TOI,TOI,TOI!


2001年12月10日(月) 久しぶりです。

今日、やっと電話がつながった。引越ししてから10日以上も経って。

ほんとにドイチェテレコムのいいかげんさには呆れた。


実は、この数日間、私はかなり参っていた。というのは・・・
今まで、明らかでなかったことがついに明らかになってしまった。
私は、『KAの最終学年』として入ったのではなく、1年間だけ、この学校に所属することを許可されただけの立場だという。

KAの最終学年だと思い込んでいた私は、ほかの学生がそうしているように、卒業を延ばせると思っていた。友達がそう言ってくれていたから、そう信じていた。

ところが、私は、特別サービスで入ったようなもので、ほかの学生たちの「前例」は、参考にならないようなのだ。卒業試験は?と先生に聞くと、「受けたいなら、受けることはできる」と言った後、「受ける義務はない」と言っていた。
試験を受けるには、たくさんの曲を準備しなくてはいけないし、受けるとしたら、6月ごろ、つまりもう半年しかない。じっくり腰をすえて勉強することはできないだろう。試験曲を仕上げていくだけでせいいっぱいになってしまう。

友達の多くは、学校を変わることが一番いい方法だとアドバイスしてくれた。どこかでいい先生を探して、どこかの学校のKAで2年か3年(学校による)しっかり勉強して、しっかり卒業する。普通に考えたらそうなのだろうということは、頭では分かっている。

でも私は・・・

フォーヒャルトの教えを、自分のものにしたい。

この思いが強い。

それは、時間のかかることだということは、今まで半年間レッスンを受けてきて、身にしみている。実際、クラスの誰もがそう言う。Kも、最初はテクニック的にも精神的にもボロボロになって、1年以上苦しんだと言っている。その意味は、半年レッスンを受けた私には、よく分かる。それを経たKが、今のKなのだ。私もああいう風に弾けるようになりたい。彼女の演奏を聞くたびに思う。

1週間前、私は先生に言った。

「1年では、短すぎる。時間をつかって、勉強したい。」
「私はKのように弾きたい。Kのようになりたい。」
「あなたのもとで、勉強したい。それが私には最も重要なのです。」

そして、「卒業を延ばすことは、できないですか?」と聞いたところ、「難しい」という返事。

何もかも投げ出したいような気になった。すねた。たるんだ。

1週間経った今日、レッスンだった。
練習不足の私に先生が気づかないわけはない。でも、先生はいつもと変わらず私に接してくれる。いつも以上に、いいレッスンをしてくれた。すねていた自分に気付き、恥ずかしいと思った。ただひたすら音楽を愛している先生。真剣に音楽に接すれば、ほかのよけいなことが入る余地なんてないのだ。
ひねくれていた、私は。
先生は、大きい。


  
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