堀井On-Line



1280, 「乾杯!」を考えてみる

2004年10月04日(月)


 
 乾杯といえば、忘年会などの酒席や、祝いの席には欠かせない。
家内や知人と飲む時も、グラスをぶつけあって乾杯をしている。

「乾杯」は、そもそもは日本古来のものではなく、その起源は古代ギリシャ、
ローマ時代に遡る。

『世界大百科事典』(平凡社)には、
「古代に神または死者のために神酒を飲んだ宗教的儀式が起源とみられ、ギリシャ、
ローマでは食事中に神酒を神にささげ、公の宴会では列席者ならびに死者のために乾杯した。
……それがいつのまにか生きた人間の健康を祝福する乾杯となった」とある。
 
 古代ギリシャ人の間では、「酒を飲むと、一緒に魔物が入ってくる」と考えられ、
飲む前にグラスをぶつけ合うことで悪魔を払ったといわれている。
悪魔は大きな音や騒がしい音が嫌い!特にグラスの鳴る音を嫌がったらしい。  
 
その一方ではもう少し生々しい説もある。
「紀元前6世紀、ギリシャ人の間には主人が友人の健康を祝って乾杯をする習慣があった。
当時、敵を殺害するため、ワインに毒を入れることがよくあったため、まず、
主人がワインを飲み、客はそれを見て安全を確認してから自分のグラスのワインを飲んだ」
というのだ。
互いにグラスを勢いよくぶつけたり(酒が混じる)、一斉に飲みほす……というのも、
毒殺対策がいわれというわけである。

飲みほすことについては、杯に底が平らでない貝殻や獣角が使われており、
飲みほさないと傾いてしまう(こぼれてしまう)ためともいわれる。  

記録によると、毒殺の盛んだった中世ヨーロッパでも、グラスをぶつけ合い、
互いの酒を入れ合うことで、毒が入っているかどうかを確かめていたという。
時の王様は自身の権力をライバル達に知らしめるために、大勢のお客を呼んで夜ごと、
豪華な晩餐パーティを開いていたが、しかしライバル達を暗殺する絶好の場だった。
そこで乾杯をして、毒など入っていない事を証明し合う行為だった。

乾杯は世界中、どこにでもある習慣だ。
スペイン南部の結婚式で行われる風習とは、乾杯で新郎新婦が乾杯酒を飲み干し、
そのグラスを地面にたたきつけて割るというもの。
「これには独身時代には色々な事があったけど、全てきれいさっぱり捨てて、
今ここから新たなるスタートとしよう!」という意味が込められている。

大学の卒業式の後、学食で学部の全員が集まり、パーテーがあった後、
乾杯してグラスを割った記憶が生々しい。
これで学生時代とお別れという節目としての粋な計らいであった。

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2003年10月04日(土)
ある時間の断片ー33

11月6日        ー1968年
・10時起床。
風邪で頭が痛かったが、少し良くなってきた。
12時、佐藤君のところでお茶を飲む。
その後本を読む。
夕方、飯を炊き、刺身を二人前買ってきて食事をする。
風邪を回復するための滋養だ。
食べ過ぎのせいか逆に気分が悪くなる。
21時にレポート用紙を買いに出ると、市川氏と高橋君に会う。
近くの行きつけの「サンキスト」へ飲みにいく。
 となりの30過ぎの女性と話す。
一人で楽しんでいるみたい。
私を田舎の坊ちゃんとか、結婚する典型的タイプとか、気取っているとか、
貶されているのか、褒められているのか解らない。
これが自分の姿なのだろう。
市川さんのおごりだ!
その後3時間、勉強をして寝ようとすると、佐藤のところで
駒村、ブーちゃんと3人で飲んでいる。
私も加わり、どうでもよいような議論が始まる。
どうも攻撃的で、間中のブーちゃんを責める。
他人事でないのに、なにを言っているのか後悔する。
酔っ払いでしかない。
もう少し勉強に集中しなくては、ダメだ。卒業まで時間がないのに。
周囲に動かされすぎだ。
いまの勉強は、自分を納得させるためにしているに過ぎない。

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539,至高体験−2
- 2002年10月04日(金)

「この経験をしただけでも、この世に生まれてきた価値が充分にある。
この瞬間を経験する為に生まれてきたとといって良い」という感覚である。
精神病は精神のマイナスの偏りの病だが、プラスの人(何をしてもうまくいく人)
は、至高体験を異常に多く重ねているという。

私の至高体験具体的に書いてみる(恋愛・下ネタはないのが少し残念だが?)
ー旅行先でのそれが多い

・初めて海外旅行ーヨーロッパに行った時、生まれて初めて腹の底から笑った、何回も!
確かイギリスのパブで、それとオーストリアのワイン居酒屋で、それとミュンヘンの
ビアホールで。感動と歓喜の毎日であった。
その旅行で私の固い頭を(固定観念を)叩き壊されたのが最大の
収穫であった。
中学高校時代は腹の底から笑う事は本当に少なかった。
またそれだけ刺激の強い事は、それまで全く無った。

・あとは20数年前、実家の会社にいた時30人近くを引き連れてハワイに行った。
その時も、至高といっていい位ぐらいハワイの総てに感激した。
世界に名だたる観光地、ショーにしても、洗練された内容が次々出てきた。

・カナダのロッキーも感動感動の連続であった。「一回しかチャンスが無いが、
何処に行ったらよいか?」といわれたら、カナダのロッキーだ。
多くの旅行経験者はそう言う!
地球でなくどこかの星に行ったような錯覚に陥る。
「ロッキーでの旅行の感激は、「自分の家を売ってでも経験する価値がある」
であった。この日を境にして、この経験をする前と後という感じだった。

・9年前に震えながらいったケニアもそうだ。
アフリカの大地の広大のサバンナを見たときの驚きと感動!
遙か彼方にシマウマとヌーが数十頭走っている姿を始めてみた時の
感動も強烈な思い出だ。

・事業でもそうだ。
初めて千葉で千城ビルを立ち上げ仕事も軌道にのり、
ふとそのビルを見上げた時の何ともいえない絶頂感も良かった。
誰もがその瞬間を持っているはずだ。

・会社の忘年会や竣工式の後の宴会でも、それに近い気持ちになる。

成功経験を重ねる人は、至高体験を重ね続けることの出来る人だ。
巨人の長島は至高体験を普通の人の数百倍、いや数千倍経験している。
それがますます至高体験を呼び寄せる。
自分を良くしようとしたら、至高体験を重ねる事だ。

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2001年10月04日(木)
「随想日記について}

新たに考えた事より、殆どが過去に日記帳などに書いた内容が多い。
それをむしろ再度まとめ直しているといってよい。

具体的文章と、抽象的文章と、その中間の文章を意識して分けて書いた。
かなり刺激的な文章もあるが、これも迷ったが思い切って載せた。
この随想日記と事業百訓などの20年の文章は私の潜在意識かもしれない。

潜在意識の顕在化のプロセスを、毎日実施していることになる。
よくテーマが出てくると感心する。
一週に一回ぐらいの割りに全く何を書いていいか解らなくなることがあるが、
しかしいつの間にかテーマが出てくる。

‘しかかり文章’を先に2〜3作っておくことがポイントである。
そうしておかないと、常に不安感が付きまとう。。

仕掛かりとしての文章は余裕を持って気楽に書ける。
土日曜日に、3〜4つ仕掛かりの文を書き溜めておく。

どろどろした経験でたまった原始言語の概念化か。

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