堀井On-Line



983, 無能の人

2003年12月13日(土)

 「有能と何か」「無能とは何か」という難しい話は別として、
今回は無能の人とはどういう人をいうか分解してみる。
何か自分の事を言われていると思われるだろう。
人間は誰もが、有能と無能の二面性を持っているからだ。
また相対的なものであるから、誰にも当てはまることである。

 だから書くと誤解をうける可能性がある。
反面自分のことだから最も分かりやすい。

 ところで息子が外資系の会社に勤めて数ヵ月後に帰省をした時、
家内に「信じられないような有能な人がゴロゴロしている」といった。
家内が「有能な人とはどんな人?」と聞いたら、
少し考えて「お母さんと全く正反対の人」といった。
「なるほど、そうか」と、家内本人が一番納得したという。

「有能」の反対の「無能」とは如何いうことかウオッチングしてみると

・躾や基本訓練が全く入っていない。
・目先の現象が全ての世界である。
・後回しが基本である。
・準備とか仕込みとは、どういうことか全く解ってない。
・責任回避に知恵すべてがまわっている。
 誰のせいにするかをすぐに考える。
・目先の安易しか求めていない。
 目の前のエレルギーがかかることには一切に小手先をつかって
 避けてしまう。
・何事に対しても「消極一貫」である。
 その積み重なりが「積極一貫」との無限の差になっていることに
 気づいてない。
 遵って相手の欠点を探すことで自己存在を示そうとする。
 
 「??!!・・・・・」
 考えてみると貴方のことである。
 いや自分か。
 それを本当に自覚しているかどうかが問題になるが。
 
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2002年12月13日(金) 609,ある時間の断片-23

      10月20日  日曜日
10時起床。午前はTVを見たりして過ごす。
本を読んだり、野球を見てすごす。
 明日は9時起床。学校で身体検査の後、卒論の勉強を3時間
図書館でやる予定だ。

      10月21日
午前11時から14時まで図書館で卒論の準備だ。
その後寮に帰り21時まで時間を過ごす。
スランプになったようだ。あせりだけが上滑っていく。

      10月22日
9時半に、後輩の丸谷君が軽井沢の三浦さんに連絡を入れるように
言ってきた。11時に電話を入れる。
人手が要るのですぐにきてくれとの事。
丁度スランプに入りたてだ。渡りに船で行くことに決めた。
14時35分の列車で出発する。
17時前に着く。
久々の軽井沢だ。三浦さんの奥さんに子供ができたという。
ケロも来ている。
ケロと長い間積もる話をして0時に寝る。

         10月23日
6時45分起床、しかし三浦さんとケロはもう起きている。
朝食のしたくの後、ケロを軽井沢駅に送りに行く。
その後長野へ行く。
途中で私が30分運転するが思っていたよりスムーズにいった。
17時半に友愛山荘に到着。
急に奥さんだけが実家に帰ることになり、私はホステラーと2人
だけとなる。少し寂しい思いだ。
23時半に三浦さんを迎えに駅に行く。
その後三浦さんと30分ばかり語り、就寝。
 
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2001年12月13日(木) 268,インターネットの時代

独り言ー

今年めざした「ホームページ作りを通してインターネットとパソコン
をものにする」目標は果たせそうだ。

あるパソコン好きな旧知の人にそれを年初にいったら、もちろんお世辞だが
「これだけは負けてないと思っていたが、これでその分野は負けた]
といった。

「お世辞にしても、自分はそんなに能力がないのに何を言っているのかな?」
と思ったが、要するに暇だということを知っていた為だ。

手帳をみたら、3月より週2回はパソコンの先生に習っていた。一応やっと
若い人並みになった。とりあえず弄っていることが楽しくなったのだから、
それでも成功だろう。

それにしてもインターネットの世界の可能性はITバブルがはじけた
といっても、無限なことは事実である。

電話が普及した時、当初は社会が激変はしなかったが、
時間の経過とともに世の中を一変させた

私は「グーテンベルグの活版印刷が過去の最大の発明」と信じているが。
‘パソコン+インターネット’がそれをはるかに越えた発明であることは
間違いないみたいだ。

それもまだ始まったばかりというのに。
今日新幹線の中で読んだ月刊誌のある対談の一節が近未来、いや現実
になろうとしている。下記は本当の話だ。
「執筆をおえて一息をつくと、すでに明け方で日本人は皆寝ている。
丁度フランス人がネットに入ってくる時間で、ゲームの中でいっしょに
狩にいったりするのです。隣の人は知らないのに。エヂンバラで何をしたか
知っている時代ですね。」

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ある時間の断片

12月13日  1968年

 昨日に続き、朝起きることが出来ない。
結局起きたのが、11時過ぎである。
やっとタクシーに乗り、学校へ向かう。

 昼飯後、ゼミに出席する。
この日は、ゼミの「ケーススタデー」は、私の番である。
私が創作した「ある会社内のトラブル」を具体的に述べて、
それを全員が問いただし問題のありかや処理を考えるのだ。。
質問に対して臨機応変に答えなくてはならないのだ。
アガリはしなかったが、一人一人の質問に辻褄を合わせなくてはならない。
特に武沢教授の執拗な質問には、ドンドン追い詰められていった。
私のいい加減なところを徹底的に問い詰められてしまった。
この時に、このゼミの奥行きの深さに内心タダタダ驚いてしまった。
ストリーを創ることで精一杯で、そのストーリーの組み立ての
いい加減さを自分で気がついてない。
全員に囲まれて、竹刀であちこちから打ち込まれるのだ。
それも道場主から鋭い竹刀が彼方此方から来るのだからたまったものではない。
石川の「イヤミ」もその中で出た。
その後、総評の中で石川、植本、東レの照井さんの
私に対する性格分析があった。
非常に鋭い内容で、丸裸の自分を曝け出しているようであった。
一生忘れられないだろう。

 ゼミ終了後、一年後輩の植本君を誘って飲みにいく。
池袋の「嵯峨」「パブエリート」そして、先日姉達といった赤坂の
「ムゲン」のコースであった。
その日の鬱憤晴らしで、2時間も踊り狂う。
植本君も純粋で面白い男である。
自意識過剰のところが他人に性格を変えられてしまう可能性がある。

 その後、帰寮。
駒村孝道が部屋に来る。
学校で何かあったようで、大荒れであった。
部屋のウイスキーを飲んで、話を聞いてやる。
2時就寝。

ー今日のゼミ、一人で全員を相手に受けて立つのもよい経験であった。
よい学生時代の思い出になるだろう。
真剣勝負の感じがしたが、舞台のステージに立っているようで
面白いところもあった。

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