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2004年06月20日(日)
ー経験主義哲学ー
合理主義に対してイギリスとアイルランドから経験主義哲学が生まれた。 合理主義の「理性をとおしてのみ知識が得られる」という主張に対して、 「現実世界の知識は感覚器官をとおして得られる」という論である。
感覚による経験を絶対視する考え方は、合理主義に対してあまりにも対極にあるが、 アメリカとイギリスなどの英語圏では現在の主流になっている。
ジョン・ロックがいみじくも残した言葉がある、 「いかなる人にとって知識もその人の経験を超えることはできない」 経験主義は「人間は物体の観察可能な性質と運動しか観察できないのだから、それを 理解する為にはその性質をとおす以外ない」というロックの認識論が基本になっている。 「現実世界についての理解は感覚をとおした経験から導き出される」というのが 経験主義の中心になった。 彼は自由主義的な民主主義の基礎づくりに貢献した思想家であった。 ロックは、アメリカ独立運動とフランスの革命に、大きな影響を与えた貢献は大きい。
アイルランド出身のバークリーも経験主義者として、大きな位置を占めている。 「意識の内容は、その意識の主体にとって、経験されることのすべてである」 それ以外のことは、存在していることさえわからないという、いまでは当たり前の ことを合理主義に対する一番いたいところをついた。
経験主義の哲学者としては何といってもヒュームである。 彼は人間を「感覚の束」としてとらえている。 彼はロックと同じく現実世界についての知識は、自分自身についても、 他人についての経験も、実際の経験を通してしか得られないと主張した。 我々が内省をするとき、頭に出てくるのは、感覚をとおして得た経験や思索、感情、 記憶からである。 「私とは感覚の束である」という彼の言葉あまりに有名である。 心理学でいう観念連合ということである。 私たちの行動は欲望や情念によって目的が決められる。 理性が介入してくるのは、目的を達成する為の手段を選び、適応する段階になってからである。 「理性は情念の奴隷」も、ヒュームが残した言葉である。 そして18世紀末から、ドイツ圏において古代ギリシャの時代に匹敵する 哲学が開花していくのである。 つづく ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
2003年06月20日(金) 807, 心の構造進化ー書き続けるということ
少し難しい話をすると、 社会学者のレビィ・ストロースは、人間社会の基本形を 「時計仕掛け型」と「蒸気機関型」に分けた。 ・「時計仕掛け型」の社会は実質的に歴史を持たず、構造変化をしない社会 ー南アメリカのアマゾン奥の部族の人達やアフリカのマサイや・・・・・ ・「蒸気機関型」は我々の社会のように進化をしていく社会をいう この両者の違いを、ストローは「書く」ことによるとしている。 ーといって、「どちらが文化的に優れているかというとむしろ『時計仕掛け型』ではないか!」といえるが、この問題は違う時に考えてみる。 社会だけでなく私たちの心も言葉にして書かない限り「時計仕掛け型」である。内語を書きとどめることによって、人間の心も言葉との相互作用によって構造進化を始める。二年間書き続けてつくづくそれを実感する。
この随想日記を書き始めて、何かが大きく変わっているのを実感する。 毎日書いている解るのだが、大体が過去の話である。 ということは、過去のことしか書けないのだ。 未来のことも書けるが、結局は過去の前提の上での未来でしかない。 せめて夢か予定の一部だけでしかない。 書くことで、過去の自分を見つめ直すことによって、心の構造進化をしている。
もし、過去を無理してふりかえないようにしているなら、心に蓋をしていることになる。このように書き出すことによって、心の中の曇りやその奥にある光に気がつく。その意味では、二年以上毎日書き続けたおかげで自分を見つめなおすことができた。心がどんどん構造進化ー私の場合は構造変化だがーをしているのを実感する。そして書くこと自体が面白くなるのだ?! 毎日が一語一会になったしまうのだ。 しかし、いつもネタさがしにキュウキュウとしているが。
(注)ストローズ ークロード・レヴィ=ストロース
フランス生まれの文化人類学者(1908-まだ生きている)。 「構造主義」のリーダーとなった人。 あらゆる民族の神話を分析することによって、浮かび上がってくる「構造」を発見することによって、未開社会も、われわれの社会となんら変わらないではないか、と考える。 しかし、彼の神話解釈はそこに共通する「構造」があることを前提としているのでしばしばうさんくさい(と感じる)。 《著書&論文一覧》 『悲しき熱帯』(『悲しき南回帰線』) 『野生の思考』『神話学』etc
レヴィ・ストロースは、各地に伝わる神話を洗いざらい分析し、それらに共通する法則(=<構造>)を発見する。それまでその地方オリジナルの神話だと思っていたところに、共通する<構造> が存在するということが分かり、ヨーロッパ社会に衝撃が走る。 自分たちのヨーロッパ文明が最頂点であり絶対であると信じていたら、いわゆる「未開」社会のそれも、その<構造>という点に関しては共通だったからである(ザマ〜)。 聖書に関しても、神様の言った言葉(テキスト)を無視して<構造>を見出せてしまう点において、キリスト教社会たるヨーロッパ社会に同様の衝撃が走る(本当にザマ〜)。 人間個人個人にも<構造>があると言った人がフロイトであり、彼の場合は個人レベルにおける 構造主義者である(岸田秀は、その個人レベルの<構造>は、社会全体にも当てはめることができると言っている)。 インセスト・タブー(近親相姦の禁止)に関して、レヴィ・ストロースは社会成立の必然(女性交換の際の必然)にその起源を見出し、その過程にややインチキ臭さがあるので、 僕としては岸田理論の「幼児の性欲存在説」のほうに共感を覚えてしまうのだが、岸田論とは違っても、そこから社会の<構造>を見出したレヴィ・ストロースには感心を覚えてしまう(岸田秀のインセスト・タブー論を確認するために『哺育器の中の大人』を読み返してみたら、ちゃんとレヴィ・ストロースの名前が出ており、やや嬉しくなった)。 ということで『はじめての構造主義』はおすすめだ。内容もさるものながら、橋爪大三郎の本の構成がまた憎たらしい。第1章、第2章では構造主義の成立過程のみ(音韻論、語学、人類学の説明など) が書かれているだけで、構造主義そのものの内容は分からないままになっている。第3章に入っても数学について論じられているだけで、構造主義の具体的なイメージが湧かない。 このまま本が終わってしまうのではない読者の不安が最高潮になったところで、「それらをレヴィ・ストロースにつなげると」という文章が始まり、「要するに構造主義とは・・・」 という大まとめに入って、第3章の最後の数ページで一気に構造主義のイメージがつくり上げられてしまう。 音韻論、言語学、人類学、数学の諸説明が最後のまとめですべて構造主義の概要に結びつくのである。 多くの読者はその構成に感動を覚えることであろう。 ・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2002年06月20日(木) 443, 見せ金ーブランド志向心理
ヤクザが1万円札を財布にビッシリ入れ見せびらかす、見せ金である。 中学の同級会で久々に出てきた男がまったく同じ事をしていた。 普段金に困っているから、逆に故郷に帰ってきたときぐらい 金を持っている振りをしたくなるのがミエミエである。 可愛いものだが。
銀座で永くクラブのマネジャーをしていた人の「人の見分け方」の話。 「高価な服装、靴、時計で身を固めている人が一番危ない」ツケはできないという。 外見が金持ちに見える人は、成金とかバブルの成り上がりの人が多い。 実用本位の質素の服装をしている人が一番信用できるという。
何回か会社を潰した人が再び会社を興し、少しうまくいくとベンツに 髭に皮ジャンに高級クラブ、お決まりのコース。 そして数年後夜逃げ、身辺でいくらでもある。
すぐに逆上せ上ってしまう。 結局は事業はそれをしたかったための手段でしかなかったのだ。
それと同じ事が、スナックで見かけるやり手ブスの中年女。 ブランド品を上から下まで飾りつけ、香水の匂いを撒き散らす姿は喜劇。 コンプレックスの裸の王様そのもので、−心理は見せ金と一緒。 それに気がつかないから世の中面白いのだろう。 日本人のブランド好きは上記のやり手ブスの心理そのもの。
それが人間の全ての集約した姿だ、自分の見えない姿でもある。
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2001年06月20日(水) [58] 一六会について
毎月の16日に第二新館近くの大橋ー料理屋で開かれる平均7〜8人集まる会である。 もともと花園のマルヒロ不動産の後藤会長が開いていた会で、会長が元気な4年前までは 20人以上集まっていた会であった。
亡くなった後も続いていること自体不思議なことで、やはり後藤会長の人柄だったのでは ないかと思われる。ただ酒を飲んで騒ぐだけなのだが、全く利害のない集まりで 好きなことを言っても喧嘩にもならないのが良い。
ただ流れているのはやはり後藤会長の好きな連中の集まりというコンセプトだと思われる。 なんの気を使わず騒げる場もそうあるもでない。 平均年齢が65〜70歳とすこし高いが、それが何ともいえない味を出している。
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