Opportunity knocks
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| 2006年02月04日(土) |
内田樹さんのブログに |
とっても胸がすくというか、すっきりすることが書いてあった。 少子化についての行政の政策のことと、日本語をもっと学ぶべきということ。
少子化対策についてはまえからいろいろひっかかっていることがあって、 とにかく生め、子供をつくれ、金なら(多少は)だすぞという一方向的な物言いとか、 生め増やせというわりにその人口を受け入れるだけのキャパシティについて関心が薄いことなど気になっていた。
今日偶然友達とそういうことを話した。 そりゃお金(児童手当など)がもらえるにこしたことはないけれど、 それって子供をひとり生む(または増やす)という労苦(まあそれはとてつもない幸福と隣り合わせなのだけど) を十分カバーするものとはけっしていえないよね、 どうしても結婚しなきゃいけない、どうしても子供を生まなきゃいけないという世の中でもないしね、と友達。
わたしが子供を生んだときは、児童手当なんてものは全くなしで医療受給にいたっては〇歳児までというおざなりなものしかなかった。 それにくらべて今は市町村でばらつきはあるにせよ、児童手当は小学校卒業まで受給されるし、医療費免除も現在は小学校に上がるまで受けられるし、これから先さらに拡大される可能性もかなり高い。 それなのに、肝心の出生率は下がり続けている。 必ずしも、お金をだす→子供を生みたいという気持ちになる、 というわけでもないんじゃないかな。
それに(社会保障などどうでもいいといっているわけではけっしてないけれど) そういうものだけを頼みにして人口が増えさせすればそれでいいというのはちょっとどうだろう。 仮に、そういう社会保障を餌に人口が増えたとして、それがはたして生産的な方向に簡単に向かうだろうかと考えると、それも首をひねらざるをえない。 人口増加=生産力の増加と考えるのはちょっと安易すぎるのではないだろうか。 人口に合わせて社会もスリム化すべきではないかと言った人がいたけれど、 そういう点も考慮に入れるべき時に来ているのではないかとおもう。
いろいろ勢いで書いてしまったけど、こんな駄文では何が言いたいのかまったくわからないという方はぜひ内田樹さんの、無駄のない正確で洗練された深い文章をお読みください。 実際、自分の気持ちとか考えとかをあれだけの文章で表現し万人に向けて発信できるというのは本当にすごい。もっといろな人が読むといいなとおもう。
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