ある大学院生の日記

2002年10月14日(月) 2002年度日経学会2日目

朝は広島駅前で共著者を拾い,なつかしの(?)女学院前できのうのTSペアを拾って広大へ.女学院といえば,前の会社の秘書室の方を思い出してしまうのですがまあそれはここではどうでもいいです.まずは中原賞講演ということで,神取先生のお話を聞きました.話としては非常に面白いのですが,途中にちらちらとでてくるのを考慮すると数学的にはなんだかめんどうそうです.悩ましい.

午前は「医療経済�供廚離札奪轡腑鵑砲任泙靴拭ッ里蟾腓い�無難に発表しているのを見たりしていたのですが,昨日の件の彼が再び表現だけは手厳しい質問をするのをみてにやにやしてしまいました.座長はそこらへんは心得ていたようですから,ひょっとすると有名人なのかもしれません.口が悪いことでは僕も評判がいいとはいえませんが,もちっと表現を考えたいものです.

12時半に討論者の先生と待ち合わせて,学食で昼ごはんを食べながらいろいろとお話をしました(同窓のKKくんならここぞとばかり「ディスカッションした.楽々クリア」等と書くところでしょう).ちゃんと読んできていてくださり,有益なコメントをいろいろといただきました.ありがたくて涙が出そうでしたが,男のコなので泣きませんでした(←当たり前).「H先生には見てもらわないのですか?」と聞かれたときはにやにやするしかなかったのが寂しいところです.しかし実際のところ,たいへん有意義な時間をすごしました.博士課程に入ってから最も充実していたといっても過言ではないでしょう.午後のセッションは,そういうわけで自分の発表は出来レースみたいなもので至極順調に進みました.同じセッションでは,最後に発表した筑波大学の先生の論文が非常に興味を惹かれました.しかし,「共和分+GMM」というマクロ時系列の話だったのでお知り合いにもなれそうになく,惜しいことをしました.そのかわり,霞ヶ関勤務の人物から「東大で実証をすると肩身が狭いでしょう」と同情されました.僕の直前が霞ヶ関関連の方の発表で,終わるや否や関係者が続々と出て行ってしまったところだったので,ついつい「はあそんなもんですかね」などと応答してしまいましたが,すいません.

そのあと,一橋の院生の女の子に声をかけられましたが,中央大学の知り合いの友人ということでがっくりきてしまいました.なんなんでしょうねこの一団は.帰りは知り合いもみつからなかったので,共著者と高速を使わずにのろのろと帰ってきました.瀬野での渋滞がこんなにひどいなんて.おそるべし.


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