堀井On-Line



693, 「ホームレス作家」

2003年02月26日(水)

新潟の駅にも40人ぐらいのホールレスがいる。
段ボールを見かけるが、昼はさすがに寝ている人は見かけない。
かれらは昼どうしているのだろうか不思議と思っていた。
時たま駅の待合のベンチで、目を宙に浮かして不安そうにしている姿がある。
ひとつ人生を狂ってしまえばホームレスになる可能性は誰にもあるし、あったはずだ。

深夜はコンビに入ったり、たださまい歩き、朝になると、電車に乗ったり、
喫茶店に入ったりして仮眠をするという。
彼らホームレス仲間では、炊き出し場所の情報は敏感で、仲間内ですぐ知れ渡るという。
身なりは何とかきれいにするように気を使うとか。

先日TVで、空き缶の廃品回収で生活しているホームレスをドキュメントで放映していた。
最近では読み捨ての雑誌を集めて、100円で売るのがはやっている。
新潟駅の中でも見かけたことがある。
何処かの?ホテルが、客の置いていった週刊誌をホテルの前の自販機で
売っていた。ホームレスがやっているのは卑しいのではない、生きる為だ。
客の置いていった雑誌を利益のために売るとういうのが卑しいのだ。
卑しさを売っている事になる。
他人事でないが、変形学生服を売っていたことがあるのだから!
もっと悪いか!

「ホームレス作家」という本を書店でよく見かけていた。
先日、図書館でその続編の「ホームレス失格」という本を図書館で見かけ借りてきた。
かなり厳しいl生々しい内容であった。

この作家の本で本人は気がつかないが、お金に対する感覚が非常に甘い。
だからホームレスになったのだろう。
出版後に印税が入ると、すぐに使ってしまうのが文面に現れていた。
お金など、そうそう入ってこない事が全く解ってない。
借金や税金をばら撒くように払うのだ。
大事な事だが、「まずはホームレスを脱出する事だろう!」と教えてやりたいが、
本人は何も解ってない。
一人一万円の店に平気に入るのだ。こちとら、この10年間に一度も入った事もない!
何を考えているのだと。何も考えてないのだろう。
まあいいかホームレスを説教しても仕方がないが。
  −−ーー
パソコンで検索したら書評が出てきた。
コピーをしておくが、これを読めは十分だ。

ー『ホームレス作家』松井 計著
半年間の実体験つづる
 不況はますます深刻化し、失業率も増加している昨今、町に出ればホームレスの人を
見かけるのも珍しくなくなっている。
 本書は、家を追われてホームレスとなった作家が、食うものも食えず腹を空かせながら
路上生活をするルポであり、自らの生活をつづったノンフィクション。
普通のルポだと潜入取材で、一時的に路上生活を体験することはあるかもしれないが、
本書はそうした取材ではない。

 自らが公団住宅の家賃を払えずに滞納し、強制的に退去処分を受け、その日から
住む家がなくなってしまった経緯をありのままに書いたものである。
そのために、記述内容が著者の個人的な事情に終始するので、ルポというより私小説
ノンフィクションと言うべきかもしれない。

 一家そろって家を追われたといっても、妻と娘は区役所の世話で寮を紹介され、住む所と
食べ物の確保が出来たから、後は著者だけがどう生活の糧と寝場所を得るかという問題になる。
現役の作家でありながら、やっていけなくなったのは、妻の病気で本の執筆がままなら
なくなったからである。しかも、当てにしていた出版の企画や預けていた原稿がボツになり、
路上生活は半年間余りと長期化する……。

 明日はわが身ではないが、他人事(ひとごと)として読めない迫力があるのは、
今の時代の不況が背景にあるからだろうか

・・・・・・・・・・・・・・・
『ホームレス作家』は、公団住宅の家賃が支払えず、強制退去処分を受ける。
身重の妻と三歳の娘は新宿区役所の斡旋で福祉施設で保護してもらえることに
なったが、男は保護してもらえない。作家は、コンビニに入って寒さをしのい
だり、六時間で九百八十円の漫画喫茶でうたた寝をしたり、二十四時間営業の
ファミリーレストランで、お替わり自由のコーヒーだけ取って、朝まで粘った
りする。カプセルホテルは一泊四千二百円もするので、よほど懐に余裕がない
限り泊まれない。

 食事は安売りのハンバーガー屋、牛めし屋、一○○円ショップ(カップラー
メンやクッキー)などを利用する。大型スーパーではから揚げや刺し身、アイ
スクリームなど様々な食材が試食に供されることがあるので、見逃せない。ビ
ールやワインの試飲もある。
 こうしてみると、ホームレスでもなんとか生きていけそうだが、気をつけな
ければいけないのは臭いである。体が異臭を放つようになったら、元の生活に
戻ることはできないだろう。そこで、作家は次のように考えた。

   もし、私が路上の生活から抜け出すことを望んでいるのなら、ルールが
  要る。自分を縛るルールが。この時私が決めたルールはたった二つだった。
  一つは路上では横にならないこと、もう一つは残飯を漁らないこと、であ
  る。
   その二つを守れる限り、私は<住む場所のない小説家>でいられると思
  った。そうでなければただの浮浪者だ。私は浮浪者にはなれない。浮浪者
  の生活を見下しているのではない。私は彼らのように生きる覚悟もなく、
  それだけの生命力もないのだ。

 作家はまた、路上生活をしながら収入を得る方法を思いついた。

  気分が少し楽になると、また、生きる意欲が湧いてきた。ポケットには
  まだ三百円と少しの金がある。これを有効に使うべきだ。これだけの金額
  でどこかに泊まるのは無理だから、食費にするしかない。ブロードウエイ
  を出て早稲田通りに入った辺りに、一○○円ショップがある。あそこで何
  か、腹に溜まるものを買おう。そう考えながら歩いていると、ある大型の
  古書店が眼についた。所謂、新古書店と呼ばれる大型のチェーン店である。
  「ツイてるぞ」
   私は思った。確認すると、ポケットには小銭が三二六円残っていた。消
  費税を含めても、一○○円の本が三冊買える。私は店へ入り、迷わず一○
  ○円コーナーへいった。このチェーン店には単行本、新書、文庫、まんが
  のそれぞれに一○○円コーナーがあるが、私がいったのは単行本の一○○
  円コーナーである。残りの金を有効に遣うため、私はセドリをやろうと考
  えたのだ。

 セドリとは、古本屋で買った本をそれより高い値段で売って、利ざやを稼ぐ
ことである。作家は職業柄、古本のめききがきく。おまけに本書の作者は、古
本屋をやっていた頃、セドリの経験があった。
 新古書店の一○○円コーナーには、普通の古書店なら少なくとも倍の値段で
買ってくれそうな本がいくらでもあった。その中から厳選して三冊を三○○円
で買い、それを他の古本屋に持ち込んで交渉すると七八○円になった。四八○
円の利益である。そんなことを繰り返しているうちに、所持金が三千円にふく
れあがったのである。

 そのうちに、彼は作家としての矜持を思い出した。
 書こう。総てを残そう。

  私の脳の奥深いところから、書け、書け、と命じる声が聞こえていた。妻
 とのことも、そして、路上での生活の逐一も、嘘偽りなく記して残せ。臆す
 ることなく・恥じることなく、繕うことなく、飾ることなく、総てを書け
 ――と。もしも私が作家であり続けることを望むのであれば、それ以外に何
 ができるというのか――と、その声は命じていたのである。

 かくして、小説『ホームレス作家』は誕生した。売れ行きは順調で、今のと
ころは本屋のベストセラーの棚に並んでいる。作家ならばこその一発逆転満塁
ホームランである。

 めでたしめでたしといいたいが、不安材料もある。高次脳機能障害の妻は、
精神のバランスを崩し、子育てや家事がまともに出来ないという。同居すると、
作家は専業主夫もしなければならないが、そうなると、原稿執筆に専念するわ
けにいかなくなる。そもそも、『ホームレス作家』になったきっかけは家事に
追われて、原稿執筆がままならなくなったからである。

 それにしても、専業主夫までするとは、『ホームレス作家』は生真面目で、
健気な男だと言わざるをえない。わがまま勝手なむかしの破滅型私小説作家と
は比較にならないほど立派な人格者である。友人のミステリ作家谷田勉の『ホ
ームレス作家』評は象徴的だ。

  今のあなには魅力がない。いつも何かに脅えていて、小市民的に過ぎる。
 多くの友人があなたから去っていっても、それでもぼくがあなたと付き合お
 うかと思うのは、あなたにある種の魅力があるからなんだ。それは常識なん
 か無視したあなたの無頼な生き方じゃなかったの?今のあなたにはそれがな
 い。
                            (2001/10/01)

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