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2004年08月01日(日)
先日のニュースで、ある動物園で直立をして歩くサルを報じていた。 人間のように背筋を伸ばして歩いていた。 インフルエンザで高熱を出した後、直立で歩きだしたという。 何かサルの惑星の世界のような不思議な感覚に陥ってしまった。
・風邪で脳の何処かをやられてしまったのか。 ・サルの歴史の中で直立で歩いていた時期があったのか。 ・人間が歩き出したのは、脳をやられたサルが歩き出したのかもしれない。 等、考えてみたが。
一般にはサルが木にブラ下っているうちに背筋が伸びて、直立の骨型ができた。 その後に、草原に獲物を獲るために出て行くうちに、直立歩行になっていったと、 信じていたが、サル学者はこの現象を如何みるのだろう? 進化論で、「脳内突然変異作用」の説があっただろうか。
人間でも老人性痴呆症になった人が抑制がとれて突然、絵画の特殊才能が出た という例もあるという。 脳はまだまだ未知の領域である。 それが注目をされた時は、悪化をしている時である。 そう考えると、脳が最近になって注目をされているというのは 人類は少し脳がおかしくなってきているせいだ。 それとも電脳といわれるコンピューターのせいだろうか。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2003年08月01日(金) 849, ありがとうの話ー7
「幸せの宇宙構造」を読んで、「ありがとう」を一日500〜1000回 いい続けて50日が経つ。 日が経つほどに、驚くほど気持ちが安定するようになった。 もともと気持の安定化は般若心教などで訓練していたが、「ありがとう」効果は 即効性がある。 簡単に「瞑想と同じ状態」になるため、細切れ瞑想が手軽にできるからだ。
『言葉はレストランのオーダーのごとし』というが、 言い続けていると注文どおりの料理が運ばれてくる。 「ありがとう」といっていると「ありがたいこと」がどんどん運ばれてくる。
「ありがとう」を歳の数×1万回をいうとその辺から、それまでと違う現象が どんどん出てくるという。 私の場合57万回になるが一日千回として、一年半以上かかる事になる。
「ありがとう」を言い続けているうちに、言葉と一体化して無我になった状態が、 仏教でいう悟りに近い状態ではなかろうか。 宇宙の特異点の「正中心一点無」の状態である。 その無からエネルギーが湧き出てくる感じだ。
私の場合、マイナス思考が出てきたとき、自動的に「ありがとう」を言うことに している。現時点ではこれが一番自分にとってプラスになっている。 人間は一日7~8万回考え、その大部分がマイナス言葉というから、 これは非常にプラスである。 この随想日記を読んでいる人に「ありがとう」シリーズは好評で多くの人が 「ありがとう」をいい始めるようになった。 ありがたいことだ。 「ありがとう」のとうは「十」と「当」の意味が含まれているという。 ありが十は「十に一つしかないこと」 ありが当は「めったにないに当たること」という。 なるほどと思う。
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2002年08月01日(木) 474, ある小学6年生の作文
[僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。 そのためには中学、高校と全国たいかいに出て活躍しなくては なりません。活躍できるようになるためには練習が必要です。 僕は三歳のときから練習を始めています。三歳から七歳までは 半年くらいはやっていましたが、三年生の時からいままでは 365日中360日は激しい練習をやってます。 だから、一週間で友達と遊べる時間は5~6時間です。 そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球の選手に なれると思います。 その球団は中日ドラゴンズか、西武ライオンズです。 ドラフト入団で契約金は一億円以上が目標です。 僕が自信があるのは投手か打撃です。
去年の夏、僕たちは全国大会に行きました。そして、 ほとんどの投手を見てきましたが自分が大会のナンバーワン 選手と確信でき、打撃では県大会四試合のうちホームラン3本を 打ちました。そして全体を通した打率は5割8分3厘でした。
このように自分でも納得いく成績でした。 そして自分たちは一年間負けを知らずに野球ができました。 だから、この調子でこれからも頑張ります。 そして、僕が一流の選手になって試合に出られるようになったら、 お世話になった人に招待券を配って応援してもらうのも夢のひとつです。 とにかく一番大きな夢は野球選手になることです」
この文章はイチロウの子供時代の作文である。−「致知」という雑誌より 「夢」と「意思」と「実績からくる自信」が現れている。 それと父親の指導がこの作文の文章からうかがいしれる。
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2001年08月01日(水) [94] 倒影について−1
投影といえば対象の中に自身の姿を見るとか,自身を相手に映し出すときに つかわれる。 これに対し私が創ったか実際あった言葉か忘れてしまったが、‘倒影’という心理がある。 これが人間にとって曲者! ずるい批評家とかコンサルタントや新興宗教の教祖が多用する。 他人の悪口はこの心理より発せられる。
‘心の中の影’を自身の中より、対象の中に見てけだし否定する。 ずる賢いやつはそういう対象に近づき、否定すべきことを探しある時期がきたら手の裏を返す。 誰もが持っている哀れな姿である。新興宗教の教祖がそれをやる。 ダライラマとかに500万とか1000万の金を献金。 会見したようにして会い、あたかも同格のように写真をとる。 そのうちいつのまに教徒にそれ以上と洗脳をする道具に使う。 オウム教とかこの前詐欺でつかっまった足もみの教団はその典型だ。
女子短大レベルの若い女が表面的知識を得た時、まずおぼえるのがこの否定である。 それであとは何にも見えなくなってしまう。それで同格かそれ以上と錯覚してしまう。 何事も三分一は影がある。その影探しだけに精を出す。
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