堀井On-Line



1902, 感動と感激について

2006年06月18日(日)

            
                   才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)

感動・感激・感謝は、
人生の豊かさという面で大きなキーワードである。
感謝は「ありがとう」というキーワードで多く書いてきたので、
今回は感動と感激について焦点をあててみる。

   まず「感激と感動の違い」についてである。
   感激は人の言葉や物事に心が感応することで、
   感動は大自然や音楽などに魂が感応することである。

感激は、その気持ちが対象に向かうのに対して、
感動は自分の内側深くに向かう。
どちらも、対象の波動に自分の心・魂が共鳴することである。

   期待 <実感 → 感動・感激
   期待と実感のギャップが大きいほど感動、感激、感謝が大きい感情になる。
   その為には期待を小さくして、実感を大きくして、
   そのギャップを大きくすれば、感動を大きくすることが出来る。
   反対に期待が大きすぎた時に感動は小さくなる。

秘境・異郷旅行は、正しく感動を求めるもの。
厳しいところほど感動が大きい対象に出会える。
そこへ到達するまでの苦労が大きいほど、感動が大きくなる。
そこでは魂の根底を大きく揺さぶるものがある。
この感動と出会うまでの人生と、その後の人生と、
分ける位のインパクトになる。
そこに慣れてくると感動は小さくなるが、それで良い。
それは自分が対象に同化したことになるからだ。
冷静に対象を見つめることが出来るようになる。

   感動・感激・感謝の経験の質量が、心の豊かさといえる。
   人生を振り返った時に、
   自分の心に残っているのは感動と感激と感謝、
   そして後悔の念である。
   一般的に感動・感激は年齢を重ねると同時に少なくなっていく。
   ある調査によると、毎月一度以上感激・感動する人は
   10〜20歳代で50�佑世�、30~40歳代になると30�佑妨困襪箸いΑ�

私の場合、歳を重ねるに従って、感動・感激の場面が増加している。
感動はその蓄積が、その質・量に比例して心の壁を低くし、
さらに感動に対する磁力を強くする。


   親の責任の一つとして子供に、
   「感動・感激のシャワーを多く浴びさせること」がある。
   それは自分自信に対してもである。
   
   ある質・量を超えると、その人間の質のアップ・スケールが生じる。
   一番の効果は、内面に自信が出てくることである。
   それと自由の意味も解ってくる
   世間とかいう奴にも迷わされないようになる。

 
 感動は意識して自分に与えなくてはならない滋養である。
 そのためには自分を太鼓に喩えていうと、常に手入れをして、
 その革を張り詰めていなくては共振はしない。
               
                 i (ω・`) bai
                

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2005年06月18日(土)
1537, 「これから5年・地価は半値になる」−2

      ー読書日記

ー対談方式だが、概略をまとめてみた。
{−−}は私の意見である。

40年前の山の手線内の駅の数が、多くの地下鉄などの開発によって、
現在では三倍以上に増えたという。
山の手線内では殆んどの場所から5分以内に、何処かの駅に歩いていけるようになった。
それが地価の高騰を招いたのであって、山の手内の地価の高騰はバブルではなかった。
それにつられて上がったところが、バブルになったと看破している?
{それにしても、あの高騰はバブルである!}

最近目立ち始めた高層ビルも、2000年頃から建ち始めたもの。
2003年には都内の大型オフィスビルが面積換算で、例年の倍以上も完成。
1999年には36万�崑膩織�フィスビルが、2003年には218万�屬�4年で6倍に増えてしまった。
そのオーナーも森ビル、三菱地所、三井不動産と大手が目立っている。
ところが、そのビルにはチャンとテナントがはいっているから不思議。

需要の多いビルには法則があり、『新・近・群・大』である。
駅に至近で、新しく、複合かつ多くのビルが群れていて、大きい。
それに最近では、地価の下落後のため、安い家賃のビルが出て来ている。
安いもプラスされている。
なぜ坪10000円の中小ビルから、30000円もする大型ビルに移動するかというと、
ワンフロアーに子会社や部門を集約して、効率化を図ったのだ。

超高層ビルなどを『親ビル』、中小のビルを『子ビル』と表現すると、
親ビルが子ビルのテントをドンドン吸収している。
その子ビルが『孫ビル』の小さなビルのテナントを吸収する図式が出てきている。
『孫ビル』とは、新宿や池袋などにあるペンシルビルである。

最近では更に、『親ビル』同士の闘いが始まって、
大小入り乱れての大乱戦の状態になっている。
これが地価の崩壊を更にすすめる。
先ずは親ビルが玉突き状態で『子ビル、孫ビル、ひ孫ビル』と崩壊させ倒産させている。
それが周辺の地価を引き下げているのである。

特に、銀行への金融庁に対する引き締めが強まれば強まるほど、
中小のビル経営が崩壊、これが社会現象を悪化させ、更に二等地の地価を引き下げる
というマイナスの循環が出ている。

{こういう事態から5年~10年先を考えると、先行きは真っ暗闇といえる。
 一強多弱の世界が、不動産の世界にも明確に現れてきている}
   
                          つづく

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2004年06月18日(金)
1172, ビューポイント

学習曲線というものがあって、自転車の乗り方や勉強や企業経営も同じである。
新しいことを学ぶということは,S字を横にしたようなパターンをたどる。
初めはゆっくりだが、次第にペースが上がり、ピークに達してから穏やかに
下降するパターンである。エントロピーは学習パターンがピークを過ぎたころに
みられるエネルギーの喪失を意味している。

山道を車で走っていると、何処にもビューポイントがある。
大体が8〜9合目の辺りで、それまでの急勾配から緩やかな坂に変わるところだ。
下界と遠景が遥かかなたに見え、その前後は今までいた道がよく見える。
そこでは駐車場になっていたり、土産物屋や休憩所になっていたりする。
そして、どういうわけか道の枝分かれをしているところが多い。
そこで立ち止まって、自分の歩いてきた道を観察する必要がある。
そこでは一歩後退をして見ることも重要である。
大きな分岐点になるからだ。
人生においても、事業においても全く同じことがいえる。

ジョージ・ランドが「展望点ービューポイント」を喩えている論法が面白い。
頂上への8〜9合目辺りで坂が緩やかになるポイントで、サーファーが
波の衰えを感じて、崩れる前に新しい波に乗り換えるのと同じポイントである。
新しい学習曲線への波に乗り換えるポイントになる。

自分がビューポイントに達したかどうかは簡単に解るわけがない。
しかし注意をしていれば兆候を見つけることができる。
それが過ぎてから初めてわかるケースが多い。
波が最終局面になって、初めて気がつくケースが多いことも事実だ。
とくに事業はそうだ、他人事でない。
その時はブラックジョークではないが、再生のプログラムになるが。

それぞれの人生にとってのビューポイントで違う波に乗り換えることも必要だろう。
乗り換えた波がより合わない波の場合が多いから難しいのだ。

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2003年06月18日(水)
805, 「ありがとう」の言葉ー4

一週間「ありがとう」を、一日おおよそ500回を言った実感を書いてみる。
まずは、気持ちが落ち着いた。特に夜半2時半に目が覚め、この経済の異常事態や
事業のことをあれこれ考えてしまう。
ベッドの中では考えない訓練はしてあるのだが、今の状況は過去になかった異常な事態である。
会社も日本経済もだが。
しかし、その時しめたと「ありがとう」を繰り返すと、あれこれ考えないで済むのだ。
また新幹線の中や散歩やふとした空白時間に繰り返していると、結果的に否定的な考えが
激減している。不思議といえば不思議である。
単純に思えるかもしれないが、何か否定的な感情を消す作用があるみたいだ。
それと、意識をしていると結構細かい時間が多くあることに驚く。
マイナスな時代に、否定的な言葉の毒消し作業がよい。

 死ぬ時に、周囲に対して心の底から「ありがとう」と言っていけたら、残った人に
対して
最高の癒しになる。と同時に自分の死に方としても最高の死に方になる。
その為には「ありがとう」を数万回、数十万回、脳の中に叩き込んでおくというのも
理屈に合っている。

 以下はインターネットで調べた、50年以上「ありがとう」を言いつづけて2億回
言っている人を書いた内容をコピーしておく。
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 昨年の8月に皆さんが集まった席で、おじさんの本を創ることを提案しましたところ、
皆さんには是非、本があるといい、と賛同いただき、又、ありがとうおじさんにお尋ねした
ところ「観音様は33身に変幻自在に変わり世を救う」と快諾してくださいました。
ありがとう村で、毎回4時間、皆さんがおじさんに質問し、おじさんが皆さんに応えると
いう形で今日まで、30回を超えるツアーを行なっており、今も継続中ですが、
その質疑応答の中から、この本は生まれました。珠玉のような回答の随所に大きな愛や
光を感受したのは私だけではないと思います。
 
 この本の決定的な他の本との違いは2つあります。宇宙の根源につながる方法は、
 坐禅だとか瞑想なのですが、他に、ヨーガのバクテイ―や神さまの名前を呼び続けるとかの
 法もあるのですが、あまり一般的ではありません。ところが、この本の主人公である、
 ありがとうおじさんは、驚くべきことに、誰にでも簡単に出来る方法を57年間かかって
 実証してしまったのです。その、方法が余す所無くこの本には記されていると思います。
もし、あなたが素直にこれを捉える事が出来たなら、凄い事なのです。
あまりに凄い事なので最初はなかなか、解らないかも知れません。
しかし、実に簡単なことなので実践し続けていると内側から変化が起こって来ます。
つまり宇宙の根源とつながり、絶対的な幸せに到るノウハウがこの本には書かれてあるのです。
 
 次に、この本には定価が無いという事です。自由価格なのです。
自由価格とは無料ではありません。無料という時には、だれかが、必ずスポンサーに
なっている訳ですが、この本にはスポンサーは存在しません。
何故に自由価なのか?この本の価値が判る人の間で、価格が決められ流通するのです。
この本の価値は大多数の人にとってお金以上の価値があります。
金銭を超えた価値というものは存在するようです。
ですから、価格は付けないことにしました。一人でも多くの方に、広く日本中の方々に
読んで頂きたいと思い、買い求めし易くしたものです。
通常の本の相場というものもありますので常識の範囲内で流通することを願っております。
高い安い、損した得したの勘定の入らない世界でみなさんに読んでいただきたいばかりです。
 ありがとうございます。


ーどう 生きたら いいの?ー
 *** まえがき ***

「ありがとうございます」は感謝を表現する言葉だという事は、知らない人はいないでしょう。
しかし、「ありがとうございます」という言葉の中に秘められている、深い意味、そして、
不思議なパワーについて知る人は、とても少ないと思います。既に知る人は幸運と
いわなければなりません。私も、例外なくその一人でした。
滋賀県の山の中にお住まいの、ありがとうおじさんに出会うまでは。
この本に、出会うことになったあなたさまは、実に幸運な星の元に生まれ、そして、
「ありがとうございます」という、とんでもない「生きもの」に出会ったことに、
やがて感謝せざるを得なくなる自分を、発見するかも知れません。
 
 ありがとうおじさんは、昭和16年に日本で生まれました。三歳の時から、
誰に云われた訳でもなく、神仏の前に坐り、朝夕、一時間以上も感謝のお祈りを、
捧げる不思議な子どもでした。
中学生の時には、「僕の、この世に生きてる理由は何だろう?」と深く悩み、その答えが、
どうしても見つからないので、自殺しようと思っていたそうです。
ところがある時、どこからともなく、囁くような小さな声で、
「おい、きみ死んじゃダメだよ!きみの人生の目的を教えるから!」って聞こえてきたそうです。とても不思議なことだけど、その声によって、生きられるようになったそうです。
どんなことを云われたのか?

 この本を読み進んで行く内に解ってくるけれど、少しだけ、ヒントを書かせていただきます。
おじさんの言葉とは、違うけれど、大体、私の説明できる範囲では、人間の
生き方には二通りがある、ひとつは「思いに生きる」こと。もう一つは「感謝に生きる」こと。
「思いに生きる」とは文字どうり、自分自身で色々学んで、計画を立てたりしながら、
自分が満足できるような、身近な家族や、友人も含められたら、それに越した事は無いけれど、
とにかく自分が納得できそうな生き方を「思いに生きる」という。

 一方、「感謝に生きる」とは、簡単にいうと、宇宙の法則に従って、「おかげさま」
に感謝しながら、目の前に現れたご縁を大切に、一所懸命に、しかも楽しく、イキイキ、
ワクワクと耀いて生きること。そんな生き方に周囲の人も感化されて、明るく、楽しく、
生きたくなるような、そんな生き方でしょうか。
 この本に登場する、ありがとうおじさんに沢山の人が押しかけて、色んな質問をします。
 日常の悩み事やら、神仏のこと、恋愛のこと、病気のこと、あの世のこと、それこそ、
 1000以上の様々な質問に、これまた不思議な事に、間髪を入れず答えが返ってきます。
おじさんは、ただ口を開けて、パクパクやってると、そこから言葉が、勝手に出てくるという、
不思議な「何でもおじさん」という感じがします。
 
 私は縁あって、このありがとうおじさんという、世にも稀なる不思議な方のそばで、
 一年間、直接に皆さんの質問、おじさんの応答に、立ち会うことが出来ました。
その貴重な体験の一部をみなさんと分かち合うことが、この本で出来ることを嬉しく思います。
また、みなさまも、今の不安と不満の気が充満し、末期的症状がむき出しの社会の中で
「どう、生きたらいいのか?」という問いに、きっとその核心に気づいて頂けるものと
信じております。
 尚、念の為に書き添えたいと思いますが、おじさんは宗教家ではありません。
宗教を超えた真理を語って下さいます。だだひたすら、感謝の「ありがとうございます」
を唱え、万類のしあわせを祈り続けておられる、徹底した感謝の実践者であり、
奉仕に生きておられる方です。そのことは参加されたみなさんがご存知のことでもあります。
 ありがとうございます。

2002年2月  
 詠人不知  
ーどう 生きたら いいのー

  
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2002年06月18日(火)
441,時間持ち

「金持ちがあるなら、時間持ちという言葉もあってよい」
というのを本で読んだ事がある。

若いときから時間だけは多くあった。
時間のブルジョアといってよい。現在もそうである。
初めは持て余していたが、今は充分?に有効利用をしている?

現在も装置産業を選んでしまった為、時間だけはたっぷりある。
初めの数年は本当のところ、どうしてよいか戸惑った。
小人閑居して不善をなす」というところもあった、今もか。

経営セミナーに出るか本を読むか??しかなかった。 

お金と同じである。
人がお金を持て余さないのは、お金を自分のために使おうとしている為である。
「主体的」に使えるから、お金は幾らあっても持て余さない。
お金は自由の塊そのもの。

時間があるということは、自分で使える自由があるということだ。
時間を持て余すことは、その自由を使いこなせない事。

もう十数年も前の事になるが、ある長岡の不動産屋の社長が
毎日が日曜日のくらい暇な日程の私の姿を見ていて笑っていた。

3月のある日、年度替りで不動産屋が一番忙しい時だった。
奥さんと二人パニックに近い状態に。

その後二人で喫茶店に行った。
本人自慢げに「イヤー忙しいくってね〜」
私「その仕事何パーセント、500円のパートのできる仕事?」
不動「99パーセント」
私「ふーん、あんたの時給はいくら?」
不動「一万円あたりかな!」
私「時給一万が、500円(当時)の仕事をして喜んでいるんだ」
 その後、本人はすぐ一切の雑務をしなくなった。

話しは外れたが、
時間もち(金持ち)とは、主体を持って使いこなしているかどうかだ。

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2001年06月18日(月)
[56] 母のアルバム

昨日母のアルバムを見ていたら、若かりしころの父とその兄弟達の写真があった。
そこでパソコンのアルバムに取り入れようスキャンしたところ、
上部が細くなる写真に映し出された。
何回やってもそうなるので、ひっくり返してやってみてもおなじように上部が細くなる。
怪奇現象化と薄気味悪くなりっていると、TVのBSデジタルラジオから
‘故郷’曲(ウサギ追いしかの川ーーー)が流れてきた。

遇然の一致は解っているがなにか不思議な感覚にになってきた。
仕方がないので隣にならんであった、母の見合い用と聞いていた写真をスキャンする。
何回やっても歪む、かなり小姑に虐められた話を聞いていたので
‘あの世でも上手くいってないのでは’と心配になってきた。
思い出の写真コーナーに載せてある。



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