堀井On-Line



1274, シュリーマンの話−2

2004年09月28日(火)



ーシュリーマンの「語学習得法の秘密」
 
シュリーマンにとって、語学力が最大の武器であった。
語学力の方法として、
「当時売れていた小説を、丸暗記をする方法」を取っていた。
ストーリーは解っているので、意味は敢えて考えなくてもよい。
更に一ヶ国さえマスターすれば、他の外国語も同じ小説で、
同じプロセスを踏めばよい。(詳細は後記)
理に適っている。

若いときにこれに気づいていれば全く違った人生が踏み出せたのにと、
今さら悔やんでも仕方がない。
いや実をいうと、高校に入学をしたときの英語の先生が、殆んど同じ方法を
教えてくれていた。右の耳から入って、左に抜けていっただけなのだ。
バカの壁にしっかりと囲まれていたのだ。
「全く、もう!」である。

以下は幾つかのHPから抜粋し、まとめてモノである。
 
 ーー
 −−
シュリーマンは、1820年にドイツの一寒村に牧師の子として生れ、
貧困の中から商人として巨万の富を築き、その富を使ってトロイアなど
エーゲ文明の遺跡を発掘した人物である。。

彼がどうして巨万の富を築くのを可能にできたのか。
それは、彼の類まれなる「語学力」にあった。
10数カ国語を自由自在に駆使し、他の商人よりいち早く情報を把握して
ビジネス・チャンスを次々に掴んで富を築いていった。

彼は「多くの外国語を極めて短期間に習得した語学の達人」と言われているが、
その「語学習得法の秘密」はどんなものであったのだろう。
シュリーマンの学習法は、物語を丸暗記するという特徴的な方法を取っている。
英語では、当時よく読まれていたゴールドスミスの「ウェイクフィールドの牧師」
とウォルター・スコットの「アイバンホー」を丸々暗記している。

物語を丸暗記する方法は、ストーリーがあるので記憶に残りやすく、
文章を丸々憶えるので熟語やコロケーションなどの言いまわしがそのまま身につく。
この方法で、彼は英語を僅か半年でマスターした。

更に以下の勉強方を工夫していた。

・非常に多く音読すること。
・決して翻訳しないこと。
・毎日1時間あてること。
 ・つねに興味ある対象について作文を書くこと。
 ・これを教師の指導によって訂正すること。
・前日直されたものを暗記して、つぎの時間に暗誦すること。
 ・彼はさらに、会話をものにするために、
 その外国語が話されている教会にかよって説教を聴き、
 一語一語を口真似する方法もとっていた。

フランス語もこの同じ方法で、
「テレマコスの冒険」と
「ポールとヴェルジニー」を丸暗記して半年でマスターし、

続いてオランダ語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語を
流暢に話し書くことができるのに、それぞれ6週間以上かからなかった。
オランダ語以降の勉強は、同じ上記の物語の本を入手して学習したと推測される。

既にストーリーがわかっているため文法書や辞書を引く手間が大幅に省け
短期間の学習が可能になるからである
(同じヨーロッパ語族という有利性もあった)。

シュリーマンの成功の出発点は、
まずロシア語をマスターしたことであった。
ロシア語の学習は難しく、これによって他の商人を出し抜くことができたのだ。
このロシア語の勉強でも同じ「テレマコスの冒険」をテキストにして、
この本の丸暗記という方法を取っている点に注目したい。
同じ物語の本を使って各国語を横断的に次々に征服していく彼の語学学習法は
今日的視点からも誠に合理的で優れたやり方と言える。

ここまではよく世間に知られていることであるが、
今回紹介するルートヴィッヒの本は、その語学習得法の秘密のベールの深奥を
さらに垣間見せてくれるまたとない良書なのだ。

ルートヴィッヒは、遺品として残されているシュリーマンの語学学習ノートなどを
詳細に研究してこう述べている。

「彼は自分の選んだ多くの単語をふくむ長い単語帳と、これらの単語を使った
一連の文章を、一枚の紙のうえに教師に書いてもらい、一字一字、
文字をまねながら全体を書き写し、それを暗記する。
ついで彼は他の単語をふくむ二枚めの表を作製してもらい、一枚めの表を
手本にして、新しい単語をつくったり文章を構成したり、他の文章と
組みあわすことを試み、それを教師に訂正してもらう。
こうして彼は辞書を使いながらきわめて急速に、自分の語彙をふやし、
ついにその文章がいよいよ長くかつ複雑となるまで、それをつづけてゆくのである」
(本書 P74〜75)

ギリシャ語の学習では、
「これらのノートに書かれている文字は、しだいに達筆となり、新しい単語が
出てくると、彼はフランス語やその他のことばで見出しをつけている。
…この練習帳では小学校の生徒にかえったように、
抹殺したり、
インクのしみをつけたりしている。
しかもその間に、先生の筆跡で訂正の筆がはいっている…」
(本書 P76)

このギリシャ語の練習帳に書かれたシュリーマン自身の文章を少し引用すると、

「そのあと、…わたしはどうしたら内陸へ行けるか、どうしたら金持ちになって
 土地を買い、えらい人になれるかを考えた。」

「わたしとタバコの取引をやる気はありませんか。
 ロシアでも、大きいタバコ農場をつくらないものだろうか。
 ロシア政府は便宜を与えないだろうか?」

「わたしは、じぶんが貪欲なことを知っている。
 …こんなにまでがつがつしている事を止めねばならぬ。
 …戦争中ずっと、わたしは金のことばかり考えていた。」

この文から読み取れるのは、彼がまず記憶しなければならぬ単語や熟語を選定し、
それらを含ませて、過去の自分の体験や自分が心からやってみたい事などに
結び付けて文章化する。それを教師にチェックさせて正しいものとし、
記憶するという方法をやっていることだ。

現在の学習法では、重要な単語・熟語を含んではいるが、
自分とは一切関係ない短文を無理やり次々と記憶してゆくのが一般的であろう。
しかし、シュリーマンの方法は、記憶術による夢のような連想力を働かせることが
できるのだ。
両者を比べてみて、記憶保持に雲泥の差が出るであろうことは容易にわかろう。

シュリーマンの語学学習法は、
・同一の物語を素材にして多言語にわたっる学習すること、
・自分に切実なこと密接なことを文章化して暗記し、その文章を
 つなげて行く事で長文も書けるようにすること、
・ネイティブの発音を徹底的に模倣すること、といったことに集約できそうだ。

繰り返すようだが、
今日の語学学習者にとっても参考になる優れた方法をシュリーマンは、
100年前に実行していたのだ。
また、この本の序文には、
彼が自分で作った10カ国以上の辞書があるという記載がある。
残念なことに、それがどんな編纂方式をとっているかは、この本には書かれていない。

シュリーマンは、なかなかの活動家で、江戸幕末にわが国にもやって来ている。
訪問したのは、横浜と江戸で、当時の日本の風景・日本人観など実に冷静な
観察をおこなっていて興味深い。

彼が発見したプリアモスの財宝は、彼の死後、遺言によりベルリン博物館に
寄贈されたが、第2次世界大戦直後から行方不明となっていた。
数年前、それがロシアで発見され現在公開されて今なお黄金の輝きを放っている。

ーーー
外国語習得年表

1842:英語、フランス語
 1843:オランダ語、スペイン語、イタリア語、ボルトガル語
 1844:ロシア語
 1854:スウェーデン語、ポーランド語
 1856:現代ギリシャ語 古代ギリシャ語
 1858-59:ラテン語、アラビア語
 1861:ヘブライ語

(文献)
 本書=ルートヴィッヒ「シュリーマン伝」白水社
1. シュリーマン「古代への情熱」岩波文庫
2. シュリーマン「シュリーマン旅行記 清国・日本」講談社学術文庫
3. ムアヘッド「トロイアの財宝」角川書店
 ーーー

 http://www6.plala.or.jp/Djehuti/200195.htm 
 
『古代への情熱』(新潮文庫、1977年)
   ハインリヒ・シュリーマン
 ーーー
「私はこうして英語を征服した」
 ー18カ国語を独学でマスターしたシュリーマンに学ぶ
 平田 行雄 (著)
ー目次
 ー第1部 だれでも英語をマスターできる
「シュリーマン式英語学習法」
(だれでも語学の達人になれる「シュリーマン方式」とは
シュリーマン式英語学習法の「七つの原理」
日本人が見過ごしがちな、音読の意外な効用
読み書き能力を磨く ほか)

 ー第2部 シュリーマンとの出会いで、私の英語力は飛躍的にのびた
(いい教材があればあるほど、挫折しやすくなる
学ぶ条件が悪いほど上達は早くなる
英語が身につく勉強法・身につかない勉強法
留学しただけでは、英語は身につかない ほか)

・・・・・・・・
・・・・・・・・

2003年09月28日(日)
907, 万事、引き際!

 何事も引きどきが大事である。
空手の突きの力は、突き出す力より引きの鋭さがポイントとなる。
引きを意識して打つとよい。
学生時代に「合気道」で学んだ幾つかの一つである。
飲み会大好き人間だが、数回?いや数十回の失敗をしながら致命傷が無かった?のは、
この事を知っていたからだ。

 朝起きたら、隣に知らない女性が寝ていたという事は全く無い!
多くの泥酔の中、危ない場面の中を辛うじて切り抜けてきたのは、
「引き時」を知っていたからである。

 学生時代、一時少し危ない同級の薬中?の男と、2年近く親友の時期があった。
「『お前は竹のような人間だ!』何があっても、何もない!」と言われた。
危ない場面を何回も遭っても、染まらずに元に戻ってしまう、ということだ。

 引き際が常に頭にあったからか?
それとも自分の殻から抜け出れなかったからか?
株でも事業でも、損切りができればプロだろう。
下世話の話になるが、遊び人(下経験が多い人間)は、経験上「引き際」
のタイミングをよく知っている。キヨウ(短期視点)貧乏でしかないが。
神(長期視点)からみたら虫観でしかない。

 人生も仕事も引き際が大事だ???????????
それができないのは、初めから織り込んでないからだ。
原監督もあっさり辞任したが、それでよい。

・・・・・・・・・・

533, 離婚事情
- 2002年09月28日(土)

現在は三組に一組が離婚するそうだ。
先日ある会で年配の女性が面白いことを言っていた。
「現代は少子化の為、嫌だったらいつでも帰ってきてもいいと
娘を送り出す。更に子供を連れてくれば一緒に暮らせるからだ。
一子、二子の結婚でお互いに希少価値がある。だから平気ですぐ離婚を
する」といっていた。

数年ぶりに知人に会ったら同じような事をいっていた。
息子が子供を連れて離婚をし、裁判で息子の方が親権をとったという。
息子1人では育てられないから、引き取って育だてているといっていた。
でも新しい子供が家庭に入り楽しそうであった。

それにしても三組に一組は多い。
わからない事は無いが、長く連れ添っていれば愛情がわくものを?
一家族に一人はいることになる。親子三〜四組うち一組になる。
ということは、この文章を気をつけて書かなくてはならない事になる。
読んだほぼ全員傷つけかねない。実際のところ、そこまで多くない。

以前TVで、離婚をした中年の女タレントと数人が口をそろえて
「離婚をして本当によかった!!」と言っていた。
それを黙って聞いていた小沢昭一が
「苦労を友にしてきた連れ添いと、歳をとって昔の楽しい思い出や
苦労話をお茶を飲みながら、しんみり話す味もいいもんだよ」と反論。
気の強そうな女性たちにとってカウンターパンチになってしまい、
その場がシーンとシラケの場になってしまった。

居ればうるさいし居なくては寂しいのが夫婦というものだ。
離婚をした独り者の飲み屋のママは連休が嫌だといっていた。
どうにもならない気持ちになるという。
家族の基本はやはり夫婦である。
現在の少子化もひどい、平均1・3人という。
人口維持の為には2,1人が必要という。
少子化が進めば更に離婚率が増すのだろうか。

好きになる相手は自分の持ってない部分をある人に惹かれる。
うまくいっているうちはいいが、一つかみ合わくなると破綻しやすくなる。
昔、足入れ婚というのがあった。結婚の籍をいれず仮結婚をさせる。
今も同棲があるが、周囲も仮結婚と認めて合わない時は
いつの間に別れさせてしまうという。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

[164] 目的と手段
 2001/09/28

 目的の達成の為の手段’がときとして逆転してしまうから面白い。
‘手段の目的化’に転化してしまう。旅館やホテルの二代目にそういうのが多い。
営業の為のゴルフを始めたのが、いつの間にかゴルフが目的になり、
営業が反対に手段になってしまう。

何処でもある話と同時に,自身にも過去に数え切れないほど経験がある。
手段を楽しむ事は大事だ、そうでなくては目的は果たせないといっていい。
といって目的を忘れて手段に没頭してしまうのが、人間の人間たるゆえんである。

 以前‘ダンスと歩行’という文章を書いたが(後記)
まさしくその喩えがピッタシである。
目的は達成したと同時に次の目的の手段になる。
ドアについたら次の部屋のドアへの出発点になる。

 至近の例で旅館の二代目が商工会議所の部会の長に選ばれ、
イベントにウツツをぬかし廃業に追いこまれた例。
どこかの街のことだが、やはり二代目が青年会議所理事長になり‘街の活性化’
とかを政治家やゼネコンに煽てあげられ、真にうけて社長業を放棄・・・・・、
いまや????とか。まあこれだから娑婆は面白い。

 目的が何かも解ってないから、手段が出てこないのか。そう考えれば彼にとって
逆転も何もないのか!そのあたりが本当のところか?

ーー他人のことをいえた事か!どこかの馬鹿(私のこと)、
自画自賛のホームページにウツツをぬかし、つまらん事を飽きもせず毎日書いて。
馬鹿の脳内をさらけ出し恥さらして!−カミサンには冷笑され・・・・。ーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

H0609歩行とダンス

 丸山圭三郎と黒鉄ひろしの対談集で“歩行とダンス”
という二人の対話が面白かった。
“ドアにむかって歩いていくのが歩行、これは手段である。
ダンスはドアに向かわないし、その行為そのものが目的である。

 それではドアに向かってダンスをおどって行く事はありうるか!?
ありうる!”という。
非常に含蓄のある面白い内容である。
人生、仕事、学問すべてにあてはまる内容である。
今回の仕事(第二新館増築)の最中にこれをよみ、“よしこの仕事と
チーク・ダンスをして、ドアまでいってやれ”と一人笑った。

 大手商社に勤めている友人と酒をのみながら右の話をしたら、
本人いわく“私はさしずめ、ホーク・ダンスだな!。
好きな奴もいやな奴も次々と仕事仲間でまわってくる。
それも楽しそうな顔をしながら手に手をとっておどる妙味!”当意即妙であった。

 ドアに向かっての歩行なら誰でもできるが、それをダンスとしてリズムをとりながら
パターンをマスターし、かつ楽しみまで高めてドアに向かう事となると誰にでもできない。
ついついドアを忘れたり、ダンスを忘れてしまう。
ダンスを忘れある年令に達して愚痴を言っている人が何と多い事か。
そしてその反対に逆の人も。

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]