股・戯れ言
BBS

コイローゼ

予告どおりの2回目更新。
見苦しい文章が続くので覚悟をしてください。


股・戯れ言にもキタコレ!戯れ言にも「恋なんかしなくたっていいじゃないか」ということを書いているので、私は恋愛至上主義否定者のように思われがちですが、実はそんなことはない。微塵もない。
恥を忍んで告白するとしよう。


私は恋愛をすると周りが見えなくなる、超がつくほどの恋愛至上主義者だ。


惚れた、と自覚した瞬間からすべてをかなぐり捨てて走り出し、水分呼吸もペース配分も考えずに、コース状況も自分の余力も何もかもに目を瞑ってひたすら走っていくうちにランナーズハイの状態となり、ランナーズハイの状態になると魂が浮遊し出してやっと客観的に自分を見ることができて
「どうしようもない恋愛に突っ走ってるだっせー女」
ということがようやくわかる。
で、わかると走る気を一気になくして終了。
もっと正確に言うと、走る気をなくし、そこで立ち止まればいいものをもと来た道を再び全力で走って戻る、というのが正しかろう。で、全力で走っているうちにスタート地点を大きく通り越しているという。
それが私の恋愛パターンだ。
そして私は、それがとてつもなくださくてかっこ悪くて、次こそはうまくやらんといかんということも自覚している。だからおいそれと恋愛したくない。恋なんてしてしまえば同じ道だ。同じパターンだ。つまりダメ恋愛だ。
ああ、もうダメ恋愛しんどい。もうしたくない。また自分のことを「だせー女」と自覚して、ついでに相手のことを「死んじまえ」なんて憎むようなことは繰り返したくない。
もういやだもういやだもういやだ本当にいやだ死んでもいやだ。
いや、死んだら関係ないか。



という念が強まってなのか、たまたま突っ走る相手がいないだけなのか、最近は身の上に何も起こらない状態でありました。
それなりに自分内の転機もあったし、やりたいことやらなければいけないことが沢山あったのでそういうことは考えずに済んでいたのだろう。
時々友人から「そろそろ作ったほうがいいんじゃねーの?」と言われることもあったが、何もわざわざ好き好んでつらくてしんどいものに身を投げるのもいやだったし、とても変ではあるが、好きになったら一直線(に地獄行き)のようなような相手もいなかったんで急かされて作るようなこともありませんでした。
自分塾ばかり開講し続けましたよ。補習も予習も復習もばっちりでありましたよ。
肝心のテストだけが開催されていない状態でありました。



しかしなあ、あまりにも自分塾ばかり開き続けると、弊害が起こるんだなあ。
恋愛とはしんどくてつらいものだと思ううちに、打倒だめ恋愛のつもりが恋愛そのものを打倒せねば、と思うようになってしまっていたよ。
普通の恋愛的なものに手も足も出なくなった。


そして、こっちのほうが深刻なんだが、「だめ恋愛繰り返してはイカン!本当にイカン!」と来る日も来る日も予習復習を繰り返していたにも関わらず
「やっぱり一気に惚れて突っ走る恋愛以外できない」
と気づいてしまった。
むしろアイデンティティー確立。強固。震度6でも崩壊しないほどの。


よく、友人らに
「あんたってホント、女どアホウ甲子園だよねーストレート超速球しか投げれねえのな」
とか
「なんでそんなに1と0しかねえんだよ。二進法かよ」
とか言われておりましたが、ああ、ホントその通りだ。
なんでもっと曖昧なところに落ち着かないのだ。
ストレートど真ん中以外の選球だってあるはずだし、120キロくらいのカーブやフォークなどの球を投げてもいいはずなのに、どうしても160キロストレートど真ん中しか投げられねぇ。そりゃあ受け止める人間もたまらんわ。


数字のほうに喩えれば、
普通の恋愛は0.3でも0.5でも0.8でも実現可能なんだろうとは思う。
おそらく世の中の大部分を占める恋愛は0.4や0.7の状態で行われているものであり、だからこそ突っ走りすぎて「だっせー」にならずに済んでいるんだろう。
私の中にも0.2や0.6で人を想うことはある。ないわけではない。


しかしね、私にとっては、
小数点の状態って不快なんだよね。


野球で言えば
ストレート全力投球以外は負けた感があるんだよね



世の中にはいろんな人もいるし、いろんな時間もあるし、時と場合もさまざまであるから、その時その時に対応せねばならないわけで、ことに恋愛なんてのはストレートど真ん中超速球が必要なときもあれば、敬遠が必要なときもあるであろう。牽制球を投げる時だって、もちろん変化球を投げるべき時だって必要だ。


けどなー、それはすべて「勝負」していない状態だからいやなんだよ。
闘う前から負けた感に駆られるんだよ。
恋愛して、勝負して、その中で「負けた!」と思うならばいい。
しかし、闘う前から「ストレートど真ん中投げられねえなこいつには」と思ってしまって、でも投げるべきなんじゃないか、投げても意味ないんじゃないか、ということでぐるぐる悩む状態は不快だ。本当に不快だ。
恋しているわけでもないのに、恋している以上にモヤモヤしたかない。不快な思いはしたかないんである。



私はこの恋しているわけでもないのにモヤモヤせねばならない状態を

「コイローゼ」

と名づけたいと思うのです。
コイローゼは恋に非ず。
先日友人が

「恋って、するもんじゃなくて落ちるもんだわな」
「ストンと落ちきってしまえばいいのにドロっと沼に半身だけはまっちゃっているような状態が気持ち悪いんでしょ?」

というかなり的確な表現をしていたのですが、
コイローゼはまさに、その沼にドロっとはまってしまったけど別に呼吸はできている状態/体半分出ている状態のことですよ。
ああ、本当に不快だ。こんな不快はよう知らん。


こんなことならばいっそだめ恋愛に落ちてしまったほうがいい。地獄に落ちてしまったほうがいい。自分から身を沈めたほうがいいよ。だっせー女になってもかまわんよ。



「おまえ、0か1しかないからこんなんなっててかわいそう」

とはある友人の弁。
かわいそうなのかどうかは知らんが、少なくとも自分の思う恋愛状態にも行きつけていない私は不幸だ。
いや、世間ではこういうモヤモヤ状態=コイローゼ状態こそが「恋愛」であり、これが「だめ恋愛」からの突破口なのかもしれないけど。
それが気づけないのがかわいそうなのかもしれないな。




明日は「キタコレ!戯れ言」の更新日でありますよ
ここ2週くらいこっちで全然告知していなかったけど更新しております。
読んでみてください
http://d.hatena.ne.jp/maaa55/
2006年05月01日(月)

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