■海(裏)■ - 2002年09月27日(金) 私の家は海が綺麗に見えます。 夕方になると海が真っ赤に染まって そして微妙に波が金色にキラキラと光って 見ていると何とも切なくなります。 足達さんはベランダから その風景を見つめるのがとても好きで 「美弥ちゃんは海は好きですか?」 と私に微笑みながら聞いてきます。 私も足達さんの隣にそっと立って 「はい。とても好きです。」 と毎回呟くのです。 秋の海は、優しくて穏やかで寂しくて それはまるで足達さんみたいです。 …3年前の夏。 足達さんは突然、私の家に 黒いブルーバードに乗って 私より1歳年下の息子さんを連れてやってきました。 父は人見知りが激しく神経質な人でしたけど せっせと麦茶を注いだりして 足達さんに対して笑顔で接していました。 母は複雑な表情をしながらスイカを切って 「お塩はかけた方がいいのかしら。」 って言っていたっけ。 何だか私は2人の慌しいふいんきに どうしようもなくなってしまって 足達さんの顔を何気に見に行きました。 …気になったの。 あの父が気を使う相手ってどんな人だろうって。 ふすまの隅っこからこっそり覗いていたら 息子さんが先に私に気付きました。 姿勢がピンとしてる端正な顔立ちの息子さんだったから 一瞬ドキッとしてしまって言葉に詰まってたら 「こんにちは。」 息子さんは真面目な顔で私に挨拶してくれて 私も慌ててしどろもどろのまま頭を下げました。 足達さんも私に気付いてゆったり笑って …何だか、その笑顔を見ただけで ああ、何だか良い人なのかなって 漠然と思ってしまいました。 だけど、後からお父さんに話を聞いて それはもう心臓が口から出そうな程に驚きました。 その息子さんは明くんと言うのだけど 私と半分血が繋がっているそうです。 その昔、明くんのお母さんは 私のお父さんを熱烈に好きになってしまって でも、もう私のお父さんは結婚してたから 子供だけ育てるのだと言い切ったそうです。 そんな事言われてお父さんは嫌がってたのだけど 実力行使に出られたらしくて (どんな実力行使かは分からないけれど) その後、ぱったりと姿を消したのだそう。 それから明くんのお母さんは 子供が居るのを承知の上で 足達さんと結婚をして現在に至ると言う まるで昼ドラのような状況だったりして。 だけど明くんのお母さんは亡くなってしまって 現在、足達さんと明くんは 2人で暮らしているらしいです。 明くんはコンビニのバイトが最近忙しくて 足達さんだけ、こうやってちょくちょく 休日にウチに遊びに来ています。 足達さんは海をいつも見ているのだけど でも、本当は海じゃなくて違うものを見ているような そんな気がするの。 何を見てるのかな? 「美弥ちゃんは髪の毛が伸びたね。」 足達さんはようやく私を見て笑ってくれました。 私ね、足達さんがいつもポケットの中に入れてる 写真を一回見せてもらった事があるの。 長くて黒い髪の気が強そうな綺麗な人。 …きっと奥さんなんだと思う。 だから私も髪の毛を伸ばしているの。 足達さんが気に入ってくれたら嬉しいなって。 「あのね、足達さん。」 「ん?」 「奥さんってどんな人だったの?」 足達さんは嬉しそうに笑って答えてくれました。 本当に嬉しそうに。 「ワガママで気の強い、でも可愛い人だったよ。」 「好きだったの?」 足達さんは答えずに、下を向いて笑いました。 もう、その顔だけでどれだけ愛してるか分かる位。 私はまだ、それだけ人を好きになった事なんか無くて …だから足達さんが羨ましかったです。 どれだけ愛していたんだろう。 そして失って、どれだけ悲しかったんだろう。 名前を叫んでも、気配すら無くて 胸が痛くて、たくさん涙を流したに違いないのに。 そうやって笑えるまで どれだけの時間が掛かったんだろう。 「美弥ちゃんもいつか分かるよ。」 足達さんはそう言ってまた海を見つめました。 遠い目。海の向こう。 あぁ。 奥さんを、見ているんですね。 私は知らず知らずの内に涙が溢れていました。 何だか胸が痛くて辛かったです。 安達さんは海を見つめたまま じっと黙って私の傍に居てくれました。 夕日が沈んで夜がやってきます。 いつも休日のほんの数時間だけど 私のお父さんとお母さんと話して 私とも話をしてくれて 安達さんは明くんの待つ家に帰ってゆきます。 そして、いつも足達さんの 黒いブルーバードを見送る度に いつか足達さんのように 誰かを心から愛せるような人でありたいと 私はいつも思うのです。 -
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