|
2004年12月28日(火)
以前にも何回か、シンプルの勧めを書いてきた。 服装に関して、昔の旦那様の粋な着物の着こなしについて書いた。
欧州を旅行していると、気づくことが服装のセンスである。 よく見ると、シンプルなのである。
基調は白と黒である。 白と黒のどちらかといえば、黒である。
他は、せいぜいベージュか、濃紺か、ネズ。 しかしデザインがよい、それもシンプルである。 それと、ネッカチーフとか、くづ下とか、カバンや、帽子などの色を変えて ポイントにしている。
オカマのオスギが、銀座で服装チェックの番組がある。 家内が好きなので見ることがあるが笑ってしまう。 気取ってブランド物を身につけている人を片っ端から切り捨てている。 着こなしているつもりのブランド物のバランスがチグハグなのだ。 すべての人が、「コスプレ」そのもの、それもチンドンヤ以下である。
銀座で目立つブランド物を固めている人はコスプレ!と、 思ってウオッチングをして歩けば楽しいだろう。 「銀座の街を意識した、外見を繕っている世界のコスプレ!」 は少し言いすぎか? そう思っていれば、ブランド物など欲しくはなくなるはずである。
土人が西洋のブランド物を身につけても似合うわけがない。 まして、黄色人種はさらに似合わないのが解からないのが可笑しいのだ。
オスギが言いたいことはただ一つ、 「シンプルに、着こなしているかどうか」である。 定番的服装をまず着こなすことという。
一例をあげれば、 パリでよく見かける、何げない白のブラウスに、濃紺のタイトスカート。 これを何人が着こなすことができるだろうか。 定番的服装も着こなしができない人ほど、ブランド物に頼る。 よくスナックなどで見かける、やり手ブス風ブランドチャラチャラ女。
そういう視点で人生を見直すと、また面白いことに気がつく。 捨てて捨てて捨て去った時のシンプルさは、禅僧の生き方に見られる。 そこまでは極端としても、他人に惑わされているものを最小限度にすべきである。
一般には、死を宣言されて人生を振り返った時に、 無駄なことが何であったか、初めて気がつく。 人間関係もそうだ!
捨てて捨てて捨て去った時に残ったシンプルこそ一番重要なことだ。
但し若いうちは、せいぜい派手に、その時にしか着れない色彩をして、 多くのものを身に着けてみることも必要なことである。
ー以前書いた1,2と大して内容は変わりがないが。 自戒・反省のため、書いた。
ーーーーーーー シンプルの勧めー2 −ワンプライス・ショップ
私の経営するホテルはワンプライスホテルである。 ホテルは値段を数種類にしておいて、繁盛時期ー夏期や連休や、 週間単位では火水木曜日に高い値段の比率をあげて売るのが常識であった。 それを一切無視してお客本意にしたのが当ホテルだ。
スナックでも、時間制で3千円とか5千円という店がある。 九州の境内の土産物屋で、中学生がいっぱい入っている店があった。 1千円均一の店であった。修学旅行の土産物として中学生に一番手ごろの 千円に絞って品揃えをしてあった。 土産物屋でも業態が可能であったのだ。
100円ショップもそうだ。 居酒屋で300円か400円の均一の店を出せばと思うのだが。 料理や酒すべてワンプライスにすればよい。おそらく多くある筈だ。 おでん屋もよいのではないだろうか。 今なら不況なので200円均一にして、ビールなら生ビールだけにして、 千円のセットー5品から出せばよい。 格安なセルフの讃岐うどん屋が流行っているが、これも100円ショップにすればよい。 素うどん100円、トッピング100円とか。
すべての事にいえるのは「絶対に例外を認めない!」ことだ。 一つでも認めれば意味がなくなる。100円ショップで「200円コーナー」 をという誘惑にかられそうになるが。例外なく均一100円だからよいのだ。 値札をつける必要もないし、値下げの必要もない。ヘドロ商品は2個100円に すればよい。メーカーも問屋も分かりやすいし、お客の方もそうだ。
ワンプライスでなくても、ファミリーレストランや居酒屋チェーンでは 値段を3〜5種類に絞っている。 「シンプルイズベスト」の典型である。 駄目な店ほど多いアイテムの商品と値段の店が多い。 無知の涙を地にいっている。 こういう眼で見ていると、飲食店ウォッチグになる。
ーーーーーーーー 2003/03/13 シンプルー単純の勧め
「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に」というが、 「難しいことをシンプルに」とも言い換えることができる。 何事もまずはシンプルにである。
チェーン理論の基本は「シンプルに、それをスタンダードにしつづければ、 スペシャルになっていく」である。「スペシャルをスタンダードにしていけば、 シンプルになる」ともいえるが。
デジタルは10進法を0・1の二進法に置き換えたところから出発している。 アメリカの大統領だったレーガンは全ての問題をー「テーマとそれに対して 3分類、それを3分類、さらに3分類と27分類にした報告書を出させて、 それに従い判断していた」という。 この分類こそスタッフの最重要な仕事である。
自分の生き方をはっきり決めておけば、自然とシンプルになっていく。 それに遵って生きていけば、判断と決断は簡単になる。 複雑になっていくのは、自分のルールや生き方が確立されないからだ。 自分で判断をする主体性があれば、全てがシンプルになっていく。 私の場合は早いうちに創業をしたのが最大のメリットであった。 正しいかどうかは別として、とりあえず主体的に判断せざるをえなかったからだ。
「最期は独り」ということを常に自覚していれば、シンプルに生きられる。 複雑に考える必要もないし、悩みも最小になる。 何事も単純に単純に単純に考えれていけばよい。 画家の山下清などは、それがプラスに働いたのだろう。 エネルギーの集中なる。 シンプルということは、ABC分析でいうAに絞る事でもある。 ・・・・・・・・ 2004/10/11 1287, 「閑」のある生き方ー読書日記 −1
そろそろ定年をむかえる団塊世代を意識した内容だ。 現代人は忙しいが、忙しさに流されたままでは充実した人生が送れない、 その中にあって「閑」のある生活が、不可欠である。 内なる自分を優先して生きる為に、生活を単純化して、自分の ハートを大事にして、 自分の納得した生き方を勧めをしている。
著者は 「風の良寛」 「老年の愉しみ」 「自分を生かす”気”の思想」 を読んで、質素な老いの生き方に同調、 「老いの生き方」の準備の必要性を説いている。
そこには多くの引用があった。 良寛の詩集であったり、 吉田兼好の「徒然草」、 加島祥造訳の「老子」の詩句、 セネカの「人生の短さについて」、 尾崎一雄の「まぼろしの記・虫も樹も」、 そしてローマ時代の「エピクテートス」の話があった。
40代を迎えた「甥っ子」に、老いに向ってどう生きていくべきか諭すカタチで 進んでいく。 物の時代、消費する時代、金本位の時代、経済成長率のあるのが当たり前の時代、 自己中心主義の時代の、(いい大学、いい企業、出世、名誉を重んずる時代の) どっぷりと浸かった、「甥っ子」世代に対しての警鐘が淡々とつづく。
55歳を過ぎ、定年に近い団塊世代に対する書であり、 彼らに定年後の生活に入る心構えを作っておくべきと勧めている。
老後の準備をしておくか、おかないかで、 ーがっくりした悲しい末路になるか、 ー老年を自由の時として楽しめるかの、 生き方に分かれるのだ。
・「マインド」主体から「ハート」主体への切り替えの必要性。 ・生活を単純化し、物を捨て、物に執着するな。 ・老子の言葉を引用し、自分の外に目を向けるのではなく、内に目を向けよ。 人生には、する事よりしないことも大切だと説く。 ・テレビ、ラジオ、パソコン、ケータイなどへの依存度を減らすこと ・仕事を自分の時間まで持ち込むな ・自分の体を使ってする趣味を覚えよ ・カードかローンとかの誘惑を疑え
等々を一つずつ具体的に話を進めている。
西暦紀元初めのローマのエピクテートスの言葉を引用し、 「自分のほんとうにやりたい事をしぼり、しぼりこんだら他のものは捨て、 やりたい事を一生かけてしよう」と勧めている。 いろいろやってみたい気持ち強すぎて、結局何もしない愚を指摘している。
1章では、40代から、閑ある生活の準備を始めよ 自分の力のうちにないものは受け入れ、自分の自由になることだけに集中する。 これは40代から心すべきことである。 社会に出て働く限り、多忙を極めざるを得ないが、これでは真に自分の人生を 生きることはできない。 人は、よく生きるためには「閑」が必要だ。その意味で、定年後は幸福であり、 40代から意識を切り替え始めなければならない。
2章では、その為にまず自分の意識を高めよ 3章では、自分のハートに従え ・老後とは?自分と全面的に向き合う時。社会を相手に、世間一般の価値観で考える 「マインド」の暮らしから、自分の内側から発せられる声に耳を傾ける 「ハート」の暮らしに変えていく。軸足を社会から自分へ移してゆく。これは 昔から「心身永閑(しんじんえいかん)」として、東西を問わず理想としてき た生き方だ。「生きることの最大の障害は期待を持つということであるが、そ れは明日に依存して今日を失うことである。」
4章で生活・習慣をシンプルに ・生活の平穏を望むなら、50歳くらいから住居の中の所有物の単純化を心掛けること。 自分のやりたいことも同じ。本当にしたいことを選び、その他は捨てる。 そうすれば成し遂げられる。 ・働くことばかりに時間を使っていたら、人生を楽しむときがなくなってしまう。 19世紀前半に「スペイン人は、イギリス人のように新しい服を買うため に15時間も働くくらいなら、穴のあいた服を着てるほうがましだ。」という。 「超多忙な人に限って、生きること、すなわち良く生きることが、最も稀である。」 とセネカも指摘した。 貧しくとも閑暇の中で心の声を聴く生方をする人のほうが尊ばれてきたのだ。 ーーーーーーー 2002/10/22 基調色-着こなしのコツ −2
ある洋服屋だった社長から聞いた話である
ー昔の大金持ちの旦那衆は、目立たない高級呉服を似た柄で何枚も 持っていて毎日着替えていた。 よほどの目が利く人でないと、その違いが判らない。 無頓着にいつも同じ服を着ていると思わせていたという。
チョットした柄の違いのもので、羽織や帯や足袋をかえていた。 そういう粋な着方が本当のお洒落だとかー 基調色を決めておくというのに合い通じる内容だ。 たったこれだけの話の中に多くの教訓が入っている。 シンプル、スタンダード、スペシャリテー、セグメント のチェーン理論のドライ主義が全て入っている。 一番主義と集中主義である。
目立たないーシンプル、スタンダードー似た柄で、 高価なースペシャリテー、何枚もーセグメントである。 何代も続く家柄という長い時間の中で、体得した知恵なのだろう。
日本も洋服を着るようになって、まだ日が浅い。 着こなしでは当然欧米人に比べ落ちるのは仕方がない。 しかし和服ではチャンと着合わせが出来ていた。
色というと7色が基本となる。 どうしても私などは単色と思いがちだ。 しかし赤一つとっても数千種類もあるという。 理屈からいえば無限のはずだが。 江戸時代はその色の違いを楽しんでいた。 そして自分の好きな赤を決めていたという。
本当にイロイロあるものだ。
・・・・・・・ ・・・・・・・ 2003年12月28日(日) 998, アマチャアビデオ特集
昨夜NHKで「アマチュアビデオ特集」を放送していた。 単身赴任の父親に赤ちゃんの姿を映像に録って、毎日TV電話に送る姿や、 小学生のグループがテーマを決めてビデオで録って編集をする活動があった。 また庭で雀が、足が何かに絡んで動けなくなった仲間を助けようという 微笑ましい内容が映しだされていた。
井筒和幸という映画監督が、解説をしていたが、 この中で「他人に見せるということになると、全く違ったビデオの内容になる。 もっと深く言えば、誰に見せるのかを意識をした時に内容は全く変わってくる」 という言葉が印象的であった。
ところで私の随想日記を一番意識をしているのは祖先の眼である。 その意識を持ったと同時に、書く内容が変ってきた。 それにしては、あまりに露悪であるが。 その経験があるから井筒監督の言葉が理解できた。 反対に、現在書き写している22歳時の日記は、ただ何も考えないで 自分をコントロールする為に書いたものと思われる。(動機が定かでない)
技術の進化に伴なって、限りない能力が出来てくるものである。 このデジタル化などによる高度情報化社会は無限の進化を遂げていくだろう。 誰もがプロになれる時代になったのだ。その境が無くなりつつある。 そうすると、自分の分野をきっちり決めて掘り下げていくしかない。 逆に誰もがプロになれるのだ。 100年後は予測も出来ない社会になっているはずだ。 10年後さえ予測不可能だ。 十年前にインターネットや携帯TV電話の普及を殆ど誰も予測できなかった。
個人がより主体的になる近未来が見えてきた。
・・・・・ ・・・・・
2002年12月28日(土) 624,今年の総括
今年の総括の時期になった。 毎年卓上日記に書いている。
・姉正子が亡くなるー9人のうち4人死んだことになる。 ・父方のオバがなくなる。父方の叔父の連れ添いだ。 これで父の兄弟・姉妹とその連れ14人が全てが亡くなった。 年齢の一つの風景か。 ・海外は三回行った。 西アフリカ、スイス、パタゴニアだ。 これで39回、60歳までの50回の目標に近づいたが。 来年は戦争の可能性があり、どうなることか。 ・子供は長男が再就職と更なる転職。 次男は会社ごと身売り、転籍。 これは時代の風景だろう。
会社は ・この不景気の中一応順調に経過という事か? 相変わらず銀行の貸しはがしの予兆があったが。 借り入れも一応順調にいった。 ・売り上げも微弱ですんだが利益は2割減った、来年はどうなることか。 新入社員が6名入って若返った。
国際社会は去年は歴史的な9・11があったが、比較的に落ち着いた 年だった。北朝鮮問題がクローズアップしてきた。 国内も比較的安定した年だったが、景気がますます悪くなって 救いがたい状況になった。
国内も国際的にも20世紀的なものが本格的に壊れ始めてきたのが 今年の特徴だった。自民党は仮面を変えてしぶとく残っているが。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・
2001年12月28日(金) 283、創業の頃ー2
中途採用は‘男で、一ヶ所でオぺレーションを4〜5年以上やってきた キャリア’以外は入れない。 間違えて入れたら、いらない苦労を背負い込むからだ。
ある日のこと,ライバルになる会社の事務の責任者と名乗る女性から電話が入った。 会いたい、どうしても面接をして欲しいとのこと。 かなり強引の電話内容であった、そうして会った。 「取引先から貴方の事を聞いた、ほれ込んだぜひ自分を使ってほしい」 とのこと。 私もドライだが、こういう小説みたいな事は、まずいのは解かっている。 それより立ち上げの時は、なるべく汚れてない(癖のついてない) 人間を集めないと、空中分解をする可能性を孕む。 当たり前のことだが、人間は過去の経験に縛られて一歩もそれから出れない 性(さが)をもつ、更にそれに対し無自覚だ。
その意味で人選は立ち上げ(創業)の一番の要素になる。 当然その話は成立しなかった。 次はマネージャーである。初めは潰れたばかりの建築メーカの元課長。 癖がついていてマネジャーに不適任。すぐ話し合い解消、次の人選。
時計やの2代目!これも一週間でヤメ。 あとはリクルートしかないと、東京まで中途採用の関連会社に出向いて、 広告と面接! そして応募してきた今の支配人と出会う。 ・・・・・・・・ ・・・・・・・・
12月28日 1968年
11時に起床。 13時に千葉の姉の優子さん宅に向かう。 途中花屋で植木の花を買っていく。 卒論の清書をしてもらった分をもらい、16時半に帰路につく。 途中に集団すりを目撃をする。財布を掏ろうとして騒がれて 慌てて逃げていった。17時半に帰寮。 20時に帰省バスに乗る為に新宿に行く。21時のバスに乗る。 翌朝の5時に到着。家に着いたあと就寝。
ーこの4ヶ月の日記を見ると字があまりに乱雑である。 他人に見せるものでないとしても、これ自体自分の姿である。 最近自分というものに対して目覚めてきたと同時に、 自分に懐疑的になってきた。そして少しのことで動揺するのだ。 この二ヶ月間は特にそうだ。 また同時に脱皮に向かってモソモソしているようだ。
自分の理念とは何だろうか? ・創造、遊び、愛、知性という面から、それぞれをどう位置づけるか。 自分の理想的なバランスである。 ・それと真善美のいう面からも自分のバランスを考えてみよう。 ー 創造について 男としては、価値基準の一番の指標になる。 これは生きていく手段としてより、人生の目的として、 自己の具現化として追求するのが重視されて当然のことである。 人生の大部分はこれを追求すべきである。 その追求をしていく過程・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ー愛について ・・・・・・・ ー遊びについて ・・・・・・・・・・ ー ー 省略
|
|
|