堀井On-Line



1925, シャイン

2006年07月11日(火)


              \(^▽^*)おはようございます!
                    (*^▽^)/
         映画観想日記

何げなくDVDレンタルショップで借りてきて観た、
『シャイン』という映画が素晴らしい。

今も活躍している天才ピアニスト、
デビッド・ヘルフゴットの半生を描いた映画である。

    そんなことも全く知らないで、観ているうちに
   『シャイン』の世界に引き込まれてしまった。
    この映画の成年期の主役の演技が素晴らしいと思ったら、
    何と彼は、この映画でアカデミー主演男優賞をとっていたのだ。
    ジェフリー・ラッシュはこの映画の後、
    「レ・ミゼラブル」「恋に落ちたシェークスピア」「エリザベス」
    「テイラー・オブ・パナマ」などに出演していた。  

「それでも人生は続いていく」という主人公の最後のセリフが、
  今でも耳の奥に残っている。

    この映画の中で演奏された
   「ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番」が素晴らしい。
    何度か聴いたことがあるが、これを演奏できるのは限られた天才のみ!
    である。
    
    クラシックの良さが少しだが解るようになってきたのは、
    一年以上の間、クラシックを寝る間際に一時間、
    聴き続けた結果だろうか。


映画の主人公の父親の、息子に対してスパルタ教育と異常な歪んだ愛。
そして二人の葛藤の何とも激しく、矛盾に満ちていた。
「愛情は自分のエゴでしかない」
ことが自覚できない父親の愛が哀しい。

    多くの印象的なシーン
   ・小さなレストランでのピアノ演奏の場面
   ・ジャケットになっている、青空の下トランポリンで跳ねる場面
   ・冒頭の街の小さな教会でポロネーズを弾く場面、
   ・疲れきって噴水の前で寝ている場面
    ・・・等々。

近くのレンタルDVDショップには、
まだまだ気づかない名作が多くあるのだろう。
それはどれか、見ない限り解らないから・・・

 
 ーーー

ー「シャイン」の背景を、
    検索で調べたみたー

「シャイン」は、1996年のサンダンス映画祭で上映され、
 もっとも注目された作品です。
「シャイン」は非常に大きな反響を呼び、
一般公開前からすでに伝説の作品となりました。
すでにいくつかの国際映画祭で賞を受けたほか、
主役のデヴィッド・ヘルフゴット扮するジェフリー・ラッシュが
1997年のアカデミー賞で主演男優賞を受賞しました。

 ヘルフゴットは、聴衆を引きつける才能に富んだ魅力的な
ピアニストというだけの存在ではありませんでした。
彼は、訓練を積んだ優秀なクラシック音楽のピアニストでした。
しかし、天賦の才能をもつそのピアニストが世界の舞台から姿を消します。
ストーリーは、それから10年後にパースのあるレストランで再び
ピアニストとして復活するまでの夢と苦悩の日々を描いています。

 ヒックス監督は年月をかけヘルフゴットおよびギリアン夫人と
緊密な関係を築いた後、1990年、有名な脚本家ジャン・サルディに脚本を依頼した。
その後6年間にわたり、ヒックス監督とジャン・サルディは、
プロデューサーのジェーン・スコットと協力してシナリオの細部を詰め、
現在多くの映画ファンを魅了している「シャイン」を完成させました。


スコット・ヒックス監督は1986年に、デヴィッド・ヘルフゴットという
1人のエキセントリックなピアニストに関する「小さな新聞記事」に目を留めました。
その晩、ヒックス監督は、ヘルフゴットの演奏を聞くために
小さなコンサート・ホールを訪れました。そこで見た光景は、
その後10年間にわたってヒックス監督の心から離れることはありませんでした。

 ーー
 
 映画で、これは!というのに当たるのは一年に1~2本でしかない。
 観続けないと、これだけは解らない!
 今回のように、観終わって調べてみて、
 10年まえに大きな話題の映画だったと知るのも良いものである。
              
                  ーーー\(∂∇∂)/ーーーバイバイ!

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2005年07月11日(月)
1560, トヨタ流 仕事の哲学

        ー読書日記
            若松 義人 (著)

著者は、この書で一番いいたかったことは
「当たり前のことをトヨタほど徹底的にやり続けるは、何と難しいか」
である。
「日々改善、日々実践」を50年以上も積み重ねこそ現在のトヨタがあるという。
トヨタ流の基本は「人間はすごい」であり、「人間の智慧に限界はない」である。

トヨタの強さの源泉は、創業以来脈々と受け継がれてきた暗黙知にある。
この書はトヨタ式の物の見方、考え方、行動の仕方が解りやすく書いてある。。

トヨタといえば、「かんばん」や「ジャスト・イン・タイム」
など経営手法ばかりが注目されてきた。
この本はトヨタの精神性ー「哲学」が明らかにされていること。
換言すれば、「トヨタそのもの」がテーマになっている。
外から見ている限り、トヨタの哲学は見えてこない。

この書はトヨタのブラック・ボックスの部分を、
トヨタ生産方式の生みの親である大野耐一氏の直弟子で、
「トヨタ式の伝道師」とも言える著者が、自らのノートを紐解きながら語っている。

本書を読むことで、トヨタの強さの源泉が、
その「行動規範」「価値観」「組織文化」にあることを知り、
また読者はそれを自らのものとして吸収できるだろう。
この本の中には、たんなる一企業の理念を超えて、多くの企業、
そしてビジネスマンにとって有効な「普遍性」を有しているからだ。

以下、それぞれの章ごとに印象に残った部分を
メモ代わりに抜粋してみた。

●1章 トヨタ流 改善哲学
  ー成功地図を明快に描こう 

・変化は「現状」を敗者にする
・大切なことは「一気にやること」より「一番にやること」
・負けたということは伸びる余地があるということ
・「変えないために変える」哲学
 日々改善することこそが強さを維持する秘訣だ。

●2章 トヨタ流 問題解決の哲学
  ―「システム」が能力を引き出す 

・「わかっている」をまず疑おう
・精神論は問題を見えにくくする
 五木寛之が
「簡単な答えに真実はない。一言で断言できるような現実など、あるわけがない。」
 と言っていたが、その簡単な答えの奥にこそ本当の真実がある。
・自分の60点は他人の100点に勝る。

●3章 トヨタ流 行動哲学
  ―「今までは」に軸足を置くな 

・不可能はあきらめの別称である 
・敗者のように発想せよ
  最善の行動は最悪に備えること
トヨタの生産方式の基本は「限量経営」にある。
売れるものだけをつくって、売れないものはつくらない。
限られて量を、良くて、早くて、安くつくる方法を徹底的に
追求した。高度成長でも、低成長でも稼げる仕組みだ。
これを長年かけてつくってきた。

●4章 トヨタ流 失敗の哲学
  ―小さなミスを目ざとく活かそう 

・成功は「あと少し」の積み重ね
・能力とは自分を信じる力のこと
・善後策より予防策をつくれ
・人は失敗より成功に縛られやすい

●5章 トヨタ流 現場の哲学
  ―自分について「人」に尋ねよ

・まずつかむべきは「何をしたいか」
・頭の中にこもるな
・大切なのは「今売れている」より「これから売れるか」かどうか
・現場は最良のビジネス導師である。 
・改善は根気である。
 ・・創意工夫は、ひらめきではなくて科学であり、根気さえあれば
 誰にでもできるが、トヨタの基本だ。そのためには問題に対して、
「なぜ」を繰り返すことや、問題に対する絶えざる関心を持ち続けなくてはならない。

●6章 トヨタ流 人間関係

・「大過なく」は大きな過ち
・「いいね」で始めて「面白い」で続けるために
 何故を5回繰り返せば、ものごとの本質に迫ることができる。
 天敵は「でも」である。
 この「でも」を「なるほど」に変えることが必要だ。

ーー
以上であるが、システム的なものは前書きにあったように、ほぼ書いてなかった。
何度も何度読む必要性のある本である。

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2004年07月11日(日)
1195, 授かった不思議な力

ー鈴木秀子の本を何冊か読んだことがある。
先日図書館で借りてきた対談集を読んで、その中の臨死体験の話に興味を引かれた。
何かこの世には私の窺い知れない何かがあるような気がする。
何回か書いたことがあるが、私の場合何回か幽体離脱?の経験がある。
歳を重ねれば重ねるほど、「不思議」という言葉の奥行きの深さを感じるように
なってきている。

私自身「自分の接した人の運勢が良くなる」話しは、かって聞いたことがない。
神憑りである、いや今風にいうと「上げまん」だろうが、これは結婚した場合である。
有能な右上がりの人は、周囲に似た現象が生じるだろうが、全ての人の運勢を
良くはしない。やはり、何かの特殊能力が臨死体験以降身についたのだ。
人間には、本来持っているが退化して隠れてしまった能力が多くなるような気がして
ならない。あるキッカケでそれが飛び出してくるのだ。

以下は、ある対談集を書き写しました。
まずは、ごらんあれ!
ーー

臨死体験後、不思議なことがありました。
結婚式に招かれて待機をしていたら、背広を着た人が男性がいらして、
「あなたのような人にようやくお会いできました」っておっしゃるんです。
自分は高野山の系統の住職で、生まれたときからひとを見ぬく特別の能力がある。
そして、あなたの授かったような能力を自分も欲しかったけれどもらえなかった。
どういう能力ですかと聞くと、大きな大宇宙の力が私を通って出会う人に伝わって、
どんどんその人の運勢が良くなる能力だというんです。

私も最初はその能力をまじめには信じませんでしたが、それだけ色いろなことが
重なると信じざるを得なくなりました。今では人に会うのが楽しみになりました。
そのたびに、その方の運勢がこれから良くなると思うと、人に会うのがうれしい。
だから生きていくことが、とても楽しくなったのです。ー

ー人間は地球上にみんなバラバラに住んでいるような気でいて、実は根っこでは
繋がっているということです。自分の手にたとえると良くわかりますが、
人は指の部分、見える部分だけを見てこの人の学歴がいい、お金があるって
お互い比較するんです。でも手のひらの部分、根っこの見えない部分では
平等で,全部繋がっているんです。
何が平等かというと,命をもらって生かされている存在であるということ。
誰もいつか死ぬということ。大宇宙の大きな慈しみに満たされて生かされている
大切な存在という三つにおいて平等だと思うんです。

だから臨死体験をしてつくづく、あの至福の世界が本物で、この世は
経ていく世界だっていう感覚があるんです。
やはり人間の本分、ビーイングと、現実社会での自分の役割、ドゥーイングの
つながりに意識を向けていかないと虚しくなっていくのではないかと。
人生のテーマを考える時、ビーイングの世界にまなざしを据えてこそ、
充実したものになるのではないでしょうか。
 
ーその臨死体験の講演をまとめてみるー

奈良での学会に出席するため、友人のいる修道院に泊めてもらっていた。
その修道院は、宮家の立派な屋敷を改造した建物で、二階の客間から下に降りる
階段は高く急であった。

その夜、寝つかれなかった彼女は、何となく夜中に起き出し、暗がりの廊下を
壁づたいにそっと歩いた。曲がり角らしきところで一歩足を踏み出したが、
実はそこは廊下ではなく、その急な階段だったのである。
 踏み出した瞬間、足は空をつかみ、体はバランスを失った。

恐怖を感じる暇もなく、一気に下まで落ち、床に叩きつけられて、そのまま気を
失ってしまう。 ふと気づくと、私のからだは宙に浮かんでいます。
そして、空中にまっすぐ浮いている私を、高いところから、もう一人の私が
見つめているのです。

空中に浮かんだ私 の足の周りを、なぜかたくさんの筍の皮のようなものが
覆っていました。 それが蓮の花びらだとわかったのは、ずっとあとのことです。
台湾のさる有名なお寺を訪れたとき、仏像の足の周りを筍の皮のようなものが
包んでいるのを見て、あ、これだったんだと思いました。

それは蓮の花びらでできた台座でした。
その筍の皮のような花びらが足もとから一枚一枚散っていくのです。
高いところからそれを見ているもう一人の私は、花びらが散るごとに、自分が
一つひとつの苦しみから解放されて、自由になっていくのがわかりました。
 
一枚落ちると、
「ああ、これでもう人の言うことに煩わされなくてすむ、私は自由になった」  
 と思い、さらにもう一枚落ちると、
「もう人に気を遣い、不安に脅かされなくてもすむ、私は自由になった」   
とつぶやいているのです。   限りない解放感と喜びが胸に溢れてきました。  

花びらが最後の一枚になり、これが落ちたら完全な自由になれると思ったとき、
最 後の一枚の花びらは落ちることなく、からだがすっと飛翔しました。
そのとき、見ている自分と見られている自分が一つになりました。   

一瞬のうちに高さの極みに飛翔し、私は今まで見たことのないような美しい光に
包み込まれました。白っぽい金色の輝きに満ちた、いちめん光の世界にいたのです。
まばゆい輝きでしたが、まぶしすぎるとは感じませんでした。  
 
それは人格を持つ命そのものの光であり、深い部分で、自分とつながり、
交流している生きた光なのでした。
これが至福なのだ、完全に自由なのだ、と私は感じていました。
不思議なくらい、五感も思考もすべてが生き生きと冴えわたっています。
オリンピック選手がベストコンディションで世界記録を破る瞬間とは、
こんな状態のときなのでしようか。

からだの全機能が最高の状態に保たれ、調和し、研ぎ澄まされているのです。
その冴えわたった意識の中で、私ははっきりと理解したのでした。
 「この命そのものの光の主に、私はすべてを知りつくされ、理解され、
受けいれられ、許され、完全に愛しぬかれている」 これが愛の極致なのだと。

もし愛の究極の状態というものがあるのなら、こういう感情に貫かれることでは
ないかしらとも思いました。
真に満たされた状態とは、こういうことを言うのでしよう。 
しかもその満たされた光の世界には、時がないのです。

あっ、これが永遠なんだと私 は思いました。
心は愛に満たされ、知性は冴え、能力のすべてが最高の状態で調和しています。
 そんな至福感に包まれていたとき、どこからか声が聞こえてきました。
「癒してください、癒してください」  
 その声には、少しつたない感じの独特のアクセントがありました。  
その声が聞こえてきたとき、光であり命そのものの主が「現世に帰りなさい」
と言いました。
それは言葉ではなかったのですが、そう伝えられたのがわかりました。そしてさらに、
「現世に戻ったとき、いちばん大切なのは、知ることと愛すること、その二つだけが大切なのだ」
というメッセージを私は受け取ったのです。  
 
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・・・・・・・・・

2003年07月11日(金)
828, アラスカ旅行記−3

デナリ国立公園ーb
 ーマッキンリー遊覧飛行ー
一度ホテルに帰ってきて、3時間ほど休んだ後にオプションのマッキンリーへの
遊覧飛行に参加をしてきた。
230�砲半�し高いオプションで他のメンバーは誰も行かないが、ここまできて
行かないてはない。「食事抜きのコース」を選択、朝夕食は部屋で近くのスーパーで
買ってきた果物や持っていった
食料で食いつなぎ昼はスナックで済ました為に、その分の振り替えと思い、
迷わずに参加した。そして大正解であった。

 ホテルまで迎えに来た車で小さな飛行場まで行って、他の白人3人と供に
オモチャのようなセスナに乗った。
20分ほどマッキンリー山脈の峰の間をフライトしてマッキンリー山まで行き、
北米大陸最高峰の6194�辰△觧劃困髻�下から螺旋状に30分もかけ5~6回も
旋回をしたのだ。
その雄姿だけでなく、山頂付近の広大な氷河の世界や、どこまでも広がるアラスカの大地が,
この世のものとは思えない景観で、今回の旅行のハイライトであった。
「植村直己もこの風景を見た後亡くなったのだ!」という思いがフト頭をよぎった。
ギアナ高地のテーブルマウンテンの遊覧飛行に匹敵する感動感動の連続。
マッキンリーの山頂に200�叩�近くまで接近をして、数十の山々を従えて神々しく
聳え立つ姿を至近でみている時間は「至福の時間」であった。
思わず『ありがとう』という言葉を口ずさんでいた。
この遊覧で、この旅行の価値が数倍になったといっても過言ではない。

いつも旅行で経験するのが「あと一歩を踏み出すかどうか」である。
本当に人生と同じである。
ヨルダンのぺトラに行った時のこと、翌朝疲れきっている中、更にぺトラの奥にある遺跡まで
行ってきた。
家内はダウン、早朝に同じグループの元気の良いオバサンと二人、3時間かけて
エド・ディル(修道院)まで行ってきたが、その遺跡とそこからみた景観がまた素晴らしいのだ。
またぺトラの朝日に染まった朱色の輝きが言語に絶するものであった。
あと一歩踏み出したお陰であった。

 何事も経験、帰ってきて同じ星野道夫の写真集を見ても、全く違って見えてくる、
もちろん文章もである。
特にガイドの伊藤さんが星野道夫の親しい友人で、多くの逸話を多く話してくれたことと
アラスカの大地のこの目で見た為だ。
 また行蔵のお宝が一つ増えた!ような気分である。

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2002年07月11日
スイス旅行中
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2001年07月11日
北欧旅行中

 

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