物には名前があって その物を呼ぶときに人は その物の名前を呼ぶ それは世の中を生きていく上で 当然の事だし 名前がなければ
え〜っと ほら 赤くて 四角くて
なんてわけがわからなくなる 名前をつけると言うことは 必要な事だし 自分の名前を呼んでもらう事は 相手の名前を覚える事以上に大切な事だろう
誰も自分の名前を呼んでくれなかったら すごく不安になるだろうし 自分と言う存在が本当に存在しているのか それすらも不確定になってしまう。
それほど必要性を感じる名前だが 必要性を感じない場合も多々ある
桃太郎の話をするときに おじいさんおばあさんの名前を 必ずも言わなければいけないわけではないし
鳥や虫、の有機質物体はもちろん 箸やコンクリートなど無機質物体は 自分が カワセミ や マダラカミキリ 等と呼ばれている事は 彼ら自身は認識していないだろう
人間が人から呼ばれて初めて 自分の存在を確信するところに 人間が他の動物と違う理由のうちの一つであろう
もちろん それが良い悪いは別の問題としてである
ハンドルで呼ぶ事や あだ名で呼ぶ事など 人から名前で呼んでもらう と言う行為自体には 必要性を感じるが 呼ばれる名前が何であるかどうかは 必要性を感じない
その感覚も人間ならではなのかもしれません
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