股・戯れ言
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クールビザンチン帝国の罠

毎年7月後半というのは私にとって「お金がどんどん出ていく時期」である。
というのも、フジロックに加えて母の誕生日というものがあるから。普段は親に「ババア」などと呼びかけている私ですが(単に口が悪いのでございますのよ)ちゃんとそういうものは贈っているのです。罪滅ぼしか。
今年も贈り物を購入したら結構な出費であった。
でも世間一般の一般女による「母へのプレゼント」は
「温泉に連れて行く」
などというもんが圧倒的に多いだろうから、そう考えると大したことないんだろうな。私も今年は台湾にでも連れてこうかと言っていたんだけどその計画は頓挫したのでした。
母と二人連れで4,5日間旅先はしんどいしなー。うちは友達親子じゃないし。
いや、誰と行こうが私の場合しんどくなるんだけど。
もっとも一番の理由は「もうちょっと自分であっちゃこっちゃ行きたいから」なんだけど。自己中心派で申し訳ない。誰に謝ってるのかしらんが。

今年の7月後半お金ジャンジャン流出時期はフジロック、ハハ誕だけでなく手痛い出費があったのだった。
それは、「服装文化大革命」すなわち強制的に会社に行く格好を変えなければならんかったのだ。あるバカが破れたジーンズ腰穿きで作業に行ったせいでジーンズ着用禁止となったのは4月のことだったが、それが波紋を呼びついに
・Tシャツ禁止
・必ず襟付きシャツ着用
となったのだ。
Tシャツ禁止はきついな。私の持っている服なんてほぼTシャツだから。
あと私は襟付シャツがどうにも苦手なんである。似合わないこと山の如し。スーツ着用時だっていつもカットソーだ。スーツに襟付シャツだと「就職活動」というイメージが強すぎて着れないのだ。
まあ、実際には庶務の女子などには襟付シャツ強制着用の令は布かれていないので、そんな庶務女子に混じってカットソーやキャミソールを着て難を逃れているのだけども。こういう時だけ女子社員というのは便利だ。
そんなわけでキャミソールや黒パンツ(ジーンズ駄目だから)やパンプスを追加購入したら結構な出費だった。アイタタタ。スーツにも通用するものばかり。もう「かまやつ女」な格好はしないという所信表明でもある。
「かまやつ女」というのは
「昔の中年男性のよな帽子をかぶり、髪形はもっさり、服はルーズフィットでスパッツの上からなぜかスカートを履く女らしさを極端に排除し、自分らしさを追求してはいるが画一的な上昇指向ゼロの原宿や下北にいる娘たち」
のことで、1983年以降生まれの世代のことをさすので、70年代生まれのわたくしなどは端にも棒にも引っかからないはずなんだが私の格好はキューティー、ジッパーの流れを汲んでいるのでかまやつ女8歳馬くらいのところにはいるんではないかと思われる。古馬中の古馬だが。
そういう、「いい年をこいてもかまやつ女気取り」な自分に恐れをなしたのだった。もう着ねぇよ。私が悪かった。
かまやつ女についてはまた違う日に書きますわ。

話は戻るが会社内服装文化大革命、男性は今年はクールビズもすでにまかり通っているので、スーツにノーネクタイ姿でなんとかなるだろう。
と、思っていたがそうでもないらしい。
「やっぱスーツ着るのいやだからね。窮屈だし」
などと嘯きながら彼らが着るのは・・・
ああ、この名前を書くことすらいやだ・・・
私がほんとにほんとに心から嫌いな


ポ ロ シ ャ ツ


「自分が着るわけじゃないんだからそこまで嫌うことないだろうよ」と突っ込まれそうだが、嫌いなのよ!大嫌いなのよ!
ボタンが嫌いなんじゃなくて、あの「鹿の子地」という布が好きではないのです。
中途半端に前が開いているのもいやだ。シャツくらい下まで全開じゃないと気持ちが悪いんだ。
ポロシャツ着ている人を見てもがっかりするんだよな。なんだろこの嫌悪感は。私の前世はポロやってる貴族に重税をかけられて心中でもした農民だったのかもしれん。
なんて暢気なこと言っている場合ではなく、「スーツはいやだけどカジュアルな格好がしたい!」という人が皆こぞってポロシャツを着ているのだ。
だから社内はポロシャツ者に溢れ返っておるのです。
エンドレスポロシャツ地獄!
ある男性などは「こないだポロシャツ4枚まとめ買いしちゃったよ」と言っていた。そんなにポロシャツ市場(どこにあるのか知りたくも無いが)を潤してどうなるというのだバッキャロー。
Tシャツ禁止にするくらいならポロシャツ禁止にしてくれよー。
でもポロシャツは図々しくも「クールビズ」にも認定されているらしく、社内どころか電車に乗っていてもポロシャツで出勤しているであろう男性をガンガン見かけると言うのが現状だ。
こんなのポロシャツファシズムだよ。死ね!全員死ね!


まあ、ポロシャツ以上に問題なのは「襟付Tシャツ」なのですけどね。
もうこっちに関しては話題にすることすらおこがましいと思っていたのだが、勢いに乗じて糾弾させていただきたい。
襟付Tシャツはポロシャツ以上に中途半端で、絶対的にダサいので着る人間はもう絶滅したものだと思っていたのだが、こんな服装文化大革命ですからやっぱり着用する者が現れた。
バカか。
あらかじめ言っておくが、襟付Tシャツてのは「Tシャツ地のポロシャツ(ボタンが2,3こついてるやつ)」ではない。VネックのTシャツになぜか襟がついているほうな。Tシャツじゃなくてカットソーと言ったほうがいいのかもしれない。あれは本当に見ていてつらい。
「襟が付いていればなんでもいいのか!」と問い質したくなる衝動に駆られる。
でも着ている人からすれば「襟が付いてりゃなんでもいいんだろ、オラ」という反骨精神意思表示なのかもしれない。
そんな反骨精神背負って襟付VネックTシャツ着ているならいいのだが、そうじゃなくて「これは襟が付いているから咎められることもないだろうな」などというぬるま湯な感じで着ているのならダメだ。人としてダメ。

などと大声で言いたいが、わたくしの先輩さんは「Tシャツ禁止令」が出る遥か前から、たまーに着てたんだよな、襟付VネックTシャツ。見るたびに脱力させられてしまうのだけど。せっかく見てくれはよいのに何故着るのだ!バブル時代の名残か?といつも問い質したくなるが、ぐっと我慢をして見過ごす。
個人の趣味で着るということもある、ということはそれでよくわかってはいるのだ。
わかってはいるのだけど・・・今、もっとも必要なのは
「世間にはポロシャツや襟付VネックTシャツを好き好んで着る人もいるのだ」
ということを認める広い心、なんじゃないのか俺。
拒否することよりも受け入れることのほうが遥かに難しい。とほほ。

なんて思い始めたらイカンイカン。
ポロシャツファシズムに洗脳されかけてたわ。
孤独に闘い続けるぞ、私は。
2005年07月28日(木)

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