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2005年11月01日(火)
ー 読書日記 うそつき ―うそと自己欺まんの心理学 チャールズ・V. フォード (著), 森 英明 (翻訳) これは本当に面白い本である! 自分の心理の底奥深く食いこんでくる。 「人は誰しもうそをつく」という解りきったことを、 あらためて突きつけられると、ひるんでしまう。 それほど、「うそ」は誰も扱いがむずかしいテーマである。 実際、夫婦でも、友人でも「うそ」を上手に織り込んでいないと、 その関係は崩壊してしまう。 要は真実を語り、その中に適当にうそを織り込むからこそ人間関係は上手くいく。
「うその基本的技法は相手の聞きたがっていることを語ることである」 という言葉に、結婚詐欺師と宝石屋の営業マンが思い浮ぶ。 ただ、相手のシンデレラ・コンプレックスを満たしてくれる王子様を 演じればよいのだ。餌は、理想的な結婚と宝石という石ころである。
私は、可能限りうそは言わないことをモットーとしてきた。 この本を読みながら、 「うそを言わないことで多くの他人を傷つけてきたのではないか?」 という疑念が出てきている。
ー以下は、本書の概要である。
精神科医である著者はあらゆる角度から「うそ」の実体を探りだそうとする。 哲学的にも含蓄に富んだ書物である。 うそはよくないと知りつつ誰もがうそをつく。 儀礼的なうそから病的なうそまで、 心理学・脳科学・生理学などで検証した 「うそ学入門書」といえよう。
この本は、うそというものに対して道徳上の判断を持ち込んでいない。 うそは 「人生の主要部分、おそらくは中心部分をすらなすもの」で、 それが善か悪かは、あくまで他者との関係において決定される。
うそを覚えるのは、人間の成長上重要なプロセスであり、 対人関係を円滑に運ぶためにもうそが不可欠だという。 自負心や精神の平衡を保つには自己欺瞞(ぎまん)が必要で、 多くのうつ病患者は、自分自身にうそをつくことが苦手だと。
その危険性についてもじっくり検証、 慢性的にうそをつく子どもは将来犯罪に結びつきやすいとか、 うそつきには遺伝的傾向が見られるといった、深刻な研究結果も披露している。
われわれの生活は数えきれないほどのうそに囲まれている。 そのひとつひとつが人間を知る手がかりなのだ。 友人や家族のうそを責める前に、もう一度相手のことを見つめなおしてみるとよい。
ー自分の心は自己欺瞞で成り立っているかもしれない。 だから狂わないでいられる? ーーー 目次
人はみなうそをつく うその分類 うその生物学的考察 うその学習―子供の成長とうそ 人はなぜうそをつくのか―うその決定因 うそのスタイル―人の性格の果たす役割 病的なうそつき うそに生きる人たち 記憶、告発、告白のうそ うその見破り方 うそつきの治療 うその功罪 うそと自己欺
人間においては「うそ」は普遍的に見られる行動である。 そして、ある一定の自己欺瞞は健康な精神状態を保つためには むしろ必要なものであるという、あまり認めたくないような現実がある。 一読して深く考えさせられる見解が多い。 「過去の記憶」が多分に誘導で変わる危険性がある、 という指摘が鋭い。
次回には、この本の印象的・刺激的な文章を抜粋してみる。 つづく ・・・・・・・ ・・・・・・・ 2004年11月01日(月) 1308, まさか、地元で大地震!ー7
先週の金曜日、新潟に一泊のあと自宅の近くに帰ってきたところ、 200m先にある、長岡高校と長岡大手高校の周辺が、自衛隊や マスコミの車で、ものものしい雰囲気に一変していた。
一昨日(土曜日)の朝、散歩をしていたら自衛隊の大型ヘリが住民を搬送している のが見えた。長岡高校のグランドが、ヘリの基地になっていた。 近くの大手高校が山古志村の避難場所になっているようで、自衛隊が朝晩、 運んでいるようだ。
長岡も被災地であるが、自宅近くの倒壊の家はない。 生命の危機は全くなかったし、秘境旅行を十数年してきた為か、目の前の 死の恐怖以外は不感症になっている。 しかし彼等のヘリで運ばれている姿をみて、被災地の真っ只中にいるという 実感が少しわいてきた。
こういう経験は感じ方(受けとめ方)で、全く違ってくる。 昨日の夕方、同じコースを歩いてみたら、もう終わった雰囲気であった。
人生一度のあるかどうかの出来事であるが、何か実感がまだ湧いてこない のは如何してだろうか。 新幹線が長岡〜新潟間を開通すれば、ほぼ元の生活に戻ることもある。
個人的には30〜40万位の損失か。 石灯篭の復旧に15万の見積もりが、とりあえず確定したものだが。
今朝方も、震度4ぐらいの地震があった。 まだ予断が許されないが、間隔は空いてはきている。
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2003年11月01日(土) 941, 何事もない日の日記
はっきりいって今日は何も書くことがない。 何事も書くことがないときは、何もないことを書くのも面白いと考えて、 それをテーマにして書いてみる。
テーマがまったく見当たらないことは月に一〜二度位ある。 そういう時は、中途半端で終わっているパソコン内のメモ帳の中から 引っ張りだして書き足す作業をする。 その場合は書いているうちに、違うテーマが出てくる。
何もないといっても、周囲を見渡せば幾らでもテーマがあるはずだが、 毎日だとやはり全く浮かばない日が出てくる。 大体が前日荒筋を書いて、翌朝の5時半にパソコンに向かい 30分近くかけ書き直しをする。 その後一時間近く散歩をした後、風呂に入りその後いま一度見直して ホームページに貼り付ける。それでも後でふりかえると誤字・当て字がある。 しかし貼り付けた後の達成感は格別である。
常に頭の中は記者モードになっていて、何か明日書くネタはないかという 目ができている。 「これは文になる」と勘が働いた瞬間、文章の起承転結の構築を始めている。 私の場合、文章化をすることが自分の人生に深く生命を与えることになっている。 自分の文章を読み返すということは、過去の自分の生命と会話をしていると いうことが実感で解る。 毎日1年前、2年前の随想日記を一緒に貼り付けているが、 その時は真剣に読み返すことにしている。 それが内省にもなっている。
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567,ケーススタデー ー1 - 2002年11月01日(金)
前回書いた学生時代のゼミの内容を書いてみる。 人生で、このゼミの訓練が非常にプラスに働いた。
人事管理の具体的事例研究で、討論でその本質を探る手法ー 各部所で起きたトラブルの問題点の原因と解決を考える内容である。
・一週間前に翌週分の「トラブルの現象」の問題のプリントを渡される。 ・それを次のゼミで各自が自分の意見を述べる。 ・それにしたがって議論を始めるのだ。 ・それが終わった時に、そのベストの原因追求と解決案の内容を 示されるのだ。そしてゼミの結論との誤差を話し合う。
幼児期から両親の自営していた生の会社のケースを見ていた事と、 8人兄姉の末っ子で常に状況を冷静に見ていた為か、 自分の意見があたるのだ。 寮生活でイロイロのトラブルもみていたのもあった。
その為か自分のゼミにおける立場が確立さていた。 それよりも、現象の中にその骨組みをさがして、自分なりの 組み立てをする面白さを知った。
これは後で事業を起こすときに非常に役に立った。 人間関係に対して,直感的に論理だって構図になって瞬間に出てくる のが最大の武器になった。
良質な上司には可愛がられるが、逆のケースの場合は大変 な事態になってくる。 この男は何を考えているのかを不安になるらしい。 自分はサラリーマンは絶対に無理と社会に入って直感した。
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[205] 春画 - 2001年11月01日(木)
子供の時から、一番上の姉より家に春画があることは聞いていた。 それが寝室を改装した2年前に隠し??より出てきた。
かなりの価値ものかと色めきたったが、カタカナが混じっていた。 明治以降のものだろうから、期待は全く出来ない。 税務署対策用だったようで、金庫に入れておき、踏み込まれた時に、何気なく見せる ものだったとか。 ー効果は充分あったそうだ。
今はそんなものは、ポルノとインターネットに打ち込めばいくらでも出てくるが、 昔は珍しいものだったらしい。 姉からは結婚前に見せられたとは聞いていないが、昔はこういうものが一家に 一冊あって、結婚前にこっそり見せてたと聞いた事がある。
絵とすればかなり綺麗でいいものだ。 浮世絵で歌舞伎役者の顔を表情豊かにかいてある。 写楽は春画にヒントを得たのでは?とも考えてみたが、如何であろうか? 全然いやらしく感じないのは、私の歳のせいか。
そうそう、学生時代にヨーロッパを旅行した時、スウェーデンでポルノ雑誌を 友人と買い込み、お互いの雑誌をホテルの部屋で見たことがあった。
ポルノそのものよりも、北欧の女性の美しさに驚ろいた。
世界に誇る日本のポルノのサイトを、立花隆のインターネットの本に書いてあった。 確か「東京トップレス」とか、股つまらないことを書いてしまった。
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