堀井On-Line



1139, マザー・テレサ

2004年05月16日(日)



「ライフ・レッスン」の著者であるキュープラー・ロスの本の中に度々
出てくるマザー・テレサを、調べてみた。
 
 知っていたことといえば、
ーインドのカルカッタで貧しい人のため全てを投げうって奉仕活動をして、
その結果として、ノーベル平和賞をもらい、数年前に亡くなった。
という位であった。

 彼女の言葉の中から、
彼女の素晴らしが、そのまま伝わってくる。
読めば読むほど、彼女の一生を投げ打った言葉の輝きがみえてくる。
そして自分の卑小さがみえてくる。

ただ無心に読むとよい。
 
 **

・インドの最下層の人たちは、あなた方が想像できないほど貧しい生活をしています。
 しかし、彼らの心はあなた方が想像もできないほど人間的です。

・この世の最大の不幸は、貧しさや病気ではありません。
  むしろ、そのことによって、見捨てられ、
  誰からも自分は必要とされていないと感じることです。

・今日、貧しい人々はパンやご飯、愛や神の生きた言葉に飢えているのです。
  貧しい人々は、水や平和、真実や正義に渇いています。
  貧しい人々は、レンガでできた避難所、理解し、包みこみ、愛する幸せな心、
  という安息の場を与えられていないのです。

・私たちの使命は、ソーシャルワーカーではありません。
  貧しい人と共に生きて、貧しい人を愛することです……
  私たちは、貧しさの中にこそ、喜びを見いだすのです。

・大切なことは、貧しく、見捨てられた人々に兄弟姉妹として接し、
  人々の痛みを自分の痛みとして受け止め、愛を分かち合うことです。

・私たちの目的は、神がこの世を愛しておられるということを宣言することです。

・もし家庭が祈ることを始めるなら、愛と一致がもどるでしょう。
  というのは共に祈る家族は共にとどまるからです。
  祈りの実は信仰です。
  信仰の実は愛です。
  愛の実は奉仕です。

・今日の最大の病気は、らいでも結核でもなく、自分はいてもいなくてもいい、
 だれもかまってくれない、みんなから見捨てられていると感ずることである。

・最大の悪は、愛の足りないこと、神からくるような愛の足りないこと、
 すぐ近くに住んでいる近所の人が、搾取や、権力の腐敗や、貧しさや、
 病気におびやかされていても無関心でいること。
 ……病気の人、苦しんでいる人にとっては、この会の人がいたわりと慰めの
 天使でありますように。
 わたしどもの貧しさの生活は仕事にも劣らず必要である。
 どれほど貧しい人に借りがあったか、天国へ行ってはじめてわかる。
 彼らのことでもっと神を愛することを教えられたということのために。

・親切で慎み深くありなさい
 あなたに出会った人がだれでも
 前よりももっと気持ちよく
 明るくなって帰れるようになさい
 親切があなたの表情に
 まなざしに、ほほえみに
 温かく声をかけることばにあらわれるように
 子どもにも貧しい人にも
 苦しんでいる孤独な人すべてに
 いつでもよろこびにあふれた笑顔をむけなさい
 世話するだけでなく
 あなたの心を与えなさい

・ある人びとが豊かに生活できるのは、それなりの理由があるはずです。
 そのために働いてきたに違いありません。
 ただ、私は物が浪費されるのを見ると怒りを感じるのです。
 私なら使えるものを人びとが平気で捨てる時に。

・目の不自由な人がそばにいれば、自分が読んでいる新聞を声を出して読みあげるだけでいい。
 それも自分が読みたい時間にで充分。
 いや、何もしなくても、そこに何かで苦しんでいる人がいるということを
 知っているだけでいいのです。

・私はね、人間的なあつかいをうけていない人たち、社会から拒絶され、きらわれ、
 軽蔑されている人たち、この世でもっともひどい病気に苦しんでいる人たちのもとに
 いかなければならないのよ。
 でもね、オキ。あなたたちは、もっと身近なことからはじめたらどうかしら。
 病院に入院している患者に花を持っていってあげるとか、年とった人のために窓を拭いたり
 洗濯をしてあげるとか、ね。
 浮浪者のために社会保障の用紙に記入する手助けするのだって、目の不自由な人のために
 手紙を書いてあげることだって、とてもりっぱな愛の表現なのよ。

・いまの世の中、人間が人間を見捨てているのよね。
 親が子を、子が親を、兄が弟を、友が友を、隣人が隣人を。

・子どもはあなたの愛を待っているのよ。一対一のね。
 あなたが働いてその子のパンを稼いできても、その子がほうっておかれるんじゃ
 どうしようもないでしょう。
 いま、ほとんどの人が、生活をもっと豊かにしようと、忙しく働いていて、
 子どもたちは両親とすごす時間がとても少なくなっています。
 私たちが接している貧しい人たちは物質的には豊かじゃないけれども、ほんとうに
 子どもを愛していますよ。その意味では、世界一の幸せ者かもしれませんね。

・愛は家庭に住まうものなんですよ。
 子どもを愛し、家庭を愛していれば、何も持っていなくてもしあわせになれるのですよ。

・国と国の間に大きな違いはありません。
 どこへ行っても出会うのは人びとですから。
 異なった外見、異なった教育や異なった地位ではあっても、みなおなじです。
 どの人もみんな愛すべき人です。
 みんな愛に飢えています。
 
・あなたがたがもし、苦しんでいる兄弟姉妹のひとりひとりを思いおこすなら、
 仕事はもっとらくに感じ、貧しい人たちにたいしてももっと心の底から微笑むことが
 できるでしょう。
 もし、貧しい人びとが飢え死にするとしたら、それは神がその人を愛していないからで
 はなく、あなたが、そして私が、その人たちにパンを、服を、そして愛を、思いやりを
 あたえなかったからなのです。

・でもそれは、パンがないためではありません。
 愛、思いやりへの飢え、だれかの「自分」でありたいという思いがみたされない飢えなのです。
 裸の人もいます。服がないということではありません。
 見ず知らずということだけで、やさしい心づかいをしめしてもらえないという意味で
 裸なのです。でも、それらの人びとに話すことはできるだけ少なくしましょう。
 説教してきかせても、それは人とふれあう場にはなりません。
 ほうきをもってだれかの家をきれいにしてあげてごらんなさい、そのほうがもっと
 雄弁なのですから。

・私は社会福祉家でもなければ、慈善事業家でもないのですよ。
 私はキリストのためにやっているだけですから。

・ 私かもし、社会福祉や慈善のために活動するのだったら、しあわせだった家も
 捨てなかったでしょうし、両親とも別れなかったでしょう。
 私は神に捧げた身ですから、いま私がしていることはヒューマニズムでもなんでも
 ないんですよ。ごく当たり前のことなんですよ。
  
  ーー
・" Love until it hurts ! "

・何もしなくてもいい。
 そこに苦しんでいる人がいることを知るだけでいいのです。

・あなたがちょっと微笑むだけでいいのです。
 新聞を読んであげると、慶ぶ目の不自由な人も、
 買い物をしてあげると、慶ぶ重い病気の母親もいるでしょう。
 小さいことでいいのです。そこから、愛は始まるのです。

・平和は微笑みから始まります。1日5回あなたが本当は笑顔を見せたくない人に
 微笑みかけなさい。それを平和のためにするのです。

・健康な人やお金持ちは、どんなウソでも言えます。
 飢えた人、貧しい人は、にぎりあった手、見つめあう視線に、
 ほんとうに言いたいことをこめるのです。

・ある人が尋ねました。
「いったいいつ、貧しい人々の貧困はやむのですか?」
 私は、あなたと私が分かちはじめたそのときに、と答えました。
 より少なく持てば、その分、より多く与えられるのです。
 より多く持とうとすれば、より少なく与えることしかできません。

・むしろ親切と慈しみのうちに
 間違うほうを選びたいと思います。

・貧しい人々の中で最も貧しい人々をキリストご自身の姿として助けてゆく

・私たちは、教会の維持を受けませんし、政府からの補助も受けません。
 また、月給もありません。神の愛の宣教者は、貧しい者の中の最も貧しい者です。
 誰一人、私でさえも、自分の物は何も持ちません。

・最も悲惨なことは、飢餓でも病気でもない。自分が誰からも見捨てられていると
 感じることです。

・貧しい人々が一番求めているのは、哀れみではなく、愛なのです。

・私は福祉活動をしているのではありません。私にとって大切なのは、群衆としての
 人々ではなく、個々の魂なのです。 

・貧しい人たちは、私たちが彼らに与えるよりはるかに多くを、私たちに与えてくれます。

・残り物を与えるのは、貧しい人々が持っている尊厳に敬愛を払っている行為ではありません。
 貧しい人々を私たちの主人と見てする行為ではなく、彼らを見下げた行為としか
 言いようがありません。

・飽くことなく与え続けて下さい。しかし、残り物を与えないで下さい。
 痛みを感じるまでに、自分が傷つくほどに与えつくして下さい。

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『マザー・テレサの生涯』

1950年昭和25年, インドに帰化。 12人のシスター
と共に、”貧しい中の最も貧しい人に仕える修道会” 「神の愛の宣教
者会」設立総長に就任して「マザー・テレサ」と呼ばれるようになる。 
. ...
ー1910年
明治43年 スコピア(現マケドニア)のアルバニア商人の家庭に生まれる。
両親はアルバニア系の熱心なカトリック教徒
ー1928年
昭和 3年 アイルランドのロレッタ修道会に入会し、カトリックの修道女として
インド・ダージリンの修練院に送られる。
ー1931年
昭和 6年 ロレッタ修道会修道女として初誓願を立てる。
修道名はシスター・テレサ
カルカッタにあるロレッタ修道会経営のセントメリー高等学校に赴任。
歴史と地理を教え、その後校長を務める。
ー1946年
昭和21年 黙想のためダージリンへ向かう汽車の車中で”神の召命”を受け、修道会を出て
貧しい人々の中に入ることを決意する。
ー1948年
昭和23年 イギリスの植民地から独立したインドで、貧困救済の活動に入るため、
派遣伝道師としての身分の除籍をローマ法王に申請。
(修道女のまま修道院外で働く許可)
スラム街にまず最初に「青空教室」を開設。
(薬を買って粗末なサリーをまとい貧民街に立ったとき、所持金わずか5ルピー。)
「富の中から分かち合うのではなく、ないものを分かち合うのです。」
ー1950年
昭和25年 インドに帰化。 12人のシスターと共に、”貧しい中の最も貧しい人に仕える修道会”
「神の愛の宣教者会」設立
総長に就任して「マザー・テレサ」と呼ばれるようになる。
ー1952年
昭和27年 路上で死にそうになっている人を連れてきて、最期をみとるための施設
「死を待つ人々の家」(Home for Sick and Dying Destitutes)を開設。
(地元住民の強い反対と施設撤去を求める誓願。何しろ、ヒンズー教徒の国で
すから、キリスト教のシスターは良く思われません。また、どうせ死ぬ人のた
めにそんなに苦労してもあまり意味がないのではないかという批判もあったそ
うです。でも、マザーは、最期の一瞬だけでも人間らしく扱われることの大切
さを知っていました。)

ある日、コレラで死にそうなヒンズー教徒の僧を引き取り、死をみとったこと
をきっかけに、住民の彼女を見る目が変わる。

「恵まれない人々にとって必要なのは多くの場合、金や物ではない。世の中で
誰かに必要とされているという意識なのです。見捨てられて死を待つだ
けの人々に対し、自分のことを気にかけてくれた人間もいたと実感させること
こそが、愛を教えることなのです。」

ー1955年
昭和30年 孤児のための施設「聖なる子供の家」を開設する。
ー1957年
昭和32年 ハンセン病の巡回診療を開始する。
ー1965年
昭和40年 インド国外での最初の修道院をベネズエラに開設する。
ー1968年
昭和43年 西ベンガル州にハンセン病患者のコミューン「平和の村」を開設する。
ー1975年
昭和50年 学校・病院・作業所持つ複合センター「プレム・ダム」を開設する。
ー1979年
昭和54年 ノーベル平和賞受賞
「わたしは受賞に値しないが、世界の最も貧しい人々に代わって賞を受けま
した。」
(ノーベル平和賞と言っても、政治家や活動家が受賞する際には、委員会の中
でも意見が分かれることが多いそうですが、マザーの受賞の時には、満場一致
だったそうです。彼女は、賞金の全額を寄付しました。また、受賞後に問題が
生じることもあるようですが、マザー死去の報を聞き、委員長は、
「マザー・テレサの平和賞受賞はわれわれが大きな喜びと満足感を持って振り
返ることのできる受賞だった」と語っています。
受賞後も、朝4時に起床、シスター達と一緒に、路上生活者やごみ捨て場に捨
てられた幼児を施設に連れてくるといった生活をほとんど変えずに行い続けた。
ー1981年
昭和56年 この年と翌年に二年連続して来日し、各地で講演を行う。
ー1984年
昭和59年 三度目の来日。
ー1997年
平成 9年 3月病気のため総長を引退。新総長にシスター・ニルマラが選ばれた。
ー1997年
平成 9年 9月5日(日本時間9月6日午後6時)
「もう息が出来ないわ」の言葉を残し永眠。
9月13日インドで国葬が行われた。
国家元首でも首相でもないのに、異例の国葬です。マザーがどれほどインドの
人々に愛されていたかが、わかります。

マザー・テレサやシスターたちのとなえる
アッシジの「聖フランシスコの祈り」

主よ、私をあなたの平和の道具としてお使いください
憎しみのあるところに愛を
争いのあるところに許しを
分裂のあるところに一致を
疑いのあるところに信仰を
誤りのあるところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇に光を
悲しみのあるところに喜びを
もたらすものとしてください
慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
私が求めますように
わたしたちは与えるから受け
ゆるすからゆるされ
自分を捨てて死に
永遠の命をいただくのですから

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2003年05月16日(金) 772, 家電の買い方



 私の値がさの家電やビデオなどを買う時の方法論を書く。
見る人が見たら何を今更のことでしかない。
しかし衣料量販店のバイヤーや、大きい買い物ではホテルビルの発注の経験を
してきたので、買い方は他の人よりは知っている?
 
 何事もまずは情報である。
昨秋に50インチのPDPTVを買った時には事前に量販店の売り場に30~40回は通った。
職場の近くに石丸電気とヨドバシがあるからだ。
また休日にはコジマ電気、ジョーシン、ヤマダ電機など5~6軒を数回ずつ回った。
それを楽しむのだ。まあ買い付けがすきなのだろう。
何といっても決めては、インターネットの価格・comで値段と情報を仕入れる。
商品ごとのチャットの記録が残っている。
かなり詳細の実際買った人の会話が載っている。

 以前のTVを買った量販店に行き,正直に価格・comで調べた値段をいう。
もちろん他の家電の見積もり値段も言う。
それは会員証の記録で解るから、本気で対応してくれる。
全く同じ型番でも、数ヶ月で新機能が加えられる。
メーカーはそれまでの在庫を量販店に破格の値段で流すのだ。
といってPDPTVはホット商品である。
そういう情報はチャットに載っている。
ジョーシンで、チェーン店内の在庫でそれを捜してくれた。

 買うと決めたら、その時点からゲームにしてしまうのだ。
一番スタンダードの方法は、ヤマダ電機とコジマ電気に見積もりを取ることだ。
さらにジョウシンにいってその下にならないかと聞く。
値がさのものなら、ギリギリ下げてくれるはずである。
それなりのエネルギーを使ったぶんだけ安くなるの間違いはない。
その為には執念とプロセスを楽しむ事だ。何ごとも同じである。

 そういえば週刊誌で、記者が上記と同じ買い方をして記事にしていた。
あまりの値下げに驚いた内容であった。
この程度の事は誰もやっているか!

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2002年05月16日(木)
408, 人間を犬に例えるとシビアに・・ −2

       
面白おかしく書いた文章を、そのまま受け取られない為に書く。
決して宗教を否定しているわけでない。
逆に最後は宗教しかない。
ただ権力者が利用しやすいのだ。

ある規範を作り、それを基準に仲良く生きていくべきだ。
組織もしかり、番犬も、座卓犬も、牧用犬も機能として必要だ。
ただ、犬になるなということだ。

犬は何も考えず、ただ上司の(直接上司)命令を待っている、
自主性のない組織人をいう。あるのは胡麻すり(尻尾振り)と
従順だけ。それも組織を円滑にすすめる為に必要かもしれない。

ただそういうレベルの人が、犬に割り切って上手くいくのが、
人間社会の縮図の組織で多い。ある都銀の支店長が言っていた、
「常に組織として、2〜3クラス上の上司を意識して行動すべき」
犬レベルは一ランクしか見えない。
だから例えがシビアに当てはまるるのだ。

宗教もしかり、絶対紳を造り上げ、その言葉として基準をつくる。
それも大事な事だ。
また死に対しては宗教しか人間の心を救う事が出来ない。
犬の例えは組織人にとって、耳の痛い話だ。

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2001年05月16日(水)
書いている本人が不思議な世界―畠山さんに

早速の感想有難うございます。暇というのが実際のところ。
自分を不思議な世界に投げ入れたような変な感覚です。
‘ソフィーの世界,の少女の感じです。
是非貴方もホームページを開いて,つれずれ日記を書いて見てください。
毎日か2日おきに私の場合必ず見にいくと思います。
そして誰かが感想をくれたら、不思議な感覚になると思います。
HP−ホームページは不思議な世界が実感です

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