| 1136, 「世界がもし100人の村だったら−(2)」 |
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2004年05月13日(木)
以前この本の(1)を買ったが、この続刊のー(2)が図書館にあった。 目を通すと、−(1)の解説書という内容であったが、さらに考えさせられるものであった。 これは世界の象徴であると同時に、グローバル社会の我々にとって、大きくかかわってくる。
ユダヤ民族が牛耳っているアメリカがいかに世界の富を独占しているか、 そして貧富の差が世界を覆っているかが一目瞭然と解る本ともいえる。 イラクのアメリカの侵攻の意味も、この数字を見ながら考えると不気味な感がする。
ー「世界がもし100人の村だったら」ー(1)の概要を、 まず抜粋してみると <世界には63億人の人がいますが もしもそれを 100人の村に縮めるとどうなるのでしょう。> 100人のうち
52人が女性です 48人が男性です
30人が子どもで 70人が大人です そのうち7人がお年寄りです
90人が異性愛者で 10人が同性愛者です
70人が有色人種で 30人が白人です
61人がアジア人です 13人がアフリカ人 13人が南北アメリカ人 12人がヨーロッパ人 あとは南太平洋地域の人です
33人がキリスト教 19人がイスラム教 13人がヒンドゥー教 6人が仏教を信じています 5人は、木や石など、すべての自然に 霊魂があると信じています 24人は、ほかのさまざまな宗教を 信じているか あるいはなにも信じていません
17人は中国語をしゃべり 9人は英語 8人はヒンディー語とウルドゥー語を 6人はスペイン語を 6人はロシア語を 4人はアラビア語をしゃべります これでようやく、村人の半分です あとの半分はベンガル語、ポルトガル語 インドネシア語、日本語ドイツ語、 フランス語などをしゃべります
いろいろな人がいるこの村では あなたとは違う人を理解すること 相手をあるがままに受け入れること そしてなにより
そういうことを知ることが とても大切です
また、こんなふうにも 考えてみてください 村に住む人びとの100人のうち
20人は栄養がじゅうぶんではなく 1人は死にそうなほどです でも15人は太り過ぎです
すべての富のうち 6人が59%をもっていて みんなアメリカ合衆国の人です 74人が39%を 20人が、たったの2%を 分けあっています
すべてのエネルギーのうち 20人が80%を使い 80人が20%を分けあっています
75人は食べ物の蓄えがあり 雨露をしのぐところがあります でも、あとの25人は そうではありません 17人は、きれいで安全な水を 飲めません
銀行に預金があり、財布にお金があり 家のどこかに小銭が転がっている人は いちばん豊かな8人のうちの1人です
自分の車をもっている人は 7人のうちの1人です
村人のうち1人が大学の教育を受け 2人がコンピューターをもっています けれど、 14人は文字が読めません
もしもあなたが いやがらせや逮捕や拷問や死を恐れずに 信仰や信条、良心に従って なにかをし、ものが言えるなら そうでない48人より恵まれています
もしもあなたが 空爆や襲撃や地雷による殺戮や 武装集団のレイプや拉致に おびえていなければ そうでない20人より 恵まれています
1年間に、村では 1人が亡くなります でも、1年に2人 赤ちゃんが生まれるので 来年、村人は101人になります
もしもこのメールを読めたなら、 この瞬間、あなたの幸せは 2倍にも3倍にもなります なぜならあなたには あなたのことを思ってこれを送った 誰かがいるだけでなく 文字も読めるからです
けれどなにより あなたは 生きているからです
昔の人は言いました めぐり往くもの、 また巡り還る、と
だからあなたは、 深ぶかと歌ってください のびやかに踊ってください 心をこめて生きてください たとえあなたが、傷ついていても 傷ついたことなどないかのように 愛してください
まずあなたが 愛してください あなた自身と、人が この村に生きてある ということを
もしもたくさんのわたし・たちが この村を愛することを知ったなら まだ間にあいます 人びとを引き裂いている非道な力から この村を救えます きっと 『世界がもし100人の村だったら』 池田香代子
以下はインターネットで検索してコピーした内容である。 −−− ミリオンセラーになったネットロア(インターネットによる民話) 『世界がもし100人の村だったら』の原点と背景がここに明らかになっている。 百人百様の解釈、感想、批判から私たちの未来を考える。 「100人の村」の原点は、 環境学者ドネラ・メドウズが1990年5月に発表した「村の現状報告」というコラムの一編だ。 冷戦末期の世界を1000人の村にたとえ、そこにある矛盾と危機を平易に明快に示している。 本書ではこの「1000人の村の現状報告」を完全絵本化。 「100人の村」との対比も編者が加えている。
「村の現状報告」の1000人の村を100人の村に書き換えたメールの発信者はいまだに不詳と されているが、世界を凝縮して考えるこの発想は多くの人々の心を揺り動かした。 数字の根拠はどこにあるのか。「村の現状報告」が書かれてからどう変化したのか。 「100人の村白書」の章では、ひとつひとつの数字を統計的に検証している。
「世界はどうしてこんなにいびつになってしまったのか」 「私たちはどこかで間違って しまったのではないか」。 2001年9月11日のテロとその後始まった対テロ戦争は、強烈にこのことを私たちに突きつけた。 『世界がもし100人の村だったら』は、多くの人に世界の 現状を教え、この話を読むことができた自分は恵まれているのだということに気づかせ、 「私にできることはなんだろう?」と考えさせた。
その一方で「貧しい人を下に見て、豊かな側にいる自分に満足している」 「数字で表すことができない幸福があることを忘れてはいないか」といった指摘も あった という。これには、作家、池澤夏樹、政治学者、ダクラス・スミス、大学教授、 大野健一、 そして国境なき医師団の黒崎伸子らがそれぞれの立場から意見を寄せている。
ドネラ・メドウズは2001年2月に「9.11」を知ることなく没したが、残したメッセージは インターネットをきっかけに爆発的に広まった。"Think global, act local. " この書は再びそのことを考えるきっかけになるだろう。(篠田なぎさ) 100人の村はそれだけではなかった。
前作「世界がもし100人の村だったら」では、60億人といわれる世界の人口を100人に 縮めるとどうなるかを仮定したものでした。 本書「世界がもし100人の村だったら−2」はその原点にある「1000人の村」の たとえが載っています。 「100人の村」では描ききれなかったことがプラスされている。 「100人の村」より簡潔さが落ちました。さらなるおもしろさはあまり期待できません。 それでも更に今の世界を考え「100人の村」をもっと深く知りたいという人 には丁度よい本です。
ー前作の解説本
前作「世界がもし100人の村だったら」では、100人というわかりやすい数字での 表現でしたが、著者の池田さんがおっしゃるには『1000人の村だったのもを100人の 村としたため、心にグサッと来る表現・文学になった』とのことですが、その抽象的な数字の 裏の現実をもっと詳しく知りたい・・・という方に、この本はオススメです。 また、数字にまつわることだけでなく、人口・人種・宗教・言語・富・エネルギー・戦争ー というように小さな章に分かれていて、世界事情についても書かれています。 知っているようで実は知らない世界のこと、もっともっと知りたいという気持ちに させられる一冊です。
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2003年05月13日(火) 769,「私が20歳の頃」ー読書日記
自分の二十歳の頃は何をして、何を考えていたのかなあ?と本屋で思わず 手にとってしまった。 立花隆と東大生のゼミが、いろいろな年代の人たちにインタビューを試みた本だ。二十歳というと、人生の節目である。 その為この本に登場してくる人たちの話が自分との比較になってしまう。 どんな人たちも二十歳のころに思い悩み、試行錯誤しながら生きていた。 このころといえば人生の前途に対して大きな不安と希望が混在していた時期だった。 個人個人のそれぞれの人生があるのがよく理解できる。 それとそれぞれのバックグランドとしての時代背景があることが。 その時代背景が、その人の人生を大きく左右していることも読み取れる。 こんど「私が20歳の頃」を、このコーナーで書いてみようと思う。
以下はインターネットで調べたものです。 http://matsuda.c.u-tokyo.ac.jp/~ctakasi/hatachi/
ーーーーーーーー ーまえがきと目次と書評ー 新潮文庫ー781円
「私は何のために生まれて来たんだろう」「あの人の運命を決めた出来事とは?」 ――二十歳のころの生き方が、その後の人生を決める。 立花ゼミ生が熱い思いで突撃取材! 安保闘争、バブル崩壊、オウム真理教事件、 NY同時多発テロ……世界が再び混迷の時代に突入する1960〜2001年に 「二十歳のころ」を迎えた多士済々39の足跡。 二十歳のころのインタビュー集
目次 赤川次郎/秋山仁/安部美知子/石弘之/板倉聖宣/糸井重里/伊藤影明/ 茨木のり子/エリック・ハイドシェック/大江健三郎/大杉正明/小川国夫/ 小川三夫/ 鬼沢修二/加藤恭子/加藤登紀子/加藤尚武/神谷郁代/萱野茂/川上哲治/ 黒柳徹子/小松正規/阪口浩一/坂本龍一/崎田昭夫/佐々木力/佐藤学/ 下平作江/ジョージ川口/妹尾河童/曽野綾子/滝本太郎/立花隆/ タン・スリ・H・M・カティブ/筑紫哲也/恒成正敏/鶴見俊輔/永沢光雄/ 中松義郎/成瀬豊/二木てるみ/西和彦/野田秀樹/萩尾望都/橋爪大三郎/ バーテンダー/樋口可南子/日比野克彦/福島瑞穂/古川昭夫/ ヘンリク・グルデモ/牧野信雄/真智・F・デイルワース/松本零士/水木しげる/ 水島涼子/元オウム真理教信者/森毅/山崎章郎/山田太一/山藤章二/ 横尾忠則/吉川弘之/吉田勝二/吉永吉正/米長邦雄/和田耕一/輪波孝禧 --------------------------------
ー例えば、山藤章二 今の知恵で二十歳に戻れば、効率のいい生き方をすると思うけど、 そんな効率のいい生き方が幸せとは僕は思わない。 徒労と無駄の連続だったけど、それが筋肉とか能力、精神的な力を鍛えてくれたと思うね (P596)過去というものが肯定的に捉えられるのは、今が充実しているからなのだろう。 終わってしまったことを変えることは出来ないが、終わってしまったことをどう捉えるかは これから変えてゆくことができる。過去そのものは時間の中に閉じ込められているが、 過去の持つ意味は常に未来に開かれている。
・・・・・・・ 生きる力を与えてくれた本, 2002/03/13 レビュアー: 銀杏並木 (プロフィールを見る) 京都府 Japan 30歳を目前にしてこの本を手に取った。年齢なんて関係ない、と思いたい一方で、 人生にはタイミングや限りがある、という感も否めなくなってくる年頃。「二十歳」 に戻ることはできなくても、何かヒントが欲しい。−−−読後の印象は「この人のここが」 ではなかった。登場する人々ひとりひとりが私に見えない生きる力を与えてくれた。 前向きに生きること、努力することの素晴らしさを教えてくれた。とても感謝している。 ただ、立花隆もことわっていることだが、有名無名、老若男女、といいながらも、 人選に偏りがある感も否めない。『東大生の興味』と『それに快く応える取材対象』 があってはじめて成立するインタビューなのだから、これは当然のことであり仕方の ないことかも知れない。また有名人に関し!!てはある程度読み手と書き手に共通の認識が あるのだから相互理解がしやすい。有名人の存在そのものが媒体になっている、 という感覚を初めて覚えた。新聞雑誌にさりげなく載っているインタビュー記事が (良い悪い、真偽のほどは別として)いかに洗練されているか、 しかしステレオタイプになりがちなものかいうことも改めて実感した。 本をつくるということ、伝えるということについて考えるうえでも興味深い本だと思う。 この本では人物が生年月日順に並んでいる。順を追って読んでいくと、 時代背景もだんだん移り変わっていっておもしろかった。 50音順に並んでいなくて本当によかった。 ・・・・・・・・・・・・
すごくためになる!, 2002/03/03 レビュアー: 果歩 (プロフィールを見る) 兵庫県篠山市 今、まさに二十歳前後の人にぜひ読んでほしい一冊。
二十歳前後というのはどの人にとっても人生で一番大切な時期。 それは自分を発見する時期であり、自分の生き方を発見する時期である。 それ故にこそ、一番悩みの多い時期でもある。誤りを犯しやすかったり、 自分を過大評価または過小評価しがちな時期でもある。 人生の選択をせまられながら選択できない時期でもある。 「二十歳」という、その人の人生が不定形の塊からある形をなしていく過程での最も クリティカルな時期を上手く通過していくためにも、この本を読んでいろんな人の 二十歳前後を知って欲しい。
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この課題への入り口は、耳をすますというところにあるように思われる。 花隆とそのゼミナールの学生たちによる力作『二十歳のころ』もまた、 大学の教育実践において、耳をすます技法−人の話を聞き、それを自分の身体のなかで 自らの体験と共振させ、編集するプロセス−に取り組んだ結果の果実である。 本書では、68人の「有名無名」の人々の20歳前後の経験がインタビューによって 引き出されている、いわばライフヒストリーのアンソロジーである。 立花隆の威光がバックにあるとはいえ、対象となった人々は、 大江健三郎、川上哲治、黒柳徹子、筑紫哲也、鶴見俊輔、樋口可南子氏などそうそうたる メンバーである。それぞれの20歳前後の経験が多種多様で読み物としても面白い。 輝ける秀才だった科学史家の佐々木力氏のような人生もあれば、 東京都の教育委員に委嘱された将棋の米長邦雄氏が20歳のころ「悲願千人斬り」 といって千人の女性と寝る目標に向かって邁進していたことを知ることもできる。 インタビュアーによってどのような語りが引き出されるかが決まる。 ライフヒストリーでは、ある人の業績そのものではなく、業績を生み出した 深い背景がさまざまな切り口で立ち現れてくる。 この企画では、20歳前後の学生がインタビュアーであるということが、 対象者が胸襟を開いて語ってくれるというプラスの面に働いたようである。 それにしても、人の人生は面白い、そしてまた人生が物語られるプロセスは、 私たちを惹きつけてやまない魅力をもっている。
2002年05月13日(月) 405, 新潟駅前界隈ー3 ー 駅前の変遷
駅前の変遷をいうと、10年前まではビジネス旅館とミニビジネスホテル、 そしてファッションメーカーミニ工場が目に付いた。 それがここ数年で殆どなくなった。
その反面、専門学校と予備校、そして1DKマンション 大型のビジネスホテルが眼につくようになってきた。 若者の比重がどんどん増えている。
飲食店がどういうわけか殆ど、増えていないし減りもしてない。 殆どスナックは行ってないが、感じでは4割がたは減った? 夜が以前と様変わり、客引きが多く立つようになっている。
新潟駅構内がセゾンとか専門店がどんどん増えて、集客力を増している。 駅に隣接して、APAの百数十室のマンションができ、 更に再開発ビルが完成しようとしている。 これが完成すると、感じが変わってくるだろう。
更にJRの高架の工事が始まる為、 当分はー20年近くは駅周辺はエネルギーが溜まる。
話しは少しそれるが、新潟は住みやすい街である。 仙台と長野が好いというが、新潟もそれに匹敵してよいだろう。 都会の好さと、地方のよさがうまく混合している。 また結構自然に恵まれている。
若者があまり東京に憧れを持たないのも、その為だ。 何処も住めば都か?
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2001年05月13日(日) 図書館通い
毎週土日に一〜2回は必ず図書館にかよっている。大体好きなコーナーの好みの本は読んで しまった。ただ好みが偏っているのが良くわかる。 自分の空間の1部になってしまっている。 1回に10冊かりる事ができるのが良い。その内1^2冊あたればよい。 その当たった本の中で買えばよいのだ。図書館も慣れてくるとなかなか良い空間である。 散歩に図書館に居酒屋に通勤の新幹線、そして会社のパソコンの前と自宅のTVが私の空間の 殆どを占めている!図書館は読もうかどうかのファジーの本を気楽に借りられるのが最大の 利点だ。これから出かけるところだ。
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