすると、70回以上は軽くいけるのだ。

また、
「私は相当周到な人間である。だいたい飯が食える程度の芸は若い頃から
いくつか身につけていた。いざとなれば家族くらいは食わしていける自信があった。
クラリネットを職業にしようと思ったこともある。
電子力でも工学博士号を取っているから、どこかの大学の先生か安全委員などを
歴任していたかもしれない」とも書いている。
まあ、勝ち組だから、こう言えるのだろうが。

 −−
ー家内に、死ぬ時に預金ゼロの部分を見せると
家内
「80歳以上になってからは、どうしたらよいか?」
私
「80過ぎて、何に金を使うのか?」
家内
「解っていても、使えないわ」
自分で稼いだことのない人は、金を使えないのだ。
(但し、多くの例外があるが)
 −−
彼は今、ある週刊誌でサラリーマンの人生相談をしている。
その中で窺い知れることは、
ーサラリーマンの彼らは、会社人間となって会社に尽くしても報われない時代になった。
世間的に評価されるスキルが身についていないことも薄々気がついている。
しかし、それを上司から直接強く言われたわけでもないし、周囲を見渡してみても
似たり寄ったりであるから、深く考えないですんでいるだけなのだ。
彼のところに相談にくる人も「どうしたらいいんでしようか?」という質問をする。
その時、彼は、
「どうしたらいいかは、あなたがどういう人生を送りたいかによって異なります。
あなたはどういう人生を送りたいのですか?」と聞くことにしている。
まさに、それがわからなければアドバイスのしようもない。
自分の人生は他人のものではない。
だから、自分でどういう人生を生きたいのか、自分で決めるべきなのだ。

人生寄リ道結構ではないか。
回り道が実は近道だということもあるのだ。わき道の楽しさだって悪くない。
わき道に入ることによって、はじめて見えてくる景色だってあるのだ。
少なくとも、死ぬ最後の瞬間に後悔しないですむ。
「悔いはない。おれは自分で選んだ人生を生きた」と言えるだけ幸せではないか。
「そのうちに・・・」ということは人生では禁句なのだ。
やりたいことは先延ばししないこと。
そして一番いけないのが、「他人の人生」を生きることである。
親の期待する人生、
先生の言った通りの人生、
上司の期待する理想の部下、
などなど。

著者は自分の人生に対し、
「自分の生き方として何を基準にしているかというと、
死ぬときに“これでよかったのだ”と言うために生き方を工夫している。
これが逆にどれだけ人生を単純化してくれているか、
毎日悩みもしないでいかに安らかに眠れるか、計り知れない。
私は宵越しの怒りも持たなければ、胃が痛くなるほど考え込むこともしない」

「戦後の経営者の中で誰が一番すごかったか、という質問を受けたら、
私は迷わずにヤマハの川上源一さんではないかと答える」、という。
川上源一さんは創造的破壊力においては、誰をも寄せつけないくらいの
強烈なイノベータであった。川上源一は
「モーツアルト、ベートーベン、シューベルトなどは実質的に同世代の人だ。
なぜあの頃クラシツク音楽が一斎に花開いたのかというと、育った環境がそうさせていた。
だから、人間は生まれてすぐにリズム、メロディ、ハーモニー(和音)の三要素を学習すれば、
あの時代のように天才が生まれてくる確率が高い、と言う。
これを実践してヤマハ音楽教室で特にレベルの高い子を、また、JOCと呼ばれる
コンクールの勝者をヤマハで預かり、特訓して天才に育てるといったそうだ。
ヤマハはピアノを買って下さい、と言うのではなく、音楽を教えしましよう、
という真にマーケティングの真髄のようなシステムを貧しい頃の日本に作り上げてしまった。
川上源一のピアノ作りにかける情熱にものすごいものがあった」

大前研一氏は世界中講演旅行をしている。
その時の講演会終了後に質疑応答がある。
その場合ローカルな事情に通じていないと聴衆は満足してくれない。
彼はどのようにしてローカルの情報を集めたかと言うと、不動産屋に立ち寄り、
かなり高そうな部類の家を買いたいと言っていい情報を収集するという。
通常彼らは自分の売りたいところ三軒くらいに連れて行ってくれる。
家を見ながら、会話を通しいろいろな情報を集めておくそうだ。

以上であるが、勝ち組の自慢話とも受け取ることもできるが、
といって、自分の固定観念にとらわれて、
70歳過ぎても30%も預金にまわすのも哀れといえば哀れである。
それも大部分の人というから!
両親から、学んだことは「金の使い方ー生き方」である。

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「やりたいことは全部やれ!」
 著  者:大前 研一
 出 版 社:講談社

プロローグ 人生、寄り道・わき道・回り道
第1章 人生を長く楽しく生きる極意
第2章 経営者の素顔
第3章 世界を知る
第4章 旅に学ぶ
第5章 愉快な仲間たち
第6章 死ぬほど遊ぶ
第7章 私のルール
エピローグ 人生の収支決算

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2004年09月03日(金)
1249, これこれ詐欺

一昨日、我家にも俺俺詐欺の電話が来た。
たまたま、銀行でお金をおろそうと銀行の自動キャッシャーの画面を見たところ、
「俺俺詐欺に気をつけてください」という画面を見た、その日であった。

家内が電話に出ると、小さな男の声で
「事故をおこしてしまった!」という。
友人から同じような電話があったと聞いていて、詐欺と直感したので、
「あら、あら、あら〜」と答えたら、直ぐに電話が切れたという。
電話をする方は名簿を片手に電話をしているのだろうが、ここまで日常的になって
いるとは驚きである。

バブル期の證券会社も詐欺会社そのもので、「これこれ詐欺」だ。
自分の安く仕入れた銘柄を「これこれ」と言って、ゴミとしょうする素人に
高く売り抜ける集団詐欺をしていた。
いや、今もしているか?!

天下?の野村證券が先頭になってやっていたのだから、それも自民党と組んで
いたのだから悪質を超えていた。

今でも、週に数回は商品取引の会社から電話がかかる。
彼等からみれば素人は赤子を捻るほど可愛い詐欺対象である。

他人事ではない、あるファーストフードのFCに引っかかり、あわや数億の
投資をしようとしてしまった。
その社長は元トヨタ商事の社員、説明会では巧妙な言葉で勧誘する。
自己責任とはいうが、世の中も甘くはない。

特に情報化の時代、何が真実で何が虚実かの目を持ってないと
全てを失う可能性が高い恐ろしい時代だ。

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2003年09月03日(水)
882, 競売物件

 以前から、裁判所が差し押さえを売り出す「競売物件」に興味があった。
不動産業者で、競売物件専門の業者もいるという話も聞いていた。

 先日、最近の競売物件を数軒見て回った。
それなりのリスクがあるが、抵当等を奇麗にして改装して売れば
結構面白い商売になる。
調べたら相場の半額から六割のあたりに値がついていた。
やはり古い好感の持てるような物件は少ないが、値段からみたら
価値はある。

 この時代は競売物件専門を扱う仕事も面白い事業になるのではないだろうか。
恐慌により、競売の割安物件が出てくるからだ。もっとも買いが少ないから、
リスクも多くなる。その為には充分な資金量が必要なことが絶対条件である。
カタチを変えたハゲタカファンド?とも言える。

 ある不動産業の人の話だと、最近は素人が手を出すという。
近くの土地を知り尽くしている人が狙って買い取って、改築をして売り抜る。
お金と感覚が研ぎ澄まされていれば可能である。
プロも驚いてしまうという。

 アメリカでは、家を買い、日曜大工で時間をかけて改築・改装をして、
より高く売り抜けて、また新しい家を買って同じことを繰り返すという。
一般の人は家を利殖対象の物件と割り切って、引越しをするのが当たり前に
なっている。そのために、ホームセンターが早くからできたという。
日本もこれからは、そういう時代になるだろう。

 しかし、競売物件は扱うのは、よほどの知識がないと難しいのも事実である。
 
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2002年09月03日(火)
508, 長野県知事選に思う

長野県知事選の結果が出た。
田中氏の大勝ちで、当たり前の結果である。

片方は無私で当たり前のことをやっており、
女弁護士の候補は、明らかに権益団体の代表だ。
初めは隠れていた権益団体の県議団が、途中でバレテ前面に出てしまった。

こういう姿が、TV画面では露骨に露出してしまう。
土建利権団体の崩壊が長野から本格的に始まった。
公然の事実で公共工事は100�傭鵡腓里海箸蓮�国民も知ってきた。
それでも過去の習慣で今も100�佑笋辰討い�?!!!!!

国家もそれを黙認している、いや手助けをしている?!!
今の日本は犯罪的国家が実情だ。

これがインターネットで、デジタルカメラなどで撮られて、
マスコミに手軽に送られている。
東京電力の問題も2年前に告発、今になって隠し切れないでこの様。
平岩外四とか、論語とか何か偉そうな事を言っていたが、
結局犯罪的国家の俗物でしかない。

情報革命の本格的流れは、これから益々犯罪国家の実情を暴いていく。
日本的犯罪社会主義の崩壊が始まった。ソ連・東欧の十数年前の姿だ。

国民のレベルが低いからこういうことが野放しになる。
日本は益々弱体化するだろう。
それでも残物の処理としての破壊は必要だ。

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2001年09月03日(月)
[130] 内幕情報やー暗い子狐

営業系はこの要素がないとやっていけないので、
このことを書くと営業系を否定することになる為、この文章化は控えていた。

ーしかし敢て書こうー、

どこにも子狐のような男がいる。
会社でその時の権力者に擦り寄ってゴマをする。
そしてそのゴマの餌にいかにして食いつくか見る。

隙でも見せようものなら食いつく。
権力を失うと今度はその攻撃を始める。

彼は他にもおおきい要素を持っている。
内幕情報だ。
相手から内幕情報を引き出し、それを餌にあちこちに撒いてまわる。

仮に同じクラスに、一流大学を出てるわりにそれをいいたがらない男がいるとする。
彼が中退と解ると、それを言って回る。

本人は高卒の鬱憤もある。
これは例え話だが?
こういう連中は会社にはいっぱいいる。

もう一人の子狐は

その本人を信頼している知人の自殺未遂経験を冷たく言ったとき、唖然とした。
すぐ理由をつくり、遠ざけた。
悪意があるなら良いが、ないのが更にお恐ろしい。

明るい子狐のほうが怖いケースだ。
前者は暗い子狐である。

自分の分身なのか,ただその傾向の強い人間はすぐ見抜かれる。
今日も尻尾を出し、その辺をうろついている。

ーまずはくらい子狐の話ー

この男 ただただ子狐に徹している。
読書皆無、興味は人のあら捜し、ゴルフに酒と女に徹している。

こういう人生もいいのかもしれないが、ヤクザチンピラの一種独特のあの悪臭を
放っている。

‘暴力団の大きい収入源に、スキャンダルの脅しという情報産業の要素がある’が、
これと同じことをやっている。

地元に住んでいると、いくら用心しても因縁を切口にこういう連中が寄ってくる。
営業はほぼこの要素を振りまいているが。

もちろん彼はその札付きだ。
これを読んでいるうちの地元の何人かは彼が誰かわかるだう。
いや、あまりに多いから解らないか?

会社のヘドロはこんなものだ。
これも人生だ。

我が内なる暗い子狐といったほうが良いか。

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