日々雑感
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2002年01月27日(日) 夕空とはたはた

昼過ぎくらいに雨が上がる。昨晩の徹夜のせいで眠かったのだが、気合を入れて外に出る。

雨上がりの空はほんとうにきれいだ。電車の窓から見て、思わず手にしていた文庫本を置いた。夕焼けの色に染まった雲がすごい速さで流れていく。立体的な雲。夕日の上にちょうど重なると、そのときだけ光で縁取りされる。雲の色も空の色も深く澄んでいて、どこか厳かな感じさえする。思い切って外出してよかった。部屋の中で寝ていたら、こんな光景が広がっていたことを知らずに一日を過ごしていたのだ。目的地に着くまでずっと外を眺めていた。まだ薄い、大きな月も出ている。

昨日母親から届いたファックスを思い出す。絵が描いてあって、何かと思ったら、その日見た夕方の景色らしい。「あまりにもきれいで見とれてしまいました。」海の向こうの山並みや林の絵、それに「ここは灰色」「純白」「ここは茜色、ほんの数分ほどで色が消えました」などとコメントが入っている。山の上には、やはり大きな月の絵。美しい夕方の景色を眺めると、人は誰かに伝えたくなるのだろうか。

帰りはもう暗くなっていたので、車窓を眺めるでもなく、内田百�里痢惴翆攸�帖』(中公文庫)を読む。「雷魚」の話が出てくる。「雷魚」とは「はたはた」のこと。雷の鳴る荒れた日によく捕れることから、こう呼ばれるのだ。「羽後ノ国ノ海中ニ産ズル魚、土人甚ダ嗜ミテ煮食フ。」百�里蓮屬呂燭呂拭廚鮹里蕕覆�ったらしい。知人から粕漬けにして送られてきたものを見て「焼けたのを一匹食つて見たけれど、大味で、口さはりが鱈の様で、何の風味もないから、余りうまくなかった。」

「羽後ノ国ノ土人」だったので「はたはた」は小さい頃からよく食べた。冬などは毎日のように食卓にあがった。粕漬けよりも、そのまま焼いたほうが絶対においしい。鍋にするのもいい。「大味」というのは心外、うまい食べ方をさせてあげたかったと、読みながらムキになって考える。「はたはた」は漬け込んで自然発酵させて食べる「鮨」にしてもうまい。


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