堀井On-Line



1538, 銀座24時-女たちの戦い

2005年06月19日(日)

昨夜のTVスペシャル
ードスペ!「欲望の巨大街・銀座24時-女たちの戦い」
銀座の象徴・“高級クラブ”の舞台ウラにカメラが潜入!!ー
というTV番組の見出しにつられてみた感想である。
二時間という時間がアッという間に過ぎ去った。
次から次へと、多くのケースを映し出したからだ。
人間観察という面で、人間社会を赤裸々に見せてくれる世界である。
この「高級クラブ・内幕もの」は随想日記でも何回も取り上げたが、
見ている分には面白い。
この不景気で銀座のクラブの多くが淘汰されたが、
その中にあってしぶとく生き残っている店があるのだ。

まず一番印象に残ったのが
ー30歳新人ママ…涙の生き残り大作戦であるー
昨年11月にオープンしたクラブに半年間密着したもの。
その店を仕切るのは、同じグループ店のナンバー1ホステス。
一般ホステスと、ママの立場の違いを開店前から映し出していた
オープン時は、彼女を目当てに客が押し寄せる。
しかし高級クラブ業界では、開店3カ月までは"ご祝儀黒字"。
それ以降に店の真の評価が分かるものだ。
正念場を迎えた新ママに、ホステス同士の内紛というトラブルが降り掛かる。
さらに、黒服といわれるスタッフ役の男達とホステス達とのトラブルが発生。
黒服の長であるマネジャーといわれる立場は、オーナーである会社側にある。
雇われママはホステスと黒服との間で苦闘する。
それらの多くの障害を一つずつ乗り超えながら、店を切り盛りする。
そして、一人前のママに育っていく。

一晩で、数百万をつかっている生の現場をカメラは正直にとらえている。
数万もするドンペリが、どんどん注文される。
果ては百万のドンペリを注文した場面もあった。
また、誕生日に100万の指輪に10万の花を添えてホステスの贈る場面も。

また、あるホステスが給料明細も公開した。
自給4万円、それに指名料が加算される。

24歳のホステスと、27歳のモデルのお客の奪い合いの実態を冷酷に追っていた。
黒服が辞めたホステスの客を、二人のホステスに競わせるのだ。
銀座クラブの掟として、店では客の馴染みホステスが決まると
「永久」に固定化される。
しかしホステスが辞めた場合、客に指名権が与えられる。
店として、それを争わせる。
そのプロセスをお客に楽しませるのだろう。
そこで、あらゆる手段で指名権を得ようと店の外で女の争いが始る。
結局は、新しく入った27歳のモデルが勝ちを収める。
下手なドラマよりズット迫力があった。

TVでは取り上げることの出来ない「下ネタ」が、背後にあるのだろうが、
まさか茶の間には出せない。実際は凄いのだろう?
エログロ番組になってしまう。

早朝から、こんなことを書いている自分が面白い?
いや、馬鹿か!

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2004年06月19日(土)
1173, つれづれなるままに

・先日、競売物件の新聞公示欄を見ていたら、近くのホテルが売りにでていた。
富士銀行が80億の金を出したホテルで何と3億1500万の値段であった。
金に余裕があったら買いたいぐらいだが、色いろ権利が入り組んでいて力に余裕
がないと手を出せないのが残念だ。バブルの大きな傷を残した一つの事例である。
それにしても、この差額は実際誰が損をこうむるのだろう。
間接的に国ー国民なんだろう。
二年前に、このまん前のホテルも20数億が3億5千万で、競売が落とされた。

・最近、昼飯を食べにいってもお客の少ない。
そういえば、私も昼飯の単価が2〜3割も下がっている。
近くに牛丼の「松屋」ができ、他がランチの値段を下げた為だ。。

・一昨日は、宅建主任者の3年に一度の講習会。
長岡郊外のハイブ長岡であった。
大きな会場で500人位が受講していた。
初めて時計を持たずに行ったのが正解で、あっという間に時間が過ぎてしまった。
危険物取扱者の受講もそうであったが、嫌がらずに真面目に講義を聞くのが
ポイントである。
せっかく時間を過ごすなら、その時その時のテーマの中心から目をそむけないのがよい。
宅建の内容は聴いていて面白い。
法律の改正の変化が世相を現している。
何事も、まともに聴いているとなかなか面白いものだ。
大學時代がそうであった、授業とは面白くないという概念が根本から崩れた。
特に専門コースに入ってから面白くなった。

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・

2003年06月19日(木)
806, 『自分様と馬の骨』 読書日記

 〜なぜ認められたいか? 〜

「ぶざまな人生」「わたしを認めよ!」「まれに見るバカ」
等、彼の文章のタッチの面白さに、次々に買って読んだ。
人間の一番の本音をあまりにもシビアに書いている。
先日、図書館でこの本を見つけたときは、しめたと内心叫んだ。
早速読んでみるとやはり面白い。
「わたしを認めよ!」の続編であり、何ともいえない力がこもっていた。
彼のいっていることは別に難しいことをいっているのではない。
・自分を持して一生懸命に生きればよい、
・ダメならまた自分を立て直してやり直せばよい。
 たとえそれがぶざまな人生であっても。

 「懸命に生きる」とは「自分ひとりの関係」である。
それが自分ー自分様であり、自己が自分になっていくことだといっている。
人間は自分はとるに足りない馬の骨と思うことに耐えられないのだ。
特に比較において。
友人との年収の差、学歴の差、同業他社との利益の差、性経験の差において、
馬の骨として、耐えられないのが人間であると主張している。

 創業を経験すると、人間観が変わるーこれは私だけでないと思う。
自分の骨の髄のエゴイズムを知ることになるからだ。
その骨の髄のエゴイズムから、出発をしなくてはならない。
それを嫌というほど、自分に対して思い知ることになる。
表層で生きている人は、創業のそのリアルな姿を見て冷笑する。
しかし、自分がその立場になれば全く同じ利己主義に落ちざるを得ないことに
気がついていないのだ。また環境がそこまで追い詰めない。

創業は自分ひとりになって、その一人の内語から出発をする。
自己から自分へのプロセスの始まりである。
馬の骨からおれ様への本質的な転換を事業で始めることだ。

ー「自己」と「自分」のちがいについて書いてあるのを少し抜粋してみるー
「自己」とは匿名的個人のことである。
それゆえに、一人ひとりの「自己」は同等の存在価値を持つ。
世界の人口の数だけ「自己」がいる。
他方、「自分」とは何々の某という名前を持った、世界のなかでただ一人
の、この自分のことである。この「自分」に価値がある。
・「あなた」も「わたし」もおなじ個人だから、おたがい大切というのが
 「自己」
・「おまえ」は「わたし」でないから、「おまえ」がどうなっても知ったこたない
 というのが「自分」
この二重性を生きているのが人間である。

ー以上である。
何故ここであえてこの問題を出すかというと、「他人とは何か」を知ることが
生きていくうえの一大事である。それが自分を知ることになる。
その自分の骨の髄はエゴイズムー利己主義でしかない。
そこのところを知らないと、自分の中の悪魔と神と出会うことがない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

『自分様と馬の骨』
 勢古浩爾 著
 三五館
 発刊日ー2002年11月
(四六判並製 240頁 
 本体価格1400円 +税)
 長岡中央図書館
 2003年6月15日
◆◆内容紹介◆◆

「仕事のできない奴だと思われたくない」
「ブサイクだなんて陰口を叩かれたくない」
「小心者には見られたくない」
……かくしてすべての人間は生まれてから死ぬまで、
こう叫び続ける。
「俺(私)は馬の骨なんかじゃない!」。 そして、「俺(私)が馬の骨」
ではないことを、両親に、恋人に、友人に、上司に、同僚に、果ては見ず知らずの
他人にまで証明し、認めてもらおうとする。お化粧・ネクタイ選びといった一般生活上の
行為からプチ整形・暴走族といった現代の病理、宅間守・造田博が犯した犯罪までが、
この考え方と深く結びついていると著者は述べます。
これこそが著者曰く「承認論」!
歯切れよく過激にして、斬新軽快な評論です。 とここまででは本書の50%に
しかすぎません。ただの時勢評論にとどまらないのが本書の真骨頂であり、ここから本書は
評論の域を完全にオーバーランし、感動のラストへ向かってほとんど小説・ドラマの
ごとくに諄々、切々と説く、説く、説く……。
誰しもが読めばきっと力の湧いてくるであろうラストの感動=単純な真理
(また遣り直せばよい)に、いかに説得力を持たせられるかのために本書丸々一冊が
費やされたといって過言でありません。「敗北からいかにして立ちあがるか」
「自分で自分を支えていくことはいかにして可能になるのか」――。
自分自身すら溶解しつつある現代において、確固たる自己を打ち立てる方法
(本書が言いたいことはこれだけなのです!)が明らかされます。

【目次】
第1章 瀕死の承認――人間が変わった
第2章 認められたい!
第3章 自分様と馬の骨
第4章 終着駅は犯罪だった
第5章 敗北はなぜ恐ろしいのか――中流崩壊のなかの承認
第6章 最後の承認――言いたいこと

・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

2001年06月19日(火)
[57] 3D-ホームページ

今日は午前、午後パソコンずけだ。
午前はインテリア山下の南雲さんと、富士総業の小竹さんと3d開発の増嶋さんだ。
そして夕方はパソコン教室だ。
パソコンはやはり凄い世界だ。

このホームページの作成だけでも、背後に多くのエネルギーが入っている。
何気なく見過ごしている中に、情報がびっしりつまっているのだ。
情報革命は時代を大きく変えるだろう。

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]