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2003年08月04日(月)
『人は人、我は我、されど仲良く』と武者小路実篤がいっていたが、それこそそれぞれの「独」を認め、かつ自分の「独」を大事にする言葉である。 『和して同ぜず』も母校の長岡高校の校是であるが、意味がほぼ同じだ。
孤独を特に感じるのは、一人旅であろう。 若い人のバックパッカーの聖書になっている沢木耕太郎の『深夜特急』という小説に、「独り言をブツブツ言いながら一人、旅をしていた」と書いてあった。サルトルのいう「即自」と「対自」の会話である。 青年期によく国内だが一人旅をした。 一人旅に出なくては精神のバランスが崩れてしまいそうであった。 帰ってくると何か大きなものによって満たされる感じがよかった。 旅行の最中は寂しいということは全く無かった。 誰かと対話をしていたのだろう。 旅は孤独のプラスの異次元の世界に浸れる。 いま振りかってみて、「旅日記を克明につけておけばよかったのに」と悔やまれる。
「孤独」というキーワードで検索をしていたら、脳性麻痺の青年のホームページが出てきた。「孤独などと軽がるしく使うな!」とどやされたようだった。口がきけない人や、盲目の人の孤独感は想像すら出来ない。 私の強みは「孤独に強い」と思っていたが、とんでもないことと思い知った。「孤独は人を殺さないが、絶望は人を殺す」という言葉をアンドレ・マルローがいっているが、孤独の中の絶望に潰されてしまうのが問題なのだ。 その時こそ愛読書が一番自分を癒してくれる。 大いなる孤独ー作家の心ーとの出会いが本を通じて可能になる。 孤独であればあるほどその邂逅が大きくなる。
いま一つの孤独で考えさせられるのが老人の孤独であろう。 結婚後、母と同居をしている時にトラブルが何回かあったときに、 母が「独り暮らしの孤独の知人がいっぱいいる。彼等はどんなにトラブルがあっても、子供から離れてはならないとシミジミ言っている。我慢をしなくては」とポツリと言った事があった。 知人に数人家庭内離婚者がいる。 ほとんどが浮気から出ているケースだ。 それでも離婚をして一人暮らしよりましの為だろうか。 一番嫌いなのは、孤独と孤立の違いも解らない輩だ。 群れたがる内なる羊である。
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