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2004年09月26日(日)
映画で去年と今年「トロイ」が別々に、2本公開された。 去年公開された方をDVDレンタルで見た。 トロイの遺跡といえば、一生をかけ執念で発見した「シュリーマン」が思い浮かぶ。 誰もが憧れる波乱に満ちた人生の成功物語?である。
男の生き方として、他に注目するのは ガラパゴス島に行ってヒントを得て「進化論」を書いた「ダーウィン」と、 日本の地図を実測で初めて纏めた「伊能忠敬」である。 それでも、スケールを考えるとやはりシュリーマンである。
反面、彼ほどマイナスの逸話が多い人物も珍しい。 また、膨大な日記や旅行記を書き残してある。
彼は15~18ヶ国語をマスターをして、それを武器に商売で莫大の資産を得た。 外国語をマスターするノウハウが、今でも多くの人のバイブルになっている (これは次回、書く予定である)。
あるホームページに、彼の行蔵を上手く纏めたものがあったので、 コピーしておきます。
シュリーマンの一生は、常人から見たら常識をはるかに超えた 波乱に富んだものであった。 夢の実現のため、捨て身で人生をかける姿は、このような時代にますます 脚光を浴びる。
・・・・・・・ ー経営コンサルタント武沢信行氏のHPより抜粋
●ドイツ人・シュリーマンは、子供のころに父親から何度も聞かされた、 「ホメロスの物語」を忘れることができなかった。それは3000年以上も前の ギリシャとトロヤの戦争物語だ。まるで神話のような大昔の話だ。 やがて彼は、「ギリシャに滅ぼされたトロヤの遺跡が必ずある」 と信じるようになる。 そして、「トロヤ遺跡の発掘」を人生の最終目標に決める。
●それからの彼の行動が現代人と違うところだ。彼は人生を逆算方式で 生きることを決意する。彼の戦略はこうだ。
◇最終目標・・・トロヤの遺跡発掘 ◇中間目標・・・発掘資金と時間を確保するための充分な富の蓄積 ◇短期目標・・・貿易商人として成功する ◇手段・・・貿易に必要な語学をマスターする
●夢に向けた最初のステップ、それは14歳のときである。 商業学校を卒業し、遠くの村の食料雑貨店で働く。 朝5時から夜11時までコマネズミのように働きながらも、 ホメロスの物語を自分で読むために、ギリシャ語の勉強を志す。 しかし現実は厳しく、勉強のための本を買うお金も時間もなく働き続け、 やがて健康を害して退職する羽目になる。
●雑貨店をやめた彼は、外国へ行く船のボーイになるが、そこでも彼を 待ち受けていたのは「不運と不幸」でしかない。 乗った船が嵐で沈没し、丸裸でオランダの海岸に打ちあげられたのだ。 志を立ててから早6年、すでに20歳になっていた彼の前途には、 希望の光は一筋もなかったかにみえた。
●だが、絶望のどん底に見たこの大地が、 シュリーマンの開運のワンダーランドとなる
●だが、そうした少年の気持ちとは裏腹に、現実は厳しい。 健康を害し、乗った船は沈没する。夢に近づくどころか、 どんどん遠くなっていくように思えた。 そんなシュリーマンにとって、丸裸で打ち上げられたオランダが、 開運のワンダーランドとなったのだ。
●成功には、地の利、時の利・人の利が大切だと言われるが、 シュリーマンにとって、オランダでの努力がまさしくそれだ。 6年間のアンラッキーがウソのように成功を始める。
●まず、ある貿易会社会社に就職し、その後の4年間で何と18カ国語を マスターしてしまう。彼のひたむきな努力が認められ、ロシア支店を 任されるまでに立身出世。 独立した後、10年強の期間で、彼は大商人となって、 トロヤ遺跡発掘のための資金を充分に確保してしまうのだ。
●あれから月日がたってシュリーマン49歳、ヒッサルリクの丘にたつ。
この丘の地下にトロヤ遺跡が眠ると信じた彼は、 いよいよ人生の最終目標に向けて、発掘を開始する。 そうした彼の行為に対し、多くの考古学者は、 「ホメロスの物語を信じて大金を使うなんてバカげた話さ。 あれは単なる伝説だよ」と陰口をたたき合っていた。 穴掘り労働者150人も誰一人として、遺跡を信じている人間など、いない。
●シュリーマンの人生は、この発掘という挑戦のためにあった。 今さら他人の批判や陰口などが気になるようなヤワな信念ではない。
燃えるように暑い日も、凍るように寒い日もヒッサルリクの小屋を拠点に 発掘をつづける。 それは「毎日タマネギの皮をむくような仕事でした」と、後に語っている。
●そうして2年が経過したる日の午後。
「シュリーマンさ〜ん、何か変なものが出てきたました!」と、 穴掘り労働者の声。
駆けつけてみると、それは城壁のようなものであり、さらに掘っていくと 神殿や宮殿に通じた道も見つかった。 やがて土の中から、きらりと光るものが現れた。
●それは、黄金の王冠、首かざり、耳かざり、指輪、水入れ…。 おびただしい宝ものの数々。
「こ、これは・・・まさしく、」 立ちつくすシュリーマンの脳裏には、子どものころに本で見た、 まっかに燃えるトロイの絵がはっきりとよみがえった。 「ホメロスの物語は、やはり伝説ではなかった。 わたしが信じつづけたことは、夢ではなかった。」
シュリーマンは、あふれる涙を、こらえることができなかった・・。
●しかし、多くの大人たち(考古学者)は最初、この遺跡をトロイのものとは 誰も認めようとしなかった。 シュリーマンはその後も数々の発掘に成功し、そのたびに、 莫大な財宝を発見し、事実を証明していく。 そして、68歳のとき、現地に考古学者を集めて学会を開催し、 とうとう誰もが認める「トロイ遺跡」となったのだ。
彼の物語と彼の生涯はここで終わっている。
●いかがだろうか、これは実話だ。
常識で考えれば、遺跡の発掘をしたいのなら、商人ではなく考古学者を 目指すのではないだろうか。 決して大商人になるという中間目標を設定したりしない。 なぜなら、それ自体が達成できるかどうかわからないし、遠回りに感じる。 しかも、大商人になるために彼は、語学をマスターすることに多大な時間を 割いている。それだけではない。 奥さんを決めるときも自分にない語学ができる人を選んでいるのだ。
●生涯の目標を逆算方式で計画したからこそ出来た行動に違いない。
◇最終目標・・・トロイの遺跡発掘 ◇中間目標・・・発掘資金と時間を確保するために充分な富の蓄積 ◇短期目標・・・貿易商人として成功する ◇手段・・・貿易に必要な語学をマスターする
●えてして「戦略的」な行動とは、目的とは違う方向に進むように みえるものである。新年を迎えるにあたり、私たちの人生や経営にも、 シュリーマンと同じような戦略的な考え方が参考になるのではないか。 −−−−−−− ー以上であるが、彼の驚異的な15各国語のマスターのノウハウは、 今でも充分通用するものである。
マイナスの話も付きまとうが、 「並みの人間の卑しい見方でしかない!」 という、彼の声が聞こえてきそうである。
「同じ一生、とことん自分の夢を追求すべし!」という人生を そのまま実行した人だ。
日本にもきて、詳細を書いたものが残っている。
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2003年09月26日(金) 905, 物を置かない努力
TV番組の自宅訪問で、デザイナーのコシノ・ジュンコが、 家では「物を置かない努力」を心がけている、といっていた。 「なるほど!」と納得してしまった。 家の中のデザインは無機質で、シンプルであった。 カラーは白と黒だけ、空間そのものがデザインという感じであった。 さすがデザイナーの住むところは違うものだと感心をした。 コシノ・ジュンコビルの最上階の広いワンフロアーを住居に当てていた。
以前、事務所の部屋に来た知人が『机には一切物をおかないこと』 と注意をしてくれた。 「会社の机は物事を考え判断するところ、空即是色の空にしておけ」 ということだ。銀行の支店長室は無味乾燥な位に何も置いてない。 場所が少ない場合とか、仕事柄置きっ放しの方がよい場合が大部分だが。
私の欠点の一つは、書類管理が苦手なことである。 このホームページに、その一端が出てしまっているようだが。 頭の中の書類?を公開することで、管理せざるをえない状況にしておく 目的もあるが。
せめて机の上にモノを置かないことだけは守るようにしている。 モノの置きっぱなしは、後まわしの一番身近な習性である。
ごく身近に?全てを後まわしにしようとする人がいる。 判断ができないのだ。周辺はやりかけの山になっている。 まあ書類やファイルに関しては私であるが。 確かに判断をのばしてよかった事もあるが、身近なことは即決の方がよい。 「孫子」も兵法では速攻を説いている。
海外の旅行に出ると一日おきに、バックの全てを出して整理をしている。 これは長年の旅行経験からの知恵である。 10分で済むし、出発の時に慌てないで済む。 圧縮されたバッグの中はすぐに混沌として、小さい空間にかかわらず 必要なものが何処にいったか判らなくなる。 そのままだと、気持ちまで落ち着かない。
ところが、机の中やファイルや書類等になると、後回しにしてしまう癖が ついている。
経営者や弁護士や代議士は、まず秘書をどう機能として取り入れるかが ポイントになる。 サービス機能ー総務管理が組織創りの第一歩だからだ。
家に住んでいて、キチットしているのは気持ちが良い。 生まれたときから必ずお手伝いさんがいた。 父が潔癖症であったのもあるが、常に整然と片付いていた家であった。 しかし、いまは??!!である。 それでも居間と寝室の私のテリトリーは整然?としているが。
さあ今日は、事務所の机周りの整理をしよう! ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
531, 天皇制度について - 2002年09月26日(木)
国家感だから書くのに少し気が引けるが,避けては通れない問題だ。 島国とか離れたスカンジナビア半島のように、 あまり外部との入れ替わりの無い国では, 王室を国家の体制としておいておく方式もあってもよい。 また多神教の場合の統治にも王室が有効となる。
ユダヤ教やキリスト教やイスラム教のようなラージXの 一神教には共通の価値観がある。 アメリカの大統領の宣誓式でバイブルを手に宣誓をするのは、 一神教のラージXのアラーの神に国民の前で国家への奉仕を 約束をすることである。 旧約聖書では王を認めてない。
日本の神話で神が出てくる。 彼の左右には必ず二人の対立したセカンドがでてくる。 対立をする間に中央の神が存在して、真空ー中空としての役割を果たす。 変化の乏しい島国では丁度よい役割を果たす。 良くいえば弾力的システム、悪くいえばいい加減なシステムになる。 今の日本の窮状はそのいい加減なシステムの弱点が出ている為である。
アメリカが日本を占拠した時にアフリカとか東南アジアやインドの 占拠方式をそのまま当てはめ、天皇制の維持で国家体制の維持に利用した。 明治維新で日本という国家をつくろうとして、京都の天皇に目をつけた。 天皇家をシャッポ−帽子にした。
ー国家のつくり方として ・先ずは帽子が必要である。警察の帽子といっしょである。 ・次に暴力装置として内向けに警察、外向けに軍隊が必要になる。 ・それと決め事としての憲法。
戦後はその決め事ー憲法をアメリカに押し付けられ、 天皇も占領に都合がよい為、そのまま押し付けられた??!! その名の下に戦争で死んでいった国民をこれほど馬鹿にした話はない。 少なくとも昭和天皇は変えるべきであった。 それと居を京都に帰すべきであった。
裸の王様と同じで、誰もが解っていながら?口に出せない。 あの北朝鮮と同じである。 ドン様が存続しているのは、恩恵を受けている軍部の存在である。 天皇もしかり、宮内庁を縮小しなくてはならない時期はいずれ やってくるだろう。 議論を避けて通ってはならない問題だ。
石原慎太郎が「天皇家は朝鮮人のルーツを持つ」といっていたが、 それは古墳をみると明らかである。 日本こそ多民族国家である。その時々でいろいろの民族が浸入してきた。 台湾だったり、朝鮮だったり、アイヌ系だったり、南方系だったりした。 そしてその都度いろいろな一族が大きい勢力をもった、 それの一つが天皇家である。 千年以上続いているのが素晴らしいといえば、全くそうだが。
欧州の王室のように、質素な一般大衆とさほど変わらない 慕われる王室に自然となっていくだろうが。 その為には、まずは京都に居を移ってもらわなくては! 予算も今の130億円から30億位に削って!
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[162] 手順 2001/09/26 人生を生きてきてつくづく思うことは,どう学びどうそれを 実現してきたかというとである。大学を出たとか高校を出たとかは二の次、 しかしそこで何を学びなにを得たかがポイントのように感じる。
私の場合、浪人が一番勉強になった。そこで得たものは、 そこにたつと「ぎりぎりの線に立つと」知恵が出てくるということだ。 そこで手順を身につけたことだ。
人生の若い時にこれを身につけないと、人生の後半に問題にあたったとき その解決に苦労する。 ぎりぎりの崖っぷちにたってはじめて、手順は身につくのではなかろうか。 それも前向きである必要がある。
チャレンジの中で自分を追い詰めて (その中で自己をぎりぎりのところに立たせる中で)、知恵が出てくる プロセスを手順というのではないか。
30数年いろいろな仕事を手がけてきた。 仕事は違えど同じことがある、それがプロセスである。 どこの世界にいっても馬鹿な二代目がいる、そしてプロセスをみて笑う。 創業のプロセスは傍目でみてミットモナイ姿でもある。
プロセスは直線的にいかない。 それが傍目からでは解らないからであろう。 「目的と手段」の手段に似ているが手順はその両方を含む。 「空即是色」のところもある。 空にしてそこから手順を踏むからだ。
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