股・戯れ言
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ブルートレイン、車上の愛(前編)

旅が好きだ。どこかに行くことが好きだ。電車が好きだ。
車窓から眺める流れる風景が好きだ。
昔は全速力で進行方向と逆方向に走り去っていく電信柱や店や巨大ビルや人々が不思議でならなかった。去っていくヒトやモノをどうしても目で追いたくて座席に膝立ちになって外を必死で眺めてた。靴が座席に乗るのでどうしても親に怒られた。電車に乗り、座席を見つけたらすぐに靴を脱ぐ子供になった。
それが地下鉄で高円寺に行くまでの話。地下鉄なので大半は真っ暗な風景が続くだけであったが、暗闇の中を等間隔で次々にヒュンヒュン流れていく光が気になってしょうがなかったのだ。ゲームみたいだった。

電車の中の人々を見るのも好きだ。
こちらはすべてが心地よい光景ではない。とりわけ私が忘れられない光景は、中央線内で見かけた浮浪者のことである。くさかった。電車と電車の継ぎ目でしょんべんをしていた。ほどほどに混んだ車内で3人がけの座席を一人で独占していた。親はあんまりジロジロ見るな、と言ったが見ないわけにはいかなかった。汚い、とかそういうことではなく、「こんなの見たことない」と思った。興味津々だったのだ。他にも電車の中で「全員食っちまえばいい・・・まさか怖いとか言わないだろうな」と独り言を呟く大学生男子や知らないおっさんの尻ポケットに手を突っ込み、財布を抜こうとしたが「入ってねえのかよ」と舌打ちして去っていったギャルを見ないわけにはいかなかった。
電車はいつでも「見たことのない光景」を私に提供してくれるツールだった。
今でもそれは変わらない。
今、私は出張で全国を回っている。車窓からの光景は、いつだって知らない土地の、様々な季節の、あらゆる時間帯の姿である。飽きることはない。うっかり寝てしまって、起きたら目的地であったという時などどんなに後悔することか。もっとも、電車の中で眠る心地よさも愛さずにはいられないのだが。

この日記に書こうと思って長いこと書いていなかったのだが、去年の11月、私は熊本に出張に行った。私にとっては修学旅行以来の九州である。
修学旅行は新幹線で行ったのだった。すなわち新幹線で6,7時間の旅は既に経験済みなので苦ではないということである。
というわけで考えられる経路は
1.新幹線
2.飛行機
3.在来線
となる。賢い選択は2の飛行機であろう。しかし私の中では3の在来線しかなかった。在来線というと語弊がある。在来線というのは夜行列車のことだ。
夜行列車が結構な値段をすることは知っていた。通常の乗車料金に加え、特急料金がかかる上に、更に「車内に一泊」ということで宿泊料金がかかるのである。宿泊代、つまり寝台料金は6000円〜。高い。べらぼうに高い。乗りたくても自腹では乗れないなと思っていた。
が、今回は出張なので経費が出るのである。
しかもうちの会社は「電車に乗るのであれば領収書いらず」なのである。
ちなみに東京−熊本間の夜行列車料金は片道24670円。
そして東京−熊本間の片道航空代は28000円弱。
これはもう、乗るしかないんじゃないのか。
目の前がパーっと明るくなった。
しかし、言っても18時発の翌日11時半着という17時間の旅である。実現することはできるんだろうか。というか、17時半に仕事が終わったとしても18時に東京駅にたどり着くことは不可能なんじゃないか。そして実際に夜行列車を使って熊本に行くというのは非常にばかげた行為なんではないのか。
そう考えるとなかなか決心がつかない。
私はなぜ「世間的にはばかげたことだ」というところで迷っているのだろうか。
どうだっていいじゃないかよ。もうこの後は夜行列車を使う機会はないかもしれないんだ。千載一遇のチャンス。逃すわけにはいかん。
というわけで、某日記で「何で行けばいいでしょう」アンケートを採るなどして自分の中で「夜行列車de熊本行き」を正当化していく。

そして当日。
昼間、出先だったので帰りに本を2冊購入する。ハードカバーの本だ。
無論夜行列車の中で読むためである。
そしていろいろ渋ったが切符を購入する。係員の人に不思議がられるんではないかといらん心配をしたが、「熊本まで夜行一枚ください」と言ったら、「B寝台でよろしいですか」としか返されなかった。まあ、切符買うくらい普通な行為だしな。
その切符を忍ばせて職場に戻る。誰も私が夜行列車で熊本に行くと思っていないという状況が小気味良い。でも「あれ?熊本何時の便で行くの?」と聞かれた時にはたまらず言ってしまった。
「あ、18時9分の寝台特急で行きますわ」
皆のポカーンという顔。いい反応だ。ワンテンポ置いて「マジで?」という言葉が返ってくる。マジです。いや、自分でもマジなのかよくわかってないんだけど。でも財布に忍ばせた切符がある限り、これは今から実話になるのだ。
そして、あらかじめ想像したとおり「バカじゃねえの」という反応が地震の影響の津波のように押し寄せてくる。バカです。自分でもバカなのはよくわかっているのだ。いいんだよ、バカは承知の上で自分の人生にまだ起こっていないことを起こしたいのだ。

というわけで、17時半が終業時間ではあるのだが、「電車に間に合わないとイカンのでね」と17時15分頃には退社。一路東京駅を目指す。
品川から東京は近いようで案外時間がかかるのである。新幹線で行ってしまおうかとまで思った。東京から新横浜までは新幹線で移動したことはあるが、さすがに東京品川間はない。これをやるようになったら私も立派な新幹線貴族だろう。鉄道ブルジョワジー。まあこれこそ実現しそうにないけれど。

東京駅に着いて私が行った行動は、タバコと飲み物と食料の確保であった。なんといっても17時間の長旅である。ビールは2本買った。弁当の他にスナック菓子も買った。これから17時間の旅をするための準備と言うよりは、夜更かしをするための準備をしている気分であった。
夜更かしは楽しい。それも日本を東から西へ移動しながら夜更かしをするなんて、最高すぎる。
日本一スケールのデカイ夜更かし、それが私の夜行列車の旅に出る動機だったのである。実のところ、流れる風景を楽しむなんてのはどうでもよかったのである。
しかし現実の旅はそんな生やさしいものではなかったのだが、「ビール2本などはすぐ飲み終わってしまうんではないか」などという心配をしていたこの時点の私には知るよしもなかった。


つづく
(ブルートレイン「あさかぜ」「さくら」の廃止があまりにも哀しいので、しばらくこのシリーズを続けます。あしからず)

2005年02月24日(木)

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