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2005年05月30日(月)
去年の今日も、父の命日のことを書いたが。 私にとって父の存在はあまりにも大きかった。 そして、今でも父の影響から抜け出てないといってよい。 明日は、身内だけの33回忌の法要である。
父の口癖は、『死んでしまえば、それまでよ!』であった。 そして、この歳になっての実感として 『その通りである!』である。 だから、 「早いうちに生きることとは何かを知り、 生きることを第一の仕事としなくてはならない」 ことを学んだ。
末期癌で亡くなる一年間、赤裸々な父の死の葛藤を身近で見ながら、 人生とは何かを教えてもらった。 そして、その後の生きる大きな教えと指標になった。
・何をするにしても捨て身で取り組まなくてはならないこと。 ・地元のー痴呆名士ー とは一線を引くこと。 近所の人とは親しくするな!。 ・お金に対する対処を間違うな。 お金はライフワークの一つとして、取り組むこと。 人間はお金の前では赤裸々で、悲しいほど弱いこと。 ・「女はを持つということは、荷車に大きな重い荷物を持って 坂道を登るようなもの、遊ぶなら覚悟を持って遊べ!」
この年齢になって改めて父を振り返ってみると益々学ぶことが多くなっている。 学歴は無かったが、接してきた人に超一流の人が多かった。 古物商をしていたためであろう。 深い違った教養を持っていた。 時代を読み取る能力と、人物を選別する能力、そして人間の狡さを知っていた。
さて、これから近くのスーパーで花を買って墓参りだ!
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2004年05月30日(日) 1153, 今日は父の32回忌
今日は、父親の31年目の命日である。 この世で一人の人を選びなさい、といったら間違いなく父である。 それだけ私にとって父の影響が大きい「ありがとう」と一番いわなくては ならない人である。 年齢とともに、父親と心の中で話すことが多くなってきている。 一方的に話しかけているのだが、ときどき父も話しかけてくることもある。 もっと以前から事業のことなど話しかければよかったと、今になって 思い始めている。
供養の為に、14年前に書いた文章をコピーしておきます。
-そういえば、この文章を書いた頃のことを思い出した。 ある休日の夕方、TVでお寺の仏像を映し出していた。 そのとき、TVの中の仏像に少し開いていた障子から夕陽があたったのだ。 そして何ともいえない不思議な感じになった。 何だ何だ、今日は何かあるんじゃないか?!と、考えてみたら、 父の命日だった。うっかりしていて、父の命日を忘れていたのだ。
本当に不思議なことがあるものだ!と思った。
さあ父親の墓参りだ!
ーー H0505小説のような本当の話!
十数年前、父の七回忌の早朝、母と花を持ち墓にお参りに行きました。 ところがすでに墓がきれいに磨かれており、花が飾られていました。
生前仲のよかった“父のいとこ”が、すでに来てくれたと母と語らい、 お参りをしていると、見知らぬ老人が話しかけてきました。
たまたまその寺の近所に住んでいるというその本人がしみじみ語るには “自分の子供の高校の入学時に、金がなくコートを買ってやれずに、店にいた父に、 正直に事情を話したところ、父は全く見知らずの自分に、分割払いをしてくれた。
それが本当にうれしくてうれしくて!それで父が亡くなった時以来、 必ず命日にこうして掃除をして、花を供えている”との事。
聞いていて本当に父のすばらしさの一面を知らされた思いでした。 その時、果たして私の七回忌にこんな事がありうるだろうか。 そういう“生き方”を自分はしてきただろうかとつくづく考えさせられる 出来事でした。 父の名前は誠作という事もあり、 それが本人のコンセプトになっていたのだろうか?当時、 丁度今の会社の理念を考えていた矢先、 それが大きなきっかけとなり“誠心誠意”に決まった次第です。
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2003年05月30日(金) 786, 「随想テーマ日記」は自分史
「5歳の頃」「10歳の頃」「20歳の頃」「学生時代の日記の書き写し」 「30歳の頃」「40歳の頃」と書いてきて、後でよみかえして、 そこに全く知らない自分を見るときがある。 「こんなことを書いていたのか!」と驚くことが度々である。
当時の自分を振り返っている自分を、更に見ていることなる。 それは過去の二人の自分を冷静に見ていることである。 第三者の目で見ているのだ。こういうのを客観視というのだろう。 書くということは冷静に自分を見つめるのに有効である。 そしてそれを読み返すと自分の知らない自分に出会うような気持ちになる。 私以外の人なら、更に驚くのではないだろうか。 そしてその時には見えてなかった自分が見えることがある。 他人からは見えていたが、自分では気がついてなかった自分の姿である。 また、その日に集中した事が文章で残っているのは、自分の道標になる。
この「分類のコーナー」を覗いてみて驚く事がある。 よくぞ真面目に自分の本心とアイデンティテーを書いたことに。 脳の奥の素っ裸の内面がそのまま出ている。 それも露悪の自分がいる。第三者から見たら、これほど面白いものもないだろう。 1000項目が目標である。 毎日書く事で、量の問題を解決してきた。 量をこなしているうちに、質が僅かながら上がっているのも解る。 習慣は力である。
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2002年05月30日(木) 422, ピラミッドの風景 -たとえ話
以前も書いた事があるが? 社会構造をエジプトのピラミッドとその周辺の風景に例えで説明すると、 いやに納得できる。
ピラミッドを組織に喩え、 ・頂上に向けピラミッドに登る人、 ・途中で上るの止めてそこに留まってる人 ・ピラミッドをメンテしている人 周辺では ・小さなピラミッドを創っている人 ・オアシスで遊んでいる人 ・ラクダをひく人 ・砂漠で住んでいる人 ・そこで商売している人
全く上手く社会と組織を説明をしている。 そうすると私は小さなピラミッドを作っている人ということになる。
船も喩えで見ると、組織を説明しやすい。 世界一周する大型船、小さな漁船、帆掛け舟、ボート、丸太とそれぞれの 組織を喩えることができる。一人でサーフィンを楽しんでいる人。
大型船は世界一周できるが、それぞれの仕事を分担されてしまう。 自分は何をしているのか解らなくなる「自己疎外」という問題がでてくる。
小型船なら面白いし、小回りが聞く。 しかし船の行動範囲が狭められてしまう。
丸太にのって遊んでいるのも、それなりに面白い。
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2001年05月30日(水) [36] 初めてのパソコン教室
今日初めてのパソコン教室に来ています。自宅から3分のところで非常に便利です。 長岡でその人に合わせた指導を求めている人は 31−2466 長岡コムネットに電話してください。 2時間で3500円です。 ここの写真を撮って、写真日記に入れておきます。
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