エコロジーな生活 - 2005年04月18日(月) 最近は「Firefox」を使っているのですが、たまにどうしても「IE」じゃないと 見れないページがあるので、IEを立ち上げている時にリンクから次へ飛ぼうと ついついホイールをクリックしている自分がおかしいです(^_^;) タブブラウザの快適さに慣れてしまうと、リンク先に飛ぶのに一々違うページを 開いたり、複数のウィンドウを立ち上げたりするのが面倒になります。 読み込む時間がかかるページを立ち上げつつ、他のタブでは並行して違う ページを立ち上げて見れるんですよね〜 しかも、マウスのホイールをクリックするだけでタブが立ち上がるという…。 何のことだか分からない方は一度使ってみてくださいな。 きっと「おお〜、これは便利♪」と思いますよ〜 IEでも次のバージョンではタブブラウザに対応するらしいですけどね。 「Firefox」のもう一つ良い点はたくさん飛び出してくる邪魔なポップアップ広告 をシャットアウト出来るところです。 勿論、ミュージシャンのサイトなどでポップアップを使っていて、ここのサイト だけは見たい…ということもあるでしょうが、それもワンクリックで許可を出す ことが出来ます。 セキュリティに関してはよく分からなくて不安…という方こそ、これを使って 欲しいですねぇ。 少なくとも、IEを使うよりは安全にネットが出来ますよ〜 一昨日はアースディのイベントで少しずつでもエコロジーな生活を送ろうという お話を聞いてきましたが、本来エコロジーな生活ほど手間がかかるものです。 ↑の話にも通じますが、人間は一度便利なものに慣れてしまうとなかなか 不便な生活に戻るのは難しいもので…。 私は日曜日に放映している「鉄腕DUSH」の「DUSH村」が好きなんですが、 実際に私もあれに近い生活を送ったことがあります。 子供の頃、祖父母の家に夏休みの2〜3週間くらい滞在していたのですが、 祖父母の家はまさに「DUSH村」のようなところでした。 茅葺き屋根に土間の台所(かまど有り)。 トイレは家の外にあり、牛小屋や鶏小屋もありました。 (私の行った当時、牛はいなかったけど…) 電気は届いていましたが、水道が無かったのです…。 正確に言えば、蛇口はついていたのですが、その蛇口から出てくるのは 近くの沢から引いてきている水でした。 水道ではないので、どこかの蛇口から水を出していると他の蛇口からは 水が出てこないという…(笑) そのため、庭にはDUSH村でいう「村長」が浮かんでいる場所ような水をためる ための大きな石の桶(風呂桶より一回り小さいくらい)がありました。 他で水を使わない時は、そこにちょろちょろと水が出て(勢いよくは出ない) 貯め水をしていたんですね〜 さて、ここの生活リズムはまさに日が昇ると共に起きて、日が暮れてしばらく すると眠る…という大変健康的な生活…。 朝は5時半くらいに起きだして、外の石桶からひしゃくで水を掬って顔を洗い、 土間にある台所で朝ご飯の支度や配膳を手伝いました。 私は面白がってかまどでご飯を炊くのをよくやらせて貰いました。 かまどって茅葺き屋根ではとても大事なんだそうです。 かまどから出る煙で屋根を燻さないと虫がわいてしまうんだとか…(^_^;) ちなみに茅葺き屋根を葺き替えるのには200万くらいかかると言ってました。 昔は村民が総出で年ごとに家の屋根を葺き替えていったとか…。 順繰りに作業して、一巡するとまた最初に葺き替えた家に戻るということです。 永久に保つものではないし、かなり人手がいるので、こういうやり方で 平等に葺き替えをしていたそうです。 かまど炊きのご飯というのはちゃんと薪に火が点けば、勝手に美味しく 炊けてくれます。 このご飯はもの凄く美味しかったです。 水も綺麗だったし、地元で作った物を地元で食べるのが一番美味しいん ですよね。 ちなみにかまどの中で出来た炭は七輪や火鉢などに再利用していました。 味噌なども自家製でしたね〜 味噌樽を見せて貰うと、何やら白いカビのような物がびっしりと…。 そこの部分は食べないで、綺麗な中の方を掻き出して掬っていました。 今思えば、あれ(菌?)で発酵させてたんだろうなぁ。 田舎なので、食事に肉などは殆ど出てきません。 魚も新鮮なものはなく、出るとしても干物くらい。 スーパーどころか近くには店もないですから…。 (たまーにいろんな食料を積んだトラックが売りにきていた) そういえば、冷蔵庫なんて無かった気がする…。 家電製品は殆ど無くて、照明とTVと洗濯機があったくらいでした。 暖房に使うコタツは練炭コタツなんですよ〜 中に入ると窒息死してしまうという怖い代物で、中がどうなっているかを 見てみたくて顔を入れようとしただけで、叱られてしまいました(^_^;) 勿論、暖かい場所が好きな猫でさえも絶対に中には入りませんでした。 (よく分かってる(笑)) 洗濯機は一応あったのですが、水道はないのです…。 外に置いてあったので、水は庭の石桶からバケツで汲んで、せっせと洗濯機 まで運ばないとなりません。 当然、こういう場所では子供もお手伝いするのが当たり前。 午前中は大体この洗濯機に水を入れる作業をやらされました…。 洗濯とすすぎの二回はやらないといけないので、とても大変…。 子供が持てる重さなんてたかがしれてますから、何往復もしないとならない わけです(苦笑) この時、祖父母と曾祖母と母と私と弟の6人いたため、洗濯物も一度では 済まないので、大変さは分かっていただけるかと…。 勿論、子供一人では辛いので、母も手伝ってくれましたけどね(^_^;) 洗濯が終わると大抵弟や近所の子供とあちこちに探検に行ってました。 いつもと違う臭い匂いがしたら、マムシがいるから気を付けて〜と祖父に 言われましたが、そんなことは気にせず山の中で平気で遊んでましたね〜 今考えると恐ろしいです…。 アースデイの杉ちゃんも言ってましたが、私達の世代くらいはまだ辛うじて 大自然の中で遊んでいた世代なので、こんな田舎生活にも比較的楽に慣れて しまえたのでした。 虻や蜂などの危険な虫もいましたが、私が一番苦手だったのは巨大な蛾 (大人の手の平サイズ)くらいで、他は特に怖いとも思っていませんでした。 刺されたらイヤなので、虻に追われると逃げてはいましたが…。 早朝には祖父にとっておきの木まで連れていって貰いましたが、祖父が 力強くその木を蹴り飛ばすとバラバラと黒いものがたくさん落ちてくるのです。 私と弟が拾い集めるとあっという間にバケツの底にたまるくらいのクワガタや カブトムシが集まりました。 祖父は昔で言う「木こり」で林業に携わっていた人なので、白いランニング 姿が映える赤銅色の肌で逞しい体つきの人でしたから、木を蹴り飛ばす力も ハンパじゃなかったんでしょう。 私が蹴っても1〜2匹落ちてくればいいくらいでしたから(^_^;) 家まで持って帰って観察をしましたが、余りにうじゃうじゃいるので、殆どは 逃がしてあげました。 あの時の大きなカブトムシは今売ったらどのくらいするんだろう…? 更に水を引いている沢に出かけると石の隙間に沢ガニがたくさんいたので、 それも捕まえて、バケツにうじゃうじゃと入れて持って帰りました。 バケツを受け取った祖母は「あれ、美味しそうだねぇ」と不吉な言葉を漏らして くれましたが、その日の夕食は皿に山盛りの沢ガニの唐揚げ…(爆) 私は生きたまま油で揚げられていく沢ガニを見てしまったので、美味しそうに 食べる大人達の前で申し訳程度に一匹囓っただけで、後は全く食べられ ませんでした…。 そういえば、一緒にカニ取りをした弟は普通に食べていたな…。 ある日のおやつは畑から頃合いのを自分たちでもいできて、曾祖母が 七輪で焼いてくれたトウモロコシでした。 モロコシの皮の先についている毛みたいなところをハケ代わりに使って しょうゆを塗っていたのが面白かったです。 意外な再利用法ですよね(笑) 熱いはずなのにひょいひょいとトウモロコシを素手でひっくり返す曾祖母に 「熱くないの?」 と聞いたら、 「ばあちゃんは手の皮が厚くなってるから平気なんだよ」 と答えてました。 この曾祖母はかなりの高齢で腰も曲がっていましたが、毎日のように山に 入って、いろんな薬草を摘んでいました。 それを業者に売って、お小遣い稼ぎをしていたようです。 ドクダミを束ねる作業を手伝ったけど、手がドクダミ臭くなって大変だった…。 またある日のおやつは天草を煮出すところから作った手作りのところてん だったり…。 これもここで始めて作成過程を見たので面白かったです。 ところてんの押し出し器は器用な祖父が手作りで作っていました。 またある日は畑のトマトやきゅうりを石桶でしばらく冷やしたお手軽な物 だったり、ある日はスイカを丸ごと石桶の水(わき水だから夏は冷たい)で 冷やしておいたものを切ってくれたりと、お菓子みたいな物を食べた記憶が 殆どありません…。 よく考えれば、これってもの凄いヘルシーでエコロジーな生活ですよね。 山の中だけあって虫の数もハンパじゃなかったですが、殺虫剤のたぐいは 無くて(あったとしてもキリがない)、夜は各部屋に蚊帳を釣って、その中で 寝ていました。 殺虫スプレーは無かったけど、食卓にたかられると困るので、ハエ取り紙は たくさんぶら下がっていましたね(笑) 山の奥の僻地まで泥棒が来るはずもないということで、寝る時も鍵なんて かけているのを見たことがありませんし…。 夜といえば、お風呂には蛇口がついていたので、夕食の支度が終わった 後は、他の蛇口を締めて、ずっとお風呂に水をためていました。 そして、このお風呂は薪で焚く風呂でした…。 これも祖父と二人でよくやっていましたよ〜 どうやら私は火を焚くのが好きだったみたいですね(笑) ボロボロの白いうちわで釜を扇いで、ガンガン火を燃やしていました。 勿論、手も顔もすすで黒くなるし、全身がすす臭くなるんですけどね。 子供だからそんなの関係ありませんでした(^_^;) シャワーなんて素晴らしいものは勿論ありませんから、誰かが入った後は 水を足して火をまた起こして沸かす…の繰り返し。 だから、なるべく一人では入らずにみんなでまとめて入ってました。 (そんなに広いお風呂でもないんですけどね…) 馴染んでいたのでとても楽しい生活でしたが、外のトイレに行くのだけは 苦手でした…。 電灯はあるのですが、さすがに一人で行く勇気もなく…。 よく祖父についてきて貰いました(^_^;) 電灯なんて殆ど無いので、空は真っ黒で満点の星空でした。 手が届きそうなほど近くて、あんなに綺麗な星空は後にも先にも無かったなぁ。 子供心には綺麗というより、たくさんありすぎて気持ち悪いと思えたくらい でした。 当時は目も良かったので、本当に小さな星まで見えていたんだと思います。 天の川もちゃんと無数の星が集まっているんだと分かるんですよ〜 あの星空だけは今でも目に焼き付いていて忘れられません。 ここまで書いていて、本当に不便な生活だったのですが、子供というのは たくましくて環境に順応出来るんですよね。 今、あの生活をもう一度やってみろ…と言われても厳しいかもしれません。 あんなに虫にたかられたら鳥肌ものです…(苦笑) あれこそ本当に自然と共にあるエコロジーな生活だったと思います。 今から数十年前まではどこの国でもあのくらい不便な生活が普通だった んだろうし、今でも毎日あんな風に暮らしている人が大勢いるでしょうね〜 世界の誰もがあのくらいの生活水準で満足できれば、こんな世の中には なっていなかっただろうな…。 でも、あの場所で生まれ育った母でさえ、ずっとここで生活するのはキツイ と言っていたような気がします…。 一度便利に慣れてしまうと……ということですね。 大人になると生活環境が変わることにも融通が利かなくなるんだと思いますが、 効率化を求めすぎても環境破壊が広がるだけだし、難しいものです…。 この先、否応なくこういう生活に陥る事になる可能性も無くはないですが…。 そんな時はこの経験が生かされるかしら…(苦笑) 今までで生かされたのは中学の林間学校で飯ごう炊さんをした時くらいかな…。 ボーイスカウトをやっていた男の子以外はみんな火の点け方すら知らなかった ので、結構重宝しましたよ(笑) -
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