日々精進 《日比野 桜》

 

 

■花 3■ - 2002年08月12日(月)


暫く歩くと
駅から少し離れた商店街にある
樹の匂いがする小さい珈琲店にたどり着いた。

彼は先に入ったので私も慌てて入る。


からんころん。


低いベルの音と薄暗い店内が
妙にしっとりしてて心地良い。

柔らかな珈琲の香り。
ステンドグラスから差し込む光。
ふかふかのソファ。
店内に響く耳に優しい音量の
静かなクラシックの音楽。

全てが穏やかな感じ。

…店内の人達の頭に咲いてる花を除けば。

悪いけどミスマッチだ。

「俺、モカと野菜サンド。お前は?」

不気味にニヤニヤしてる私を無視して
彼はさっさとオーダーをするので
慌ててメニューを広げて品物を選ぶ。

「えーっとね、ウインナコーヒーと卵サンド。」

「でお願いします。」

少々お待ちください、と白いエプロンを着けて
ピンク色の小さい花をいっぱい咲かせた若いお姉さんが
にこりと笑い、厨房へゆったりした足取りで向かう。

まるで別世界みたいだ。

そんな事を思いつつも
私はすっかりココが気に入ってしまっていた。

カチャカチャと音がする方を向くと厨房で
頭に黄色い花を咲かせた店員さんが
卵をボウルで溶いている。

「今から焼くんだ?」

「美味いぞ。ここの卵サンド。」

彼は少し笑ってから
タバコを取り出してゆったりと吸い始めた。
…メンソールの香り。

何となく彼に似合うと思った。

何を話す訳でも無く
彼は外を見ながらぼんやりとしているので
私は花辞典で彼の花を調べようと本を開いた。

…せっかく買ったのだから元が取れるくらい調べないと。

レモンの香りがしたから
やっぱりレモンの花なのかな、と
漠然と思ったらやっぱりそうで。
でも本当のレモンの花は大体が白か紫みたいで。
アスファルトに落ちて消えてしまったあの黄色い花は
きっと彼だけの色なのかもしれないと
何となく思った。

私には咲いてたのかな。
咲いてたら何の花か知りたかったな。
知ったからと言って今更どうしようも無いのだけど。


私は、彼に二股を掛けられていて
それは何となくそうかな、と気付いていた。
2人で歩いてるのを見たことも有ったし。

…何だか甘え上手な可愛い子だった。

男の子にモテそうな華やかな感じの子で
私はとにかく甘え下手でズケズケ物言って
可愛げが全く無かったから
そりゃもう妙に羨ましく思ったっけ。

でも私は、見て見ぬ振りをしてきた。
あの子は遊びで、下品だけどつまみ食いって奴で
いずれは私のとこに戻ってくるだろうって
甘い事考えてたからバチが当たったんだろう。

やっぱりアレかな。
しつこくしなかったのが駄目だったのかな。
愛情が足りないって思われたのかな。
縛らなさ過ぎて物足りなかったのかもしれない。

そんな事を思えば思うほどズキズキと心が痛み出す。
失恋すると相手から心の一部が削り取られるって
そんな事を何処かで聞いた。
…だから痛むんだって。

沢山の約束の言葉が私を苛みまくる。

…約束なんか出来ないならするなよな。

考えれば考えるほど悲しくなってきた。


「お待たせいたしました。」

カチャ。

瞬間、私の妄想をぶっつりと断ち切るかの様に
甘い珈琲はやってきた。
ふんわり湯気が出ている卵サンドと共に。

「美味しそう。」

思わず言葉が自然と溢れた。
卵とキュウリしか入ってないのに匂いだけで唾液が出た。

「だろ?」

早速、手を伸ばして
バスケットに入った卵サンドをパクリとほおばる。
冷たいシャキシャキとしたキュウリと
少し甘くて熱いバター味の卵焼きに
ピリ辛のピザソースが薄く塗られていて
それはもう涙が出るほど美味しかった。

「ん……んまいよコレ!!」

モゴモゴと口の中に入れたまま彼に必死で訴えてみる。
一瞬、行儀が悪いって注意されると思ったら
ビックリするくらい彼は優しくニッコリと笑って

「そうだろう?」

と言ってのんびり珈琲を啜った。
何だか子供みたいにはしゃいでる自分が滑稽で
思わずそれっきり黙りこくってしまった。

それに、彼にも子供扱いされたような気がしたから
妙に恥ずかしかったのだ。

黙りこくったら店内はやっぱり静かで
自分の声が店内中に響いてたんじゃなかろうか
と要らない事まで思ってしまう。

…あぁ。余計、喋れない。


「お前の名前、何?」

沈黙を破ったのは彼だった。

「えとね、さえ。冴っていうの。貴方は?」

「日向(ひなた)。」

何となくだけど名前が良く似合ってると思った。
短くて黒い髪の毛とか健康的な肌の色とか
すらりとした指とか身体とか破けたGパンとか。

あんまり見てるのがバレたら恥ずかしいから
慌てて下を向いてウインナコーヒーを啜る。
冷たい生クリームと熱い珈琲。
口の中で混ざり合って凄くいい感じ。

自然に笑みがこぼれた。

「あのね、花辞典買ったんだ。」

調子に乗って日向くんに辞典を見せてみた。
彼の頭に咲いていた花の名前を教えたいと思った。

「日向くんの花はね、レモンだったんだよ。」

「レモン?…どんな花?」

小さくてジャスミンみたいな形をした薄紫で
可愛い花が載った写真を日向くんに見せてあげた。
爽やかで優しい香りがするって書いてある。

花言葉は[熱意・忠実な愛]

「レモンって黄色い花だと俺思ってた。」

「あ、それがね。日向くんに咲いてたのは黄色だったんだ。」

「マジで?!へえ…」

フンフンと花辞典を夢中で読んでいる日向くんは妙に笑える。
まるで占いに夢中になってる男の子を見てるような心境だ。

レモンの花をグリグリを指差しながら

「冴ちゃん。俺ってこんな感じ?」

と日向くんは、またニッコリ笑った。
爽やかな感じがぴったりだなって思ったんで

「うん。そんな感じ。」

と素直に言って一緒に笑った。

「面白いなあ。じゃああのウエイトレスさんは?」

「あのウエイトレスさんは……待ってね。
あ、あった。アリッサムって花みたい。
ピンク色の小さい花がいっぱい咲いてるよ。
花言葉は[優美・美しさを越えた価値]だって。」

日向くんは私の話をウンウンと楽しげに聞いてくれる。
楽しげに聞いてくれるとこっちも嬉しくなってきた。

::::::::::::::::::::::


続きます(泣笑)
コレだけは終わりたいです。
ええ。


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