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2005年03月31日(木)
以前、図書館から借りた西江雅之の旅行記「花のある遠景」を読んで、 常識をはるかに超えた生き方に驚いてしまった。
世界を乞食のように放浪して、その土地・土地の言語と文化の研究に従事、 50ヵ国の言語を話す。 ハダシの学者といわれるように、目線が現地人になっている。 そのためか、どこの地に行っても誰とでも友人になってしまう。 深い教養があってこそである。
「砂漠で出会った人と、二人で手を取って歩きながら、どちらかが失敗したら 死ぬであろうというギリギリの状況で二月、三月と一緒に過ごしたというような 経験がたくさんある。別れたらもうその人と生涯会えない。 住所を聞こうにも、手紙を書こうにもその人は字が読めないし、書けない。 居所もわからない。 そういう経験を何十回も重ねて・・・・・ そのときの思いは言葉では表現できない。いやしたくない」と、 ときには言葉を重ねないことの大切さを述べている。 無理に言葉に置き換えるという作業が、驚きを別のものにしてしまいがちになる。
「外国の何とか村を紹介した本があって、読むと面白かったりするでしょう。 だけど本当は、その村が面白いんじゃなくて、書いた人が面白いんです。 その人は何とか村を面白がれる力があるんです。 面白がる力があれば、世界中どこでもおもしろい。 実力のない人は、変わったものでないとよく見えないんです。」
以上の言葉から見ても、その言葉の奥行きの深さを充分に知ることができる。 以前読んだ本の概要を紹介してみよう。 ーーーー
「花のある遠景」 西江雅之著 (旺文社文庫) 副題は「東アフリカの裏町から」である。
アフリカであっても、普段多くの人間は街に住んでいる。 働いてもいるし、食事もするし、酒も飲むが、しかしほぼ働いていない。
この旅行記で出てくる女たちは娼婦である。 彼女らは著者にとっては、性の相手対象ではなく、 キクユ語の先生であり友達である (著者は、言語学者で文化人類学の研究をしている)。 彼女らは娼婦だからといって、娼婦的な陰鬱さが全く無い。 さわやかさまで感ぜられるほど、さばさばいている。
この本の内容は日本では考えられないことがほとんどだ。 彼らにとって、それがなんでもない日常でしかないのだ。 旅行をしているというと、じゃあ俺も一緒にいこうという。 荷物持ちでも何でもいいから雇ってくれ、と。 西江は中古車を買って、運転手を雇って旅行しようと思い立つ。 雇った運転手に車を修理してもらい、出発する段になって雇った運転手の男が、 じゃあ荷物をとってくるから待てという。 もってきたのは帽子とズボンだけ。 しかもそのズボンを、この部屋で帰るまで預かってくれという。 バッグも金もなんにも無い。面白そうだからただその話に乗ろうというのだ。 そういう動機の方が自然で面白い。 本当に着の身着のまま。他に何が必要か。恐らく真剣には考えていない。 考えたところで仕方が無いのだ。
お前が行こうとしているところに俺の婚約者がいる。 久しぶりに会えるというので大変にはしゃいでいる。 ところが着いたとたん、そこで偶然知り合った女と仲良くなってどこか消えてしまう。 彼女と会うのはまた今度でいいや。 出発する時には何にも悪びれる様子もない。 ーーー
まあ、こんな感じでアフリカの原住民の生活が、そのまま正直にリアルに書いてある。 そのため読んでいて、引き込まれてしまうのだ。 読んでいると、現地にタイムスリップしたような気分になってしまうから不思議である。
その運転手と、突きつめた自分と何処が違うというのだろう。 何も違わないのだ。
ー著者の概略は検索で調べたら以下の通りであるー
西江雅之(にしえ・まさゆき)。 昭和12年、東京生まれ。言語学・文化人類学者。 主に東アフリカ、カリブ海域、インド洋諸島で言語と文化の研究に従事。 多数の言語を話し、土地の人々の生活に容易に溶け込む研究態度で "ハダシの学者"との異名を持つ。 また、現代芸術とのかかわりも深く、美術、音楽活動 への参加も多い。 教育面では、過去30年の間に東京外国語大学、東京大学、東京芸術大学、 早稲田大学などで文化人類学または言語学の講義で教壇に立った。 第二回「アジア・アフリカ賞」受賞(1984)。 専門書の他に、エッセイ集『花のある遠景』、 『東京のラクダ』、『異郷をゆく』、 半生記『ヒトかサルかと問われても』、 対談 『ヒトの檻、サルの檻-文化人類学講義』などがある。 平成13年11月には、JTB旅行文化賞記念出版として『自選紀行集』が刊行される予定。 また、多くの高校・中学の国語教科書にエッセイが採用されている。 ーーーー
ー以前書いた著者の本の感想文である。
2003/11/14 954, 「意味」の意味を考える
言葉や言語を考える時、重要な事として、すぐに「意味」が出てくる。 「人生の意味」とか、「意味がないよ」とか、「このことにどういう意味があるか」 とか、言葉と意味は一体である。 考えるとは、言葉の羅列の繰り返しをしているといってよいが、 それは羅列によって意味を幾とおりも置き返していることである。 といって「意味」の意味を考えると何が何だか解らなくなってしまう。
「意味」の意味を考えるとは、半分ジョークみたいな話だ。
言語学者の西江雅之氏の本に、「意味は『価値』である」に注目をした。 「意味がない!」などと1人で解ったような気になるのは、 「自分の価値観とは違う」とっていることでしかないのだ。 「人生の意味」も「人生の価値観を何処においておくか」の問題でしかない ことになる。
言語学者の西江雅之の「『言葉』の課外授業」ー洋泉社ー という本の中(p78)に「意味」の意味を簡潔にまとめてあった。
・一つ目は「意味」とは「価値」である。 世界のほとんどの言語では「意味」というのは、「価値」のことを言っている。 「あの人の話は意味深い」とか「あの人の話は意味がない」とか、 「面白い」とか「つまらない」とかは、受けての「価値判断」のあり方を 「意味」と呼んでいるのだ。
・二つ目は、「意味」というのは、出された例の、別の表現への 「置き換え」なんです。 たとえば「『椅子』とは何か」と言ったら、「それは『人が座る道具』 である」と。この置き換えが、ある種の「意味」になる。 「置き換え」の二番目は、別の言葉に置き換えると言うことです。 「‘desk’の意味は何だ」というと、辞書に「机」と書いてある。 「あ、意味がわかった。この単語の意味は‘机’なんだ」となるような、 別の言葉への置き換えである。
・三つ目は、「世界の創り変え」である。 現状から出発して新たに見出そうとする意味である。 現状を否定して、いっそう本物を求めようという場合の、 「求めるもの」と言ってよい。 日常生活で「意味を問う」などというのは、現状を疑い、現状を変革させること なんです。
意味には「分析的」なものと、「連想的」なものがある。 「分析的」は欧州風科学で考えるもので、「連想的」は 「ひらめき」や「インスピュレーション」などの科学で扱わない部分である。
ー以上が抜粋である。 一つ目の ー「意味」とは「価値」であるーについて考えてみよう。 ある出来事を、結果として意味付けをしたがるが、それは「自分の価値観 に対して無意識的に押し込もうという働き」と見ると理解ができる。 そうすると、意味を考えることは価値を考えることなる。 そういう知識のない人が、必死になって「意味づけの演説?」をしているのを 聞いたことがある。 その時「この男、馬鹿じゃないか?」と聞いていて思ったことがある。 「結局は、自分の価値観、意味づけを言っているだけじゃないか」と聞いていた ことを思い出して納得をした。 まあ、同じことを自分もしているのだろうが。
二つ目の「置き換え」は、少し解りづらい。 意味というのは、同じことを置き換えているに過ぎないというと解りやすい。 「deskは机だ」という言葉の置き換えがよい例だ。 もっとわかりやすい場面が、 夏休みにNHKの「子供ラジオ電話質問コーナー」がある。 こどもの単純な質問に窮した回答者が苦し紛れに、ただ言葉の置き換えで 説明をしてしまうことがある。 「死ぬってどういうことですか?」という哲学者でも答えられない 問題を一言で片付けなくてはならない時に、言葉の置き換えで誤魔化す ケースだ。
三つ目は「世界の創りかえ」である。 良い意味でも悪い意味でも、宗教家が使う手法である。 経営も政治も、考えてみれば「世界の創りかえ」である。 その時、背後には大きな意味がなくてはならない。 その点では、「意味」や「価値」は最重要事項である。
「ところで、このホームページって何の意味があるの?」と問われたら と、考えてみた。 何回も書いているが、「公開の日記と魂の記録」といってよいが。
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2004年03月31日(水) 1093, ユビキタスの時代ーIH式炊飯ジャー
数年前TVのコマーシャルで、すし屋がご飯炊きを陰でIH炊飯ジャーで 炊いているのを放映していた。
先日、その炊飯ジャーを買って食べたところ、本当にコマーシャルのように 寿司屋のシャリにそっくりに炊き上がっていた。 一粒一粒たっているようなご飯に出来上がっていた。
「今まで食べていたご飯はなんじゃい!」というのが実感である。 20年以上前のジャーと比べるのだから、当然といえば当然だが。
数年前に寿司屋でTVと同じ場面に出くわしたことを思い出した。 シャリが美味しいので褒めたら、炊飯ジャーで炊いたと女将がいっていた。
電子レンジと冷蔵庫も20年使っているが、両方とも当時15〜20万もしたもの。 今は5分の1になってしまった。機能も含めると10分の1といってよい。
それにしても、我家の電気器具の物持ちがよいのに驚く。 それが当たり前なのかもしれないが、20年前と今の電化商品は全く 別物といってよい。
PDPTVやDVDやビデオやカメラや携帯電話などの技術開発は素晴らしい。 電気売り場に行く度に、その進化に目をみはってしまう。 ユビキタスが、その背後にあるのだろう。
高度の技術が身近な家庭や職場に、どんどん使われだした時に 時代は激変を始めるのだろう。
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2003年03月31日(月) 726, 結婚式で思う
私は結婚式と葬式に参列するのが好きだ。 その中に色いろな人生の圧縮がみえるからだ。
一般には「人生で集まって褒めてくれる」のは、 「生まれた時と結婚式と葬式の三回」だけだ。 そのうち結婚式だけが、祝福されるているのが自覚できる。
「人生は結婚式で道半ば」ともいう。 それで人生の大半が決定してしまうからだ。 当たりか外れは神のみぞ知るである。
今はジミ婚になってきて「社会の体面や家どうしの対面」というより 「本人同士のお祝い、かつメルクマール」という面が強くなってきている。 以前よりは結婚式に対しては、気楽な式になったようだ。 若い二人が夢を持っての門出を祝うのは気持ちのよいものだ。
つぎは葬式である。 本来葬式はお祝いであるべきだ。 その人が人生を終えて、無に帰っていくのを送る儀式である。 人生の卒業式である。悲しみであると同時に、その人にとって大きい意味を持つ。
参列して思うのは、その人の生き様がそのまま現れていることだ。 その厳粛な雰囲気がなんともよい。 その人の「魂と社会と世間がそのまま圧縮されている」といってよい。 人が一人亡くなるのは、その人の積み重ねた人生が無に帰ることである。
ごくわずかな身内の人達の心のこもった葬式が好きである。 それぞれの社会的なものもあろうが、今は生き残った人の体面の場になっている。 葬式もそれぞれの残されたものの価値観があるから、とやかくいう問題ではないが。
最近は葬式に出席すると、いつも遺影を常に自分の顔に当てはめて考えてしまう。 その目で会場の人達を見ると、何ともいえない気持ちになる。 「死んでしまえばお終いよ!」と。
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2002年03月31日(日) 362,ある思い出-慈善
中学の頃の話である。 隣にMという一家がいた。 そこに一歳年上のカッチャンという遊び友達がいた。 その家の裏に倉庫があった。
そこに乞食のような生活をしている親娘が住んでいた。 母親が肺病で、私のある姉にあの家の近くに近寄らないように言われていた。 カチャンの母親が気の毒がって面倒を見ているという。
カッチャンの父親は数年前亡くなり、 母親とカッチャンとその姉と3人の家族であった。 今考えるとカッチャン一家は、その生活を維持するのに精一杯の筈だ。 その苦しい中、その親子を面倒見ていたのだから大変だったろう。
ところが彼女(母親)が癌で、なくなってしまった。 神も仏もあるものかである。 残されたカッチャンと姉さんは、おじさんと同居する事になった。
その肺病の母親もまた二年後亡くなった。 そして娘は施設に引き取られていった。
その事を今から20年前に、何かの拍子に思い出した。 そのMという人の心に気がついた。 どういう気持ちでその苦しい生活の中、その人を面倒を見ていたのか。 そしてその中で死を迎えた時の本人の気持ちは、いかなるものだったのか?
人間の一番大事なことは何であるのか? それとは関係なく、現実は非情に動く。 「愛は世界の中心である」という言葉がわかるが、 反面本当かとも疑問が湧く。
人生で最後残るのは、そういう愛の行為か。 少なくともカッチャンと姉さんには、深く残っているのではなかろうか? それとその娘の心に!
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<お笑い> [殿の姉の死]☆☆☆
この小話は7〜8年前に仕入れたが、一番気に入っている1つである。 ーー 殿様と家老が話をしているところに家老の家来が緊急にと、 青い顔して耳打ちをした。 ‘殿(家老)の姉ぎみが亡くなった’と。
家老はてっきり殿様の姉と、勘違いをしてしまった。 それを聞いた殿は、うろたえ城内は大騒ぎ!
しかし、その後家老の姉と判明した。
家老に殿は怒り心頭、 「無礼千万な!わしの姉を勝手に殺しおって、打ち首!」 と刀を振り上げた! その瞬間ハッとして、刀をしまった。
‘わしには姉がいなかった!’
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