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2004年07月05日(月)
ー大自然
大自然の秘境の見どころには山脈系、氷河系、滝系、大草原系、平原系、海・海岸系、 などに分けることができる。多くはその幾つかが重ねあっている。
山脈系としては、北米のロッキー、欧州のスイスアルプス、南米のアンデス山脈、 ヒマラヤ山脈、などがあげられる。
滝としては、ナイアガラの滝、イグアスの滝,ビクトリアの滝、 エンゼルフォールの滝などがあげることができる。 あまり知られてない滝で、その迫力に思わず息をのむことが多い。 迫力景観からいったら、やはりイグアスが一番である。
主観をこめて印象に強い順にかいてみる。
1、一番は何といってもケニアの草原の夕景である。 幻想的で、この世のものと思えないオレンジ色と白光色が入り混じった360度の視界の 草原の美しさは、言葉には表現できない。 2、次にはカナダのロッキー山脈である。 湖も含めてその壮大な景観は、これがほんとうに地球だろうかと思ってしまった。 その時思ったことは[人生をこれをみた 以前と以後と分けることができる] 3、南米のベネズエラのテーブルマウンテンの絶景。 夕景の中、キャンプの近くから見上げたテーブルマウンテンの世界は、数億年の時間が 目の前で直感できるイメージであった。 4、スイスアルプスと、チロルの大草原、そして氷河・・・ 5、南米チリのパイネ国立公園のパイネ山の夕景 6、ブラジルのイグアスの滝 7、アラスカの遊覧飛行で見たマッキンレー山脈 8、パキスタンのカラコルムハイウエーからみたヒマラヤ山脈 9、アイスランドでみた、オーロラ 10、フィジーでみた海と海岸と、小さな島々 11、イスラエルの荒野 12、アラスカとスイスとチリで見た氷河
などなどである。 それぞれが、比較してランク付けできないほど素晴らしい。
ある高僧の言葉がよい [大自然は、自分で自分の美しさを見るために、小自然の人間をつくった]
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 2002年0705 旅行中につき休止
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2003年07月05日(土) 822,ある時間の断片ー29
10月31日ー 1968年 ・朝の9時過ぎ、松村君から電話で11月3日8時20分に地下鉄の 早稲田駅で待ちあわせの約束をする。 午後から2時間、勉強をする。 21時から佐藤君の部屋で酒を飲む。 24時の就寝。まだ卒論に集中できてない。 焦りばかりが先立つ。自分に対してまだ突き放していないようだ。 最後の学生時代の時間はあまり残されてないのに如何したことか。
11月01日 ・夜半の0時半ごろ、佐藤の部屋で間中とお茶を飲んでいると、 OBの満田さんが炊事場で高橋を説教をしている。 何か自分にあてつけのように聞こえてきた。 彼は4年間それで通してきたのだから、それでよいのだろうが。 寮を出たのだから、そうそう寮に来るべきではない。 会社では上手くいってないと聞いている。 学生気分が脱皮してないためだ。 気の毒といえば気の毒だが、結局何処にも帰属できない苛立ちがああいう かたちになっている。 先日、セミナーで集団主義的烏合を私に指摘した。 二重帰属、三重帰属を割り切ってできてない甘さをつかれた。 他人事でないが。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2001年07月05日(木) [74] 死について
誰もが直面するまで見て見ぬふりをする、一番厄介な避けてとうれない一大問題である。 40歳過ぎれば何時直面してもおかしくない問題である。
子供の頃から両親に‘死の不安’の話を聞いていた為、死にたいして 耳年増になってしまった。
そして親戚が多かったせいか、死を身近に見てきた。 そして坊さんの死の話も聞いた。その中で一番印象に残っているのが 「人(他人)は先、我は後!」である。自分が生きてる限り全くそのとうりである。
たしかギリシャの哲人の言葉に「自分にとって死は存在しない、なぜなら死んだ瞬間 自身無になるのだから、死は残された者たちの自身の言葉でしかない。」という言葉 をその坊さんは噛み砕いたのだろう。 ー以下は以前書いた文章である。 ーーーー H0503 “死”について
・ 自宅の両隣の御主人や息子さんも含めて近所で、このところ五軒も葬式があった 。 六年程前に“いとこ”がやはり四人、たて続きに亡くなった。 私の年令の風景の一つなのか?
・ 人間の死亡率は百%!
・ 人間の恐ろしいのは、“死”より“死に際”じゃないか?
・ 親の死は、子供に対する最大のプレゼント
・ “我々が生きている間は死はこない。死が来た時にはわれわれはもはや生きていない” (エビクロス)
・ 死んでしまえば塵である。(伊藤栄樹)
・ 死んで三日もたてば三百年前に死んだと同じ事。
・ “苦”は生きているうち。それが死への苦しみであっても!
・“いろいろ、あったが死んでしまえば何ってこたあない! はじめから無かったと同じじゃないか!皆の衆”(山田風太郎)
・“ああ、自分が消滅した後、空も地上も全く同じとは何たる怪事!
・ 死とは人生における最後の挑戦である。(ハイデッカー)
・ 死はお浄土への単身赴任である……極楽世界があるかないかではないのです。 あるべきなのです。いや、あらねばならないのです。(さち・ひろや)
・ 死も人生というドラマの一部分、それも最後の仕上げという。
・ 死に直面した時“さようなら、たださようなら、さようなら!” これこそ、死の苦しみにとらわれない妙薬。
・ 人間は死ぬ事を、ひそかに望んだので戦争をしたのだ。 自己保存の要求はきわめて強いかもしれないが“死”への欲情はさらに深い。
・ “死の準備”は大別して“自分の心の覚悟”と“自分の愛する者達への配慮”に わけられる。死は根本的には“無”である。 “無”にはいかなる準備のしようがない。“無”になる事に覚悟せよと言ったって、 いかなる覚悟も“無”であり、“無”になる。死はどうであれ “無の世界”=“無”も自覚も存在のない世界へ運び去るのだ。
・ “父母によばれてこの世に遊びに来て、用が済んだら、はいさようなら”(一休和尚)
・ “自分の死”に対して、どれ位時間をかけたか?やっぱりかかった時間と比例します。 だから死について考え続けるより他にありません。自分の心を明確にする事。 それをやっていると毎日が濃縮されて、いつ死んでもいいと思う程、 充実してきます!(曽野綾子)
・ 死は暗闇ではなく光明と考えられるかどうか、もどって来た人はいないのだから。
・ 他人(ひと)は先、我は後!
・生前、死後には無限の暗黒のひろがり…その暗黒は球状をなしているように幻想され、 私の死後ばかりか、わたしの生前もぐるっと取りかこんでいるごとくだ。 丁度、地球儀の或る視点だけが明るくかがやいていて、 あとはすべて球形の闇だという格好である。向こう側(彼岸・無)よりみれば 針の尖でついたような、しかしながら、たしかにここに光っているわたしの生、 それ故にわたしはこの世に有る限り一日一日を大切に遺憾なく生き抜かなくては… (吉野秀雄−やわらかな心)
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