日々雑感
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2006年09月20日(水) ルーツ

祖父が亡くなった。いきなり連絡が来て、新幹線に飛び乗って、出棺から火葬、葬儀に納骨、全部済んだ今になっても、まだ実感がわかない。

久しぶりに親族が一堂に会した。何十年かぶりに顔を合わせる親戚やはじめて会う親戚、お逮夜の席、「これは図にしないとわからないね」という言葉から、簡単な家系図づくりが始まった。

北海道・松前より秋田にやって来た一人の女の子から話は始まる。

子供に恵まれなかった某家に里子に出されてきたこの女の子が、自分にとっては曾祖母にあたる。「ばばちゃん」と呼ばれていた曾祖母は、いろいろとあって結局その家を継ぐことはなく、分家とされて婿をとり、自分の家を構えることになった。その子供が女ばかり6人。それから13人の孫。26人の曾孫(「ばばちゃん」の長女が自分の祖母、その連れ合いが今回亡くなった祖父となる)。

今回、集まっている親戚たちを見ながら、「ばばちゃん」がいなかったら、ここにいるほとんどの人間、もちろん自分も、この世には存在しなかったのだとしみじみ思った。たったひとりの人間から、どんどんと枝葉が広がり、今では、それぞれの配偶者を通して他の家族とも結びつきながら大所帯となっている。「ばばちゃん」という根を介してつながっている人びと。

小さい頃、何かあると、ばばちゃんの娘たちやその連れ合いが集まっては、お酒など飲んでいたのを思い出す。ほんとに仲が良かったのだ。あのおじさんたちも、いつの間にか、ひとり、またひとりと、彼岸へと退場していった。6人姉妹はみんな元気だったけれども、そのひとりがこの春に亡くなり、そして今回、「兄さん」と慕われていた祖父も逝ってしまった。

年を重ね、顔つきや身体つきもどこか似てきたその子供たちが、今、同じように集まっている。次の世代である自分たちもいる。そして、今はもういない人たちのことを懐かしく話している。いずれ生まれてくるだろう、ばばちゃんや祖父を知らない子供たちも、今度は私たちが語り継ぐ話からそんな人たちがいたのだと知るだろう。

親族には共有する物語がある。名物おじさんがいたり、それぞれのエピソードが語られたり、ときどき集まると古い昔話のように「あのときの話」が繰り返される。ひとりひとりが、そんなふうにして積み重なってゆく「私たちの物語」の登場人物なのだろう。

寂しがりで酒好きだった祖父の供養だからということで、みんなして、秘蔵の酒をどんどん出して、どんどん空けた。自分も、やがて退場するその日まで、この物語の登場人物として自分の役割をまっとうしていこうと、酔っ払いながら思った。ただ、やたらと酒を飲むおばさんがいたのだよと伝えられそうで、それは心配なところ。


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